デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

谷啓さんが吹くイッツ・オール・ライト・ウィズ・ミー

2010-09-19 08:01:20 | Weblog
 昭和を代表するテレビ番組「シャボン玉ホリデー」だったか、ザ・ピーナッツとクレージーキャッツの特番だったか、40年も前のことだから定かではないが、ザ・ピーナッツがエラ・フィッツジェラルドの十八番をメドレーで歌った。合わせ鏡のような芸術ともいえる振り付けと双子姉妹ならではのハーモニーは、持ち歌でなくても何度も歌ったレパートリーのように完璧に歌い、美しさも変わらない。ハウ・ハイ・ザ・ムーン、マック・ザ・ナイフ、そして・・・

 トロンボーンのソロでイッツ・オール・ライト・ウィズ・ミーにつなぐ。今月11日亡くなられた谷啓さんだ。映画、釣りバカ日誌シリーズで飄々とした役を演じておられたが、トロンボーン奏者として原信夫さんにスカウトされ、シャープス&フラッツに参加したほどの腕前で、スイングジャーナル誌の人気投票でも上位にランキングされている。多彩なギャグで一世を風靡したクレージーキャッツ結成時からのひとりで、他のメンバーはみなミュージシャン志望だったようだが、谷啓さんだけはコメディアンを目指していたという。志を強く持った目標は才能を開花させるというが、トロンボーン奏者としてその道を歩んでいたなら、その分野でも秀でていたに違いない。

 コール・ポーターの快適なナンバー、イッツ・オール・ライト・ウィズ・ミーの名演数あれど、止めを刺すのはザ・カーティス・フラー・ジャズテットだ。一見してわかるサボイ・レーベルのジャケット・デザイン、一聴でわかるゴルソン・ハーモニー、そしてブリリアントなモーガン、弾けるケリー、太いラインのチェンバース、鼓舞するパーシップ、どれをとってもハードバップの誇り高い薫りがする。スタンダード曲は基本的に演奏する楽器を選ばないし、作者も指定がない限り、特定の楽器を想定して書くわけでもないが、この曲だけは管楽器がよく似合う。勿論、ピアノ・トリオでもスリリングな演奏が残されているものの、急速調のメロディは管の輝きを持って真価を発揮する。

 谷啓さんがイッツ・オール・ライト・ウィズ・ミーを吹いたのは、この曲が管楽器、それもトロンボーンが一番映えることを知っていたのだろう。自伝「七人のネコとトロンボーン」で、「自然にひと呼吸遅れていただけで味が出てしまった」と回想している。今ごろシャボン玉の彼方でひと呼吸付いているだろうか。磨きぬかれたトロンボーンを手にしているだろうか。そして「ガチョーン」のポーズを取っているだろうか。享年78歳。合掌。
コメント (25)
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