わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

悪魔憑き事件を題材にしたルーマニア映画「汚(けが)れなき祈り」

2013-03-19 23:43:01 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

13 クリスティアン・ムンジウ監督は、1968年、ルーマニア生まれ。07年の長編映画第2作「4ヶ月、3週と2日」が、ルーマニア映画として初めてカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。共産主義政権下、法律で禁じられた妊娠中絶をめぐる女子大生たちの苦悩の一日を緻密に描写した作品だった。彼の3作目となる「汚(けが)れなき祈り」(3月16日公開)が、また昨年のカンヌ国際映画祭で女優賞と脚本賞をダブル受賞、今年開催された米アカデミー賞の外国語映画賞部門でもルーマニア代表作品に選出された。その題材がユニークで、2005年にルーマニアの修道院で実際に起きた悪魔祓いの儀式をもとにしたドラマです。
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 物語の主人公は、かつて同じ孤児院で育った二人の娘、アリーナ(クリスティナ・フルトゥル)とヴォイキツァ(コスミナ・ストラタン)。国を出てドイツで暮らしていたアリーナが、ヴォイキツァに会うためルーマニアに戻って来る。アリーナの願いは、世界でただ一人愛するヴォイキツァと一緒に過ごすこと。だが、ヴォイキツァは神の愛に目覚めて、修道院で満ち足りた生活を送っている。修道院で過ごすことになったアリーナは、なんとかヴォイキツァを取り戻そうとするうちに精神を患っていく。修道院では、アリーナの病が悪魔の仕業であるとみなし、彼女を救うため悪魔祓いの儀式を行うことを決断する…。
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 映画は、冬の修道院の生活を、じっくりとリアリズム・タッチで描きながら、暗黒時代を思わせる宗教の戒律と、現代に生きる若い娘が象徴する人間性との対決を見据えていく。実際の事件では、悪魔祓いを受けた娘は病院に搬送中に死去。彼女は、二昼夜拘束され、水も食べ物も与えられず、脱水症状と極度の疲労と酸欠が認められ、死因は急性心肺不全とされたという。事件は多くのメディアに取り上げられ、中には「ルーマニアは、いまも中世のままだ」と書き立てる媒体もあったとか。結果、悪魔祓いに関わったとされる司祭と修道女たちは、不法監禁致死罪で逮捕され裁判にかけられて、有罪になったそうである。
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 上映時間2時間32分、息詰まるような緊張の連続だが、そんな中から浮かび上がるのが宗教と愛の葛藤である。アリーナのヴォイキツァに対する愛は、どこか同性愛を思わせる。あるいは、その愛は過酷な孤児院生活で育まれた同志愛に似たものか。その狭間で引き裂かれるように、半狂乱になったアリーナは宗教の戒律に懐疑的で冷笑的な態度を突き付ける。またヴォイキツァも、暗い情念と反抗心を燃やす。つまり、このドラマは、限られた空間で起きた“悪魔憑き事件”を題材にしながら、それに対する若い世代の魂の叫びを通して、孤立や閉塞感が進む現代社会に“ノー!”を突き付けているようにも思われるのだ。
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 ムンジウ監督は言う。「本作は、愛と自由意志についての映画だ。この世界には、宗教の名のもとに行われた大きな過ちが余りにも多い」と。異端、悪魔憑きと断じられた人間が、実はもっとも人間的で、自由意志を持った人なのかもしれない。そうした意味では、ブログでタリバンを批判しただけで銃撃されたパキスタンの少女の例を待つまでもない。アリーナを演じたクリスティナ・フルトゥル、ヴォイキツァ役のコスミナ・ストラタンともに映画初出演で、そろってカンヌ国際映画祭女優賞を受賞した。「少年と自転車」のジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟監督が共同プロデュースに当たっている。(★★★★)


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