しおのみさき灯台
2013年5月8日(0810-0945)訪問
明治3(1870)年6月10日 仮点灯にて業務開始(八角形の洋式木造灯台)
明治6(1873)年9月15日 初点灯
明治11(1878)年4月 現在の石造りに改築(旧灯台が台風で倒壊したため)
和歌山県東牟婁郡串本町潮岬2877
(33.26.15N 135.45.16E)
高さ 地上~塔頂:22.51m 水面~灯火:49.47m
白色搭型石造り
本州の最南端・串本町の陸繋島である潮岬の南西端の断崖上に立つ大型灯台で、太平洋から瀬戸内海方面へ航行する船舶にとって重要な指標になっています。
「日本の灯台50選」にも選ばれていて、また歴史的文化財的価値が高いのでAランクの保存灯台になっています。
攘夷・開国で揺れていた慶応2(1866)年に英米仏蘭4カ国と結んだ「江戸条約」によって建設を約束させられた8灯台(※)の一つで、明治2(1869)年4月にイギリス人技師R・H・ブラントンの設計により樫野埼灯台と共に着工したのですが、正式完成は8灯台のうち最後の1873年になってしまいました。
それはイギリスから灯台機械を運んでいる途中で船が沈没してしまった為だそうです。
そこで急遽アメリカから蒸気機関車のヘッドランプを輸入して明治3(1870)年6月10日に仮運用を始めたということです。
当時から、ここがいかに安全航行上重要であったかが窺えます。
ちなみに正式運用を開始した1873年と言えば、西郷隆盛が征韓論を主張して下野した年です。歴史を感じますね。
灯台守の宿舎跡
南南西約500m先の米粒岩を照らす潮岬米粒岩照射灯も設置されています。
灯台前の有料駐車場(¥300)に8時過ぎに到着、参観可能(0900-1600、¥200)な灯台なので、すぐそばの潮御崎神社へ行ってみたり、東京からという70歳ぐらいの方と3人でいろんな灯台の話をしたりしながら開門を待ちました。
犬吠埼灯台よりやや低いですが、同じブラントン設計による犬吠とよく似た灯台です。
レトロな雰囲気の登り口です。
中はらせん階段(一部はしご部あり)になっており、周囲は板張りがしてあり落ち着いた雰囲気の内部です。
歴史を感じさせる初点プレート
昨日の強風のためか太平洋の地平線がくっきりと美しく、大型船が行き交う海は犬吠の雰囲気を思い出させてくれ、妙に懐かしい思いがしました。
灯台へ向かう途中(北方向)から
灯台から5~600m東側に潮岬観光タワーがあり、その向かい側に広い芝生広場があります。
かつて海軍の望楼(物見櫓)が置かれていたことから、今でも「望楼の芝」と呼ばれていています。
広場から潮岬灯台を望む
ここに車を停めて(無料)灯台まで歩いてみるのもいいかも知れません。
余談ですが、かつて大洋に面した大きな岬には船舶と通信をする海岸無線局が設置されている所がありました。
遠洋船舶と交信する短波海岸局は千葉県の犬吠崎(銚子無線局JCS)、長崎県の大瀬崎(長崎無線局JOS発祥地)がありますが、ここ潮岬も沿岸を航行する船舶と交信する中波海岸局(潮岬無線JSM)が設置されていて、無線屋にはなじみの深い所です。(現在は船舶通信は衛星通信を利用するようになったため、かつての海岸局は全て廃局になっています)
(※)条約灯台
1.観音埼灯台(初点灯1869年)
2.野島埼灯台(1870年)
3.樫野埼灯台(1870年)
4.神子元島灯台(1871年)
5.剱埼灯台(1871年)
6.伊王島灯台(1871年)
7.佐多岬灯台(1871年)
8.潮岬灯台(1873年)
2013年5月8日(0810-0945)訪問
明治3(1870)年6月10日 仮点灯にて業務開始(八角形の洋式木造灯台)
明治6(1873)年9月15日 初点灯
明治11(1878)年4月 現在の石造りに改築(旧灯台が台風で倒壊したため)
和歌山県東牟婁郡串本町潮岬2877
(33.26.15N 135.45.16E)
高さ 地上~塔頂:22.51m 水面~灯火:49.47m
白色搭型石造り
本州の最南端・串本町の陸繋島である潮岬の南西端の断崖上に立つ大型灯台で、太平洋から瀬戸内海方面へ航行する船舶にとって重要な指標になっています。
「日本の灯台50選」にも選ばれていて、また歴史的文化財的価値が高いのでAランクの保存灯台になっています。
攘夷・開国で揺れていた慶応2(1866)年に英米仏蘭4カ国と結んだ「江戸条約」によって建設を約束させられた8灯台(※)の一つで、明治2(1869)年4月にイギリス人技師R・H・ブラントンの設計により樫野埼灯台と共に着工したのですが、正式完成は8灯台のうち最後の1873年になってしまいました。
それはイギリスから灯台機械を運んでいる途中で船が沈没してしまった為だそうです。
そこで急遽アメリカから蒸気機関車のヘッドランプを輸入して明治3(1870)年6月10日に仮運用を始めたということです。
当時から、ここがいかに安全航行上重要であったかが窺えます。
ちなみに正式運用を開始した1873年と言えば、西郷隆盛が征韓論を主張して下野した年です。歴史を感じますね。
灯台守の宿舎跡
南南西約500m先の米粒岩を照らす潮岬米粒岩照射灯も設置されています。
灯台前の有料駐車場(¥300)に8時過ぎに到着、参観可能(0900-1600、¥200)な灯台なので、すぐそばの潮御崎神社へ行ってみたり、東京からという70歳ぐらいの方と3人でいろんな灯台の話をしたりしながら開門を待ちました。
犬吠埼灯台よりやや低いですが、同じブラントン設計による犬吠とよく似た灯台です。
レトロな雰囲気の登り口です。
中はらせん階段(一部はしご部あり)になっており、周囲は板張りがしてあり落ち着いた雰囲気の内部です。
歴史を感じさせる初点プレート
昨日の強風のためか太平洋の地平線がくっきりと美しく、大型船が行き交う海は犬吠の雰囲気を思い出させてくれ、妙に懐かしい思いがしました。
灯台へ向かう途中(北方向)から
灯台から5~600m東側に潮岬観光タワーがあり、その向かい側に広い芝生広場があります。
かつて海軍の望楼(物見櫓)が置かれていたことから、今でも「望楼の芝」と呼ばれていています。
広場から潮岬灯台を望む
ここに車を停めて(無料)灯台まで歩いてみるのもいいかも知れません。
余談ですが、かつて大洋に面した大きな岬には船舶と通信をする海岸無線局が設置されている所がありました。
遠洋船舶と交信する短波海岸局は千葉県の犬吠崎(銚子無線局JCS)、長崎県の大瀬崎(長崎無線局JOS発祥地)がありますが、ここ潮岬も沿岸を航行する船舶と交信する中波海岸局(潮岬無線JSM)が設置されていて、無線屋にはなじみの深い所です。(現在は船舶通信は衛星通信を利用するようになったため、かつての海岸局は全て廃局になっています)
(※)条約灯台
1.観音埼灯台(初点灯1869年)
2.野島埼灯台(1870年)
3.樫野埼灯台(1870年)
4.神子元島灯台(1871年)
5.剱埼灯台(1871年)
6.伊王島灯台(1871年)
7.佐多岬灯台(1871年)
8.潮岬灯台(1873年)