人気女優キーラ・ナイトレイが、イギリス映画「アンナ・カレーニナ」(3月29日公開)でヒロインを演じています。ロシアの文豪トルストイの小説の映画化です。女優なら必ず憧れるアンナ・カレーニナ役を、過去グレタ・ガルボ、ヴィヴィアン・リー、ソフィー・マルソーら、そうそうたる女優陣が演じている。キーラは彼女らのような美人ではないけれども、研ぎ澄まされた感覚で熱演。監督は「プライドと偏見」「つぐない」のジョー・ライト。脚本は「恋におちたシェイクスピア」でオスカーを得たトム・ストッパード。この不朽の名作を、舞台、しかもバーレスクのように映像化しているところがユニークだ。
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舞台は19世紀末のロシア。美貌の持ち主で、政府高官カレーニン(ジュード・ロウ)の妻アンナ・カレーニナ(キーラ・ナイトレイ)は、サンクトペテルブルクの社交界の華だ。ある時、彼女はモスクワに旅立つ途中、騎兵将校ヴロンスキー(アーロン・テイラー=ジョンソン)と出会う。そして二人はひと目で惹かれ合う。人妻のアンナは必死に平常心を保とうとするが、舞踏会で再会した彼らは情熱を止めることが出来ない。やがてアンナは、欺瞞に満ちた社交界や家庭を捨てて、ヴロンスキーとの愛に生きようと決心するが…。
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いわば、上流階級を舞台にした不倫と三角関係と嫉妬のドラマである。だが、封建社会の中で、真の愛に生きようとする薄幸の美女アンナは、自己主張する女性の先駆けのような存在だ。キーラの演技は、はじめ違和感があるけれど、次第に熱を帯びてくる。また、物語の背景として、貴族社会と農民階級を対比的に描いている点も見逃せない。その典型が、ヴロンスキーに思いを寄せるアンナの義妹キティ(アリシア・ヴィカンダー)を慕う田舎の地主リョーヴィン(ドーナル・グリーソン)の存在だ。彼は台頭する農民階級のシンボルであり、兄は革命家。やがてリョーヴィンはキティと結婚し、故郷で農民とともに幸せな生活を送る。ここに、滅びゆく貴族階級が浮きぼりにされる。
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同時に、ライト監督の斬新な演出に目をみはる。彼は、社交界の人々の本質をとらえるために「この物語を舞台劇型の映画にしよう」と決意。イギリスのスタジオに、巨大な劇場のセットを建て、上階で上流階級、下階で労働者の生活が展開されるように試みた。更に、競馬場のパドック、スケートリンクまで作られ、ほかにペテルブルクのカレーニン家、グランドホテルのセットも建設。これらのセットには巧妙な建築的つながりが持たせられた。登場人物が劇場を進み、階段を上がり、廊下を歩き、ドアを抜けると、他のセットにつながるという具合。観客は、まるで壮麗な迷宮に迷い込んだように幻惑される。
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映画の冒頭から、その試みが見る者の度胆を抜く。劇場の幕が開き、愛の悲劇の物語が始まる。そして、まるでミュージカルを思わせるような音楽と振り付けと、華麗な衣装のかずかず。メイン・キャストはボディー・ランゲージに取り組み、シーンごとにバレエ的なアプローチを実行したとか。ライト監督は、スピーディで、きめ細かなカットで、物語を組み上げていく。加えて、型通りの不倫ドラマを劇的にカリカチュアライズする。アンナ、カレーニン、ヴロンスキーのエゴの三つ巴を中心に、キャラクターがみごとに戯画化されるのだ。余分な要素を削ぎ取った各キャラと彼らの葛藤には、思わず惹きこまれる。斬新な実験精神に満ちたクラシック・ドラマの復活である。(★★★★+★半分)
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