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デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

有頂天時代の今宵の君は

2008-11-23 08:28:39 | Weblog
 凡そ70年前の映画にフレッド・アステアが主演した「Swing Time」がある。リアルタイムでご覧になっている方は少ないだろうが、「有頂天時代」という邦題が付いていた。原題、邦題とも時代を映し出しているかのようだ。この映画の主題歌はアカデミー賞映画主題歌賞を受賞した「The Way You Look Tonight」で、これまた「今宵の君は」という名訳が付いている。どなたが邦題を付けたのかは存ぜぬが、そのセンスたるや70年経った今でも色褪せることはない。

 甘いバラードだが深みのあるメロディに魅せられるのだろう、多くの名演があり、ホール・ダニエルス・オクテットにも収録されている。ダニエルスとこのアルバムはあまり知られていないが、Zim Records から出ている「Zoot Sims, Dick Nash Octet / Nashville」なら聴かれた方も多いはず。そのオリジナルがトラッド系の Jump レーベルから発売されたこのレコードである。ダニエルスはレス・バクスターの主任編曲者で、トランペッターのようだが、僅かに聴けるソロは淡白で平板なものだ。何ゆえダニエルス名義で出されたのか不明だが、映画音楽も手がけていることからこのメンバーで、映画のために録音した流れだったのかもしれない。

 オクテット編成による厚みのあるテーマはリズミカルに奏でられるが、バラードでなくても曲が持つ美しさを損なうこともなく、完成されたメロディ構成は五線譜の空間を優雅に舞う蝶をみるようだ。主役はズート・シムズで、アンサンブルに乗って悠々と現れ、シムズの最も得意とするミディアムテンポのソロは珠玉のフレーズを紡ぎだす。そして瞠目するのはこの録音が行われた55年にダウンビート誌批評家投票で新人ベストに選出されたボブ・ゴードンで、ウエスト・コーストの柔らかいバリトンの音色を残しながら本セッションの半年後には夭折した。ゴードンの栄光と悲劇の狭間で録音されたアルバムには、ジャズが持つドライブ感と、ジャズしか持ちえない一瞬のスピード感を記録している。

 「今宵の君は」を作曲したのはガーシュインやリチャード・ロジャースにも影響を与えたジェローム・カーンで、ドロシー・フィールズに作詞を依頼するため書き上げたばかりの曲を披露した。フィールズはカーンの演奏を聴いたとたん、あまりのメロディの美しさに涙を流したという。
コメント (26)
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