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時刻表検定1級
10km33:04、フルマラソン2:46:31

コスモタイガー漂走記~熊野古道伊勢路編(3)

2018-10-05 | 旧街道ラン!!

三重県尾鷲地方は、日本で最も降水量の多い地区とされる。
名古屋や大阪といった都心部では降ってなくても、現地に行けば雨、なんてことも結構な確率であるらしい。
熊野古道伊勢路をやっつける上で、天気予報は絶対に要チェックだ。

とはいえ、貴重な休日の、さらにまた丸一日空いてるときなんてそんなにないからね!
この先、多少の雨なら強行することも、ありえるかもしれない、と思ってたりする。

2014年師走。
名前の通り忙しい時期だけど、輪番勤務の平日休みを生かし、今日という貴重な一日を、熊野古道に捧げることにした。

前回、JRの「快速みえ」利用だったからね、今日は近鉄にしよ♪
通勤の混雑に紛れて名古屋駅へ。
そこからは近鉄急行で松阪へ。

本音はここから前回の帰路に利用した「熊野古道特急バス」を利用したいところだけど、ちょっと時間的に合わないのさ。
だからここでJR紀勢本線の普通列車に乗換。

わずか10分で多気駅到着。
前々回、この何もない駅をゴールにしたせいで、随分と寄り道することになってしまった。(※熊野古道伊勢路編1参照

今日は単なる乗換。
ここまで来たら鈍行乗継に徹したいところだけど、適当な列車がなく、こんな所で長時間待ちぼうけはもったいない。

ってことで、不本意?だけど、すぐ後にやってくる特急「ワイドビュー南紀」を1駅だけ利用し、三瀬谷駅下車。
JR東海の場合、30km未満の特急利用は320円だから、まぁそれぐらいの贅沢はヨシとしよう。

時計はまもなく正午になろうとしている。
前回のゴール、道の駅「奥伊勢おおだい」とは背中合わせのような状態だ。

記念に駅舎をパチリ。(冒頭写真
さっそく今日のトレーニング開始とする。

駅前道路を100mほど直進すれば、百五銀行。
ここを左折すれば前回と重複。

見覚えのある本屋さんのところで左折すれば、まもなく「佐原」の交差点で国道42に出て、重複区間終了。

右斜め、いかにも深山渓谷に分け入っていく感じの狭路が見える。
もちろんこれが熊野古道なんだけど、ちょっと寄り道して(といっても50mほどだけど)、前回の終了地点の某電話会社のうら寂れた?ビルを記念に撮影しておく。


佐原の交差点に戻って、さっき見た狭路に入っていく。
ここからが実質的なスタート。
初っ端から街道オーラ満開で、テンション上るなぁ。

船木橋を渡る。
下を流れるのは宮川。
ここまで来るとかなりの渓谷美だ。


そのまま道なりに走ればすぐに「船木大橋南」の信号に出るけれど、その手前にショートカットして坂を上る道がある。
ここを左折し、別の県道(県道747)に合流。
鋭角に曲がる感じだ。

ここから約2km、県道run。
もっとも谷あいの静かな、船木集落を通るから、飽きは来ないけど。

左手、宮川で、その向こうは、さっきスタートした三瀬谷駅と大台町中心部の集落も見える。
何だかこの辺で熊野古道は、とんでもなく大回りしているようだ。

たまに車が通るぐらいの静かな道。
突然頭上に場違いな高架橋が現れた。
紀勢自動車道。

そこを過ぎるとまた別の小さな集落があり、興味本位に脇道に入っていくと「多岐原神社」。
鬱蒼とした、でも由緒ありげな神社だけど、残念ながらリサーチしてこなかった。

それより気になるのは、この神社から宮川岸に降りた所が、前回素通りしちゃった「三瀬の渡し」の降り口だったらしい。
でも何だかさびしげな雰囲気だし、先を急ぎたいので、パスして、早々に熊野古道に戻ろう。

再び県道に戻って約100m。
案内板があり、右の山の中に入っていけ、と指示している。


今日の目玉!
三瀬坂峠。

民家の間を急激な上り坂で高度を上げ、一気に山の中へ。
アッと言う間に完全にトレイルラン状態となった。


平日ってのもあるかもしれないけど、誰とも会わない、すれ違わない。
街道ランというより、完全にクロカン走。

右手にお地蔵さん。
宝暦地蔵と呼ばれている。

それを過ぎるとすぐ。
はい、登り切りました♪
どうやらここが峠の頂上。
とはいえ、両側は森林に囲まれ、足元にひっそりと標識があるだけ。


ここからは下り。
相変わらず山の中。
下りは得意だけど、調子に乗って膝痛めないように。

降り切った所で視界が広がり、ポツンと池がある。
三瀬坂池、の名がついている。

国道42に出た。
左折(南下)して、その国道を走る。


100m弱。
右斜めに分岐する小道がある。
地図を確認するまでもなく、これが熊野古道であることは明らかだけど、ここは信号も横断歩道もない。
気を付けて渡るしかない。

小道に入り、集落の家並みを走る。
小さな祠があったりして、ここが旧街道であることを静かに伝えてくれている。
滝原集落だ。

そういえば峠越えの前に、多岐原神社なんてあったことを思い出す。
きっと同じ由緒を持ってるんだろうね。

国42をそのまま斜めに横断。
ここは信号もあるからホッとする。

田んぼと民家の中、のどかな田舎道だ。
道なりだから迷う場所もない。

やがて両側が鬱蒼とした森となり、左側には広大かつ立派なお社が見えてきた。
「滝原宮」。
正式には、皇大神宮別宮瀧原宮。

要するに伊勢神宮の別宮で、天照大神が伊勢神宮に祀られる前、一時期この地に祀られていた、とされる。
いかにも凛とした雰囲気が伝わってくる。

ここは折角だから寄り道してお参りして行こう。
本殿は参道を通って随分と奥だ。
と思って鳥居をくぐった瞬間!

警備の職員に「境内は走るな!」と。
「え?本殿までかなりありそうですけど」。

職員曰く、「敷地内は神様のいらっしゃるので一歩たりとも走ってはダメ!バチ当りだ」という話。

え?そーなの?
知らなかった!

確かに熊野古道スタート地点の伊勢神宮も、地元熱田神宮も走ってないけど、それは人が多くて遠慮してたから。
逆に誰もいない家の近所の神社とかなんて、普通に走って駆け抜けてた。

だからバチが当たったのか、こんなしがないサラリーマンなのかもね。
今度から気を付けよう。

一歩たりとも、なんて念押されたからね、ゆっくりウォーキング♪
そして本殿到着。
お参りしましょうね。


そしてまた、入口の鳥居まで徒歩。
まぁそれはそれで、神々しい雰囲気や新鮮な空気を感じ取れて楽しいけどね。

鳥居を出て、トレーニング再開。
再び静かな集落の続く道。
街道名物?の集会所もあったりして、安心する。
走っていて飽きない風景が続く。

大紀町の役場前を通過すると、県道に合流。
と思ったら100mほどで今度は国42にも合流。
そこは信号になっていて、「出谷」という地名らしい。
合流地点手前に歩道橋があるから、反対車線に渡って、そのまま国道を進む。

と、思ったらまたすぐに右へ降りていく道。
この辺は要所要所に標示板があって、道中の助けになる。

くねくねと続くうねりが街道らしくていいなぁ。
またまた集会所を超えると、道なりに右へカーブ。

右側には学校らしき建物。
大宮小学校・大宮中学校と隣接している。
通学路として気を使ってるのか、道も広くなる。

これを超えると、人家すらない。
左折カーブで坂を下る。

気持ちよくこのまま下ってしまいそうだけど、すぐに右斜めに分岐するのが熊野古道。
再び古道らしいうねりの道になり、国42をいったんアンダークロスして回り込むようにして合流する。

300mほどは我慢して国道とお付き合い。
でも歩道は設置されてるから安心だけど。

左に分岐。
再び静かな集落の中をくねくねと伸びる旧街道。
ここは阿曽集落。

紀勢本線を踏切で渡る。
シャメするほどのポイントは特にないんだけどね、でも街道らしい「ニオイ」が感じ取れ、退屈しない。
楽しいなぁ。

小さな十字路。
熊野古道はそのまま直進だけど、案内板に「→阿曽温泉」とある。

トレーニング中だし、こんな所でゴールする予定はないけどさ、温泉か~、いいなぁ、と思いつつ、女々しくも足を向けてしまった。
右折して約100m。
郵便局と隣接する形で、そこに町営の温泉施設が建っていた。


ささ、まだまだ続くよ、トレーニング!
熊野古道に戻る。

小さな商店が点在。
宮川の支流、大内山川を渡ってすぐ、右手に現れたのが立派な観音堂。
古くから熊野古道の旅人を見守ってきた「阿曽観音堂」。


迷いようがない1本道をさらに進む。
左手、川向うは、JR紀勢本線阿曽駅。
まだまだゴール予定は先。

国42に再び吸収され、しばらくは国道run。

約1km。
川沿いに降りていく感じで左に分岐する道に入る。
この辺は、近畿自然歩道とも重複しているため、その案内板が建っていて判り易い。

阿曽の集落内をくねくね走ると、再び国42へ吸収され、何度目かの近藤run。
でも左手には、大内山川が寄り添い、癒しを与えてくれる。

ここでまた1km近く国道を走ると、大内山川を渡って、何やらモニュメントらしきものが現れる。

東屋とトイレもあって、歩行者であればちょっとした休憩ポイントではあるけれど、もちろんコスモタイガーは素通り。
ここを左折し、すぐ右に行くのが熊野古道。
まぁ雰囲気でわかるけど。

柏野集落。
ここも静かだなぁ。


いかにも地元民しか通らないうねり道を行けば、一段高いところに「宝蔵寺」。
由緒は知らないけれど、地元の人の信仰を集めた名刹の雰囲気だ。

またまた国42に合流。
約200mもすると、大内山川を渡る「拍野大橋」。
これ、渡るんだね。

道順的にはどう見ても橋渡って左、だけど、右へ少し戻る。
「垣内後(かいとじり)庚申塚」。
本来の熊野古道は、川を渡ってここを通ってたんだろうな。

軽く手だけ合わせて古道に復帰。
右に山、左に大内山川を見ながらの快調なrun。
やがて人家もなくなり、踏切でJR線を横断。

そこから1km。
見どころらしいところもなく、人通りもない山道をひた走る。

ちらほらと家並みが現れたら、左に某電話会社の紀勢交換所。
といっても、入り口の門が目立つだけで、広大な駐車場?の奥に、小さな無人ビルがある。
随分贅沢な土地の使い方をしてるんだなぁ。
この辺は撮影するものもないから、これ、シャメしとこっと。


振り返れば、正面は大皇神社。
山々を背景に、かなり奥深そうな神社だけど、まだまだ先は長いからね、ここはパスしよう。

歴史を感じる大きな民家が並ぶ。
素敵な集落だ。

伊勢柏崎駅への入り口となるT字路をそのまま直進すれば、まもなく右手やや高台に、「大蓮寺」。


リサーチ資料によれば、北畠家臣の山﨑家によって1569年に開基された、とあるから、これまた由緒も格式もあるお寺なのだ。
散策路もある立派な境内らしいけれど、これまた先を急ぐ旅の者。
お詣りだけして失礼する。

JR線を再び渡ってすぐ右へカーブ。
再び川沿いの道となる。
右側は、素敵な古民家が並んでいる。
ちなみに手元の資料では、県道538号、ということになっている。

右は崖、左は川。
人家もない1本道を走るだけ。

民家がポツンポツンと現れ、JR線の下を潜って間もなく。
正面に集会所らしき建物が見えたら左折。

そのまま国42に交差。
信号はないけれど、横断歩道があるから、そのまま直進。
すぐT字路になってて、右折。

わずか50m少々だけど、ここにも熊野古道が忘れられたように残り、国42に吸収された。

リサーチによれば、100mほど国道runしたところで左に分岐するはずだけど、残念ながら柵、その向こうは森。
森の上には紀勢自動車道が走っているから、建設時に消失したのかもしれないね。

仕方ないからさらに200mほど国道を走れば、右に分岐する道があり、案内板も建っている。
道なりに、集落の中を黙々と走る。

そのまま国42に合流、と思ったら、ここは変則4叉路になってて、「国昌寺」と書かれた石碑が建っている。
石碑に従い、右に90度折れるのが正解で、そのままその国昌寺に到着。


のどかな寺だなぁ。
お詣りしようとしたら、おばあちゃんが孫を連れてのんびり歩いてる。
見たことないおじさんが奇怪な格好で現れたから、不思議そうな顔をして通り過ぎていく。

ここには立派な公衆トイレも併設されていて、旅人にはとっても有難い。
せっかくだから、コスモタイガーも用を足していく。

このお寺の前がT字路になっいる。
熊野古道は右折、つまり今用を足したトイレの前を横切り、お寺の裏を通ることになるんだね。

川沿いに走るのどかな道。
田んぼに囲まれて見通しが良く、国昌寺だけが離れても目立っている。

案内板に従って突き当りを左折すれば、国42にぶつかる。
で、右折してわずか50mほど国道を走れば、またすぐに分岐。

この辺は国42とくっついたり離れたり。
でも案内板も整備され、迷わず走れるのはありがたい。
だから効率も良い。

道沿いにはひっそりと庚申塚もあり、ここが旧街道であることを教えてくれる。
約700m。

橋が現れる。
渡った先は国42。

でも熊野古道はここを左折。
そしてすぐにあるのが、大内山一里塚。


何だか久々に一里塚を見た気がする。
小さなお地蔵さんは当時のままだけど、樹齢400年の松の木は1982年に枯れてしまい、現在は2代目、ということらしい。

ここを過ぎると道は未舗装となり、ヒノキ林の中のトレイル状態となる。
さらに道は狭くなり、ほとんど獣道状態。
「ホントに道、繋がってるの?」と不安になるが、目印にヒノキに赤いテープが巻いてある、との予備知識は得てあるので、それを頼りに走るしかない。

登ったり下ったり。
やっとしっかりした道になり、ホッとする。

木製の小さな橋が現れた。
一応、芦谷橋、という名前が付いている。

大きな看板があって、左に行くと大内山動物園、なんてのがあるらしい。
こんな山の中に動物園があるなんて、ちょっと信じられない。
(※後日、ネットで調べたところ、自然と共有できる、かなり評判の良い動物園だそうです)

江尻橋南の交差点に出た。
国42を渡ってそのまま直進。

大内山集落。
またまた某電話会社の大内山交換所、なんてあったりする。
こんな所にまで設備を作るのも、大変だね~。


緩やかな上り坂の中に、昔ながらの床屋さんや酒屋さんがあったりして、なかなか楽しい空間だ。


右手に現れたのは、紀勢本線大内山駅。
ここも鈍行しか停車しない無人駅で、ひっそりしている。

その名も「大内山」の交差点で、国42に合流。
大紀町役場の支所や町立保育園を右に見ながら、しばらくは国道run。

夕暮れが近づいてきた。
12月は日が短いのが難点だよね。
ちょっとペースを上げる。

紀勢自動車道の高架を見上げ、さらに走ると、大内山大師堂なる看板が右手に。
資料にも載ってないけど、何だろう?
弘法大師に関係あるのかな?

それより、ここから左に分岐する道をやり過ごさないようにしないとね。
といってもわずか200mほどでまた国道に合流。

さらにしばらくするとまた左に分岐。
ゆるやかに下りつつ、忘れ去られたような道だ。


合流したところにバス停がある。
梅ヶ谷停留所。
前回帰路にも利用した、「熊野古道特急」バスも止まる停留所だ。


と同時に、「梅ヶ谷」の交差点。
ここは熊野古道ハイカー(ランナー)にとって、大きな拠点となるところ。

交差点からさらに200m進んだ右手に、不気味な?無人駅。
梅ヶ谷駅。

もちろん無人駅だけど、不気味さを醸し出してるのは、駅の裏が「八柱神社」になっていること。
人気のない夕暮れの神社は、結構寂しさを感じるよね。

境内に入ってみると、意外に広さを感じる。
ここをお参りして、今日のトレーニングを締めることとしよう。


さて、帰路をどうしようか。
2者択一。
このまま目の前の梅ヶ谷駅からJR紀勢本線鈍行の旅とするか、さっきのバス停から前回も利用した「熊野古道特急」バスを利用するか。
どちらもしばらく待てばやってくる上に、場所が場所名だけに、いずれもかなりの確率で座れるはずだだから、かなり迷う。

結局選んだのは、熊野古道特急バス。
疲れた体には、JR鈍行のロングシート車より、観光バス仕様の乗り心地の良さは魅力的♪

案の定、松阪駅へ向かうバスは暖房も効いて暖かく、ウトウトしてる間に松阪駅到着。
今日はさすがに「ひょうたん湯」に寄る時間はない。
さっさと近鉄に乗換、名古屋へ一目散に帰宅するのみだ。

(※熊野古道特急バスは、2018年10月1日にダイヤ改正され、尾鷲市内で分割されてた2系統を統合・整理し、さらに各停化されました。これにより、「特急」ではなくなり、路線バス松坂熊野線、通称「熊野古道ライン」、として再出発しているようです。熊野市内まで乗換なしになった代わりに所要時間は増加しました。)



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コスモタイガーのつぶやき(16)~高校野球を見ての感想

2018-09-03 | つぶやき

先日、第100回となる夏の高校野球が終わった。
プロ野球派の自分ではあるが、単身赴任ということで、家に居ても誰かと会話するわけてもないから(笑)、夜、洗濯したり水周りの掃除しながらスポーツニュースを見たり、土日ならちょっと空いた時間にリアルに見たりして、今までと比べると、結構見る機会多かったかな?

大阪桐蔭の春夏連覇で幕を閉じたものの、大会の主人公は、準優勝の金足農業であったことは、大方の人が認めるところであったと思う。
金足農業が、全員地元出身の公立高校というのも、多くのファンの琴線に触れたことだろうし、コスモタイガーも密かに金足の応援をしてたりした。

でも冷静に考えれば、大阪桐蔭圧倒的に有利は認めざるを得ないところ。
注目の決勝戦。
吉田投手の疲れ具合も心配されたが、案の定、立ち上がりからキレがなく、思わぬ大差になったのは残念だった。

それを不憫に思う部分もあったのか、また特に今年の異常な暑さもあったのか、やたらに「投げさせ過ぎ」「かわいそう」といった声もあったよね。
TVでも多くの野球関係者や芸能人・識者が同様の趣旨を語ってたけれど。
なかには、プロに行く逸材をつぶす気か!という声もあった。

その声を集約すると、概ね、①「休養日を増やせ」②「投球数に制限をしろ」③「2日連続(あるいは2試合連続)での連投は禁止させろ」といったところか。

確かにどれももっともらしいし、「選手ファースト」にも聞こえなくはない。
でも何かが違う、と感じるんだよね。

そもそも高校野球は、高校の部活動の一環であって、プロ野球の下部組織でも養成所でもない。
野球で飯を食う者など、ほんの一握りのはず。
また、そんな先のことなんか考えず、今この瞬間、勝ちたいという一心でボールを追いかけている選手がほとんどだろうと思う。

もちろん、才能ある一部の高校生がプロを志すことは大いに素晴らしいことではあるけれど、「一部のために全体を合わせる」ことはあまりにもナンセンスだ。
だからプロ野球とリンクさせて考えること自体、大きな矛盾を感じるのだ。

①休養日を増やせ

数年前に、準準決勝と準決勝の間に休養日を設けられることになったよね。
もちろんこれは大賛成だったし、実際随分有効に機能してるんじゃなかろうか。

でもさ、これ以上は厳しいよね。
判官びいきで、「決勝の前にも休養日があったら…」なんて意見も多かった気がするけれど。

金足農業は県立高校のため、予算という大きな壁があり、選手・監督や関係者だけでなく、大人数の応援団。
その宿泊費が予算を大幅にオーバーし、ネットで募金を募っていたニュースは記憶に新しいところ。

滞在日数が増えれば増えるほど、何百万という(もっとかな?)大変な宿泊費が発生することになる。
試合で勝って宿泊が増えるならともかく、「ただ休養している」だけの日をさらに増やすのは、潤沢な資金のある私学強豪有利になってるわけで、全然「判官びいき」になってない。

それに、甲子園球場は、阪神タイガースの本拠地でもある。
無限に借りられるわけじゃなく、一定の期間に大会を終える必要があり、やたらに休養ばかりしてられない。

じゃ、甲子園以外の場所で、特にドームなら、なんて意見もどこかで散見したけれど、それも現実離れしている。
甲子園こそ聖地。
現場の選手や関係者の大半が、「甲子園だからこそ」という思いだと聞く。

ラグビーなら花園、高校駅伝なら京都を走る「ステータス」ってのを無視するわけにもいかない。

②と③について。
これは関連してるから一緒にしよう。

特に②の玉数制限。
プロ野球のWBCで脚光あびたルールだ。

例として、100球になったら、その回終了時で強制的に別の投手に交代。
だって投げすぎはかわいそうだもん、故障するじゃん。

③の2日連続なんて投げすぎだ、かわいそう。
だから連投禁止。
翌日の試合は別の投手に投げさせてね。

いかにももっともらしいけれど。
でもさ…。

そうなると甲子園で通用するレベルの投手を2人以上用意しないといけないよね。
これも当然、全国からスカウトして強化している、私学強豪圧倒的に有利だよね。

投手交代した瞬間に、突然レベルが下がって、相手チームが一気に逆転!なんて、逆に一生懸命投げてた先発投手がかわいそうだ。
今回の金足農業にこんなルール当てはめたら、恐らく決勝までこれなかっただろうし、それどころか秋田県の予選で、選手層の厚い私学強豪に逆転食らってた可能性もあっただろう。

そもそも見ている側も、こんな逆転劇、ちっとも面白くない。
いや、もちろん逆転・逆転・また逆転、の試合は、プロ・高校野球を問わず面白いよ。
でもさ、それは、お互いがその時点のベストメンバーで、最高のプレーをして、必死にせめぎあってるからこそ、の話。

人為的に?格下の選手をマウンドに上げておいて、それで逆転だ、と言われてもね。
何だか「作られた逆転劇」を見せられた感がして、すっきりしない。
少なくともコスモタイガーは、そんな逆転劇、感動できない。

③も同様で、せっかく前日、エースの好投で勝ちあがり、最高ムードなのに、翌日、格下の投手が投げたせいで、ボコスコに…、では、ボコスコにした方も何だかすっきりしないだろう。
相手に対して失礼だ。

②も③も、プロ野球やWBCのように、質・量ともにそれなりの投手がいるという前提があるから成立している話。
特にWBCの場合、「侍JAPAN」として、各チームから選ばれた最高レベルの投手がそろってる訳で、100球制限で交代しても、そんなにゲームの質をや流れを落とすことなく、次の投手が投げてくれる。
だから見ている側も楽しめるし、むしろセットアッパーやクローザーに特化した投手も居るから、「誰を使うか?」という別の楽しみすらある。

にわか仕込みで、突然プロ野球の仕組みやルールを語られても、説得力がイマイチだ。

それに、故障防止なんてもっともらしいこと言ってるけれど、投手は「試合だけ」投げてるわけじゃない。
日々のトレーニングや練習で、その何倍もの投げ込みをしているわけで、「試合だけ」制限しても意味ないんじゃないの?

自分のやってるランニングも、「試合だけ」走ってるわけじゃないし。
普段から毎日、故障のリスクを考慮しながらそれなりの距離を走ってるからこそ。
本番の42.195km走るために、その何倍・何十倍の距離を走って、やっと当日を迎えたのに、「試合だけ」制限するなんて、アスリート的な感覚からも、合点がいかない。
制限するなら、普段の練習の段階から制限しないと意味ないんだけど。

トレーニングから本番にいたるまで、長い「線」になってるのに、試合という「点」だけを見ている気がする。

さらに加えるなら、①~③いずれも、私学強豪に圧倒的有利なルールだ。
今回も、金足農業だけじゃなく、三重県からも白山高校が出て話題になったけど、そういった地元密着の公立高校はますます甲子園が難しくなってしまう。

確かに高校野球は単なる部活動であって、別に「県民を代表」して戦ってるわけじゃないけれど、出場校が固定化され、私学強豪だけが毎年トーナメントの組み合わせだけが変わってやってるだけ、になれば、見る側はマンネリ化し、大会自体の注目度が下がるということは十分ありうる。

純粋な勝負の場。
対決する以上、公立も私立も関係ないけれど、当事者でもない人間が、恣意的に「私学有利」の条件を作ってしまうのは、フェアではない。

最初に書いたように、すでに準々決勝後にすでに1日の休養日がある。
そして今回から、延長線や再試合を減少させるために「タイブレーク制」も導入された。
(※これも随分と賛否両論あったし、コスモタイガーは反対の立場。第100回にして、初めて「逆転満塁サヨナラHR」なんて劇的なシーンがあったけれど、これも「そもそも無理やり作った満塁のチャンス、従来の満塁HRと同等に考えるのは疑問」という意見が気になったりする。)

給水タイム、なんてのも今回からできた。
高野連としても、「質を落とさない」範囲で、十分に対策はしているように見える。

あとは強いて言うなら、「暑さ対策」ぐらいか?
4試合ある日は、灼熱の日中を空白にして、第3試合を夕方4時開始ぐらいにすればいいのでは?と思ったりはする。
それとて、球場や売店などで働く職員の拘束時間を増やすことになるから、簡単なことではないかもしれないが、まぁ比較的現実的な改善かな、と。

100回も続いてきた大会。
先人たちが積み上げてきたいろんなものがあって、それなりに合理的だったからこそ続いてきたという側面も忘れないで、議論しなきゃいけないよね。

そんなことを思った100回大会でありました。

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コスモタイガー漂走記~熊野古道伊勢路編(2)

2018-07-30 | 旧街道ラン!!

★名古屋ネタです★

前回、変な所でコースアウトしてしまった熊野古道。
何となくすっきりしないから、早く先へと進みたい。
そう思いつつ、諸々の忙しさに追われ、約1ヶ月ぶりの旧街道runとなった。

2014年8月。
今日もコスモタイガーは、輪番勤務で平日なのにお休みなのだ。

暑さまっただ中、家を出て、地下鉄で名古屋駅に到着。
ここからは「快速みえ」号に乗車。

まぁ値段的には、前回の帰路の逆(近鉄で松阪駅→JRに乗換えて多気まで)が安いんだけどさ、なんかメンドくせぇ。
久しぶりに快速みえに乗りたくなったのさ。

乗換えることなく、ディーゼルカーのエンジン音に聞きほれながら、多気駅までの鉄道旅に満足♪

おっとっと、ここで満足してちゃいけねぇいけねぇ。

で、コンビニも食堂もない多気駅に降り立つ。
8月の厳しい日差しに、立ってるだけでも汗が出る。

そうそう、まず熊野古道に復帰するまでに約5km、走らなきゃいけないんだ!
あ~あ、前回の終了地点がね~~。
わかっててもどうしようもなかったんだけどね…。

まぁとにかく、あれこれ考えてても仕方ない。
走るぞ!!

見覚えのある風景をひたすら進む。
途中、トラックや車が追い抜きつつ「こんなところで炎天下を走ってる!」とでも思うのか、冷たい視線を感じたりする。

着きました!永昌寺。
もう一回、前回と似たアングルでシャメしとこう。(冒頭写真
そんなに大きなお寺ではないけれど、江戸中期の建立とのことで、なかなか歴史を感じる古寺ではある。

さあ、やっとここからが前回の続き。
永昌寺を右に見て道なりに。

と思ったら、ものの30~40mで左に行く怪しげな道。
この道こそ、熊野古道なのだ。

道なりに右折した先に、また似たような感じで左に入る山道が分岐。
そしてここでもこの山道に入るよう、道標が建てられている。

左手に鄙びた神社が現れた。
「西外城田神社」。
残念ながら詳しい由緒は知らないけれど、誰もいない静かな佇まいに、思わず寄り道してしまった。

広い道(とぃっても片側1車線…)に出てホッとする。
県道119号。

交通量は少ないから安心。
しばらくは県道run。

1kmぐらい走ったかな?
小川を渡るような感じで右斜め前方に分岐する小道がある。
これが熊野古道だ。

ポツンポツンと昔ながらの蔵があったりして、なかなか風情のある道だ。
案内板は、この右上に「成川大師堂」なんてものがあることを教えてくれる。

正面はため池だろうか、突き当たったところを左折し、少し登りきった感じで、県道119に再会。

でも交わる県道は熊野古道ではない。
そのまま十字路になっていて、直進する細い道がある。

さぁここからが今日のメインディッシュ!
女鬼峠。
伊勢から歩く旅人にとって、最初の峠越えとして有名だったんだね。

あまりの貧相な農道に、不安になるけど、目線を下にしてよく見ると、小さな道標がこの道が熊野古道であることを教えてくれる。

「女鬼峠入口」の看板と、丁寧な案内板がゴング替わり。
ここから一気にトレッキング道!
熊野古道の一般的なイメージとしては、ここからだろう。

黙々とただ登る。
やっとここが頂上らしき所?

全然眺めは良くないけれど、木々の間からわずかに見える風景が、山深きところであることを教えてくれる。

さぁ今度はひたすら下り。
山の中深々と、ただ下る。


やっと下りきった。
熊野古道伊勢時最初の峠、女鬼峠、まずは無事通過。

右手に小さなため池?が現れ、暑さをやわらげてくれる。
手元の資料によれば「新池」というらしい。

久しぶりの広い空、両側田んぼ&茶畑を味わったら、県道119に出た。
ここは道標に従い、県道を右へ。

といっても県道runは50mほど。
自販機の設置してある雑貨屋の手前から、左に行く狭い道が熊野古道だ。

またすぐに道なりに右折。
小さな、でも古い道標が、歴史を感じさせる。

この辺は「相鹿瀬」という集落なんだね。
のどかで、でも歴史を感じる小道だ。

やがて県道709に合流。
しばらくは県道run。

そして寺子屋跡。
江戸のころから、こんなところにも教育が行き届いていた。
明治以降、列強にも負けず発展してきた日本の「強み」だよね。

小さな川を渡って約200m。
左に折れる分岐道が熊野古道らしい。

茶畑と田んぼの真っ只中を行くだけだから、不安になるけれど、手元の資料によれば間違いないらしい。
突き当たって左手に大きな福祉施設があるところで右へ行けば、公民館があったから、間違いなかったことを確信する。

T字路になり、再度県道709に出た。
左折ね。

周辺には茶畑が目立つ。
伊勢茶になるのかな?
すぐに見えてきた、左手にある工場らしき建物は、製茶工場らしい。

再び左に分岐する熊野古道。
旧街道らしい、懐かしさを感じるエリアだ。

「柳原観音千福寺」。
その歴史は古く、聖徳太子によって建立されたとされる。

すぐにまた県道709に出た。
街道臭?を放つ古道が、県道をそのまま渡る形になっていることはすぐに判る。

その古道に入ってすぐ右手に、大きな、そしていかにも風格あるお屋敷が!
「元坂酒造」。
創業は1805(文化2)年というから、江戸末期。
現在の社長は6代目という、この地域では、老舗中の老舗ってことになるね。

残念ながらコスモタイガーはビール党。
毎夜の晩酌も、季節を問わずビール!で、日本酒系は全く飲まない。

外観のシャメだけ撮って足を進めることにする。

小さな十字路に出た。
右手前方に、公民館風の建物とバス停があるのが目印だ。
ここを右折するのが熊野古道。

さらに50mほど先の突き当りを左折。
くねくねとしたうねりが、いかにも街道らしさを伝えてくれる。

県道709に再び合流し、しばらくは県道run。

500mほどで、いったん県道から分離するものの、50mもしないうちに再会し、再び県道を走る。
この一角は見どころもないが、山に囲まれたのどかな風景と茶畑のため、退屈はしない。

さらに500m進む。
ここで道は2手に分岐。
右の狭い道はいかにも古道っぽい。

右の古道は「旧道コース」、直進(つまり県道をそのまま進む)は「新田コース」として案内されている。

歴史的には旧道コースに分があるけれど、新田コースも元禄時代(江戸中期)にバイパスとして新設されたということで、いずれも熊野古道であることに間違いない。
つまりここはどっちを選んでも正解ってことだけど、いろんな資料やHPでは「新田コース」の方をメインに扱っている。

ってことで、コスモタイガーも「新田コース」を選択し、そのまま直進する。

立派な橋が見えてきた。
田口大橋というらしい。

すぐに県道は右斜めへカーブ。
分岐するような形で、そのまま直進するのが熊野古道。

阿弥陀寺を過ぎると、製茶屋が数軒並び、ちょっと珍しい風景。
バイパスとして創設されただけあって、旧街道としては直線的な道で、これはこれで新鮮だ。

そのまま県道に沿って走れば、国道42と交わり、「新田」の交差点となる。
県道709自体はここが終点らしいけれど、熊野古道は国道は渡るだけで、そのまま直進。
案内板もあって、迷うことはない。

紀勢本線を超えてすぐ、左手に懐かしさを感じさせる立派な佇まいの建物は、旅館「岡島屋」。
江戸時代から続き、今も宿泊可能な、現役の旅館なのだ。

もっともかつてはかなりの広大な敷地だったらしいけれど、紀勢本線開通に際し、敷地内を線路が通ることになってしまったとか。
もし宿泊すれば、鉄路の音を聞きながら眠ることも…、というほど、列車の本数ないけどね。

もちろんコスモタイガーは宿泊するわけもなく、ひたすら足を進める。
しばらくは、くねくねと進む1本道。
人家も少なくなり、山深き雰囲気の中、左手に紀勢本線が寄り添う。

さて、問題はここ!
このまま進んでしまいそうだけど、それは×。

左手に小さな変電所があって、見落としそうな水路(小川?)が道路の下を通っている。
ここを右に降りていく、作業路!
これが熊野古道なのだ。

水路の清掃員しか通らなさそうな狭い作業路、そしてその先には背中を丸めないと通れない低いトンネル。
半信半疑で降り、水路に沿ってトンネルで道路を潜る。
水量次第では通れないらしい、現代の難所ではある。

「馬鹿曲り」という妙な名前のついたカーブだったらしいんだよね。
ホントにこんな作業路を名古屋から走りに来るなんて、馬鹿みたいな話ではある。

小川渡るんだけど、橋なんかない。
石というか岩というべきか、それを伝ってヒョイと渡る。

足元もぬかるみ、ぐちゃぐちゃな未舗装道。
完全にトレッキング状態だ。
滑らないように注意しないとね。

右手見上げるようなところに、さっきの道路と紀勢本線が見えるせいか、谷底を走っている感覚だ。
くねくねしと道なりに走れば、小さな橋は馬鹿曲り橋。

坂を上り、わずかに家並みが見えてくると簡易舗装が復活し、国42にいったん合流。
右手に、地元の人に守られた立派な祠にほっこりする。
その先、50mほどで再び右に分岐する生活道路が旧街道だ。

相変わらず茶畑が多い中、集会所を過ぎると、左に降りていく道が分岐。
見落としそうだけど、案内板も建っている。

ここも木々に遮られ、日も差さないため、谷底感があるけれど、ある意味涼しくて走りやすい。
資料によれば、この辺りに明治40年建築の眼鏡橋(神瀬橋)なんてのがあるらしいけれど、樹木に囲まれて視野が狭く、判然としない。
また、立ち止まってまで探そうとしない大雑把なコスモタイガーだったりする。

国42に出た。
と思ったら、足元に小さな道標があり、「熊野古道→」と右折を示している。
もちろん道標に従う。

と思ったら、また左折を示す道標。
まじ?と思うような、地元の人がショートカットでしか利用しないような土道だ。
これも熊野古道なんだね。

で、また国42にランデブーだけして、右折。
紀勢本線を横断する。

すぐ左に目をやると「殿様井戸→」と書かれた木製の案内板が設置され、足元には熊野古道の道標もある。
ここから分岐する獣道が正解らしい。

といっても、草茫々、見るからに人気の無さそうだ。
しかも金網のゲートで閉められている。
でも施錠はされておらず、特に注意書きもない。

もちろん下調べ済で、先達たちは、このゲートを開けて通行しているらしいけれど、その予備知識がないと、「入っていいのか?」と大いに戸惑うに違いない。

またしても谷底を走る感じ。
良く言えば涼しくて走りやすい。

殿様井戸。
名前の通り、ここで昔の殿様が水を飲んだということだけど、目の前には落ち葉の浮いた水溜りしかない。

アスファルト道に再合流。
そのまま道なりに進む。

等高線に沿うかのようにくねくね道は続き、やがて紀勢本線の踏切を超える。
国42とランデブーし、再び右斜めに入っていく熊野古道。

ありがたいことにここから先、約6kmほどは1本道。
この田舎道をひたすら進むだけ。
しかも旧街道らしいうねりと、のどかな農村風景が続くらしい。

すぐ左手に案内板だけがひっそり立つのが、「旧旅館阿波屋跡」。
汗かいてて、シャメが滑ってしまう(泣)。

さらに進んで再び紀勢本線を渡る。
名古屋市内と違って、列車なんかたまにしか来ないからね。

川添駅前。
と言っても無人駅で、人の気配すらない。

反対側(右手)には、保育園と小学校が建っていて、ここにも生活があることを実感する。
資料によれば、小学校の裏には「透光院」というお寺もあるらしいが、目的は熊野古道自体!もとい、熊野古道を利用したトレーニング(笑)。
ここはスルーして、1本道をひたすら走る。
地図見ることもなく、快調に足を進められるし、微妙な起伏や変化が楽しい。

本当に一人ぼっち。
すれ違う人すらいない。
黙々とトレーニング♪
観音寺、八柱神社、と、歴史ありそうな史跡が続き、旧街道の目印になる。

右手に「街かど博物館奥伊勢」という古風かつおしゃれな喫茶店兼案内所がある。
残念ながらコーヒーなんか飲んでる場合じゃないからスルー。
でもここが熊野古道であることの良いチェックポイントにはなっているようだ。

ここで道は緩やかに左折しながら坂を下り、久々に国42に合流。
ここからはしばらく国道runがメインになる。

300mほど走ると、一瞬右に分岐するけど、すぐに国42に戻る。
緩やかな上り坂が延々と続く。

しばらくすると紀勢自動車道の高架を潜る。
石龕地蔵なんて看板があった。
良く見ると小さなお地蔵さんが、石垣に埋もれるように鎮座している。

並走する紀勢本線がトンネルに入った。
しばらくして右に分岐する道がある。
これが熊野古道だが、何だかしんみりする道だ。

国道こそ車が時折通るものの、1本入ると人の気配もないからね。
山深き里であることを痛感させられる。

またまた右手に八柱神社なんてあったりして、国42に重なったらそのまま横断して直進。

左後方からやってきた生活道路に吸収される形で、旧街道はそのまま進んでいく。
この生活道路を200mほど戻り、さらに宮川河川敷に降りていくと「三瀬の渡し跡」なんてものがあるらしいし、予約しておけば渡し船の体験もできるらしいけれど、さすがに疲れてきたから寄り道は遠慮しておく。

慶雲寺。
結構広い境内の立派なお寺だ。
手を合わせ、写メも記念に撮っておこう。
正式には「正法山慶雲寺」といい、浄土宗のお寺とのこと。

間髪入れず、道の反対側には、「三瀬砦跡」。
伊勢国司北畠氏の家臣、三瀬氏の城跡とされているが、現在は小さな神社として整備・信仰されている。

この辺り、まさに集落みたいになってきて、「三瀬集落」を形成している。
ちょっとした町だ。

さらにまた小さな鳥居があり、案内板に従って降りていくと、「大谷不動明王」と呼ばれる滝。
ありがたいねぇ。
視覚的にも涼しいわ。

この辺りは近畿自然歩道とも重複してるらしく、案内板はとっても親切だ。
迷うことなく、ラストスパートだ。

左手には廃校となった宮川高校の跡地らしく、なんだか寂しい。
(※現在は、大台厚生病院という立派な病院になりました!)

国42を「上三瀬」の信号で渡り、道なりに直進。
踏切渡ってすぐの十字路を左折。
左手に紀勢本線を見る形になった。

ゴール予定の「三瀬谷駅」はもう目の前なんだけど、熊野古道は標識に従い、いったん右折。
三瀬谷地区の中心らしき所で、古い旅館などもあり、なかなかいい感じのところだ。

中心らしき十字路。
百五銀行があるのが目印。
ここを左折すれば三瀬谷駅。

うーん、迷ったけど、ちょっと腹案もある。
もうちょっと頑張ろう。

200mも走れば本屋さんがあって、ここを左折。
再度紀勢本線を渡る。

「佐原」交差点で国42に出た。
そのまま右折して国道を走れば、約50m。

某電話会社の「大台佐原電話交換所」。
ここ!
ここをゴール!

何の変哲もない場所だけどね、特に意味もないけど(笑)。
それどころか休憩する場所もない。

でもrunはここまでね。
徒歩で国道を戻る形で、佐原の信号も超えれば、すぐに大台町の町役場があり、道の駅「奥伊勢おおだい」も併設されている。

名目上のゴールはさっきの電話交換所だけど、実質のゴールはこっちやね(笑)。

位置関係的には、ちょうど三瀬谷駅の裏(三瀬谷駅が裏?)に当たるんだけど、明らかに駅よりこっちが栄えてる。
国道に面して三重交通の立派な停留所も整備されている。

腹案というのはこのバス。
「熊野古道特急」という名称で、松阪駅まで観光バス仕様の路線バスがあるのさ。

名前のとおり、熊野古道の主要地をつなぎ、松阪~尾鷲間をつないでいる。
運行は三重交通。

まぁ紀勢本線よりはこっちの方が便利かな?
何よりリクライニングシートに座っていけるのが嬉しい。
しかも高速を通らず、国42をひたすら走るというルートで、田川陽介さんと蛭子能収さんが喜びそうな路線だ。
(※翌2015年、実際に某番組でこの2人とゲストの女性が、このバスに乗りました♪)

このバスに乗りたいという気持ちが心の隅にあったからね、今日はこの道の駅までちょっと頑張ったのさ。
旧街道runとしては長めの27~28kmぐらいかな?
多気駅からの無駄?な5kmもあったし、女鬼峠を筆頭に、起伏も結構あったからね~。
ちょっとハードなトレーニングになった。

さて、道の駅で休憩&着替えを済ませ、少し時間をつぶしてたら、やってきました、熊野古道特急バス。
行き先は「松阪中央病院」だけど、当然松阪駅にも立ち寄る。

松阪駅まで約50分。
路線バスの旅を楽しんだ。

そして前回も利用した、駅から徒歩5分ほどの「ひょうたん湯」。
さぁ、ここからは前回と一緒、近鉄急行で帰るだけだ。

のんびり湯船に使って、今日の街道run、もとい、充実したトレーニングの余韻に浸るコスモタイガーであった。

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★コスモタイガーの鉄旅★~叡山電車編

2018-06-27 | 旅行

【6月24日(日)】

単身赴任が始まって、間もなく3か月が経とうとしている。
大阪発着で、旧街道runを着々と進めているけれど、ネタバレになっちゃうから、今は非公開♪
まだ名古屋ネタ、残ってるしね。(熊野古道伊勢路とか…)

そもそも旧街道runは、時刻表オタクが「走ってから電車に乗って帰る」ために考え付いたオマケの企画。(何を今さら…)
たまには街道から離れて、しかもせっかく大阪に住むことになったんだから、こっち方面の鉄道プチ旅行、したいなぁ。

どこへ行こう?
いくら鉄チャンでも、ただ乗るだけじゃなく、一応、それらしき目的地は設定したい。
(まぁ、ホントに乗るだけが趣味の鉄チャンもいるんだけどね)

いつもコメントいただき、ブログでも繋がっている更家さんiinaさんの記事に触発された?のか、何となく深々とした山の中の古刹を訪れたくなった。

とはいえ、奥州はお財布事情的にちと厳しい。
近場で我慢我慢。

大阪の自宅(単身社宅)の最寄駅は北浜駅もしくは淀屋橋駅。
時刻表見て考える。

そーだ!京都行こう。
いや、それだけだと、京都府某所の職場も「京都」なんだけど、そうじゃなくて、ホントに京都へ行こう。
そして京都を代表する山寺といえば「鞍馬寺」。

ここなら京阪電鉄→叡山電車の乗継で、お値打ち運賃で楽しめそう♪

といいつつ、素直に京阪乗ればいいものを、市民ランナーのお努めとして、まずはリュック背負ってのランニング。
淀川の堤防道路などを遠回りしつつ、約90分のトレーニング♪で、京阪守口市駅に到着。
距離にして15kmぐらいかな?

「守口市」なら、特急以外は停車する、京阪の主要駅。
こと鉄道に関しては、まるで長年大阪に住んでるかのように使いこなすコスモタイガーなのだ。

着替えたりちょっと休憩したのち、さっそく京阪乗車。
途中、「樟葉」駅で、特急に乗り換える。

やったぜ、エレガントサルーン8000系♪
いいよね。京阪8000系。

何回乗っても飽きない。
乗車券だけで楽しめる、豪華特急車両。
ゆったりシートと窓のカーテンが高級感を演出。
2階建のダブルデッカー車もあるしね。
鉄道業界にコスパ部門なんてものがあるとしたら、恐らく全国1なんじゃないの?と思ったりする。

終着は出町柳駅。
ここで叡山電車に乗り換えます。

本線と鞍馬線があって、途中の宝ヶ池駅で分岐する。
比叡山なら本線、鞍馬寺なら鞍馬線になりますね。

ここでちょっと迷う。
3か月前にデビューしたばかりの、観光車両「ひえい」(叡山本線八瀬比叡山口行)も気になったりするのさ。

でも時刻表見ると、展望列車「きらら」号(鞍馬線鞍馬行)が何と!数分後にやってくる。

こうなりゃ初志貫徹!
でも飯食ってるヒマねぇ~。

入線しました、きらら号(冒頭写真)。
さあ、迷わず乗り込み、座席もゲット。

テンションMAX状態で、思わず車両前方風景もパチリ。

出発です。
京阪に比べると、ずいぶんのんびりしたスピードです。
家の軒先を走る感覚は、少しばかり、四日市あすなろう鉄道(前近鉄内部線・八王子線)を連想します。(※旧東海道編10参照)

宝ヶ池駅で本線から分岐すると、いよいよ鞍馬線のクライマックスです!
明らかに上ってます。
そして、緑の森に包まれ、癒しの風景になりました。

紅葉のライトアップが有名な区間ですね。

素晴らしいです。
深~い山の中、山岳列車の様相です。
政令指定都市、京都市内とは思えません。

約30分の乗車で、きらら号は、終点鞍馬駅に着きました。
時計は14時を過ぎてます。

駅舎を出て左に進むと、食事処が数軒並び、すぐに鞍馬寺の正門がありました。
正確には「仁王門」というそうですが。

ここでモグモグタイムも考えましたが、結構なお値段です。
観光地ですからね。

それに早く中に入りたい気持ちの方が強いです。

300円払って、仁王門から入山します。

階段を上って右側に見えてくるのが、普明殿。
本来は毘沙門天を拝む建物ですが、実はここがケーブルカーの駅舎(山門駅)でもあります。

正式には、鞍馬山鋼索鉄道。
ケーブルカーも、鉄道事業法では立派な「鉄道」です。
そして、この法律によって運営される鉄道では、全国で唯一の「宗教法人が運営する鉄道」としても有名です。
運転手さんも「作務衣」です。

営業キロ約800m、所要約2分。
そうです、歩いても充分登れる距離ですが、あえてこの「鉄道」に乗りたいのです。

あっけなく多宝塔駅に着きました。

名前の通り、目の前に多宝塔があります。

さぁ、あとは徒歩で鞍馬山を巡ります。
広大な敷地。
もうほとんどハイキングですけど。

洗心亭。
無料休憩所ね。

食事は提供してない、残念!
でもお茶をおいしくいただく。

引き続き階段を上る。
上りきったところにようやく現れたのが、本殿金堂。

ここが鞍馬寺の、いわゆるメインの建物。
ここさえお参りしとけば、「鞍馬寺お参りした」と言えるわけね。

反対側。
生茂る木が邪魔して、あんまり見ごたえある風景じゃないけれど、ここがかなり山深きところであることは充分に感じることができる。

さぁここで引き返して…という性分じゃないんだよね、コスモタイガー。
ふと見ると「→奥ノ院」なんて看板立ってるからさ。
行くしかないじゃん、それは。

奥ノ院参道の入り口です。

「参道」なんていうと簡単そうだけど、さらに山奥に入っていく感じ。
もはや鞍馬山ハイキングコース、と言った方が近いです。

鞍馬山と聞いて、コスモタイガーは「源義経」を真っ先に連想します。
彼がまだ牛若丸を名乗っていた幼少時、ここで厳しい修行を積んだ場所として有名だよね。

その後「遮那王」となり、修行を終えたのち、元服して義経となった。
元服場所は、尾張国内海説と、近江国鏡宿の2説あるんだけどね。(※旧中山道編3参照

噴き出す汗をぬぐいながら、さらに峠を上ります。
もう本格的なハイキングコースにしか見えません。

霊宝殿。
鞍馬山自然博物館になってます。

国宝の仏像などが展示されてるそうですが、先は長そうなので、今回はパスします。

まだまだ登ります。
屏風坂の地蔵堂なんてものもあったりしますが、ここも申し訳ないけど立ち止まらずスルーします。

さらに登ってみると…「背比べ石」。
牛若丸少年がこの石と背比べした、という伝承が残ります。

この辺りが鞍馬寺としてもっとも高い場所になるのでしょうか。
あとは下り基調となるようです。

100mほど寄り道になりますが、「木の根道」が分岐し、名前の通り木の根っこがむき出しのちょっと変わった道を進めば、大杉権現社。
ちょっとした広いスペースに木製のベンチがいくつか置かれ、外国人の方数名が気持ちよさそうに横たわっています。

さて、背比べ石まで戻り、今度は下っていきましょう。

黙々と下って数分。
立派なお堂が見えてきました。

不動堂。
名前の通り、不動明王が奉られています。

その背後にある可愛らしい祠。
義経堂です。
名前の通り、義経を奉っています。

「義経」は大人になってからの名前。
ここで修行してた頃は「牛若丸」→「遮那王」です。
よってこれは、奥州平泉で非業の死を遂げたのち、御霊がここに戻ってきた、ということになっています。

もっとも本当に義経は奥州でなくなったのか、という話もありますが(義経北行伝説)、話が長くなるのでここではスルーします。(※詳細は、旧東海道編40参照

そして、鞍馬寺の中でも、この義経堂一帯の谷が、厳しい修行を積んだとされ、「僧正ヶ谷」と呼ばれているそうです。
その由緒書きがありました。

なるほど、鞍馬天狗とは、義経の修行相手の天狗のことを言ってたんだね。
自分たちの父の代では、そんな名前の名映画があったそうですが、単なる空想物ではなく、モデルらしき人物はいたってことね。

さらに足を進めると、ようやく奥ノ院(魔王殿)にたどり着きました。

さて、ここまで来たら、戻るよりもこのまま進み、西門に出て、叡山電車の1駅手前の「貴船口」駅に出るのが自然です。
というわけで、ひたすら山道を下ります。
周囲は、本当に何もない山中です。

西門を出ると、久しぶりのアスファルトの道に合流。
車がやっとすれ違える程度の細い道ですが、路線バスも通る、貴船地区の主要道路です!
一応府道361号線ということになってるようです。

このまま左折して降りていけば、「貴船」のバス停もあり、その先には「貴船口」駅です。

が!
「→貴船神社」の看板があります。

そうです、右折して登って行けば、貴船神社です。
叡山電車の紹介番組等で名前ぐらいは聞いたことありますが、残念ながら全くリサーチしてません。
そしてそんなに時間もありません。

でも…。
せっかくここまで来たんですから、この際ついでです。
サクッと貴船神社、お詣りしていきましょう。

それはそうと、ここまで車で来る観光客も結構いるんですね、なかなかの交通量です。
気を付けて歩きましょう。

すぐに到着しました。
正門の鳥居です。

本宮です。
サクッとお詣りしましょう。

由緒書きによれば、水の神様のようです。
そしてこちらも奥の宮があるようです。

ちょっと変わったおみくじがありました。

水につけると文字があぶりだされます。
ほかの皆さん、すぐ横にある湧水(清め水)でおみくじを濡らしています。

じゃ、コスモタイガーもサクッとやってみます♪

結果は…。
秘密です(笑)
こういうのは秘めてるからご利益あるんです。

奥の宮、案内板見てしまった以上、気になります。
そういう性分なのです。
ここから500mほど、とのこと。
サクッと行きましょ、サクッとね。

さすが水の神様。
道中、本当にきれいな水が流れてます。

いったん府道に出てそのまま歩きます。
あの有名な川床料理の名店が並んでます。
おなかは減ってますが、お値段は…手が届きません(泣)。
こんなゴージャスなもの食ったら、1ヶ月ぐらい、晩飯抜かないといけません。

府道の左手に見えてきたのが、相生の杉。
見事なスギの木です。

奥の宮への入り口、神門に着きました。
参道を進みます。

はい、奥の宮。
サクッとお詣りしましょう。

さぁボチボチ帰るとしましょうか。
まずは本宮まで戻ります。
左手は、相変わらず川床料理が並びます。

時折見せる川のせせらぎ。

本宮前に戻りました。
貴船口駅までは約2km。

さらに少し下ったところに「貴船」のバス停。
ここから駅までの路線バスもありますが(所要約5分、160円)、バス停はかなりの行列です。
下るだけの2km、歩きましょう。

若干車多めですが、景色は本当にのどかです。
歩いたおかげで、こんなオマケも見られました。

貴船口駅に到着です。

runで約15km、ウォーキング(ハイキング?)で6~7kmでしょうか?
案外疲れました。

さぁ、あとは電車乗り継いで大阪に戻ります。

残念ながら、今度はきらら号じゃなく、ロングシートの普通車両でした。
でも座れて良かった。
さすがにうとうとしてしまいました。

出町柳駅到着。
腹減った~~!

そうです、結局昼食べそびれました。
気が抜けたのか、猛烈に空腹です。

17時過ぎという中途半端な時間ですが、駅構内のロッテリアに入ってしまいました。

さぁ、あとは京阪です。
またまたエレガントサルーン8000系でした!

始発です。
2階建て車両(ダブルデッカー)の2階座席をゲット!!
優雅な1時間弱の鉄旅を楽しみ、北浜駅に戻りました♪

明日から仕事です。
スーパーで買い物してから帰宅するとしましょう。
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コスモタイガーのフツー♥の旅行記~琉球編(5)

2018-05-27 | 旅行

【12月6日(水)】
最終日。
夕方、飛行に乗るだけで、あえて予定は入れてない。

ホテルの窓からは、昨日より晴れ渡る大海原が見える。(冒頭写真
皮肉なことに、今日ならダイビングできたかもしれないけど、それ、やり出すと飛行機に間に合わないからね。
土産も買いたいし、那覇空港までの移動もあるしね。

嫁は昨日の「琉球村」が気になるらしく、朝食&お買いもの&チェックアウトの後、再度琉球村へ。

コスモタイガー自身は、子供の相手をしながら、昨日見れなかったところの「落穂拾い」と土産物を購入。
嫁は一目散にモノづくりのお店へ。

2時間ぐらいかな?
嫁は作品を完成させた。

おいおい、もうまもなく昼だよ。
そろそろ南下して、空港目指そうよ。

カーナビを、空港近くのレンタカー事務所に設定し、あとはそれに従って運転するのみ。
すぐに国58に出れば、道なりに快適なドライブだ。

昼食といっても、今日はそんなに動いてないからさ、あんまり空腹感がない。
時間もそんなにないから、コンビニで好きなものを買って、移動しながら軽く済ませることにする。

右手に現れた北谷運動公園。
わが愛する中日ドラゴンズのキャンプ地だ。

はい、トイレ休憩。
文字通り、ホントにトイレ行っただけ。

勿体ないなぁ。
せっかく来たのに!

もっとも、今は12月で、プロ野球は完全にシーズンオフ。
こんな時期にここで練習するドラゴンズ戦士はいないけどね♪

さぁ出発!
途中から宜野湾バイパスに入って海沿いに走れば、まもなく今度は宜野湾海浜公園。

はい、ここは横浜DeNAベイスターズのキャンプ地。

今度は嫁がトイレに行きたいというから立ち寄る。
待ってる間にシャメをパチリ。


筒香選手に偶然出くわし…、なんてことあるはずもなく、すぐに退散。

それにしても車で10分少々の距離に、野球場・陸上競技場等を有した大きな総合公園が林立しているのが沖縄の凄さだ。
こんなこと、本土じゃありえない。

ちなみにルートから外れるから今回はパスだけど、ここから内陸に向かって南下、約10~15分も走れば、浦添市。
そこにある浦添運動公園が、ヤクルトスワローズのキャンプ地ということになる。

本土の市民ランナーとしては、仕事の後にスピード練習ができる、全天候型の陸上競技場なんてなかなかないからね。
こんな至近距離にこんなに競技場があるなんて、ちょっと羨ましい気がしないでもない。

2月のキャンプシーズンにもなると、マスコミや野球評論家が、「キャンプ地巡りをした」なんて大げさに言うこともあるけれと、車があれば相互移動は実に簡単な話なのだ。

再び車を走らせてまもなく、頭上至近距離に、米軍の軍用機が通り過ぎ、いささかビックリする。
そう、これも沖縄のもう1つの顔なんだね。

すぐ右手に大きな米軍基地があるようだから、今飛び立ったところなのかもしれない。
我々は旅行者だから、1回ビックリしただけで終了だけど、こんなことが日に何度も、しかも毎日だと、不安にはなるかもしれない。

また、信号に止まると、横断歩道を渡ったり、歩道を歩く米国人の奥様と子供さんが多いことに気付く。
きっと軍人さんのご家族かな?

那覇市内に入ってきた。
まだ少しだけ時間があるから、嫁のリクエストで、「国際通り」に寄ってみる。
コスモタイガー自身も、3日前、マラソンの前半で、ごちゃごちゃ状態で素通りしただけだもんね。

とはいえ、車をコインパーキングにサッと停め、ホントに散策程度しただけ。
嫁にとっては、期待外れだったようだ。
もっとも、もっと時間のある時にじっくり廻れば、また違う印象になるのかもしれない。

再び車に戻り、国58に戻る。
見覚えのある奥武山運動公園(ここも巨人のキャンプ地ね!)を左に見て、カーナビの指示に従う。

空港をいったん通り過ぎ、3日前に、ラスト近くに走ったであろう「小禄バイパス(国331)」を逆に走りすぎ、やがて「道の駅豊崎」発見!
その隣が、返却予定のレンタカー事務所と隣接のガソリンスタンド。

満タンにして無事返却すれば、時計は午後3時になろうとしている。

ここからはレンタカー会社が空港まで送迎バスで送ってくれるシステム。
若干渋滞に巻きこまれつつ、約20分で空港に到着。

中部国際空港(セントレア)行の飛行機まであと約1時間!
最後の買い物とおやつ♪で時間をつぶす、コスモタイガー一家であった。

                       ≪完≫

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