cosmotiger発信!!

日本一脚の速い「鉄ちゃん」を目指します!
時刻表検定1級
10km33:04、フルマラソン2:46:31

コスモタイガー漂走記~旧伊勢街道編(5)

2014-10-14 | 旧伊勢街道run!!


世間ではGW。
天候にも恵まれ、これで出掛けない手はないよね。

どっちにするか迷ったけど、とりあえず今日は伊勢街道にしようっと。

今日は休日だからね、懐かしの?「青空フリー」が利用可能。
そういうことなら、当然JR利用が安いよね。
伊勢鉄道区間も気にする必要はないし。(東海道編19参照)

久々に大高駅に出て、青空フリーを購入し、名古屋駅へ向かう。
ここからは関西本線で、街道run初の快速「みえ」号の乗客となった。

松阪で鈍行に乗換え、前回のゴール地点、「徳和」駅に着いたのは、12時を少し過ぎた頃。
駅前といっても、何もない無人駅で、散策するような場所もない。

すぐ脇の、踏切を渡る道が、伊勢街道やね。
踏切上からの徳和駅をシャメにおさめて、さっそく本日のトレーニング開始とする。

すぐに常夜灯を発見。
「上川西」の信号もそのまま直進し、右手に小さな神社を発見。
「八柱神社」というらしい。

さらに進むと、庚申堂と地蔵堂が並び立ってたりする。
ところどころに連子格子の古民家も連なり、街道らしい雰囲気だけど、地元民の抜け道にもなっているらしく、車の通行が多いのがちょっと残念なところ。

さらに地蔵堂の隣にある古民家が「おもん茶屋跡」。
名前のとおり、ここに茶屋があったんだね。

ありがたいことに、ただ道なりに進むだけだから、足どりは順調だ。
「櫛田」の交差点で、幹線道路(県道37)を渡る。

櫛田川の堤防に突き当たったところに、古い道標が残る。
1819(文政2)年建立のもの。

ここで堤防道路に駆け上がり、右手50mほどの所にも同じような道標が残る。
実はここがかつての渡し場跡らしく、櫛田川を舟で渡ってたんだね。
もっとも手元の資料に寄れば、春や秋の渇水期には、仮の橋が架けられていたらしい。

現代はそのいずれもなく、県道に出て、櫛田橋を渡るよりほかはない。

わたってすぐの信号を左折。
さっきの反対側の堤防道路を走り、50mほどで右下へ降りる。
県道428に指定されているらしいけれど、いかにも旧街道っぽい道だ。

こちら側にも、文政年間に建立されたとされる道標が残っている。

右手にお地蔵さんを見て、街道を走る。
ところどころに田んぼもあり、のどかな風景に、足取りも軽い。

突然左側に墓標のような石柱が1基。
「六字名号碑」と称するらしいけれど、なんだかよく判らない石柱だ。

その先の細い道を左折すると、50mほどで、近鉄山田線「漕代」駅なんだけど、まだゴールするには早すぎるよね。

ここら辺も伊勢街道は、くねくねしながらも1本道。
歴史を感じさせる古民家も散見し、走ってても退屈しない。

1km弱で、またまた近鉄の駅。
「斎宮」駅ね。

名前からして由緒ありげな駅だけど、この駅を超えた300mほど北側には、「斎宮の森」がある。
そこがかつての斎宮跡なんだね。

ちなみに斎宮とは、天皇の名代として、伊勢神宮をお世話する斎王さんが、仮の宮殿として、ここを拠点にしたもの。

興味はあるけれど、駅の反対側だし、街道runのコンセプトからは少し外れるからさ。
それにトレーニング中だし!

ってことで、先を急ぐ。
でも、その存在は、いよいよ伊勢神宮が近づいたんだなぁ、と実感させられる。

しばらく進み、右側やや奥まったところに、地蔵堂が2つ並んで大切に守られている。
左側は盃地蔵と称し、防火のご利益があるらしい。

くねくねした街道は、1本道。
迷うところもなく、今日は順調だ。
左側、少し離れたところには、相変わらず近鉄山田線が寄り添っている。

「勝見」の交差点もそのまま直進、しばらくして左手に「安養寺」。
「明星水」なる井戸が現在も残っている。
また、この辺りにも、かつては茶屋が軒を並べていたとされる。

「上野」の交差点も直進。
相変わらず、連子格子の民家が時折姿を現し、所々にかつての面影を残している。

まぁね、中山道という「劇薬」?を並行して走っている身には、ほとんど平坦な伊勢街道は、負荷的には物足りないぐらいだけど、うねりのある1本道を延々と走れるのは、街道runの原点回帰みたいな感覚で、楽しいな。

少しだけ道は下りとなり、「そうめん坂」の名前が付いているらしい。
由来は、道沿いにそうめん屋があったから。!
そのまんまやね。

「新茶屋」とよばれる集落に入ったようだ。
これまた名前の通りで、さっき通った安養寺周辺の茶屋が混雑(というより繁盛?)してきたため、この辺にも新しい茶屋ができたことによる。

壁に寄り添い、目立たぬ道標を発見!
「従是外宮二里」と読める。(冒頭写真)

弘法大師堂、庚申堂と、続けて道なりにあり、飽きることはない。

やがてT字路に差しかかり、ずーっと走ってきた県道428は右へ。
ちなみに左折は県道713号で、近鉄山田線を超えたところには、甲子園に何度か出場した、野球の名門「明野高校」がある。

伊勢街道は、そのまま428号に従う。
200mほどで、立派なお屋敷が。

「へんばや」
漢字で書くと「返馬屋」になるのかな?

ここで馬を借りて伊勢に向かい、参拝済ませてまた馬を返し、ついでにお茶してったところなんだとさ。

さらに300mほどで、小さな川を渡る。
相合橋といって、かつては木橋だったんだけどね。
残念ながら、一人で走って渡っちゃったけどさ。

「新出」の交差点に出た。
油断してそのまま直進してしまいそうだけど、ここで久しぶりに、県道428とお別れね。
少し手前で右斜めに分岐する、狭い道。
これが伊勢街道。

分岐してすぐに、庚申堂があるから、ホッとする。
相変わらず、古いお屋敷が点々として、街道らしい空間が流れている。

左に「小俣小学校」を見て、さらに約300mほどで、「紀州藩高札場」の標柱が建っていた。
ここが札の辻も兼ねていて、小俣集落の中心ともいえる場所やね。

ここで伊勢街道は左折して、さらに進んでいくんだけど、直進し、すぐの十字路を右に行けば、JR参宮線「宮川」駅。
迷ったけど、時計を見れば、まもなく15時。
実走距離も、14~15kmといったところで、少々短めだけど、今日はこの宮川駅をゴールにしようっと!

この気楽さも、中山道じゃ無理だよな。
近いって良いよな。

参宮線の普通列車に乗り、「多気」駅で、快速「みえ」号に乗換え、名古屋駅着。
せっかくの青空フリーなんだから、しかもまだ明るいし、ということで、名古屋駅で途中下車。

名駅(名古屋弁で「め~えき」!)周辺をぶらついた後、帰途についた、コスモタイガーであった。

コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コスモタイガー漂走記~旧東... | トップ | コスモタイガー漂走記~旧東... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お久です。 (のぶー)
2014-10-14 19:38:45
伊勢街道良いですね…。最近、三重の歴史街道ウォーキングマップを三重県の文化振興課より全部入手しました。東海道はもとより私は初瀬街道、伊勢街道、大和街道など行きたいですね…。初瀬街道は古代よりの大和の国よりの土器交流があり、古い街道です。(弥生時代?)正月は、美濃街道を行きたいです。ランで無くウォーキングかな?(笑)
返信する
のぶー様 (コスモタイガー)
2014-10-15 14:01:06
メッセージ、ありがとうございます。
三重県は名古屋に近い上、昔ながらの街道がそのまま残る区間が多く、魅力的ですね。
東海道・伊勢街道だけでなく、ご指摘の初瀬街道や山和街道、そして何と言っても世界遺産にもなった熊野古道伊勢路!
どれも魅力的で、いずれは「完走」してみたいです。
初瀬街道は、近鉄大阪線に添う部分が多く、利便性もそこそこ良さそうですし。
初瀬は「長谷」に通じ、長谷寺も有名です。
青山高原は、阿保(あお)氏一族の領する山だったことから、「阿保山」→「青山」になったとか。
いずれにしても、いにしえより人々の営みを感じられる街道で、私も大いに興味ありますよ。

ちなみに三重県は、旧街道に比較的力を入れているようで、専用?のHPも存在し、三重県内の旧街道マップは網羅されていて、非常に便利です。
ご参考までに、HP、添付しておきます。
返信する
補足 (コスモタイガー)
2014-10-15 14:03:05
HP、私の名前のところをクリックしてください。
返信する
Unknown (のぶー)
2014-10-15 20:49:56
天白川走友会の35周年は私が幹事(小川会長も)で青山高原マラソンとその後、榊原温泉にて大宴会をしました。今年の2月に安城歴史博物館にて弥生時代終末期から古墳時代前期の土器交流展がありこのルートが使われていた・・・。と事知りとても感動でした…。
返信する

コメントを投稿

旧伊勢街道run!!」カテゴリの最新記事