cosmotiger発信!!

日本一脚の速い「鉄ちゃん」を目指します!
時刻表検定1級
10km33:04、フルマラソン2:46:31

コスモタイガー漂走記~旧東海道編(7)追記

2014-03-20 | 旧東海道run!!
旧東海道編(7)の地図を作成しました。 (ここをクリック

(7)の本文末尾にもリンクしてあります。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コスモタイガー漂走記~旧中山道編(17)

2014-03-17 | 旧中山道run!!

与川道。
気になって仕方ないんだよ~。
このまま大桑から先に行くことも考えたけどね、急ぎの旅でもないからさ。

とはいえ、また南木曽駅かよ!
毎度毎度同じ路線、同じ電車も飽きるよね。

ってことで、久々に現地までドライブしよう!

まぁ、名古屋人が南木曽駅まで車で行くなら、高速利用なら中津川ICで降り、国道19号を走るか、一般道なら、多治見・土岐経由で、ひたすら19号を行くのが普通なんだけどね。

へそ曲がりなコスモタイガー、名古屋市郊外の日進市・長久手町(現長久手市)を通りぬけ、瀬戸市から国道248、途中の「品野」で国道363に入り、中津川を目指すのだ。

くねくねした山沿いの国道だから、当然19号より時間もかかるんだけどね、こっちの方が楽しそうだもん!

実はこの国道363に沿って、静かに眠る旧街道がある。
「中馬街道」。

街道オーラに敏感になってるからね、確かにその気になって運転していると、ところどころ、街道を思わせる分岐道やお寺・神社等の史跡が点在している。

特に途中の柿野地区・曽木地区周辺は、旧中馬街道沿いの静かな温泉地として、かなり良い雰囲気だ。
いずれゆっくり再訪してみたいな~。
というか、中馬街道そのものを、いずれ走ってみたいものだ。

そもそも中馬ってなんだ?
簡単に云えば、江戸時代の貧しい農民たちが、自分の牛や馬を使って荷物運送を担い、アルバイトしてたんだね。
もちろん公式には認められなかったけどね。
それらが盛んに行き来したため、道自体がこう呼ばれるようになった。

もっとも中馬なんて、結構あちこちにあった風習らしく、「古道たち⑨・⑪」で紹介した飯田街道も、足助宿(現豊田市足助町)辺りでは中馬街道と称されることもあったらしい。

1つ1つじっくり見学したいところではあるけれど、それじゃ南木曽駅に何時着くのやら…。
ってことで、休憩しつつも先を急ぐ。

明智~岩村間は、第3セクター「明知鉄道」が寄り添うけれど、363は再び山中へ。
中津川市内に入って国19に合流。

途中、コンビニに寄って軽い昼食を済ませ、中津川から先はオーソドックスに「木曽高速」を走り、ようやく南木曽町に入った。

もっとも南木曽駅周辺には、車を長時間停車させるスペースはない。
前回・前々回のお散歩?の際、チェックしてあったところにハンドルを切る。

南木曽駅からだと、木曽川を挟んでちょうど反対側に大きな公園がある。
その名も「天白公園」!
どこかで聞いたような名前だけど。
つつじの名所らしく、毎年4月末には、かなりの人気らしい。

もっとも今はまだ暑さ残る9月。
ほとんど誰もいない。

コスモタイガーが日頃走っているエリア内にも同名の公園があるしね、何だか妙な親しみを感じる。
無料の観光用駐車場も広く、これなら安心して放置?できる。
(ちなみに南木曽駅前にも「駅前での長時間駐車は不可、観光の方は天白公園に停めてネ」という趣旨の注意書きが各所に貼ってあるから、堂々と?長時間駐車できる。)

この天白公園の脇から、これまた北に向かう、古道の雰囲気漂う静かな道がある。
「川西古道」といい、木曽川東岸の中山道に対し、西岸を行く形で、野尻宿まで延びていた、江戸期の生活道路だったとされている。
当時の庶民の暮らしを偲ばせる史跡も点在し、なかなか楽しいウォーキングコースとなっているらしい。

今日走る予定の与川道も、川西古道も、「信濃路自然歩道」として整備され、一部を除き、案内板も設置されている。
こうなると、いずれ川西古道も走ってみたい、という衝動に駆られたりする。

ここ南木曽駅を拠点に、中山道・与川道・川西古道。
3つのお楽しみがありながら、結局、もっとも肝心の中山道が、実は一番見どころがないってことやね。

あえて古道の反対、南側に進むと、すぐに福沢桃介記念館。
かつて、桃介さんの別荘だったらしい。

その隣は「山の記念館」という建物で、かつての名古屋市庁妻籠出張所。
どちらも興味は湧くけれど、キリないからね、外から眺めるだけにしておこう。

さぁ、お散歩は終了!
この記念館の前を本日のスタート地点とする。

木曽川を渡って、案内表示に従い、民家の間を抜けると、南木曽駅前に出る。
ここからはしばらくは(約1km)前回と重複で、例の「園原先生の碑」の前を通り、三留野宿本陣前も通過。

そして気になって仕方なかった、分岐点に到着!(旧中山道編16参照)
さぁ、いよいよ与川道!

なぜそんなに気になるのか?というと…。
当時のこの辺りの中山道は、今の「木曽高速」からは想像が難しいけれど、険しい山々と木曽川の絶壁のわずかな間隙を縫うような悪路で、まさに難所中の難所だったらしい。

いつの頃からか、庶民は、山側の与川集落を経由するルートを行き来するようになる。
これが与川道の原形だ。

そんな折、徳川家重公(のちの9代将軍)に、京都伏見家のお姫様(比宮)が輿入れすることになり、そのルートとして中山道を選択。
その際、我が尾張藩が、バイパスとして「与川道」を大がかりに普請・整備したとされる。
尾張人の端くれとして、せっかくここまで来たからには…!って感じやね。

山の中を延々と彷徨うようなルートで、別の意味で険しい上に、「本道」に比べてかなりの大回りなんだけどね。
崖崩れ等で足止めされる心配もなく、当時の利用者には、結構重宝されたらしい。

このような事情から、広義の中山道と位置付けられることも多く、それどころか、信濃路自然歩道として、むしろこの与川道の方が積極的に整備されている。
南木曽町設置の案内板にも、堂々と「与川道を中山道歴史の道として整備した」旨が明記してあるしね。
市販の地図等にも、堂々とこちらを「中山道」と注意書きしてあるものもあった気がする。

だからこの分岐点も、「本道」を示すものは何もなく、あるのは「中山道(与川道)」を示す標識が建っているのみ。
ちゃんとリサーチしておかないと、まんまと罠にはまってしまうことになるわけだね。

さぁ、右の坂を登ろう!
一気に人家もまばらな山の中に入った感じだ。

急激なカーブと登り坂。
汗も一気に噴き出す。

この先、アスファルト道から外れ、森の中の獣道のようなところを案内板は示している。
リサーチによると、僅かながらも石畳が残っているらしい。

…んだけどね、草茫々!
道なんか消えちゃってて、通れねぇぞ~!
石畳なんて、まったく見えないし。

9月、まだ実質、夏だしね。
草が伸びる頃だしね、時期が悪かったかなぁ~。

でもさ、「中山道歴史の道として整備する」って高らかに宣言した案内板、さっき見たばかりだけど。
自分の見落としかと思い、何度も行き来しつつ確認するけど、やっぱりこの道以外考えられないし。
ちょっと残念な思いに駆られる。

仕方なく、アスファルト道をそのまま迂回?し、登りきった所にあるのが、「廿三夜塔」。
二十三夜のお月さんを拝んで豊作を祈った農民たちの信仰の跡らしい。

標識は古いながらも、その後は要所要所に現れ、どんどん標高を上げながら進んでいく。

っていうかさ、この先の道のりは、言葉での説明は不可。
自然歩道の標識の通りに走るだけ。

クロカン道も走る。
農家の庭も走る。
あぜ道?も走る。

一人がやっとの畑の中の狭い道を行く。
途中、金網のゲートに阻まれる。
良く見ると「押す」とあり、自分で開けて通り抜ける。

こんなところをお姫様の行列が、ホントに通ったのか?
バイパスとはいえ、ここが天下の中山道とは信じがたい。

自販機など当然見当たらない。
給水、持ってきて良かった~!

それどころか、誰にも会わない。
時折、アスファルト道に出て、古い農家らしき家がポツンと現れるだけで、あとは自分の足音だけが聞こえる。

わずかばかりの家並みが…。
与川集落に入ったらしい。

ここ与川は、周囲の風景とのバランスで、とても月が綺麗らしく、古くから「与川の名月」として有名だったらしい。
これだけの山の中だからね、きっと今でも綺麗なんだろうけど。
もっとも、こんなところで夜を迎えるようじゃ、困るんだけどね。

再び家並みが途切れ、再び山中のクロカンが続く中、黙々と走る。
やや平坦になった所で、前方に灯篭と石仏がいくつか並んでいる。

「阿弥陀堂」。
もっとも古いもので、1692(元禄5)年、ということらしい。

さらに進むとすぐに「らんかん橋」。
当時ととしては、橋に欄干は珍しいものだったらしい。
多分、これもお姫様のお輿入れに際し、立派にしたんやろね。

まだ起伏は続く。
マジ、足はガクガクだ。

馬籠峠越え(旧中山道編15参照)や、その前の十三峠(旧中山道編13参照)の方がまだマシだ。
息つく暇もないといっても過言ではないぐらい、起伏が続く。

さらにここに来て、あることに気付き、今1つテンションが上がりきらない。
視覚的には、飽きもなく、緑多い山の中、所々の眺望も素晴らしく、クロカンコース(あるいはハイキングコース)としては申し分ないんだけどね。

ふと気付いたんだけど、まだ今日はあんまり写真も撮ってないんだよね。
起伏が険しくて、足場も悪いってのもあるけどさ、何となく「旧街道」的な見所が少ないんだよね。

一里塚跡とかさ、本陣跡とかさ、高札場跡とかさ…。
やっぱりバイパスはバイパスなんだと、実感する。

腐っても鯛!
いくら国19沿いとはいえ、「本道」には特有のオーラがあることは確かだ。

そうこうしているうちに、僅かながら視界が開け、アスファルト道に出た。
「根の上峠」。

ここで南木曽町から大桑村に入るらしい。
この大桑村は、逆に与川道、そんなに興味ないらしい。

一応、「信濃路自然歩道」には指定されているから、それなりに標識は設置されているけれど、このアスファルト道をひたすら下るのみの単純な道のりだ。

6kmぐらいかな?
野尻の集落に入ったらしく、家並みも散見されるようになった。

国19を超え、すぐのT字路が、中山道本道との交差地点。
横切る道沿いには、見覚えのある「野尻宿」の街並みが続いている。

「本道」沿いに、「野尻郵便局」がある。
ここから見る中山道は、まずまず街道らしい雰囲気あるかなぁ。
今日はあまり写真、撮ってないから、ここで1枚撮影し、ゴールとしよう!

地図上では、15~16kmぐらいの距離だけど。
とにかく平坦なのは、最初と最後の僅かな部分だけ。
誰ともすれ違うことなく、黙々と登ってるか下ってるか。
足場も悪かったし、疲れたなぁ…。

さぁ、車まで戻ろう!
随分来た気がするけれど、中央本線普通で2駅。
南木曽駅に戻ってきた。

徒歩10分弱で、対岸の天白公園到着!
まだ17時前で、明るさは充分残っている。

まぁ、車だから時間を気にしなくて良いのはありがたいし、せっかくだから、公園内をサクッと散策しよう。

山の斜面を利用した感じの、広大な公園で、よく整備されている。
ここから見る「桃介橋」も、前回とは違う顔を見せてくれる。(冒頭写真)

さて、この南木曽駅周辺は、これで3回目。
何やらお腹いっぱいな気もするけれど、川西古道にも色気を感じたりする。

まぁ、次回どうするかは、またゆっくり考えよう!
今日は疲れた。
まだこの後、ドライブが残ってるし!

さすがに帰路は、コンビニ以外は寄り道もせず、国19を名古屋方面にひた走るのみであった。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コスモタイガー漂走記~旧東海道編(6)追記

2014-03-10 | 旧東海道run!!
旧東海道編(6)の地図を作成しました。(ここをクリック

旧東海道編(6)の本文末尾からもリンクしています。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コスモタイガー漂走記~旧中山道編(16)

2014-03-07 | 旧中山道run!!

暦の上ではもうすぐ秋なのに、まだまだ真夏の暑さは続いている。
でも暑さに負けず、今日も中山道を走ろう!と思い、家を出る。
この夏の走り込みこそ、冬のマラソンに活きるのだ!

なーんていいつつ、今日も予定では「走り込み」というほどの距離じゃないんだけど。

中津川を越え、すでに木曽路に入った。
ここまで来ると、運賃もそれなりに高くなり、再び「青空フリー切符」の出番となった。

でもさ、青空フリー使うなら、わざわざ勝川駅まで車で行く理由ないよね?
ってことで、またまた拠点を「大高駅」に戻すことになった。

「金山」で中央本線に乗換、中津川駅に再び降り立つ。
ここからは、ローカル線状態で、まるで別の路線のようになる中央本線なんだけど、乗継時間が約20分あり、ちょっと早い昼食(立ち食いそば)を食するには絶妙の待ち時間だ。

南木曽駅に降り立ったのは、すでに12時半近く。
相変わらず撮影などしながら、周囲をウロウロしてから、いざ駅前をスタート!

まずは直接中山道には関係ないんだけど、すぐ近くにある重要文化財の吊り橋、「桃介橋」に寄ってみよう。

そもそも桃介って誰?って話だけど。
福沢桃介のことやね。

かの福沢諭吉の婿養子ということでも有名だけど、「日本の電力王」と呼ばれている人物だ。
早くからこの豊富な木曽川水系に目を付け、いくつもの水力発電所を建設。
のちの関西電力や中部電力の礎を作ったとされている。

その他、東邦ガスや名古屋鉄道・大同特殊鋼などの発展にも深くかかわったらしく、名古屋の発展に大きく寄与した人物とされている。

ちなみに晩年は、ときのトップ女優「川上貞奴」さんと同棲(今で云う内縁関係ってやつね)。
その2人の邸宅が、名古屋市東区で「文化のみち二葉館」として、一般開放されている。

良く考えたら、超有名人、諭吉さんの娘と結婚してたのに、別の女性と…。
肝っ玉の太い人だったらしい。

で、桃介さんが、この対岸に読書発電所(現在の関西電力読書発電所)を建設の際、工事用に架けたのが、この桃介橋らしい。

橋の向こう側も気になるけれど、そろそろ中山道を先に行かなきゃね。
駅にいったん戻り、標識を頼りに、線路を渡って中山道に出る。

何やらこの道、駅裏の単なる農道のような雰囲気で、案内板がないと中山道であるとは思えない雰囲気だ。
いきなり「園原先生碑」なる大きな碑に出会う。

園原先生が何者なのかはさて置いて(ごめん、あんまり興味ない)、中山道を走る(歩く)上で、1つの目印になることは間違いない。

リサーチによれば、今日のコースは、やや見どころに乏しいらしい。
この先、国19を走る部分が多いんだよね。

木曽川の渓谷と山々に囲まれ、ただでさえ狭い谷間に、国19と中央本線がひしめき合っている木曽路。
わずかなスペースを縫うように、良く言えば中山道をそのまま転用、悪く言えば破壊しながら敷設されたのが、国19なのだ。

ただ案内表示は比較的親切で、ポイントとなる地点には概ね設置してある。
しばらくは道なりに進む。
左から長野県道264号が寄り添ってきて、合流。

50mほど先で、案内表示に従い、右の小道へ。
すぐに右側に「読書小学校」が現れた。(現在は南木曽小学校)

そのやや奥まったところには、「等覚寺」という立派な山寺があり、中山道を静かに見守っている。

中山道に戻り、その先でまた県道264に合流。
ちょっと走れば、いつの間にか「三留野(みどの)宿」に入ったらしく、森林組合の事務所に出くわす。
ここが三留野宿本陣跡ということらしい。

脇本陣跡もすぐに現れた。
残念ながら、本陣・脇本陣とも、明治に入ってからの大火事で焼失したらしく、原形はまったく残っていない。

そもそも「南木曽」なんてのは、現代になってから勝手に?付けられた地名で、本来はこの辺り、「三留野」だったらしい。
当然ながら、中山道の宿場としては、「三留野宿」なのだ。
その三留野宿、これまたいつの間にやら脱出したらしい。

道は左にカーブしたところで、南木曽町設置の案内標識が右の登る道を指している。
ここは間違えやすいところ!

案内標識は、中山道のバイパスとして敷設された、「与川道」を案内しているのさ。
行先は同じ「野尻宿」らしいけれど、ここはとんでもない山道を迂回?することになるらしい。

この与川道にも、大いに興味あるけれど、またの機会として、今日はこのまま道なりに直進し、下り坂を降りて行く。

中央本線の下をくぐり、1kmほど先で国道19号に合流。
歩道は反対側(つまり左側)にしか付いてないからさ、横断歩道もないから、ここは気を付けて渡りましょ♪

歩道をそのまま走る。
ここまで来ると19号も、木曽川沿いのドライブコース状態で、信号もないからね。
車はかなり飛ばしている。
別名を木曽高速、なんて呼んだりするらしい。

でも景色は素晴らしい!
両側に木曽の山々の豊かな緑、そして左側すぐ横には、木曽川の流れを従えて走る。
中央本線も右手に並走している。

若かりし頃、スキーに行く際に、何度か通ってるはずの道だけど、まさか走ることになるとは思わなかったなぁ!

ただ残念ながら、「中山道」的にはこれといった見所もなく、ひたすら国道runやね。
まぁここもリサーチ段階でわかってたことだけどね。

2km以上、同じような景色が続く。
きっと昔の街道は、もっと狭く、当然ガードレールもなく、木曽川の崖を縫うような感じだったのかな?
でも現代では、「木曽高速」を突っ走る大型車両の方に恐怖を感じたりする。

久しぶりに信号があった。
頭上には「←1km十二兼駅」のドライバーさん用の標識があるのが目印やね。

ちょうどここで歩道が道路左側から右側に代わるようになってるけれど。
ありがたいことに、中山道は左折する脇道に入って復活する。

急に静かになった。
人家もまれな、田舎道の風情だ。
すぐに「明治天皇御小休所跡」。
ちょっとした小公園になっている。

左に橋があり、対岸に渡って奥へ入っていくと、木曽川の作った景勝地「柿其渓谷」が近いらしい。
中山道は橋を渡らずに直進!
道はますます狭くなり、車も人もまったくすれ違うこともなく、順調に足を進める。

…と言いたいところなんだけど、のど乾いた!
今日はいつも以上に暑くてさ、実は用意してきた給水、もう飲みつくしちゃったのさ!
自販機ねぇかな~。

十二兼駅の前(裏?)に出た。
国19と中山道に挟まれた小さな無人駅だ。

当然ながら普通しか止まらないし、電車の時刻でもない今、周囲は人気すらなく、自販機も見当たらない。
しゃ~ね~な、もう少し頑張るか。

走ってると見落として直進してしまいそうだけど、200mほど先で、中央本線を簡易トンネル?でくぐるのが正解。
正面に熊野神社ね。

リサーチ通りに神社の前を左折し、民家の庭?のようなところを通って、これまた田舎のアスファルト道に出る。
今度は国19を左に見る形になる。

道なりに走って、ヘアピンカーブを終えると、国19にまたまた合流。
このヘアピンはちょっと不自然だから、かつてはもっと自然なカーブで、この合流地点に辿り着いたのかな?

すぐに左に分岐。
中央本線と国19の間の静かな1本道だ。
行政区域は、南木曽町から大桑村に入ったらしい。

踏切を渡る。
良く見ると「第14仲仙道踏切」とある。
これから線路を渡るたび、徐々に数字が減っていくらしい。
そして、この踏切名が、走っている道が確かに中山道であることを確認できる、貴重な情報源になるよね。

約600mで、今度は「第13仲仙道踏切」。
再び線路は左側。

渡り終わってすぐ、左にカーブ。
背後には、草茫々の獣道らしき跡が…。
実はこれがホントの中山道だったらしい。
今は通行不能のため、線路の反対側に回って走ってきたことになるんだね。

国19に再び合流、じゃなく、ここはランデブー。
右手の信号は「阿寺渓谷入口」。
そのまま細い脇道(県道261)を直進する。

ようやく人家がチラホラと…。
野尻の集落だ。

人家があれば、1台ぐらい、自販機もあるよね、きっと。

小さな川を渡ってすぐ、いかにも歴史ありげな古民家が。
ここ「はずれ」という屋号だったらしい。
つまり野尻宿の「はずれ」。
そのまんまやね。

徐々に街道らしい雰囲気になってきた。
両側には、懐かしさを感じる古民家が増えてきた。
自販機も無事発見!

野尻宿は、外敵を守るため、意図的にくねくねした道にしたらしい。
それが余計に雰囲気を引き立たせている。

左手や奥に入ると、JR野尻駅。
ここも普通のみ停車の小駅だ。
まだゴールするには早すぎるから、もう少し頑張るよ。

それに、ここでゴールするには勿体ないぐらい、野尻宿はそこかしこに面影を残し、静かに横たわっており、走ってて楽しい。
今日ここまで、あまり街道っぽいところ無かったから、ようやくテンション上がってきたよ~。

100mほどで、「明治天皇御休所跡」の大きな石碑を発見!
さっきも似たような名前の史跡があったけど…。
どうやらこれが本陣跡らしい。

300mぐらいかな?
道なりに走り、やや左にカーブした地点に「高札場跡」もあった。

突き当たって右折。
そのまま中央本線に沿って走る。

再び踏切。
はい、「十二」ね。

再び人家のない田舎道。
くねくねとうねりながらの1本道。
前方には中央アルプスの山々を眺められ、のどかな気分に浸りながら走る。

またまた中央本線を渡り(十一ね)、その先で国19に合流。

すぐに国道の反対側に、大きな建物と、広い駐車場があり、多くの車が駐車している。
「道の駅大桑」。

車利用で中山道を走る(歩く)としたら、ここは拠点として結構使えるかもね。
一応、ここでも給水しておこう。
ゴール予定地点まで、あと少し。

国道の左側に再び渡り、そのまま走る。
500mぐらいで左手に「関山関所跡」の石碑を発見!

残念ながら、ただそう書いてあるだけで説明書きがない。
コスモタイガーも初めて知る名前で、これ、何だろう?
中山道でそんな関所、あったっけ?
東山道もここは通ってないしね~(中山道編14参照)。

疑問に思いつつ、足を進める。
ちょうどこの辺りで、中央本線はトンネルに入り、しばらく先で今度は右側に出てくる。
反対の左側を見下ろすと、静かな農村風景を見下ろす形になり、、思わず足を止めてしまう。(冒頭写真)

300mぐらいで、踏切がある。
第十ね!

今日は国19と、ここでお別れね。
右折してこの踏切を渡り、大桑集落へと入っていく。
ちなみにこの道、県道265号になるらしい。

この大桑は、中山道の合の宿だったらしく、年代を感じさせる民家が並んでいる。
目印代わりの大桑郵便局が現れ、ホッとする。

すぐ先の十字路があり、中山道はこのまま直進だけど、予定通り、ここを左へ。
50mほどで、大桑駅前に出て、ここを本日のゴールとする。
中山道だけで、約15km、実走17~18kmといったところかな?
すでに手元の時計は16時を指している。

「駅前」といってもさ、普通しか止まらない小駅だし、車が2~3台止められるスペースがある程度で、商店とかレストランの類はなーんにもないけど。
乗客も、自分以外、誰もいないようだ。

あと10分ほどで電車が来るはずなので、急いで着替える。
中央本線、といいつつ、普通列車は1~2時間に1本程度。
乗り遅れると、かなりのロスだ。

さぁ、予定通りの電車に乗れたし、乗り継いでまっすぐ家路につこう!
中津川、金山で乗継、大高駅に到着したのは18時半過ぎ。
随分日が短くなってきたね~。
すでに辺りは暗くなりつつある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする