デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

春はジェーン・モンハイトを聴いてみよう

2012-04-15 08:30:19 | Weblog
 70年代はじめ青山に「ロブロイ」というジャズクラブがあった。安田南の「South」が録音された店として記憶されている方もあろう。客席には筒井康隆や小松左京、星新一といった作家をはじめ、詩の朗読パフォーマンスの先駆者として知られる吉増剛造や白石かずこ、奥成達らの詩人で賑わっていた。ママは遠藤瓔子で、のちに店の回想録を書いているがお客の影響だろうか、文章がこなれていて面白い。

 似たような話でセントルイスのジャズクラブ「クリスタル・パレス」のママ、フラン・ランズマンは、お客のジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグという時代の尖端を行く詩人に感化されて作詞をしている。フランが書いた詞で最も有名なのは、「Spring Can Really Hang You Up The Most」で、長い原題よりも邦題の「春が来たのに」と言ったほうがピンとくる曲だ。心浮き浮きする春とは程遠い「春は私を最も憂鬱にさせる」というような内容の歌で、詩だけを切り取るとネガティブだが、このクラブのピアニストであるトミー・ウルフが書いたメロディに乗せると春の気分になるから不思議だ。詩が旋律に溶け込むバラードの技といえよう。

 その技ありをみせたのはジェーン・モンハイトで、セロニアス・モンク・コンペティションに入賞したことで脚光を浴びたシンガーである。このときまだ20歳だったが、仄かに色気を漂わす美女で、もし小生が審査員ならステージに上がるだけで入賞を決めたくなるほどだ。勿論、歌唱力も表現力も20代のシンガーとしては水準を遥かに超えており、間違いなくジャズヴォーカル界を牽引する一人である。デビュー2作目の「カム・ドリーム・ウィズ・ミー」は、「春が来たのに」に加え、エリントンの「サムシング・トゥ・リヴ・フォー」や、ミルドレッド・べイリーの「アイム・スルー・ウィズ・ラブ」といった地味な曲を取り上げるセンスも只者ではない。

 いつも何か面白いことをやっている店という評判で、毎晩満員だった青山「ロブロイ」は76年に突然閉店している。瓔子の夫であり店のオーナーだった安部譲二が逮捕され、店の扉に東京地裁の強制執行の張り紙が貼られたことに因るものだ。「塀の中の懲りない面々」で作家デビューする10年前の話である。元ヤクザの講演を聞いたことがあるが、春が来ても塀は高かった、そして懲りたと、目は潤んでいた。

敬称略
コメント (20)
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