【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「監督失格」

2011-10-25 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)

監督失格?人間失格って言われるよりましじゃないか。
でも、この監督、映画を撮ることが生きてることとほとんど一緒だからね。「監督失格」って言われたのは、「人間失格」って言われたようなものなのよ。
だから、愛する女優に「監督失格ね」なんて言われると、骨の髄まで傷ついちゃう。
彼女とのプライベートの旅行すべてをありのままにドキュメンタリー映画にしようと試みたのに、けんかしたときにその醜いありさまを撮影するのをためらってしまい、「そんなこともできないんじゃ監督失格ね」って女優に言われてしまう。
そのことをずっと気に病んでいた監督は、偶然彼女が死んだ場に出くわし、これぞ何かの巡り合わせとばかりにカメラを回す。
というか、実際は偶然カメラが回っていただけなんだけどね。
でも、その映像素材を映画にする決断をする。それが、この渾身のドキュメンタリー。
そんな罰あたりなことして、果たしてこの人間は監督として失格なのか、それとも合格なのか。
女優は、2005年に自宅で死んだ林由美香。監督は、彼女と一時期恋人関係にあった平野勝之。
監督は、由美香が好きで好きでたまらない。それは、彼女の寝顔をいとおしそうに捉えたシーンに如実に表れている。
でも、彼女の死体を発見したときには、意外と冷静に対処している。
むしろ、駆けつけた彼女の母親のほうがうろたえちゃうんだけど、そのうろたえかたがあまりに真に迫っていてすごい。
あたりまえだろ。演技でやっているわけじゃないんだから。
「そんなこともできないんじゃ監督失格ね」ということばが頭に残っている監督は、この場面を記録した残酷とも言える映像素材をなんとか映画に仕上げようと決心するんだけど、なかなか仕事が進まない。
なぜか。それがこの映画のキモで、後半、ああ、この監督はこの逡巡のために映画をつくったんだとわかってくる。
ちょっとナルシスティックというか、かっこつけすぎのラストじゃない?とも思うけど、それが正直な姿なんだから仕方がないわね。
ドキュメンタリーのおもしろさというのは、撮られることによって被写体が思わぬ姿をさらしたり、何かが変わっていく瞬間を目撃する、というところに尽きるんだけど、この映画にはたしかにそういう優れたドキュメンタリーとしてのキモがある。
ああいう、偶然写してしまった衝撃映像を使いながらも、映像自体が持つ力に負けることなく、ちゃんと一本の映画として仕上げている。なよなよしているように見えて、かなりしたたか。
あんなに、由美香に入れ上げていながら、実はそれが不倫だってことも含めてな。