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日本一脚の速い「鉄ちゃん」を目指します!
時刻表検定1級
10km33:04、フルマラソン2:46:31

コスモタイガー漂走記~旧東海道編(23)

2012-09-28 | 旧東海道run!!

世間はお盆の真っ只中、青春18切符の旅第3弾。

せっかく18切符なんだから、距離のある方に行こう!
と、せこい考えもあり、今日も東に向かう。

中には「GWやお盆期間・年末年始は利用不可」という制約もある割引切符もあったりするけれど、18切符にはそんな制限もなし。
また、TVニュースなどでは、新幹線や飛行機・高速道路等の激混みが流れているけれど、さすがに鈍行乗継にはそこまでの影響はないからね。
とはいえ、長期休暇中だから、多少はいつもより混んでるのかな?

JRとバスを乗継、再び蓮華池公園の象徴、蓮華池のほとりに立つコスモタイガー。
スタート前に、公園内にある「藤枝市郷土博物館」を見学することにした。
藤枝周辺の歴史や資料をじっくり見学出来た。
興味あったのは、この辺りのかつての領主、小川氏の居城「田中城址」にまつわるコーナー。
東海道からごく近い所にあるから、気になるね~。

さぁ、前回今回と、蓮華池公園だけで結構時間使っちゃったし、ぼちぼちスタートするか!
すぐにバス通りに出てそのまま東へ。

2本目の信号を右折し、国1を渡ってさらに向こう側に「西益津中学校」があって、この辺りが「田中城址」らしい。
徳川家康は天婦羅食ってその食中毒が原因で亡くなったという説があるけれど、その天婦羅を食したのが、この田中城だそうな。

先ほどの博物館との関連性もあり、激しく興味をそそられるものの、なにぶん博物館で楽しみすぎたし、いい加減、先に進まないとね。
ということでそのまま直進。

左側に病院(クリニック)があり、道は微妙に左にカーブしているが、かつてはこのまま直進し、国1の反対側に出ていたらしい。
突き当って右折し、国1に出る。

最寄りの交差点(水守)に出て、反対側のショッピングセンターに出る。
このショッピングセンターの脇の道が東海道なんだ。
で、つい最近まで「水守松並木」とともにそのまま道が続いていたらしい。

事前に情報として入手はしていたが、何とも残念なことにその道は破壊され、無残なことになっている。
松並木は寸断され、道であるはずのところに新しく住宅が建っている。
その一角に「藤枝市水守土地区画整理組合事務所」がある。

何でも古いものを残すことばかりが正しいとは思わないし、土地区画整理も大切な事業であることは間違いないけれど、何もよりによって旧東海道を破壊しなくても…。

罪滅ぼしなのか「東海道まわり道」という看板が随所に設置され、迷うことはないけれど、「東海道」はあくまでも東海道だからこそ意味あるんであって、まわり道はすでに東海道ではないわけで、全然フォローになっていない。

三重県の一部に「無関心」的な地区もあって残念だったけど、まだその方がマシだ。
破壊するなんて、あまりに歴史に理解が無さすぎる!

蓮華池公園の素敵なイメージの藤枝市が、自分の頭の中で一気に興冷めしてしまった。
もっと自分たちの住む街に誇りを持ち、歴史を語り継ごうよ!

「まわり道」の看板に従い、「須賀神社」に出る。
ここで何とか東海道が復活。

八幡橋を渡り、しばらくすると国1に一瞬合流するも、また右に分離。
「仮宿」という大きな交差点で、東海道は斜めに交差する。
歩道橋を渡って、国1から左斜めに分岐していくのが東海道やね。
すると「従是東巖村藩領」の木柱が建っている。
この一角は、なぜか美濃国岩村領の飛び地なんだね。

横内地区の街並みを見ながら、道なりにどんどん走る。

やがて国1と国1バイパスがクロスする「内谷新田」の交差点。
そのままバイパスの下を通って道なりに北上すると、左側に岡部町役場(2012年現在、藤枝市役所岡部支所)。
ってことは、この辺りはすでに岡部宿なのかな?

この役場前の交差点から1本右に入った、小道が東海道。
昔からの町らしい、懐かしい感じの街並みを走る。

かつての枡型の跡なのか?旧国1(ここではすでに県道になってるけど)の歩道橋手前で右に曲がると、高札場跡。
でも結局、県道に吸収されちゃうけどね。

県道沿いに立派な屋敷風の建物が。
国の登録有形文化財にもなっている、大旅籠「柏屋」。
資料館になっていて、中を見学したいのは山々だけど、出だしで時間とりすぎたしね、トレーニング中だから!
先を急ぎましょ。

この柏屋から50mぐらいで左に分岐する小道があるからね、それが東海道。
100mぐらいで今度は右折。

案内板に「西行法師笠懸け松」。
和歌で有名な人だけど、残念ながらそっち系はちょっとね。
でもまぁ、一応立ち寄っておこう。
道からそれて、随分と階段を登らされ、こんもりした山の中腹にひっそりと存在していた。
せっかく来たからね、パチリ。

で、すぐに県道に合流。
しばらくは県道run。
両側に工場のようなものが見えると、道は2手に分岐するが、ここは左側に行く狭い方を選択。
まぁ、独特の雰囲気で、わかるけどね。

しばらくは山裾の静かな集落を走る、素敵なランニング。
このままずーっと行きそうになるけれど、右側の国1に「廻沢口」なる交差点が見えたら、渡らないとね。
でも渡る前に、国1を少し北上、道の駅「宇津ノ谷峠(上り)」に寄り道してちょっと給水。

さぁ、渡って国1の反対側を走る。
500~600mぐらいかな?
右に行く小道があるからね、これが東海道。
すぐに坂下地蔵堂を発見。

宇津ノ谷「峠」だからね、名前のとおり始まります、峠越え。
地蔵堂からすぐに、左に激しく登って行く山道が…!

実はここから江戸時代以前の主要道「蔦の細道」も現存しているらしく、そちらの案内板もある。
迷ったけれど、「東海道run」の趣旨に則り、あくまでも江戸の東海道を行くことにしよう。

ってことで、表示に従い、左の山道を駈け上がる。
あとは案内に従い、峠越え。
舗装もされておらず、完全なクロカンじゃ~。
要所要所に案内板があるから、迷うことはないけれど、かなり良いトレーニングだな、これは。

途中、案内板によれば、明治になってからの新道「明治トンネル」がある。
現在も歩行者専用トンネルとして整備されているらしいが、東海道にこだわるコスモタイガー、今回は見送っておく。

他にもすぐ脇の県道が「大正トンネル」、国1に昭和トンネルと平成トンネルがあるようだ。
何やら以前通った三ヶ野七つ道(旧東海道編16参照)を思わせる状況だ。
あれよりスケール大きいけど。

峠のてっぺんにはかつて地蔵堂があったらしいが、今は案内板があるのみ。
この辺りで静岡市に入ったかな。
地図にも表記されていないクロカン道を、案内板に従って下る。

途中、これから通る宇津ノ谷集落が見下ろせる。
良い風景だなぁ。
日本の原風景、そんな感じだ。

下りきったところにさっき上から見た宇津ノ谷集落の静かな町並みがある。(写真)
観光客の気配もなく、時間が止まったかのような素朴な町並みだ。

左側に「御羽織屋」の看板を掲げた家がある。
その昔、豊臣秀吉公から陣羽織を賜ったということで有名らしい。
その陣羽織も公開されているらしいけど、コスモタイガーの足は先へ行く。

県道に一瞬吸収されるけど、すぐに左へ分離、そのまま国1にぶつかる。
歩道橋を渡ると「道の駅宇津ノ谷(下り)」に到着。

また歩道橋があるから、それを渡って左側に。
東海道は左に分岐してくっつき、また分岐して・・・を繰り返すと、またまた歩道橋。
親切にも、渡るべきところにちゃんと歩道橋がある。

ここから再び脇道っぽい小道が東海道。
「レストラン東海道」というわかり易い名前の建物の裏を通る。

旧東海道は、国1に寄り添うように残っている。
これと言った見所はないけど、道そのものが旧道の雰囲気を残し、楽しい。

赤目ヶ谷の交差点脇を通り、二軒家というすぐの交差点から右へ分岐。

全く由緒のないラブホテル街を抜け、道なりに走っていると、ちょっと開けたところにとても由緒ありげな藁葺き屋根の建物が。

かの有名な「丁子屋」だよ。
パンフレットやHPなどでも度々見たことある建物だ。
江戸より続く「とろろ汁」の名店だ。

本日は、ここがゴール。
実走17~18kmぐらいかな?
予想以上の峠越えで、距離以上の負荷があったような気がする。

せっかくだから名物とろろ汁を、としたいところだけど、疲れてしまって、食欲もないし、時間も中途半端だし。
とっとと帰ろうっと。

店の反対側に出ると、国1が通っていて、目の前にバス停がある。
「丸子(まりこ)橋入口」。
しずてつジャストライン中部国道線というらしい。
要は、前回の帰路、今日の往路に利用した蓮華池公園~藤枝駅間のバス路線もその一部なんだけどね。

藤枝駅~静岡駅を結ぶ「中部国道線」は、日中はおおむね20分間隔で運転されている。
東海道本線は、藤枝駅から旧東海道よりずいぶんと南の方を走り、焼津を経由して静岡に出るからね、空白地帯となった旧東海道沿いの集落を結ぶ形で運転されているわけだね。

藤枝駅行のバスは国1バイパスを一気に突っ走る。
さっき苦労して走った宇津ノ谷峠も、「平成宇津ノ谷トンネル」であっという間に超え、蓮華池公園近くを通り、藤枝駅に到着。

今日もまた、ここから乗継で帰宅だ。



※2014.12.11追記 地図、作成しました。(ここをクリック)
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コスモタイガー漂走記~旧東海道編(22)

2012-09-19 | 旧東海道run!!

青春18切符2回目の旅♪
ということで、JRを利用した方が良いからね、共和駅に車を置き、あとは島田駅まで東海道本線乗継ね。

18切符は、5回セットで11,500円はすでに説明済みだけど、1人が5回使っても良いし、5人1組の旅行で使っても良く、利用形態に制約はない。
ただし、以前は5枚バラバラの切符だったので、5人で旅しても、それぞれが最寄りの駅から使ったり、途中で別れることも出来たけれど、現在は1枚の切符に5回分のスタンプを押していく形式に変更になり、「グループ旅行なら全員同一行程」であることが新たに条件に加わってしまった。
まぁ、単独行の自分には関係ないことなんだけど。

前回のゴール地点「本通2」からそのままスタートしても良いんだけど、何となく前回やり残した感があった。
川越遺跡について詳しく案内している島田市博物館をじっくり見学してみたい。

ということで、歩けない距離でもないけれど、タイミング良く、駅前からバスに乗り、向島西という停留所で下車。
運行会社は「しずてつジャストライン」。
名前のとおり、静岡鉄道系列のバスだ。

停留所から7~8分ほどで博物館に到着。
しばしのんびり見学して過ごした。

本日はここをスタートとする。
2キロほど重複するけれど、走ってしまえばたいしたロスじゃない。
で、前回のゴール地点「本通2」をほどなく通過。

さらに東に向かって走ってまもなく、何やら神輿を担いだ集団、そしてそれを見学する多くの観客。
何事かと思いきや、今日は偶然にも「島田宿川どめ夏祭り」ということらしい。
相当な人混みで、こんなところを走るのは少々場違いな気もして、恥ずかしい。

この辺りに「島田一里塚」があったらしいけど、なにぶんお祭りの中を縫うように走っているため、それどころじゃなく、見落としてしまった。

何とかお祭り地帯を抜け出し、「御仮谷」という交差点で、国1に合流。
そのまま道なりに進む。

橋を渡ってしばらく、「道悦島西」の交差点に出る。
左に分岐する道が東海道やね。
でもそれもつかの間、すぐにまた国1に吸収される。
右側1本奥に「六合駅」がある。

しばらくは単調な国1run。
「一里山」という、いかにも東海道らしい名前の交差点から右に分岐するのが東海道。
この辺りは松並木が今も残り、街道らしい雰囲気を残す。
やがて「上青島一里塚跡」。
江戸から数えて51番目とか。

東海道らしいうねりを残すこの道をしばらく走ることになる。
「育生舎跡」なる史跡もある。
昔の学校ってことやね。

興味ある史跡も随所にあって、結構楽しい。
「千貫堤」という案内板。
洪水の多かった地域で、かつては大きな堤防があったらしい。

「東海道追分」の案内板がある。
どうやら開拓に従い、この辺りの東海道は途中で付替えられたらしく、新旧東海道の分岐点になるらしい。
とりあえず、多くのガイドブックは付替後の「新」東海道を案内している。
コスモタイガーもそれに従う。

信号のある三叉路、正面に鏡池堂というお堂がある。
これは明らかに道なりに左だね。

しばらくはこのまま直進。
右側に西友があるのが目印。
「青木」交差点に出た。
五叉路だからね、ちょっとややこしいけど、国1を斜めに横切るようにそのまま直進。

しばらくして「志太一里塚跡」。
勝草橋という由緒ある橋とセットで整備されていた。

この辺りから藤枝宿に入るのかな?
左側やや奥に「正定寺」。
由緒ある古い寺らしく、「本願の松」なる松の木が有名らしい。
残念ながら、そっち系の話は全く詳しくないけれど、せっかく来たんだから、とりあえず目には入れておいた。

街そのものは街道らしさに欠けるけど、所々に由緒ありげな寺社が残り、目印にはなる。

気になったのが「蓮華池公園」なる場所。
案内表示を見て、ちょっと顔を出してみたくなった。
表示に従い、信号を左折すると「藤枝小学校」があり、その奥に明るい感じの公園がある。

大きな池(蓮華池)があり、その周囲を市民公園として整備されているようだ。
少し短めながら、ここでゴールにすることも考えていたけれど、周囲は緑に囲まれ、水面に陽が反射して綺麗だ。(写真)
池の周囲を走ってみたくなった。
池そのものは格段に大きいわけじゃなく、周回は1.5kmぐらいかな?

公園そのものは、池からさらに奥行きがあり、かなり広大らしく、丘の上の方まで続いている。
地元の大高緑地公園(名古屋市緑区)を連想させるね。
池を周回しただけじゃ飽き足らず、遊歩道に従い、丘を目指して走ってみることにした。

いやいやこれが疲れた体には結構負荷があってね~。
日本庭園あり、展望台あり、さらに丘の頂上らしきところには古墳広場があり、実際に古墳らしき史跡もあった。
展望は抜群で、藤枝市街も一望でき、心の癒しにはなったけど、予想外のクロカントレーニング?となった。

帰宅後調べたところ、蓮華池は1613(慶長18)年、灌漑用ため池として造成された、というから、江戸時代の東海道の頃にはすでにあったわけで、決して東海道と無関係の場所を走ってたわけじゃないんだ。
もちろん公園として整備されたのはもっとずっとあとの時代だけど、この池があり、背後に山々がある綺麗な景色は、江戸時代の人々も見ていたってことやね。

この公園だけで5km以上走った気がする。
でも飽きないコースで楽しかったけど。

公園前の広場に戻ってきたところで、ゴールとする。
全部で17~18kmぐらい走ったかな?

東海道に戻ったところに「蓮華池公園入口」のバス停がある。
運行会社は再び「しずてつジャストライン」。
ここから藤枝駅まで、概ね20分間隔で運行されている。

藤枝駅は、藤枝宿よりもかなり南側に外れたところにあるからね。
駅と宿場(旧市街地ってことやね)を結ぶ幹線路線、ということになる。
本数が多いことからも予想はできたけど、乗客の出入りも結構あり、需要は高そうだ。

地方都市の素顔が見られるのは、路線バスの楽しいところだ。

15分弱で藤枝駅に到着。
18切符にて共和駅まで乗継、本日の旅、終了。

ちなみにまともに切符を購入すれば、(往)共和~島田駅間2,520円、(復)藤枝~共和間も同じく2,520円。
合計5,040円だからね、18切符1回分(2,300円)で済ませられたから、かなりのおトクであることは間違いない。


※2014.11.19追記
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コスモタイガー漂走記~旧東海道編(21)

2012-09-14 | 旧東海道run!!

思い切って「青春18切符」を買うことにした。
前述のとおり、青春18切符は、期間限定、5枚1組11,500円のJR全線フリー切符。
利用できるのは、一部の特定区間を除き、JRの普通列車のみ。
夏は7/20~9/10が利用期間になっているけれど、まぁ、この期間内に5回は東海道、多分走るでしょう!
っていうか、もう完全にはまってしまって、途中で止めるという選択肢が無くなりつつある。

「18切符」なら極力JRを使った方が良いわけで、大高駅に車を置き、東海道本線利用。
米原で乗換、草津駅へ。
さらに、草津線に乗換、貴生川駅下車。
貴生川から、前回も利用した「あいくるバス」に乗り、「土山西口」に降り立った。

名前のとおり、京都側から来ると、ここは土山宿の西の入口やね。
それを示す案内板もある。

南土山の交差点を西へ向かってスタート。
すぐに右に分岐するのが東海道なんだけど、直進するとやがて川にぶつかって行き止まり。
この道を東海道とする資料もあるんだけど、すぐ左折して国1に再度出るのが一般的らしい。

200mほどで左に分岐する細い道があるから迷わず入る。
もう、ここまで来ると地図見なくても、だいたい見当付くからね。

しばらくすると、左右に分岐する地点があるが、右は国1に吸収されちゃうからね。
ここも左の道がいかにも「俺が旧道だ!」と訴えてるから、迷わないよ。

国道の北側には、平安時代の史跡「垂水斎王頓宮址」なるものがあり、ちょっと寄り道してみる。
斎王というのは、天皇の代理(名代)として、伊勢参りをする皇女のことらしい。
斎王のために9世紀末に、「阿須波道」なる鈴鹿峠越えの新道が敷設され、多分、それが東海道の原型になってると思われる。
実はコスモタイガー、何気に内田康夫も大好きで、「斎王の葬列」というタイトルで、ルポライター浅見光彦君がこの土山宿を舞台に大活躍する。

鈴鹿峠を越えた後だし、今日は全体的に下りだし、道も比較的簡単なんだ。
下りが得意なコスモタイガー、今日は快調に足が進む。

1つの規則性みたいなものがあってね、慣れてくると街道の目印になるものがわかってくる。
お地蔵さんやは神社仏閣は当然だけど、例えば集会所や公民館、郵便局なんかは、街道沿いに存在することが多いんだよね。
で、ここにも「前野集会所」があるからね、この道が東海道であることが確認できる。

周囲は静かな雰囲気で、楽しく走れるね。
市場一里塚跡。

街道らしい独特のうねりもあって、気持ち良く走れるけれど、しばらくこれといった見所はない。
歩道橋があって、国1を斜めに渡り、さらに東海道は続いている。

「大野西」交差点で再び国1に合流。
ここは左に分岐する県道を選択。
この辺りで行政区域が土山町から水口町になる。

すぐ右折。
東海道はここで再び復活。
しばらくして今在家一里塚。

さっきの県道に合流、と思いきや、すぐ右に分岐。

こんもりした森が現れる。
八坂神社というらしい。
癒しを求めて少しだけ森の中へ。
お参りを済ませ、すぐに東海道へ復帰。

県道にくっついてまた離れて、の繰り返し。
沿道は神社やお寺が多い。
同時進行の東側(静岡県)とは明らかに違う空気を感じるんだよね。

ここで久々に迷いそうな分岐があるけれど、右側ね。
もちろんリサーチ済み。

東海道らしい一本道だ。
「秋葉北」の交差点を渡ってすぐ、水口宿の東見附跡。(写真)
「東端」という意味だね。
文字通り、ここからが水口宿となる。

歩道橋を渡ってすぐ、今度は水口宿本陣跡。
この本陣跡を過ぎると、実は東海道は3本に別れる。
3本とも正式な東海道らしい。
空から見ると唇のような形をしているのが判る。

うーむ、どうしよう。
簡単やね、全部走れば良いんでしょ!

ということで、まずは真ん中の東海道。
折り返して今度は北側(唇の上)を走る。
最後は南側(唇の下)。

合流点のところになぜかお洒落な時計台がある。
近江鉄道線を横断。
左側に「水口石橋」駅。

場所的に細々しているため、50mほど進んだ右側にコミュニティセンタがあり、そこをゴールとした。
実走距離は15~16kmぐらいかな?

水口石橋駅は、前回利用した水口駅の1駅南側の駅。
だから前回と同じように、近江鉄道線をひたすら米原へ…、と言いたいところだけど、今日は18切符だからね。
この切符の長所を生かさない手はない。

ということで、前回の反対側、貴生川行の電車に乗る。
わずか2駅、終点貴生川着。
戻ってきたわけだね。

ちなみにこれで近江鉄道の「本線」、わずか1駅間(水口~水口石橋間)だけを残し、完乗。
何だか中途半端だけど、いずれ乗りつぶすとしよう。

ここからはJRやね。
往路を単純に逆走するのは楽しくない。
ってことで、草津線で柘植駅に出て、関西本線に乗換。
ここから亀山までの関西本線は、「本線」とは名ばかりの素晴らしいローカル線!
思わず車窓に見入ってしまう。

亀山からはすでに「毎度お馴染み」のルートで大高駅に戻った。
西側は、往復の経路にも変化があって、楽しいね。


※2014.10.20追記 地図を作成しました。(ここをクリック
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コスモタイガー漂走記~旧東海道編(20)

2012-09-07 | 旧東海道run!!

掛川駅まではいつもの名鉄→東海道本線乗継。
いくら電車が好きでも、新鮮さがないねぇ。
西側はすでに関西圏(滋賀県)に入った上に、変化に富んだ経路。
それに比べると、何だかねぇ。
白須賀宿手前で静岡県に入ってから随分経つけれど、行けども行けども静岡県。
何せ東西に長い静岡県を、東西に動くわけだから。
まだ半分も来てないよ~。

といいつつ、ここまで来たら、旧東海道への好奇心は抑えようがなく、やめられません!

掛川駅前から、掛川バス東山線(東山行)に乗る。
「東山」なんて、どこかで聞いたような名前だが、日坂よりさらに山奥に、そういう集落があるらしい。
2時間に1本のバスに合わせて行動しているため、「日坂」のバス停に降り立ったのは、12時半近く。

前回の終了地点、日坂宿本陣跡(日坂幼稚園)前をスタート。
すぐに旧国1にぶつかる。
反対側から急激に駈け上がる狭い道が見えているが、これが旧東海道。
ここからは「小夜(さよ)の中山」と呼ばれる峠を越えることになる。

凄い登り坂だ!
曲がりくねって登り切ると、今度は反対に穏やかな道が続く。

道標もあるし、しばらくは一本道だから、迷うところはない。
「夜泣石跡」なる史跡が出てくる。
昔、ここで妊婦さんが山賊に殺され、その怨念が乗り移って夜な夜な石が泣いた、という伝説がこの辺りにはあったらしい。

茶畑が広がり、見晴らしも良く、静岡らしいのどかな風景が広がる。
やがて小夜鹿一里塚跡。
さらには某電話会社の無線中継所。
採算だけなら、こんなところに中継所は作らないけどね。
全国くまなくサービスしないとね♪
ってなぜか突然某社をヨイショしたりして。

左側に、江戸から続く由緒ある茶屋「扇屋」が今も営業している。
この扇屋に、先ほどの妊婦さんの子供が生き残って育てられ、やがて仇を討つ、というストーリーになっている。

すぐ隣、久延寺。
関ヶ原の合戦に向かう徳川家康を、山内一豊が接待したという、名刹だね。

しばらく走ると、左手に看板があって、掛川市から島田市に入る。
坂道を駈け降り、道は右にカーブするが、東海道は正面の階段を降り、やや広い道に出る。
反対側に明らかにそれとわかる旧道が集落の方へ向かっているからね、一応資料を確認しながら走る。

小さな川(菊川)を渡り、左手に「法音寺」というお寺が見えたら正解。
で、いよいよ東海道ラン初の石畳「菊川坂」の登り口がある。

季節柄、雑草も少し生え、欝蒼とした雰囲気だけど、それは入口だけ。
かなりの急坂だけど、すぐに人里離れ、周囲は緑に囲まれ、自分の足音だけが聞こえる素敵な空間となった。(写真)

ただ、しばらくして気づいたけど、石畳は走りづらい…!
まぁね、走ることを前提に作られてないしね、当たり前だけど。

この菊川坂の石畳、江戸時代のものはごく一部で、大半は平成13年に地元の有志により復元されたものらしい。
これだけの石畳を、(恐らく)手作業で丁寧に復元したとはたいしたものだ。

登り切って県道と交差する。
左手に「諏訪原城址」。
武田勝頼により築かれた、広大な城跡だからね、凄く興味あるんだけど。
未練たらしく入口付近を少しウロウロしたけどね、旅の者なので、先を急ぎます。

いつのまにか峠を越え、道は下りになった。
分岐点があるけど、道なりに左を選ぶ。
今度は金谷坂の石畳の下り口。
こちらも静かな山里の雰囲気で素敵だね。
菊川坂同様、地元の有志により復元されたものらしい。
頭が下がります。

石畳を降り切ってすぐ、国道473号に突き当たる。
左に目をやると、さらに降り口があって、道が続いていることがわかる。
さらに坂を下ると、左からトンネルを出た東海道本線が姿を現し、金谷駅に到着。

どうやら金谷駅は、旧東海道の真上に鎮座しているようだ。
ということで、駅前(というより駅裏?)を通って、左折し、線路を潜る。

駅前通(国道473)に出て右折。
ここに「金谷一里塚跡」の木柱がある。

この国道473が、メインストリート兼旧東海道だけれど、残念ながら街道らしい佇まいはあまり残っていない。
とはいえ、しばらくすると「柏屋本陣跡」「佐塚屋本陣跡」の大きな案内表示に出くわすから、目印にはなるね。

「金谷扇町南」の交差点もそのまま直進。
途中、右折すると、すぐに大井川鉄道「新金谷」駅に出るけど、そこも直進。

ここをゴールにして、大井川鉄道をちょいとつまみ食いすることも考えたけどね。
今じゃすっかり有名になったSLはもちろん、近鉄ビスタカーの中古が走ってたりして、話題性に富んだローカル私鉄だもんね。
でもすでに乗車済だし、もう少し先に行っておきたいし、ここは素通り。

直進し、やがて大きな川を前にして、堤防に行く手を遮られる。
この川こそ、江戸の旅人を悩ませてきた大井川やね。

「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と唄われた大河。
橋なんて当然なかったし、渡し船も禁止された大井川。
あるのは人足のみ。
人夫さんが肩車したり、駕籠(蓮台)に乗せたりして、旅人を運んでいたけれど、増水するたびに「川止め」になって、手前の金谷宿や島田宿で何日も足止め食らってたわけだ。
中には悪質な旅籠もあって、実際には通れるのに、「今日は川止めだ」と言って旅人を留まらせ、宿泊費をぼったくってたところもあったらしいしね。

もちろん現代ではありがたいことに橋がかかっているため、左折して幅広の県道381号(多分旧国1)に出て、「大井川橋」を渡る。
これでやっと遠江国から駿河国に入ったわけだね。
やっと駿河の入口だよ。
ホント、静岡県は長いね~。

渡って最初の信号(大井川橋東)を右折し、そのまま堤防沿いの道を走るつもりだったけど、車が多く、走りづらいからね、早々に左折し、堤防の下の道を走る。
そうすると、島田市博物館の前に出る。
ここで旧東海道が復活する。

すぐに左折。
何やら如何にもという雰囲気の街並みに入った。
博物館の別館もある。
ここは「川越(かわごし)遺跡」として、町全体が江戸期の大井川越えの史跡として保存されているんだね。
金谷宿同様、こちらも京に向かう場合は大井川越を前にした宿場だったからね。

実は随分前に訪問済で、確かマスターズ主催で島田市ハーフマラソンがあり、その帰路に寄った記憶がある。
この時の島田市ハーフマラソン、雨の中、「リバティ」とかいう大井川沿いのサイクリングロードを延々と走らされ、何とか入賞こそ手にしたものの、起伏もほとんどなく、実に単調なコースでうんざりした記憶がある。
で、これがのちの島田大井川マラソンの原型になっていると思われる。

蛇足ながら、コスモタイガー、単調なコースは嫌いでね~。
走ってて楽しくないからね~。
起伏のない名古屋ハーフよりも、風光明媚な犬山ハーフの方が走りやすくて記録も出る。
理論上はどうか知らないが、「記録のために作られたコース」よりも、ある程度変化がある方が良い意味での緊張感が持続できるし、何より「楽しさ」を感じ取れるしね。

その延長で、同じところを周回するというのも基本、苦手。
トラックよりもロードの方が圧倒的に大好き。
ワンウェイはもっと大好き♪
だから街道ランは楽しいね~。

珍しく?マラソントークしちまったけど、このまま進むと左から県道が合流し、さらに進むと「大善寺」というお寺が左側。
この辺りからが「島田宿」が始まってるのかな?
でも宿場らしい雰囲気はあまりないかな。

途中、大井神社という、ちょっと広めの神社がなぜか気になり、参拝する。
この辺りではメジャーな神社のようだ。
立派な社務所もあった。

再び旧東海道に戻り、すぐに「本通2」の交差点。
左側に島田信用金庫本店があるのが目印。

旧東海道はここでとりあえず打ち切り、右折して南下。
約200mほどでJR島田駅前に出て、ここを本日のゴールとした。

今日は峠越えもあったし、無駄にウロウロもしたし。
時計を見ると、正味100分以上は走ってるようだし。
(観光や撮影時はストップウォッチは止めてます、ハイ。)
多分実走距離17~18kmぐらいかな?

島田駅からは何度目かの東海道本線→名鉄乗継。
それでも掛川まではのどかな風景で、そこそこ楽しめるけど。
あとは寝るか本読むぐらいしかないけどね。
そして何気にマイブームなのは、豊橋駅でのオヤツ代わりの立ち蕎麦。(または立ちきしめん)
走って消耗してるってのもあるかもしれんけど、結構うまいんだよ、これが。



※2014.9.30追記
地図、作成しました。(ここをクリック
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