ベッカム君の愛車カブ90改(本人に無断で転写)
ベッカムとは?
高校時代に、同じラグビー部に所属していた友人です。小学校の音楽教師をしています。貴公子然としたベッカムを名乗るより、「早く人間になりた~い」妖怪人間ベム、ベラ、ベロ(通じる人は同世代ですね!)の友達です、といった方が多分親しみが湧くであろう好人物です。
彼とは中学も一緒でした。でも、中学&高校を通じて、同じクラスになったことがなかったせいか、部活動以外で親しくつきあうことがなかったのです。
小さい頃からピアノの英才教育を受けていたベッカム君は、中学時代はブラスバンド部でユーフォニウムを吹いていました。我々が進学した都立高校は、合唱部が有名なのですが(NHKの主催する「合唱コンクール」で何度も〈金賞〉を受賞)、ベッカム君はクラス対抗の「合唱コンクール」で伴奏ピアノを弾いた以外は、これといった音楽活動をせず(文化祭でバンドやってたっけ?)、なぜか私と同じラグビー部で思いもよらぬ方向に転がる楕円形の球を追いかけていました。今、考えると、命の次に大切な指を折るようなことがなくて、本当に良かったと思います。ちなみに、ベッカム君のポジションは背番号2番のフッカーで、FW第一列の重責を果たすと共に、マイボールのスクラムではスクラムハーフのトシ子が投げ入れたボールを足でひっかけて後方に送ったり、相手ボールのスクラムのときには、FW全体で圧力をかけて敵からボールを奪ったり、ラインアウトでボールを投げ入れるなど、センスが要求されるポジションを担当していました。
大いに盛り上がった同窓会で、ベッカム君のHP『ベッカムの音楽広場』を教えてもらいました。
これが面白いのなんのって。音楽に造詣が深いのはプロだから当然だとして、生徒達とのほんわかトークが楽しい〈音楽日記〉に、〈ライダーズ・マガジン〉 !
「あいつ、バイク乗るんだ?」
開けてびっくり、これがアータ(ベッカムさんの真似)、ベッカムの愛車がスーパーカブだったとは・・・トシ子もバイクはレーサー・レプリカからアメリカンまで(普通自動二輪ですが)10台以上乗りましたが、よくよく考えると、バイト先で使っていたスーパーカブ90が一番楽しかった気がする・・・大雪の日の配達も、ゴム長履いてへっちゃらよ~(そんでもって何回もこけたけど問題なし)。ベッカム君の「愛の深さ」を知れば、カブの生みの親=本田宗一郎さんも、草葉の陰で泣いて喜こぶでしょう。さらに・・・
「ベッカム君は、トシ子以上に写真がお好き?」
〈ウェブリアルバム〉 〈音のある風景〉には、面白写真が満載されてます。ふむふむ、ベッカム君はヒコーキ・オタクだったんだ~。航自のF15イーグルに、日本にいたの?A10サンダーボルトⅡ、三沢のF16ファルコン、キティホークの艦載機だろうか?FA18ホーネット&A6イントルーダー、空中指揮機のE3セントリー? 名前がすらすら出てくる私もかなり来てますが・・・
ブックマーク紹介のところでは「七つの顔を持つ怪人」と書きましたが、HPには18の小部屋があるので、もしかしたら「怪人二十面相」かもしれません。そういえば、マントと覆面がよく似合いそう。
ベッカム君の唯一?の欠点は、体が硬いこと。最初と最後に二人一組でストレッチをしますが、柔軟運動でベッカムの背中を押すと、物凄い抵抗力になって跳ね返ってきました。彼の場合は、二~三人がかりで屈伸させたような気がします。前屈伸はマイナス30センチ(指先が地面につけばプラマイ・ゼロ)、毎日酢を飲ませても多分駄目だったでしょう・・・
でも、記憶力はやはり抜群でした。例えば・・・
我々は現役時代に(確かリーグ戦で)国学院久我山(それも二軍)と対戦し、86-0で負けました。でも、怒られていたのは我々ではなくて相手チーム! その理由は「お前ら、どうして100点取れないんだ!」
そういえば、そんなことあったね・・・(フッカーにステップ踏まれてトライされるとか)
思い切り個人的なお話になってしまいましたが、『ベッカム(モノホンの先生よん)の音楽広場』をどうぞよろしく →ここからも行けます