明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

合掌  


2008年11月のブログに私はこう書いている。“睨みの成田屋、海老蔵の仁木弾正の目力は凄かった。前から16列の、乱視の私にもはっきり届く。眼光をあたりにまき散らしながらの立ち回り。ようやく死んでくれた時はホッとしたくらいである。弾正の亡骸が担がれていくときは「ごくろうさん」の声。 成田屋に、私のような細い目の子が生まれた場合、一大事である。伝統継承のため、ちっちゃい目の娘と結婚してはならないという家訓があるのではないか。” 海老蔵丈の目にライトが反射して私の席からピカーっと光った。この経験から、交通局発行のフリーリーペーパーの表紙に、劇聖と称された九代目市川團十郎特集を編集長に進言した。團十郎に睨まれると一年間風邪ひかない、と江戸時代からいわれている。当時、インフルエンザが流行っていた。 家訓かどうかはともかく、後に目の大きなかみさんをもらい、無事成田屋のお家芸の睨みは14代團十郎になるであろう、勧玄くんに受け継がれていくことであろう。 私が制作した九代目團十郎は11月過ぎまで深川江戸資料館に展示されているが、その時制作したのは、表情が違う助六である。歌舞伎座修復開始の数日前に配布された。作っている最中、資料集めに古書店に行くと、店主から海老蔵丈は研究熱心で、九代目の資料を車でごっそり買って行くと訊いた。 それにしても残念。ご冥福をお祈りします。合掌。


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