しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
よかったら見てください。

聖日の朝に <アブラハムとイサク>

2024-10-06 | みことば静想
「信仰によって、アブラハムは試みを受けたときにイサクを献げました。約束を受けていた彼が、自分のただひとりの子を献げようとしたのです。」(ヘブル11:17新改訳)

アブラハムは100歳になって、奇蹟的に世継ぎを与えられた。それがイサクである。どれほどかわいく、愛する子だったか、想像するのもむずかしいことである。▼しかし神はイサクがたぶん十代になったとき、「その子をモリヤ山で犠牲にしてわたしにささげなさい」と命じたのであった。驚くべき命令、理解に苦しむ命令であった。というのは、「わたしはイサクからあなたの子孫を空の星のように多く起こす」と、神が固く約束しておられたからだ。そのひとり子を殺してしまえば、神の約束は反故(ほご)になってしまうではないか。神の二つのことばが完全に相反する内容だっただけに、アブラハムは苦しんだことだろう。▼その煩悶(はんもん)は彼とイサクが二人だけでモリヤ山に登って行くとき、頂点に達したにちがいないかった。どちらも神がお語りになったことばにまちがいはない。追いつめられたアブラハムは、とうとう一つの結論に行き着いた。私がイサクを山上で屠(ほふ)ったとき、神は何らかの方法でそれを生き返らせて下さるにちがいない。そして生き返ったイサクを連れて山を下る、そうすればどちらのおことばも実行、成立することになる。▼かくて彼は肉体の復活を期待し、信じたのだ。イサクをしばり、たきぎの上に乗せ、刀をふり上げたアブラハム、その瞬間、神のおことばがひびき、燔祭(はんさい)の式は中止を命じられ、二人はなにごともなかったようにモリヤ山を下りて行ったのである。神が望まれたのはアブラハムが死を乗り越えた復活信仰を持つことであった。イサクを殺すことではなかったのである。▼私たちも、アブラハムの抱いた復活の信仰を持つとき、真の意味で「アブラハムの子孫」となることができ、永遠の神の国を嗣業(しぎょう)として受け継ぐことになる。「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。」(ローマ10:9同)▼ここの「救われる」とは、キリストが再臨し、私たち信じる者たちが、復活・栄化して携挙(けいきょ)にあずかることまでを含む救いの完成を指すのはもちろんである。

朝の露 <思いを一つに>

2024-10-05 | ピリピ
「あなたがたは同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください。」(ピリピ2:2新改訳)

ピリピ教会はパウロが大喜びするほど恵まれた教会だった。しかしそれでも、使徒はこの節で同じ思いになってほしい、同じ愛の心で一つになることを望む、と手紙に記した。これは教会の全信徒が、主に向かう姿勢でまったく一つになったとき、いかに強力な霊界の能力を発揮するかという事実を示している。▼逆にいえば、悪魔は知恵を傾けて、教会が分裂し、わかれ争うように画策していることの証明でもある。その典型は使徒12章にあるペテロ投獄の記事といえよう。初代教会最大の危機ともいえるこのとき、教会は完全にひとつとなり、来る日も来る日も全員でペテロの上に奇蹟が起きるよう祈ったのであった。その結果があざやかに記されている。▼教会が思いと愛で一つになって祈りの座に着いたとき、大きな岩山も崩れ去る、パウロはそれを経験から熟知していた。現代の教会にもまさにこれが必要である。「ヘロデはペテロを捕えて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越の祭り(それは1週間続いた)の後に、彼を民衆の前に引き出すつもりでいたのである。こうしてペテロは牢に閉じ込められていたが、教会は彼のために、熱心な祈りを神にささげていた。」(使徒12:4,5同)

朝の露 <パウロの死生観>

2024-10-04 | ピリピ
「しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためにはもっと必要です。」(ピリピ1:24新改訳)

パウロのほんとうの願いは、この世を去り、一刻も早くキリストのみもとに行くことであった。彼はあまりにも天の世界を知り、主のご愛を間近に感じていたので、地上のことにはなんの魅力もおぼえていなかった。だが、諸教会はパウロの宣教と牧会指導、その深遠さに満ちた書簡を切に求めていたから、羊たちへの愛からこの世にとどまらなければと感じていたのである。▼この世の人たちは、自分の死期が迫るとあわてふためく。なんとかして病気や危険から逃れ、一日でも長く生きたいと、いかなる犠牲でも払う。それを思うと、パウロの死生観は、一般人となんとかけ離れていたことかと、あらためて心がゆさぶられる。はたしてキリスト者を自認する私たちはどうであろう。▼パウロのように、またエノクやモーセのように神の御霊によって歩み、天と地の区別がないほど主の臨在をおぼえながら日々を生きたいものだ。それが地上に残る人々にとって、永遠の希望となるにちがいないから。「私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。しかし、肉体において生きることが続くなら、私の働きが実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいか、私にはわかりません。私は、その二つのことの間で板ばさみになっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。」(ピリピ1:21~23同)

朝の露 <アクサの信仰>

2024-10-03 | ヨシュア記
「嫁ぐとき、彼女は夫に、自分の父に畑を求めるようにしきりに促した。彼女がろばから降りると、カレブは『あなたは何が欲しいのか』と彼女に言った。」(ヨシュア記15:18新改訳)

ユダ族が占領した地域はひじょうに広大であったことが、この章の地域目録からわかる。彼らは信仰と大胆をもって、力の強い敵をものともせずに征服していったのである。特に指導者カレブは異邦の民が住む強い町々を、人々の士気を鼓舞(こぶ)しながら勝ち取って行ったが、娘のアクサも父親ゆずりの大胆さをもって占領地の分け前を自分にくれるよう求めている。彼女はオテニエルの妻となるとき、水の少ない地域に私たちを遣わすのですから、お祝いとして二つの井戸をくださいと求めてカレブからそれを獲得した。当時、乾燥地帯で井戸は貴重であった。▼信仰と祈りは積極的でなければならない。神におずおずと遠慮がちに求めるようなあり方を主は喜びたまわない。アクサのように女性の身でありながら、夫にかわって井戸という大切な財産を強く求める、私たちもそんな積極性を持ちたい。▼「また、イエスはこう言われた。『あなたがたのうちだれかに友だちがいて、その人のところに真夜中に行き、次のように言ったとします。「友よ、パンを三つ貸してくれないか。友人が旅の途中、私のところに来たのだが、出してやるものがないのだ。」すると、その友だちは家の中からこう答えるでしょう。「面倒をかけないでほしい。もう戸を閉めてしまったし、子どもたちも私と一緒に床に入っている。起きて、何かをあげることはできない。」あなたがたに言います。この人は、友だちだからというだけでは、起きて何かをあげることはしないでしょう。しかし、友だちのしつこさのゆえなら起き上がり、必要なものを何でもあげるでしょう。ですから、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求める者は手に入れ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。』」(ルカ11:5~10同)

朝の露 <エフンネの子カレブ>

2024-10-02 | ヨシュア記
「ヨシュアはエフンネの子カレブを祝福し、彼にヘブロンを相続地として与えた。」(ヨシュア記14:13新改訳)

カナン占領戦で光っているのは、なんといってもユダ族カレブの信仰である。
彼は四〇年前のカナン偵察の時から、固い信仰に立ち、神に従い通した。そして八十五歳になった今も戦闘に参加し、巨人アナク族と戦って山地を占領するから、そこを相続地として与えてほしい、とヨシュアに申し出たのである。▼壮健なるかなカレブ、相手が巨人だろうと城壁のある大きな町々に住んでいようと、「主が私とともにいてくだされば、彼らを追い払うことができます」と宣言してやまなかった彼に、ヨシュアが申し出どおりヘブロンを与えたのは当然であった。▼後に士師記は記している。「モーセが約束したとおり、ヘブロンはカレブに与えられ、カレブはそこからアナクの三人の息子を追い払った」(士師記1:20同)と。神への徹底した信仰がなければ、私たちも喜ばれることはできない。何をしても不完全なままに終わるであろう。カレブのあとに続こうではないか。