わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

全米を揺るがせた事件の映画化「フルートベール駅で」

2014-03-17 18:18:46 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img005  2009年のニューイヤーズ・デイ。新年を迎えて賑わうサンフランシスコのフルートベール駅で、22歳の黒人青年が鉄道警官に撃たれて死亡した。銃を持たない丸腰の彼が、なぜこのような悲惨な死を迎えたのか? 事件は大きな波紋を巻き起こし、全米で抗議集会が行われるほどだった。この出来事をもとに、青年が事件に巻き込まれる前の“人生最後の日”を追ったのが、27歳の新鋭黒人監督(兼脚本)ライアン・クーグラーが手がけた「フルートベール駅で」(3月21日公開)です。2013年サンダンス映画祭で作品賞と観客賞をダブル受賞、カンヌ国際映画祭では、ある視点部門フューチャーアワード賞を受賞した問題作だ。
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 サンフランシスコのベイエリアに住むオスカー・グラント(マイケル・B・ジョーダン)は、出所したてで職がないが、人生を前向きにやり直したいと思っている。2008年12月31日、彼は恋人ソフィーナ(メロニー・ディアス)と、愛娘タチアナとともに目覚める。そして、大晦日の晩は家族・親戚そろって食事をし、母ワンダ(オクタヴィア・スペンサー)の誕生日を祝った。やがてオスカーとソフィーナは、新年を祝いに仲間たちとサンフランシスコへ花火を見に行くことにする。オスカーは、仲間と電車内でカウントダウンを祝うが、帰りの車中でケンカを売られて乱闘となり、そこへ鉄道警察が出動。オスカーたちはフルートベール駅のホームに引きずり出され、聞く耳を持たない白人警官に撃たれてしまう。
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 フルートベールの周辺には、貧しい黒人たちが住む貧民街=ゲットーが広がっているという。オスカーには犯罪歴があり、ドラッグの売人という顔も持つ。だが、なんとかまともに生きようと努力するが、遅刻が原因で勤務していたスーパーマーケットを解雇されたばかり。そんな時に、ベイエリア高速鉄道の中で刑務所仲間にケンカを売られる。駆けつけた警官たちは、何もしていないと必死に懇願するオスカーに耳も傾けず、彼をうつ伏せにして手錠をかけ、あげくに彼に発砲する。この事件に対して、全米で抗議やデモが起きるが、殺人を犯した警官には懲役2年の判決しか下らず、わずか11か月で釈放されたそうである。
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 事件当時、クーグラー監督自身もクリスマス休暇で学校からベイエリアに戻っていて、元日にニュース映像を見て心を動かされたという。いまだにアメリカに根強く残る人種差別と、貧困と犯罪と暴力。オスカーを撃った警官には、彼を同等の人間とみる視点が欠け、社会から排除しようとする衝動にのみ突き動かされたのだろう。クーグラーが書いた脚本は、サンダンス・インスティテュート・スクリーンライターズ・ラボに選出された。そして、黒人の名優フォレスト・ウィテカーが製作に名を連ねて、僅か20日間で撮影を完了した。
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 結果、久しぶりに真っ向から社会悪に切り込むアメリカ映画が誕生。カメラが街中で躍動し、主人公オスカーの心理と軌跡を鮮やかに映し出し、かつてのアメリカン・ニューシネマ作品を思わせる斬新な作品となった。そして、アメリカを支える多民族社会と、そこに潜む矛盾―定着できないヒンキー青年、黒人への差別などが鮮やかに浮きぼりにされる。本作は、全米公開時には7館からスタートし、大ヒットによって1063館で拡大上映されたそうだ。こうしたインディーズ作品のエネルギーこそ、映画界を活性化させる起爆剤となるにちがいない。(★★★★+★半分)


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