「25歳までに左翼にならない人には心がない。35歳になってもまだ左翼のままの人には頭がない」と言われるそうです。
潔癖で理想を求める青春期には社会主義や共産主義に魅力を感じるが、ある程度人生経験を積み現実社会を理解できるようになると、その実現性や硬直性に疑問を持つようになる、ということのようです。
我々世代の青春時代は「左翼がファッション」と揶揄されたこともありますが、ほとんどの若者は程度の差こそあれ左翼に親近感を持っていました。
「反戦」「平和」「反体制」と言う言葉が「平凡パンチ」にまであふれており、若者特有の欲求不満を反体制・左翼が吸収していたように思います。
あの頃から約半世紀が過ぎ、大学を出ても正社員になれずに派遣社員にしかなれない若者があふれ、低賃金で結婚にも踏みきれず、将来に対する夢も持てない現在。
そんな鬱屈した不満が、顔の見えないネット社会を拠点に社会的弱者に向かっているように感じます。
異なる意見に対して口汚くののしるように攻撃を繰り返す「ネット右翼」と呼ばれる人達や、ヘイトスピーチを繰り返す「在特会」、わけのわからない「維新の会」や軍備強化を目指す右翼的な「幸福実現党」など、世の中の雰囲気がおかしな方向に向かっているようで感覚的な危機感を覚えます。
また新聞の投書欄に投稿した人の住所や電話番号がネットの掲示板にさらされて(どこからそんな情報が漏れるのか?恐ろしい世界です)、安倍首相の改憲姿勢に疑問を唱えたり、憲法9条を守る意見を投稿した人の自宅に「売国奴」とか「お前の家はわかっているぞ」と言った脅迫めいた電話がかかっているという記事がありました。
自分と反対の意見を脅しで押さえつけようとする風潮は、平和を唱えた人々を「非国民」と弾圧し、全国民を戦争協力に駆りだした戦前の雰囲気に近づいているのでしょうか。
戦争を直接経験したことはなくても、親から聞かされた生身の戦争体験や、祭りの会場で松葉杖をついた傷痍軍人の姿を日常的に見かけたり、子供時代はそれなりに戦争は身近な感覚でとらえていました。
その触覚が不穏な空気を感じ取りつつあります。
全ての戦争は国を守る為と言って始まります。
不穏な近隣情勢ではありますが、勇ましい言葉に安易に乗せられてしまうのは、再び過ちを繰り返すことになるのではないでしょうか?
いざという時には「頭がない」と言われても立ち上がらなければならない時代が近いのかも知れません。
潔癖で理想を求める青春期には社会主義や共産主義に魅力を感じるが、ある程度人生経験を積み現実社会を理解できるようになると、その実現性や硬直性に疑問を持つようになる、ということのようです。
我々世代の青春時代は「左翼がファッション」と揶揄されたこともありますが、ほとんどの若者は程度の差こそあれ左翼に親近感を持っていました。
「反戦」「平和」「反体制」と言う言葉が「平凡パンチ」にまであふれており、若者特有の欲求不満を反体制・左翼が吸収していたように思います。
あの頃から約半世紀が過ぎ、大学を出ても正社員になれずに派遣社員にしかなれない若者があふれ、低賃金で結婚にも踏みきれず、将来に対する夢も持てない現在。
そんな鬱屈した不満が、顔の見えないネット社会を拠点に社会的弱者に向かっているように感じます。
異なる意見に対して口汚くののしるように攻撃を繰り返す「ネット右翼」と呼ばれる人達や、ヘイトスピーチを繰り返す「在特会」、わけのわからない「維新の会」や軍備強化を目指す右翼的な「幸福実現党」など、世の中の雰囲気がおかしな方向に向かっているようで感覚的な危機感を覚えます。
また新聞の投書欄に投稿した人の住所や電話番号がネットの掲示板にさらされて(どこからそんな情報が漏れるのか?恐ろしい世界です)、安倍首相の改憲姿勢に疑問を唱えたり、憲法9条を守る意見を投稿した人の自宅に「売国奴」とか「お前の家はわかっているぞ」と言った脅迫めいた電話がかかっているという記事がありました。
自分と反対の意見を脅しで押さえつけようとする風潮は、平和を唱えた人々を「非国民」と弾圧し、全国民を戦争協力に駆りだした戦前の雰囲気に近づいているのでしょうか。
戦争を直接経験したことはなくても、親から聞かされた生身の戦争体験や、祭りの会場で松葉杖をついた傷痍軍人の姿を日常的に見かけたり、子供時代はそれなりに戦争は身近な感覚でとらえていました。
その触覚が不穏な空気を感じ取りつつあります。
全ての戦争は国を守る為と言って始まります。
不穏な近隣情勢ではありますが、勇ましい言葉に安易に乗せられてしまうのは、再び過ちを繰り返すことになるのではないでしょうか?
いざという時には「頭がない」と言われても立ち上がらなければならない時代が近いのかも知れません。