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デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

マンシーニが味わった酒とバラの日々

2009-11-15 08:13:26 | Weblog
 オードリー・ヘップバーンの優雅な身のこなしが浮かぶ「ムーン・リバー」や「シャレード」、スクリーンいっぱいに広がるひまわり畑とソフィア・ローレンの大粒の涙にもらい泣きしてしまう「ひまわり」、テーマを聴くだけで「あ、それからもうひとつ」の名台詞が聞こえる「刑事コロンボ」、ヘンリー・マンシーニの音楽はつねに映画と一体している。マンシーニは自伝を書いていおり、タイトルを「Did They Mention the Music?」という。

 「お客さんは音楽のことを何か言っていたかい?」と、映画を観て帰った娘に向けた言葉である。映画にとって重要な位置を占める音楽に耳を傾けてくれないもどかしさを訴え、その芸術性を問い続けたマンシーニらしいタイトルだ。マンシーニの曲は派手な装飾がなく、いたってシンプルなメロディラインのせいか、アドリブ発展には不向きであまりジャズメンの間では話題にならないが、「酒とバラの日々」はピーターソンが取り上げたことで一躍ジャズスタンダードに仲間入りした曲である。映画は酒のために身を滅ぼしていくアルコール中毒の夫婦の姿をリアルに描いた社会ドラマだが、音楽はきわめて美しい。

 数ある演奏でもアート・ファーマーがフリューゲルホーンで歌い上げた「インターアクション」は、曲の持ち味を生かした最もマンシーニの曲想に近い名演である。ピアノの替わりにジム・ホールのギターを入れることにより全体のトーンがソフトになり、ファーマーの物憂げな音色も一層映える。ホテルのラウンジあたりで流れていると、ともすれば情景に消え入るBGMにしか過ぎないが、ふと振り返ったときに心地よく耳に残る音楽の味わいだ。それはいつまでも脳裏に残る映画のワンシーンのインパクトはないが、映画館を出た後にふっと過ぎるスクリーンミュージックに似ている。

 62年に封切られた「酒とバラの日々」は、同年のアカデミー賞映画主題歌賞に輝いた。この映画から帰った娘はきっと、「パパ、映画以上に音楽が素敵だ、と皆言ってたよ」そう答えたことだろう。映画以上に音楽そのものの芸術性を高め、画面と音楽が同化することで映画自体をも価値のある作品にしたマンシーニの惜しみない努力が報われたときだ。マンシーニが味わった酒とバラの日々であろう。
コメント (33)
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