わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

名女優ジュディ・デンチが好演「あなたを抱きしめる日まで」

2014-03-11 18:39:32 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img004  イギリスのインディーズ作品としてヒットした作品が、スティーヴン・フリアーズ監督の「あなたを抱きしめる日まで」(3月15日公開)です。今年開催された米アカデミー賞では、作品・主演女優・脚色などの部門にノミネートされた。2009年にイギリスで出版された、実在するアイルランド人主婦・フィロミナの物語。50年間隠し続けてきた秘密を告白し、奪い去られた息子を捜す旅に出たフィロミナの数奇な人生を描く。原作(マーティン・シックスミス著)に惚れ込み、原作者を演じているイギリスの人気コメディアン、スティーヴ・クーガンが、製作と共同脚本も手がけている。
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 あるとき、フィロミナ(ジュディ・デンチ)は、娘のジェーン(アンナ・マックスウェル・マーティン)に50年間隠してきた秘密を打ち明ける。1952年のアイルランドでのこと。十代で未婚のまま妊娠したフィロミナは家を追い出され、修道院に入れられる。そこでは、同じ境遇の少女たちが保護と引き換えにタダ働きをさせられていた。フィロミナは男児を出産、アンソニーと名付けるが、面会は1日1時間しか許されない。やがて修道院は、3歳になったアンソニーを金銭と引き換えに養子に出してしまう。以来、わが子のことを忘れたことがない母のために、ジェーンは元ジャーナリストのマーティン(スティーヴ・クーガン)に義兄捜索の話を持ちかける。そして、愛する息子にひと目会いたいフィロミナと、その記事に再起をかけたマーティンの旅が始まる。
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 この作品は、カトリック教会による人身売買という恐るべきテーマが土台になっている。かつてアイルランドでは、婚外子をみごもった女性は家族・社会の恥とされ、女子修道院が営む施設に送られ、生まれた子供たちは養子として主にアメリカ人に引き取られたという。1940年代から70年代にかけて行われた、これら養子斡旋事業の詳細をカトリック教会は公表しておらず、寄付として教会に渡された金額などは明らかにされていない。2003年公開の「マグダレンの祈り」は、ダブリンの女子修道院の敷地から、強制労働に従事させられた数多くの女性の遺体が発見された実話の映画化だった。近年、アイルランド共和国では、こうした事実が明らかにされ、教会の倫理基準に対抗する動きが広まってきたそうだ。
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 テーマは悲劇的だが、映画ではフィロミナとマーティンの息子捜しの旅を軽妙なタッチでつづる。イギリスからアイルランド、そしてアメリカへ…。善良な田舎の主婦で元看護師のフィロミナ。彼女はロマンス小説の愛読者で、機内サービスの酒を楽しみ、高級ホテルではしゃいでみせる。そんな老齢の女性を、ジュディ・デンチが好演。最初は疑心暗鬼で、次第にカトリックの偽善に怒りを増していくインテリ、マーティン役のスティーヴ・クーガンも味わいのある演技を見せる。いわば、労働者階級の女性と中流階級の男性の奇妙な道行きといっていい。ふたりの怒りは、修道院が記録を焼き、アメリカ人に赤ん坊をひとり1000ポンドで売っていたことを知るや、頂点に達する。
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 そして、フィロミナとマーティンがアメリカで知った意外な事実とは? 映画のモデルとなったフィロミナ・リーさんは、息子の同性愛を肯定し、自分と同じく十代で子供を産んだ娘ジェーンを助け、自分を不当に扱った修道女たちを許し、神に祈っているという。しかし、「クィーン」などでアカデミー賞候補になったスティーヴン・フリアーズの演出は、やや型通り。息子アンソニー捜しの過程で、アメリカ移民局のファイル捜索や、息子の同性愛相手の話などのエピソードが登場するが、それらが簡略化されていて不明な点もある。映画の原題は「PHILOMENA」、対する邦題はなんとも大甘ですね。(★★★+★半分)


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