わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

異色の戦場実話「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」

2011-02-11 15:54:40 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img398 平山秀幸監督「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」(2月11日公開)は、太平洋戦争末期、サイパン島で繰り広げられた日米戦で、アメリカ軍から“フォックス”と呼ばれて畏れられた陸軍歩兵大尉・大場栄の実話の映画化だ。1944年夏、サイパン島の日本軍は、圧倒的な戦力を持つ米軍に最後の突撃を敢行、玉砕したかに見えた。だが、その日から、残存兵力を組織した大場大尉(竹野内豊)による抵抗が始まる。民間人を守りながら、少ない兵士と武器で米軍を翻弄。その戦いぶりと誇り高い姿勢が、敵側の将校、ハーマン・ルイス大尉(ショーン・マクゴーウァン)を感動させ、畏敬の念を抱かせていく…。
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 原作となったのは、かつて日本軍と戦った元米海兵隊員、ドン・ジョーンズが執筆した2冊の実録『タッポーチョ「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日』と『OBA, THE LAST SAMURAI』。終戦後、ほとんど日本で語られることがなかった大場の物語を明るみに出した作品だった。映画化に当たっては、「愛を乞うひと」「必死剣鳥刺し」の平山秀幸が日本サイドの、「サイドウェイズ」のチェリン・グラックがアメリカサイドのメガホンをとるという日米スタッフによる協力体制がしかれた。その結果、迫真力にあふれた戦闘シーンと、サスペンスフルな山中のゲリラ戦を土台にしたヒューマンな戦争映画に仕上がっている。
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 とりわけ印象に残るのが、わずか47人で敵に立ち向かい、最後には残存兵士と非戦闘員である民間人とともに投降、生き残った大場大尉の姿勢です。大場は、元地理の教師だったとか。玉砕戦のただ中、死体の中に隠れて生きのび、上官を失った兵士や民間人から慕われた寡黙で決断力にすぐれた男。彼が、捕虜になることを恐れた民間人が崖から飛び降り自殺する中で、取り残された一人の赤ん坊を救うくだりが感動をさそう。こうした大場の生きる執念の前では、玉砕命令を発して自決する守備隊幹部の姿などはバカに見えてしまう。そうした点で、玉砕を賛美した、いままでの日本の戦争映画とは一線を画します。
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 日米開戦から70年、終戦から65年をめどに作られた本作。竹野内豊が、人間味豊かな芯の通った大場大尉を好演。その他、日本の演技陣では、唐沢寿明、井上真央、山田孝之、中嶋朋子、阿部サダヲらが共演。アメリカ側は、ショーン・マクゴーウァン、ダニエル・ボールドウィン、トリート・ウィリアムズ(懐かしい!)らが出演。単に戦争の悲劇をとらえた作品ではなく、戦いの中に息づく豊かな人間性を浮きぼりにした作品として記憶に残る。特にクライマックス、堂々と胸をはって米軍の前に現れる大場以下の残存兵士の姿、そして助けた赤ん坊を大場が見守るラストに、生命に対する尊厳の視線がうかがえます。


名作漫画の最新・実写映画化!「あしたのジョー」

2011-02-06 13:54:53 | インポート

Img397 青春時代のバイブルだったスポーツ漫画「あしたのジョー」が、最新版で実写映画化されました(2月11日公開)。もとのマンガは、原作=高森朝雄(梶原一騎)・作画=ちばてつや。1967年12月15日から1973年4月20日まで「少年マガジン」に連載され大人気となる。以後、TVアニメ化、実写映画化もされ、劇場版アニメにもなった。下町の不良少年・矢吹丈が、徹底したハングリー魂でボクシングの世界に挑み、宿命のライバル・力石徹と対決する…。原作が登場したのは、日本中に安保闘争の嵐が吹きまくっていた頃。昭和でいえば40年代。ジョーの反抗精神が、当時の若者たちの共感を呼んだのでしょう。
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 今回の実写版で矢吹丈を演じるのは、TVドラマや映画「クロサギ」で人気を得た山下智久。漫画版のジョーのような野性的な荒々しさは余りないけれど、下町に生きる、やるせないほど孤独で反抗的な少年像を好演。ライバルの力石徹に扮するのは、映画「十三人の刺客」やTV「龍馬伝」などでパワフルなキャラクターを見せる伊勢谷友介。漫画版の力石ほどの“いかつさ”は感じられないが、洗練された敵役ぶりを見せてくれる。だが、なんといっても傑作なのは、元ボクサーでジョーのパートナー・丹下段平を演じる香川照之だ。つるつる頭、左目に黒いアイパッチ、極端な出っ歯に、ナマズを思わせるヒゲ。原作漫画そっくりの扮装で、ドヤ街の橋の下に建てられた粗末なジムのオーナーを巧演します。
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 監督は、「ピンポン」「ICHI」など特異な作風で知られる曽利文彦。舞台となる昭和のドヤ街を5000㎡のオープンセットで完全再現。リアルと最新CGの融合で、原作の実写化に挑んだ。主演の山下と伊勢谷は、数か月に及ぶ肉体改造で、体脂肪率4%前後のボクサー体型を獲得したとか。クライマックス、彼らの後楽園ホールでの対決が圧巻。ボクシンググローブがからみ合い、相手の顔面をとらえるシーンが、CGでダイナミックに映像化されている。時代は、日本でバブル景気が起こる十数年前。ビートルズが解散し、アポロ13号が打ち上げられた頃。ジョーが象徴する貧しさと、力石が所属する富裕階級の対比。そして、ドヤ街に住む人々の人情の豊かさなどが、映画のもうひとつの見どころになっています。


菅野美穂がヒロインに!「ジーン・ワルツ」

2011-02-02 18:25:22 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img396 海堂尊のメディカル・ミステリー小説「ジーン・ワルツ」が映画化(2月5日公開)。菅野美穂が、産婦人科医兼大学医学部助教で、顕微授精のスペシャリストである<遺伝子(ジーン)の女神>といわれるヒロイン・曾根崎理恵を演じています。作品の主題は、体外人工授精や代理母出産などの問題。日本では、まだ代理出産をはじめとする生殖補助医療の法律はないという。体外人口受精の専門家として研究を続ける理恵は、いまだに法制化されていないタブーに挑戦、日本の医療体制に対しての痛烈な批判を試みます。そして、「生命の誕生は、それ自体が奇跡」という信念を貫きとおす。
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 物語では、そんな理恵に、ある疑いが向けられる。彼女が院長代理をつとめる廃院寸前の産婦人科クリニックで、禁じられた治療をしているというのだ。そこに通うのは、それぞれの事情を抱えた4人の女性たち。理恵と同じ大学病院に勤め、教授の地位が約束されているエリート医師・清川吾郎(田辺誠一)が、彼女にまつわる噂と謎を追及する。理恵がクリニックで接するのは、胎児が無脳症だったり、未婚で妊娠して中絶を望んだり、不妊治療の末に妊娠、あるいは顕微授精で双子を妊娠した女性たち。「私も一緒に闘っているんです、あの4人の妊婦さんたちと…」と主張する理恵は、一体なにを計画しているのか?
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 監督は、「NANA」シリーズの大谷健太郎。多摩美術大学在学中から映画を製作、ぴあフィルムフェスティバルで多数の賞を受賞するという経歴を持つ。だが今回は、ドラマがセリフのやりとり主体で進行し、映像や心理描写が伴っていないような気がします。中でも、大学病院の仕組みや、理恵の主張や孤立感の描きわけが曖昧で、医療体制に対する批判も手ぬるい。先鋭的な美貌の医師を演じる菅野美穂は魅力的だけれども、どうも演技に実感がわかない。要するに、社会性を持った深刻なテーマなのに、それぞれに役をふられた俳優たちが、医療ゲームを演じているみたいで、ミステリーになっていないのです。
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 よく言えば演劇的、でも下手をすると、その語り口のまずさが苦笑をさそってしまいそう。ま、医療メロドラマとでも言ったらいいでしょうか。キャストでは、がん発症のために理恵にあとを託すクリニック院長を演じる浅丘ルリ子が迫力十分。また、55歳で顕微授精による双子を妊娠、理恵と深い関係を持つ女性役の風吹ジュンが、それなりの貫禄を見せる。医療の詳細については、よくわからないけれども、もう少しプロットを練りあげて、生命の誕生に対する尊厳を謳いあげた作品にならなかったかと、残念な気がします。


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