任天堂の2010年3月期決算は、大幅な減収減益となった。SNSアプリやケータイアプリなどプラットフォームが増加する中、任天堂をとりまくビジネス環境が不透明さを増していることは否めない。それは、言い換えれば、ゲーム業界の行方そのものの不確実性の高まりを意味している。
(文/ジャーナリスト・石島照代)
任天堂が発表した2010年3月期連結決算は、売上高が前期比22%減の1兆4343億円、営業利益は36%減の3565億円、純利益が18%減の2286億円と、6期ぶりに減益となった。今期も減益の予想で、がっかりしたのか株価も急落した。減益と新ハード「ニンテンドー3DS」だけに評価が集中する任天堂の決算発表内容から、業界の今を読み解く。
任天堂決算のマイナス材料は
欧州の不振とハード売上の鈍化
確かに、任天堂が発表した2010年3月期連結決算は、数字だけ見れば減収減益だった。だからといって、任天堂が危ないと思っている業界人は、そういないだろう。
ある業界幹部も「この不況下にもかかわらず、純利益が2000億円を超えている企業など、ゲーム業界以外でもそうはない。なのに、減益と叩かれて株価が下がるなら、他社はどうすればいい?」とため息混じりに語る。
今回の決算においてマイナスの材料となったのは、主に3つ。1100億円の為替差損、欧州を含むその他市場におけるDSソフト市場の伸び悩み、そしてハード売上の鈍化だ。
地域別DSソフト売上を2009年3月期決算と比較して見ると、日米はほぼ差がなく、減少幅も不況の影響の範囲内で説明できるのに対し、欧州を含むその他市場のみ40%以上も下がっている。Wiiに関してはどの地域も減少はしているものの、地域差はない。
この理由について、任天堂の岩田聡社長は今月7日に開催された、決算説明会において「欧州に関しては、ハードを強力に牽引するような大ヒットソフトがしばらく出ていない。また、昨年の年末商戦期後は、他パブリッシャーの『プレイステーション(PS)3』用タイトルが充実していたため、PS3市場に追い風が吹いた」と説明、世論を喚起できるようなDS用ヒットタイトル作りが必要と語っている。
ハードの売上はそれぞれ、DSは2005年、Wiiは2007年発売以降順調に伸びてきたが、一昨年をピークにして下げた。この要因が、不況なのか、それとも「モバゲー」や「ミクシィ」のようなSNS(ソーシャルネットワークサービス)アプリ人気で、ゲーム機を買ってゲームをする意味を見いださなくなったのか、現時点で判断することはかなり難しい。少なくとも、判断にあと1年はかかるだろう。
そうはいっても、全世界のハード総販売台数は、DSは1億2889万台、Wiiは7093万台と普及台数は決して少ないとは言えない。ただ、世界一売れたソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション2」の1億4100万台と比較すると、Wiiののびしろはまだあるようにも見える。このあたりは、今後の世界経済の状況次第で良くも悪くも変化しそうだ。
変化しつつあるゲームソフトビジネス
口コミと話題作りの重要性
その一方で、今回の決算では、外部環境の変化によるゲームソフトビジネスの構造変化と、ソフトメーカーとしての任天堂の強さを実感する出来事もあった。いままで、ゲームソフトの寿命は「発売日から1ヵ月が勝負」というのが業界の常識だったが、それを覆すケースが多発しているのだ。
岩田社長が自ら決算説明会で説明したケースは、フランスのゲームソフトメーカー、UBISOFTの「JUST DANCE」(Wii用、日本未発売)。リモコンを握って踊るゲームだ。このソフトの初週売上は1万本以下だったが、YouTubeなどにダンスシーンがアップされるなどして一気に火がつき、欧州で発売後15週目には100万本を突破した。
このようにゲームソフトの価値を「初週販売本数だけでは判断できない」(岩田社長)ケースは、日本でも発生している。その代表的なケースが昨年夏に発売された、「トモダチコレクション(トモコレ)」(DS用、3800円)だ。このゲームは、「そっくりトモダチ」と交流するという前例がない完全新作タイトルで、「初回受注本数は10万本」(岩田社長)だった。ところが、日本のみの販売にもかかわらず前決算期内で330万本を超える大ヒットとなった。
ちなみに、前決算期内に国内で一番で売れたゲームは「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」(スクウェア・エニックス、DS用)の415万本。ドラクエの数字だけを見ても、トモコレの凄さが実感できる。
また、注目したいのが、「マリオ」ファミリーソフト群、中でも「マリオカートDS」(2005年発売)、「Newスーパーマリオブラザーズ」(2006年発売、DS用)、「マリオカートWii」(2008年発売)の販売本数だ。前決算期内だけで、それぞれ21万本、41万本、43万本も売れている。しかも「Newスーパーマリオ」は、前々期(2009年3月期)も31万本を売り上げているが、前決算期ではそれを10万本も上回った。「マリオ」タイトルは、もはや発売から1ヵ月というくくりでは考えられない、世界の定番タイトルに成長したことが伺える。
「JUST DANCE」や「トモコレ」は口コミで伝播しやすいタイトルだったことが、ヒットに結びついたようだ。この「口コミヒットタイトル」は任天堂のDSタイトルには多い。たとえば、「脳トレ」シリーズや「ニンテンドッグス」はその代表作だ。同社の岩田社長は以前、両タイトルのヒットについて「脳トレ」は脳年齢を、「ニンテンドッグス」は自分が飼っている犬を、それぞれ「見せびらかしたい」という欲求が、生まれたためにヒットしたと説明している。
「トモコレ」も、登場人物を有名人や友人などにすることで、バーチャルな人間関係を「見せびらかす」という欲求が生まれやすい。たとえば、「有名人と付き合っている自分」などはその好例だ。
また、ミクシイのコミュニティやツイッターの存在も、口コミ網としてよく働いた。ミクシイなどのSNSは専用ゲームアプリを持っており、家庭用ゲーム機市場にマイナスに働くと言われているが、一方で、ミクシイの「トモコレ」コミュニティは3万人を超えている。家庭用ゲーム機市場もまたSNSの恩恵を受けている事例といえるだろう。
一方、「マリオ」ファミリーソフト群の事例については、岩田社長は「マリオ」ブランド効果と説明している。
「日米では(ビデオゲームの黎明期に)『スーパーマリオ』で楽しみ、その体験を深く心に残している。その『マリオ』に対するノスタルジーが『New スーパーマリオブラザーズWii』の大ヒットにつながった」と分析している。また、欧州でも「マリオカートWii」の売上は、アメリカを抜いているため、「『New スーパーマリオブラザーズWii』を、長期間大切に売っていきたい」(岩田社長)。
また、このブランド効果を最大限に生かすかのように、ゲームファンのあいだで「マリオ」の話題が途切れていないことも大きい。任天堂は、前出の3タイトルのように、ハードは異なるものの「マリオ」タイトルを続けて発売し、マリオの話題を途切れさせないようにしている。たとえば、任天堂は昨年「New スーパーマリオブラザーズWii」を発売、日本だけで366万本を売り上げたが、このヒットが、他の「マリオ」ファミリーソフト群を牽引した可能性は十分考えられる。
ハードとソフトが一緒になっていることが
任天堂の生命線だが
このように、任天堂のソフトビジネスは世界的に見ても盤石なのだが、ゲームビジネス全体を包括的に見た場合、任天堂をとりまくビジネス環境は不透明さを増している事は否めない。
決算説明会で「クラウドコンピューティングの時代において、プラットフォームを買わせるビジネスは時代遅れではないか?」という質問をされた岩田社長が、「未来永劫、ハードビジネスが続くとは思わないが、すぐなくなるとも思えない。ハードとソフトが一緒になっていることが、我々のビジネスの生命線」と答えている。この「思わない/思えない」という言葉からも、ゲーム業界を取り巻く外部環境の変化を予想することの難しさが伺える。
また、任天堂が批判にさらされやすいのは、任天堂がゲーム専業企業であり、かつ自社ハードを持つという点だ。ソニーにしろ、マイクロソフトにしろ他のハードメーカーにとって、ゲーム事業はたくさんある部門のひとつに過ぎない。つまり任天堂には、「ウインドウズ7」の売り上げが好調なマイクロソフトのような逃げ場がないのだ。それゆえ、今回のように減収減益が強調されやすい。
そして、ハードビジネスは当たれば大きいが、失敗した際の傷は計り知れない。これは、SNSアプリやケータイアプリ、アップルの「iPad/iPhone/iPod(touch)」のように、プラットフォームが増加していく現在においては、ソフト専業メーカーにとっては選択肢が増えて有利に見える反面、ハードメーカーにとってはリスクに見えるだろう。
だが、岩田社長が「時代遅れになるという理由で、(無料でカジュアルゲームを遊べるビジネスという意味の)ソーシャルゲームの投入を考えたこともない」と語っていることは大変興味深い。つまり、世界一売れているゲームソフト「マリオ」シリーズを擁する任天堂のゲームは、任天堂ハードでしか遊べない状況が続く、ということだ。今のところは、だが。
任天堂は新ハード「ニンテンドー3DS」の詳細も含む新しい発表は、来月米国・ロサンゼルスで開催されるE3(Electornic Entertaiment Expo)で行う予定だという。世界的な不況とプラットフォームの増加という“二重苦”の中で、任天堂はどのような戦略を示すのか。今年のE3は近年になく注目が集まりそうだ。
<筆者プロフィール>
石島照代(いしじま てるよ)
1972年生まれ。1999年から業界ウォッチャーとしての活動を始める。現在は「夕刊フジ」本紙とウェブ媒体「ZAKZAK」(産業経済新聞社刊)、「ダイヤモンド・オンライン」(ダイヤモンド社)で執筆中。著書に『ゲーム業界の歩き方』(ダイヤモンド社刊)。明治大学文学部を経て、早稲田大学教育学部に在学中。