山手線高田馬場駅のホームが早稲田通りを跨ぐところのガード(埼京線や湘南新宿ラインがすごい轟音で渡るガード)は「川越街道架道橋」という名前だそうですが
下の都道は「早稲田通り」で、古くは「薬師道」と呼ばれていました。
どんなに遡ってみても、旧川越街道は板橋平尾宿の先、旧山手線区間(現在の埼京線)の板橋駅に隣接する赤羽線旧仲仙道踏切から500mほど中仙道を京都方に進んだ場所から分岐していた街道で
新道である国道254号線も池袋駅を出て大きなカーブを描いている場所で、線路の上を跨いでいます。
おそらく開業した当時、明治時代に何らかの手違いで名称が取り違えられ、そのまま幾星霜この名のまま過ごしてきて、おそらくこの先も未来永劫、取り違えられたまま緑の電車が走り抜けて行くのでしょう。
横を走る西武新宿線が川越まで行くのがせめてもの救いですね。