ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

婦人科疾患合併妊娠:卵巣腫瘍

2010年05月27日 | 周産期医学

卵巣腫瘍・卵巣嚢胞が合併する頻度は全妊娠の1 ~4 %。機能性嚢胞(黄体嚢胞など)を含めた報告では3.3~9.9%で、そのうち約95~98%が良性腫瘍である。

1.良性卵巣腫瘍・卵巣嚢胞
 成熟嚢胞性奇形腫(皮様嚢胞腫)が最も多く、漿液性嚢胞腺腫粘液性嚢胞腺腫の順とされる。

2.卵巣癌
 妊娠に合併する卵巣腫瘍のうち、卵巣がん(悪性および境界悪性腫瘍)が1~3%を占める。進行期は大部分がⅠ期である。組織分類では、表層上皮腫瘍が50~70%、未分化胚細胞腫などの胚細胞腫瘍が20~40%である。また表層上皮腫瘍のうち境界悪性腫瘍が約80%を占める。

******
産婦人科診療ガイドライン・産科編2008、p138~140

妊娠初期の卵巣嚢胞の取り扱いは?

Answer
1.卵巣嚢胞の有無および良悪性の評価には超音波検査を行う。妊娠中に頻度の高い黄体化卵胞嚢胞(ルテイン嚢胞)の診断のため、複数回の検査で嚢胞径の変化を観察する。(A)

2.ルテイン嚢胞や子宮内膜症性嚢胞などの類腫瘍病変が疑われる場合、経過観察を行う。(B)

3.良性腫瘍が疑われる場合、直径が6cm以下の場合は経過観察、10cmを超える場合は手術を考慮する。6~10cmの場合、単房嚢胞性腫瘤は経過観察、それ以外は手術を考慮する。手術時期は妊娠12週以降が望ましい。(C)

4.悪性または境界悪性腫瘍が疑われる場合、大きさや週数にかかわらず手術を行う。(B)

5.強い疼痛があり、捻転、破裂、出血などが疑われる場合、良悪性や妊娠週数にかかわらず手術を行う。(A)

******

80_50
(日本産婦人科医会・研修ノートN0.80より)

******

卵巣癌 FIGO進行期分類

Ⅰ期:卵巣内限局発育
Ⅰa期:腫瘍が一側の卵巣に限局し、癌性腹水がなく、被膜表面への浸潤や被膜破綻の認められないもの。
Ⅰb期:腫瘍が両側の卵巣に限局し、癌性腹水がなく、被膜表面への浸潤や被膜破綻の認められないもの。
Ⅰc期:腫瘍は一側または両側の卵巣に限局するが、被膜表面への浸潤や被膜破綻が認められたり、腹水または洗浄の細胞診にて悪性細胞の認められるもの。

【注】 腫瘍表面の擦過細胞診にて腫瘍細胞陽性の場合はⅠcとする。

******

卵巣癌Ⅰa期

妊娠してから診断された時は、Ⅰa 期でlow risk の場合のみ妊娠継続が可能と考えられる。

境界悪性または悪性群で高分化型腺癌では、患側付属器摘出、健側楔状切除を行い、以後は超音波検査、腫瘍マーカーで管理する場合もある。

******

卵巣癌Ⅰb期以上

母体の安全を優先。術式は根治術で妊娠中絶が原則である。

切なる挙児希望の場合で、進行がごく初期であれば保存手術をすることもあるが、開腹所見と病理組織により、取り扱いを慎重に検討する。

******

妊娠中の化学療法について

進行期Ⅰa期で組織分化度grade 1の腫瘍は化学療法を行わないが、それ以外は化学療法の適応となる。第一選択のレジメンは、上皮性卵巣癌ではTC(paclitaxel+carboplatin)療法、悪性胚細胞腫瘍ではBEP(bleomycin+etoposide+cisplatin)療法である。

化学療法が妊娠中期~後期に行われる場合は胎児への影響は軽微であるとされる。しかし、これらの薬剤の多くは妊婦には禁忌となっているので、十分なインフォームドコンセント後に投与する。

化学療法が施行された際には骨髄抑制の時期を避けるため、分娩前2週間には化学療法を終了させておくことが望ましい。

上皮性卵巣癌で進行期がⅠa期を超えていた場合、分娩後に標準術式を施行することも考慮する。

******

妊娠と腫瘍マーカー

・妊娠の影響を受ける:
 CA125、AFP、TPA、SLX

・妊娠の影響を受けない:
 CA19-9、IAP、SCC、CEA

******

卵巣腫瘍が妊娠におよぼす合併症

茎捻転 ⇒ 疼痛や刺激による早産
卵巣腫瘍破裂 ⇒ 疼痛や刺激による早産
骨盤内嵌頓 ⇒ 分娩停止

******

卵巣癌が妊娠22 週以降に 発見された場合:

胎児成熟をみながら帝王切開術のタイミングを決定する。

******

分娩・産褥時の管理

・卵巣癌保存手術後の場合: 選択的帝王切開術を行い、同時に子宮摘出、大網切除を行う。

・次児の挙児希望が強くても、術中迅速細胞診が陽性なら、根治手術を行う。

******

80_51c
(日本産婦人科医会・研修ノートN0.80より)

******

次回妊娠へのアドバイス

卵巣腫瘍がある場合には、腫瘍マーカーやMRIなどの画像診断を施行する。

良性が強く疑われる場合でも、腫瘍径が5~6cm 以上の場合、次回妊娠前に摘出手術を考慮しておく。

******

腹腔鏡下手術の適応

良性と考えられる場合には腹腔鏡下手術の適応があるが、悪性の可能性がある場合には開腹出術が基本である。

******

黄体嚢胞(ルテイン嚢胞)
corpus luteum cyst

[定義] 黄体内に分泌物が貯留したもの。妊娠によって産生されるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)に過剰に反応して生じる。妊娠に合併する卵巣腫大の中で最も頻度が高い。hCGの低下に伴い縮小するため治療の必要はない。

黄体嚢胞が妊娠に及ぼす影響:
まれに茎捻転や破裂・出血を生じた場合、急性腹症を発症し、緊急手術を要する場合がある。

治療:
卵巣腫大が黄体嚢胞によるものであれば妊娠14週頃までに退縮し、卵巣腫瘍であれば15週以降も退縮しない。このため妊娠14週頃まで待機し嚢胞性卵巣腫瘍と鑑別する。

******

妊娠合併卵巣腫瘍の超音波検査所見

Luteumcyst
内部エコーを有する黄体嚢胞(経腟走査)

(日本産婦人科医会研修ノートNo.74より)

******

Cyst
卵巣嚢胞腺腫(経腟走査)

(日本産婦人科医会研修ノートNo.74より)

******

Borderline
壁在結節を有する卵巣漿液性腫瘍(境界悪性)
経腹走査

(日本産婦人科医会研修ノートNo.74より)

******

Adenocarcinoma
卵巣類内膜腺癌(低分化)

(日本産婦人科医会研修ノートNo.74より)

******

Dermoid
hair ballとhair lineを有する混合パターンを示す卵巣成熟奇形腫(経腹走査・左:矢状断面像、右:横断面像)

(日本産婦人科医会研修ノートNo.74より)

******

Dermoid2
高エコーの充実性パターンを示す卵巣成熟奇形腫(経腟走査)

(日本産婦人科医会研修ノートNo.74より)


深部静脈血栓症(DVT)、肺血栓塞栓症(PTE)、静脈血栓塞栓症(VTE)

2010年05月23日 | 周産期医学

肺血栓塞栓症(PTE)は発症すれば極めて重篤で、無治療では18~30%が死亡する。欧米においては、以前よりPTEが妊産婦死亡率の第1位を占めてきた。従来、わが国においてPTEは比較的まれとされてきたが、近年急速に増加し、最近はわが国でも産科的塞栓(PTE、羊水塞栓症など)が妊産婦死亡率の第1位(2008年度)となっている。 PTEは予防対策が非常に重要である。

深部静脈血栓症(DVT)
deep vein thrombosis

[定義] 深部静脈(下腿静脈、大腿静脈、骨盤内深在静脈など)で血栓形成が起こったもの。

深部静脈の血栓性閉塞により静脈の還流障害、下肢のうっ血をきたす。急性期の治療が予後に大きく影響するので早期診断が重要である。肺血栓塞栓症(PTE)を合併すると時に致命的となることもある。

[頻度] 妊婦におけるDVTの発症頻度は非妊婦の5倍。多くは産褥期に発症する。産科におけるDVTの4~5%が肺血栓塞栓症(PTE)につながるといわれる。

[血栓の好発部位] 下肢DVTの発生の約90%は左下肢にみられる。(左腸骨静脈の前面に右腸骨動脈が走行し、左腸骨静脈が圧迫され血流の停滞が生じやすい。)

[症状]
①軽~中等症:
 下肢の腫脹、鈍痛、浮腫、表在静脈拡張、立位におけるうっ血色、足関節の背屈により腓腹筋部に疼痛を訴えるHomans徴候。大抵の場合、初期症状は軽く、下腿が張る、つるなど筋肉疲労様の症状を訴えることが多い。腫脹も立位で健側と比較しないとわかりにくい。

②重症:
 急激に進行する下肢の腫脹、緊満痛および特有の色調(赤紫色)、静脈還流障害により動脈流入が阻害され、二次的な虚血症状を示すこともある。

有痛性赤股腫: 広範な静脈血栓が深部静脈本幹のみならず筋内分枝や表在静脈にまで形成され、動脈血流入も停止し、患肢は壊死する場合もある。

有痛性白股腫: 閉塞が主に大腿静脈領域にあって二次的な動脈けいれんを伴う場合には、下肢全体におよぶ腫脹がみられるが、皮膚はむしろ蒼白となり、皮下小静脈は拡張して網状を呈する。

有痛性青股腫: 閉塞が腸骨大腿静脈のみならず広範に筋肉枝などにも及ぶ場合には、下肢の浮腫性腫脹は高度となり、うっ血のためにチアノーゼを呈して有痛性青股腫(重症血栓症)と呼ばれる状態となり、栄養障害が高度な場合には静脈性壊疽をみることがある。

③理学所見:
Homans' sign: 膝関節伸展位で足関節を背屈させると、腓腹筋に痛みを感ずる徴候。

Pratt's sign: 腓腹筋をつかむと疼痛が増強する徴候。

Lowenberg's sign: マンシェットで加圧、150㎜Hg以下で疼痛を訴える徴候

Deepvein

Dvt
下肢の深部静脈血栓症(DVT)

Homans
Homans徴候

Dvt_2
DVT(患側下肢の浮腫・腫脹・発赤・疼痛・圧痛)

******

DVTの診断

①臨床症状により疑いをもつ

②血液所見:
 FDP、D-dimmer、TAT、PICなど凝固線溶マーカーの上昇。CRP、白血球数の増加。抗リン脂質抗体陽性やプロテインC、アンチトロンビンの低下等も本疾患を疑う要因となる

超音波検査(最初に行うべき簡便な検査、膝窩静脈レベルまでの精度は高い。)
 ・圧迫法
 正常では静脈がつぶされて動脈のみが描出される。血栓があると血管を圧迫しても静脈がつぶされず静脈が円形のまま描出される。

 ・カラードプラー法
 正常では動脈・静脈ともに血流が描出される。血栓があると静脈の血流が停滞するため動脈血流のみが描出される。

CT、MRI:
 直接血栓部位や血栓の大きさが同定できる。腸骨静脈より中枢ではCT、MRIが有用である。

下肢静脈造影:
 閉塞部の陰影欠損と拡張した側副血行路の増生を認める。

⑥DVTの診断がついた場合には、PTEの有無を検索する。

******

肺血栓塞栓症(PTE)
pulmonary thromboembolism

[定義] 静脈、心臓内で形成された血栓が遊離して、急激に肺血管を閉塞することによって生じる疾患である。その塞栓源の約90 % 以上は、下肢あるいは骨盤内の深部静脈血栓症(DVT)である。

[予後] 無治療の場合18~30%が死亡する。

[頻度] PTEの発症頻度は妊婦で10万例に1例、産褥婦で2000例に1例である。産科におけるPTEは産褥期に発症することが多く、そのほとんどは帝王切開後である。

[症状] 突然発症する胸部痛、呼吸困難、頻脈。
進行すれば血圧低下、チアノーゼを呈し、予後不良。

※ DVTの局所症状がなく、突発的に発症することがある。
※ 帝王切開後の初回歩行時に発症することが多い。

妊娠期間中は凝固能が亢進することより、非妊娠期間に比べて血栓塞栓症が起こりやすい。PTEは比較的まれな発症率ではあるが、発症すれば極めて重篤(死亡率:18~30%)で、欧米ではPTEが妊産婦死亡の第一位を占めている。

わが国の調査では、1991~1992年の2年間の妊産婦死亡例中、詳細な死亡原因分析が可能であった197例のうち、PTEが原因とされた死亡例が17例あり、死亡原因の第三位であった。また、帝王切開後PTEはPTEによる死亡例全体の76.5%(17例中13例)であった。

厚生労働省「人口動態統計」によれば、産科的塞栓症は、死因別で第1位の妊産婦死亡率となっている(2008年)。静脈血栓塞栓症予防対策の浸透により、最近では肺血栓塞栓症発症数が減少し、予防効果が表れている。しかし、肺血栓塞栓症の重症例では依然として救命が困難である。いかに早期に診断し、早期に治療するかが救命のポイントである。

Pte

******

PTEの診断

①血液検査:
 白血球↑、ヘマトクリット↑、血小板↓、CRP↑、LDH↑、TAT↑、PIC↑

②血液ガス:
 肺動脈圧上昇、PaO2の低下とPaCO2の低下(多呼吸による)

③心電図:急性右心負荷の所見
 洞性頻脈、不整脈、前胸部誘導での陰性T波、V5の深いS、新しいSQTパターンや不完全右脚ブロック、右軸偏位

④胸部X線写真:
 心陰影の拡大、横隔膜の拳上、肺門部肺動脈の膨隆(Knuckle sign)、末梢血管陰影の消失(Westermark's sign)。

MRI、造影CT
 肺塞栓部の同定や梗塞病変の広がりを診断することができる。

肺動脈造影
 PTEの確定診断に有用。血栓による血管内の陰影欠損像(flling defect)、血流途絶像(cut off)、壁不整など。閉塞部位を同定した後、引き続き挿入したカテーテルより血栓溶解療法を行う。

肺シンチグラフィ(核医学検査)
 肺血流スキャンで血流欠損、肺換気スキャン正常(肺血流換気不均衡)。

******

静脈血栓塞栓症(VTE)
venous thromboembolism

PTEの原因のほとんどがDVTであり、またPTEはDVTの合併症でもあることから、欧米では両者を一連の病態と考え静脈血栓塞栓症(VTE)と総称することも多い。

数々の大規模臨床試験に立脚したVTE予防ガイドラインが実診療に浸透している。

Vte

******

VTE(VTE、PTE)の危険因子

①産褥期、とくに帝王切開術後
②肥満妊婦
③高齢、多産婦
④静脈炎
⑤長期臥床(切迫早産など)
⑥高ヘマトクリット血症(Ht≧37%)
⑦抗リン脂質抗体症候群
⑧感染症
⑨糖尿病
⑩既往歴・家族歴に血栓症 等

******

産婦人科診療ガイドライン・産科編2008、p10~12

妊婦肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症のハイリスク群の抽出と予防は?

Answer
妊娠中には

1.危険因子(悪阻時の脱水、長期安政臥床、肥満、高齢等)のある妊婦には下肢挙上、膝の屈伸、足の背屈、弾性ストッキング着用などを勧める。(C)

2.最高リスク妊婦に対しては2004年肺血栓塞栓症/深部静脈塞栓症予防ガイドライン(表1)に準拠し妊娠初期から未分画ヘパリン投与を考慮する。(C)

3.ワルファリンは催奇形性のため妊娠中は原則として使用しないが、例外的に母体の心弁膜置換術既往例では考慮される。(A)

4.未分画ヘパリン投与時にはPT、APTT、血小板数、肝機能などを便宜測定する。とくにHIT(heparin-induced thrombocytopenia)には注意し投与開始5~7日目頃に血小板数測定を行う。(B)

分娩周辺期には
5.分娩産褥期では同ガイドライン(表1)に準拠して血栓予防に努める。(B)

6.分娩後に間欠的空気圧迫法を行う場合は分娩前に問診・触診を行い下肢の静脈血栓症の有無について検討しておく。(C)

7.帝王切開は砕石位を避け、仰臥位あるいは開脚位で行う。(C)

8.低用量未分画ヘパリン投与はヘパリンカルシウム(有益性投与)などを用い、帝王切開後に用いる場合は術後6~12時間後より(止血確認後は直後からでも可)5000単位を1日2回皮下注、3~5日間投与する。(B)

Photo

******

妊娠中にDVTが発症した場合の治療

1. DVTのみであり、PTEを合併していない場合

抗凝固療法が第一選択:
①ヘパリン5000単位静注後、15000~20000単位/日の持続点滴。
または、
②ヘパリン5000単位皮下注射後、15000~20000単位/日の1日2回皮下注射。
または、
③低分子ヘパリン(フラグミン)100IU/kg、1日2回皮下注射。

発症直後の血栓溶解療法は有効。ただし、妊娠中は出血や常位胎盤早期剥離の危険があるため、妊婦への投与は原則として行わない。

2. PTEを合併している場合(集学的治療)

呼吸循環動態の改善(高次機関やICUに搬送)
・中心静脈カテーテルやSwan-Ganzカテーテルを留置し循環管理。
・酸素吸入や人工呼吸器による呼吸管理。
・抗ショック療法(ステロイド、塩酸ドーパミン、塩酸ドブタミンなど)

薬物療法
・抗凝固療法:ヘパリン(第一選択)、低分子ヘパリン、
 ワルファリン(症状が安定してきたら使用、催奇形性があるため妊娠中は使用しない)
・血栓溶解療法:ウロキナーゼ、tPA

外科的療法
・人工心肺を用い直達式肺塞栓除去術(ショック、低血圧、乏尿が持続する場合)
・血管内視鏡やカテーテルによる血栓吸引療法

******

VTE(DVT、PTE)の予防法

・ DVTの予防を行うことによって、分娩後のPTEの発症予防につながる。

・ DVT、PTEをきたすリスクのレベルによってそれぞれ行う予防法が異なる。

・ 帝王切開中や術後臥床中での下肢挙上も静脈環流を促進させる。

・ 高リスク妊婦には、長期安静臥床、脱水状態、各種炎症性疾患、著名な下肢静脈瘤なども含まれる。

Photo_2

******

早期離床

・ 長期臥床はDVTを発生させる大きな要因であるため、分娩後はなるべく早期に離床させることが望ましい。

・ しかし、急な離床はPTEを発症させる可能性があるため、離床のための準備(ベッド上での積極的な運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法など)が必要である。

・ PTEは帝王切開後の初回歩行時に最も起こりやすいため、初回歩行時にはスタッフが必ずついて監視する必要がある。

******

筋ポンプ

・ 下肢の静脈の血液は重力に逆らって心臓まで戻る必要があるが、これには心臓が血液を送り出す力の他に下肢の筋と静脈の弁によって構成される筋ポンプが大きな役割を果たしている。

・ 長期臥床などによって筋ポンプの機能が低下すると、血液が停滞し血栓ができやすくなる。

・ 歩行によって下肢の筋肉が収縮、弛緩を繰り返すと、静脈の弁が開閉して、血液を心臓の方へ送り出す。

Musclepump

******

弾性ストッキング

・ 下肢を圧迫して、静脈環流を増加させ、下肢の静脈での血流停滞を防ぐ。

・ 入院中は、術前術後などを問わずリスクが続く限り24時間着用を続ける。

・ ストッキングによる圧迫圧の強さは、静脈環流をより促進するように、足首から大腿に向かって段階的に弱くなっている。

Ph_031
医療用弾性ストッキング(テルモ株式会社)

******

間欠的空気圧迫法

・ 長期臥床が必要となるときには、DVTを予防するため間欠的空気圧迫装置で人工的に外部から下肢圧迫をくり返し行う。

・ 帝王切開など手術が必要なときは、術前から装着を開始して、術中も装着したまま行い、術後は十分な歩行が可能となるまで装着を続ける。

・ すでに血栓が存在する場合は、間欠的空気圧迫法は血栓を遊離させる危険性があるため実施しない。

Ph_021
間欠的空気圧迫装置(テルモ株式会社)


母子感染症:性器クラミジア感染症

2010年05月19日 | 周産期医学

[病原体] クラミジアト・ラコマティス(Chlamydia trachomatis)

[疫学] クラミジア・トラコマティスによる性器クラミジア感染症は、わが国の性感染症(STD)の中で最も患者数が多い。

[母子感染の経路] 産道感染

[母体への影響] 妊娠中の性器クラミジア感染は、絨毛膜羊膜炎(CAM)を惹起し、流早産の原因となることもある(頻度はまれ)。

[新生児クラミジア感染症]
(1)新生児 結膜炎
 ・母子感染例の25~50%に発症
 ・生後5~10日に発症

(2) 新生児肺炎
 ・母子感染例の10~20%に発症
 ・生後1~3カ月に発症
 ・発熱せず、咳が主症状
 ・結膜炎を伴うことが多い

[妊娠中の性器クラミジア感染の診断、治療は?]
(産婦人科診療ガイドライン・産科編2011)

1. 母子感染を予防するために子宮頚管のクラミジア検査を行う。(B)
2. 子宮頸管のクラミジア検査法は、同部位の分泌物や擦過検体を用い、核酸増幅法、核酸検出法、EIA法、分離同定法などを行う。(B)
3. 治療には、アジスロマイシン(1000mgx1/日)、もしくはクラリスロマイシン(200mgx2/日、7日間)を用いる。(B)

アジスロマイシン:マクロライド系抗生物質(ジスロマック)
クラリスロマイシン:マクロライド系抗生物質(クラリス、クラリシッド)


母子感染症:B群連鎖球菌(GBS)感染症

2010年05月19日 | 周産期医学

[病原体] B群連鎖球菌(GBS: group B streptococcus)

・ GBSは腟内常在菌であり、全妊婦の10~25%から検出される。

[感染経路] 産道感染

・ GBSを保有した妊婦から生まれた児の50%前後からGBSが分離される。この児のうち大半は不顕性感染にとどまるが、約1%はGBS感染症を発症する。

[新生児] 新生児GBS感染症
(1) 早発型:生後7日以内(多くは出生当日)に発症する
肺炎による呼吸窮迫症候群に似た呼吸困難を呈し、速やかに全身感染を起こして敗血症となり、低体温、無呼吸発作、出血斑などが出現して、20%が死亡して、30%が後遺症を残す。

(2) 遅発型:生後8日以後に発症する
元気がないといった非特異的症状が中心になる。

[母体への影響]
妊娠中は上行性感染により絨毛膜羊膜炎を起こして、早産や前期破水を続発することもある。

[GBS保菌診断と取り扱いは?]
(産婦人科診療ガイドライン・産科編2011)
1. 妊娠33~37週に腟周辺の培養検査を行う。(B)
2. 以下の妊婦には経腟分娩中あるいは前期破水後、ペニシリン系薬剤静注による母児感染予防を行う。(B)
 ・ 前児がGBS感染症(今回のスクリーニング陰性であっても)
 ・ GBS陽性妊婦(破水/陣痛のない予定帝王切開中の予防は必要ない)
 ・ GBS保菌状態について不明の妊婦
3. GBS陽性妊婦やGBS保菌不明妊婦が前期破水した場合(主に早産期)、GBS除菌に必要な抗菌剤投与期間は3日間と認識する。

[妊娠中のGBS除菌について]
(産婦人科診療ガイドライン・産科編2011)
 培養検査施行時期については33~37週を推奨した。妊娠初期、中期にはGBS検出を目的とした培養検査を行う必要はない。 もし、妊娠中に偶然GBS保菌が判明した場合であっても妊娠中の除菌(抗菌剤による)は必要なく、分娩中にのみ抗菌剤を投与する。しかし、妊娠中の除菌を制限するものではない。場合によっては妊娠中に除菌しても差し支えない。ただし、妊娠中に除菌した場合でも、分娩中の抗菌剤投与を省略するためには33~37週時に再度培養検査を行い、GBS陰性を確認する必要がある。したがって、妊娠初期・中期に腟・肛門部から一度でもGBSが検出された場合はGBS陽性として扱うことが現実的である。ただし、妊娠末期に再度培養を行い陰性が確認された場合は陰性として扱う。


母子感染症:風疹

2010年05月18日 | 周産期医学

rubella

[病原体] 風疹ウイルス(rubella virus)

[感染経路] 
・ 母体感染は飛沫感染、胎児感染は経胎盤感染がほとんどである。

・ 妊娠12週未満は胎児の器官形成期に相当する。この時期に母体が風疹ウイルスに感染すると、80~90%の確率で胎児に感染し、そのちの90%以上に典型的なCRSの症状をもたらす。

・ 妊娠18週以降では母体が風疹ウイルスに感染しても、胎児感染率は40%程度に減少し、CRSを発症することはほとんどない。

・ 感染した妊婦の症状は、一般に小児より重症で、発熱、発疹、リンパ節腫脹(3主徴)を呈する。しかし、臨床症状をほとんど示さない場合もある(10~15%)、CRS児を産んだ母体の約15%が不顕性感染であると言われる。

[新生児]
先天性風疹症候群(CRS: congenital rubella syndrome)

CRS の三大症状は、先天性心疾患、難聴、白内障である。この内、先天性心疾患と白内障は妊娠初期3 ヶ月以内の母親の感染で発生するが、難聴は初期3 ヶ月のみならず、次の3 ヶ月の感染でも出現する。そして、高度難聴であることが多い。三大症状以外には、網膜症、肝脾腫、血小板減少、糖尿病、発育遅滞、精神発達遅滞、小眼球など多岐に亘る。

(1) 新生児期一過性症状: 血小板減少症、肝脾腫、肝炎、溶血性貧血、大泉門膨隆
(2) 永久的障害: 眼症状(白内障、網膜症)、心疾患(動脈管開存、肺動脈狭窄)、難聴
(3) 遅発性障害: 糖尿病、退行性脳疾患

[診断]
(1) 妊娠初期スクリーニング検査:風疹HI抗体価
・ HI抗体価はIgM、IgG、IgAの総和を表す。
・ HI抗体価は年々徐々に低下するため、抗体測定歴やワクチン接種歴がある妊婦に対しても、妊婦健診にて抗体価を測定することが重要である。
・ HI抗体価が16倍以下であれば、現在、風疹に感染してないが、今後、風疹に感染し母子感染が生じる可能性がある。出産後早期のワクチン接種を勧める。
・ HI抗体価が32倍~128倍の場合、児のCRS発症の可能性は低い。
・ HI抗体価が256倍以上の場合、風疹に感染し母子感染が生じた可能性がある。風疹診断検査を受けることを勧める。

(2) 風疹HI抗体価≧256倍の場合、ペア血清にて、HI抗体価、風疹特異的IgM抗体価を測定する。
・ HI抗体は、発症後4~6週間でピークを迎え、その後は徐々に低下する。
・ IgM抗体は、初感染後4日間で全例陽性となり、1~2週間でピークを迎え、数か月で陰性化する。
・ ペア血清(初回の血清と2回目の血清)のHI抗体価とIgM抗体を比較して、風疹感染の評価を行う。初回血清と比較してHI抗体価が4倍以上に上昇し、IgM抗体が陽性であれば、風疹現感染と評価し、CRSの可能性がある。

(3) 胎児感染の診断:
 胎児由来細胞(絨毛、羊水、臍帯血)から風疹ウイルス遺伝子を検出する。

[風疹・CRSの予防]
・ 妊娠中、風疹ウイルスに初感染すると、胎児への感染、CRS発症を防ぐ有効な手段はない。

・ 本症に対する有効な手段は、妊娠前に風疹抗体価を測定し、免疫がない場合、風疹ワクチンを接種するという感染予防のみである。

※ 一般に妊娠中の生ワクチン接種は禁忌であると言われているが、米国のデータでは児への感染は認められない。

[CRSの治療]
CRS それ自体の治療法はない。心疾患に関しては、軽度であれば自然治癒することもあるが、手術が可能になった時点で手術する。白内障についても手術可能になった時点で、濁り部分を摘出して視力を回復する。摘出後、人工水晶体を使用することもある。いずれにしても、遠近調節に困難が伴う。難聴については聴覚障害児教育を行う。


会陰裂傷、会陰切開

2010年05月17日 | 周産期医学

○会陰裂傷(perineal laceration)

[定義] 分娩時の会陰組織の裂傷をいう。

[分類] 裂傷の程度により第1~4度に分類される。
第1度:会陰皮膚および腟粘膜にのみ限局する。
第2度:会陰の皮膚だけでなく筋層の裂傷を伴うもの。肛門括約筋は損傷されない。
第3度:肛門括約筋や腟直腸中隔の一部まで断裂したもの。直腸粘膜は損傷されない。
第4度:第3度会陰裂傷に加えて、肛門粘膜および直腸粘膜に裂傷がおよんだもの。

[治療]
・ 第1度: 自然治癒が可能である。1cm以上のものは縫合する。
・ 第2度以上では、手術的修復が必要である。
・ 第3度以上では、確実な縫合・止血をしても、感染によって直腸腟瘻や直腸会陰瘻を形成することもある。その場合は抗菌薬などを投与して炎症が治まるのを待つ。瘢痕治癒した後、数カ月(4~6カ月)してから再手術を行う。

○会陰切開(episiotomy)
[定義] 児の分娩時、剪刀で会陰を切開する手技。

[目的] 分娩第2期に会陰の過剰な裂傷を予防し、短時間により安全な分娩とするために行う。胎児機能不全で分娩を急ぐ場合や、鉗子分娩や吸引分娩などの産科手術の場合も施行する。

[会陰切開を実施するタイミング]
会陰組織が十分に伸展した状態が望ましい。

[会陰切開の手技]
腟および会陰を十分に消毒する。局所麻酔を施行する。示指と中指を児頭と会陰の間に挿入し、児頭を保護しつつ切開する。主に正中会陰切開(Midline episiotomy)、中-側会陰切開(Medio-Lateral episiotomy)、側会陰切開(Lateral episiotomy)がある。

Mediolateralepisiotomy

[適応]
①会陰が硬く、伸展性が不良のため児頭の娩出が遷延すると予想される時。
②瘢痕により会陰の伸展が不十分の時。
③急速遂娩の必要がある時。
④未熟児出産に際し、児頭に対する圧迫を回避する必要がある時。
⑤巨大児娩出や回旋異常が疑われる時。
⑥骨盤位分娩、吸引分娩、鉗子分娩に際して。

会陰切開縫合術(perineorrhaphy)
・ 腟壁縫合: 創断端のやや上方より縫合する。吸収糸にて縫合し、処女膜縁を左右縫合の目安とする。
・ 皮膚縫合: 会陰皮膚は最下端より縫合する。会陰皮膚結節縫合や会陰皮下連続埋没縫合などがある。

******

会陰切開は是か非か?

・ 必要に応じて適切な時期に会陰切開を実施することにより、第3~4度の大きな会陰裂傷や胎児機能不全・新生児仮死などを未然に予防することが可能な場合も少なくない。
・ 会陰切開が必要な状況であったにもかかわらずそれを行わなかったため、母体や児の後遺症で生涯にわたり悩まされる女性もいる。
・ 習慣的な会陰切開は慎むべきであるが、安易に会陰切開を否定するのにも問題がある。

会陰切開が必要な妊婦に対してのみ、必要性を見極めて、適切なタイミングで実施することが重要である。


多胎妊娠

2010年05月15日 | 周産期医学

Multiple Pregnancy

[定義] 子宮内に複数の胎児が存在する状態をいう。

2児の場合:双胎(twins)
3児の場合:三胎または品胎(triplets)
4児の場合:四胎または要胎(quadruplets)
5児の場合:五胎または周胎(quintuplets)

わが国における多胎妊娠が起こる頻度は胎児数をnとすると
1/100n-1~1/120n-1とされる。

[疫学] 日本では諸外国と比べて多胎妊娠の頻度は少ない。最近の双胎の出生数は全出生数の1.8%を占める。

最近、日本の多胎妊娠の頻度は増加している。移植胚数制限により、四胎、五胎の妊娠例は減少してきたが、双胎、品胎は依然として増加傾向にある。

[誘因] 排卵誘発、体外受精胚移植(IVF-ET) 

多胎妊娠率:hMG-hCG療法は20~30%、クロミフェン療法は4~8%、IVF-ETは10%である。 

※体外受精の結果発生する双胎のほとんどは二卵性である。近年の不妊治療の進歩とともに、二卵性双胎の頻度が上昇している。

[卵性による双胎の分類]
①一卵性双胎(monozygotic twins)
・ 1つの卵細胞が1つの精子と受精した後に2個の胎芽に分割し、それぞれが1個体として発育するものを一卵性双胎という。

・ 頻度:0.4%(人種、遺伝要素などにかかわらずほぼ一定)

・ 膜性診断:一絨毛膜双胎(MMまたはMD)または二絨毛膜双胎(DD)

②二卵性双胎(dizygotic twins)
・ 同時に2つの卵細胞が排卵され、別々に受精・着床し、発育したものを二卵性双胎という。

・二卵性双胎の頻度:人種や遺伝要素などに関係しており、黒色人種、白色人種、黄色人種の順に多いといわれる。母体の年齢とともに増加する傾向がある。わが国における二卵性双胎の自然頻度は、0.2~0.3%と推測されている。 近年の不妊治療の進歩とともに、二卵性双胎の頻度が上昇している。

・ 膜性診断:二絨毛膜双胎(DD)

[膜性による双胎の分類]
1.一卵性双胎
①二絨毛膜二羊膜双胎
 (DD: dichorionic diamniotic twins)
 受精後3日以内に分離(25~30%)

②一絨毛膜二羊膜双胎
 (MD: monochorionic diamniotic twins)
 受精後4~7日に分離(70~75%)

③一絨毛膜一羊膜双胎
 (MM: monochorionic monoamniotic twins)
 受精後8日以降に分離(1~2%)

・ 一絨毛膜双胎では1つの胎盤を両児で共有するため、胎盤の吻合血管により血流不均衡を生じ、約15%に双胎間輸血症候群を発症する。

・ MM双胎は、臍帯相互卷絡による血行障害が多いため予後は極めて悪い。以前は約50%以上の周産期死亡率であったが、近年では、より正確な画像診断や新生児管理の向上により20%前後まで改善されている。

Zu74_040

2.二卵性双胎
 二絨毛膜二羊膜双胎(DD双胎)

※ 一般に二卵性双胎はDD双胎となるが、近年では二卵性の一絨毛膜双胎例も報告されている。

[超音波検査による膜性診断]
 多胎妊娠管理のためには、膜性診断がきわめて重要であり、妊娠初期に十分に観察する必要がある。妊娠7 週以前では、羊膜が見づらく、妊娠週数が進むと絨毛膜が相対的に薄くなるとともに、別々だった羊膜が重なり合うために膜性診断が困難となる。妊娠10 週前後に経腟超音波検査にて膜性診断を行う。

胎嚢が2つでそれぞれの中に胎児と卵黄嚢が1つ確認されれば、二絨毛膜双胎であり、胎嚢が1つでその中に胎児が2つ確認されれば一絨毛膜双胎である。一絨毛膜双胎の中で、卵黄嚢が1つ確認されればMM双胎、2つ確認されればMD双胎である。

①二絨毛膜二羊膜双胎(DD双胎) 

二卵性のすべてと一 卵性の約30%が二絨毛膜二羊膜双胎となる.胎児(芽)はそれぞれ別々の薄い羊膜で取り囲まれ、二つの羊膜はそれよりも厚い隔壁(絨毛膜)で分けられている。子宮壁に接して隔膜の起始部が三角形になる(ラムダサイン、twin peak sign).妊娠が進むと隔壁となっている絨毛膜が薄くなり、胎児の成長とともに羊膜が重なり合うため、一絨毛膜二羊膜双胎との鑑別が困難になる。

Ddtwin_2

Twinpeak

②一絨毛膜二羊膜双胎(MD双胎) 

二つの胎児(芽)が一つの絨毛膜の中にあり、胎児ひとつひとつは羊膜で包まれている.超音波像としては一つのGS の中に胎児が二つあるように見え,卵黄嚢もそれぞれ確認できる。よく観察して羊膜を確認する必要がある。双胎間輸血症候群を発症しやすい。

Mdtwin_2

③一絨毛膜一羊膜双胎(MM双胎)

一つの絨毛膜・羊膜の中に二つの胎児(芽)が存在する場合で、隔壁となる羊膜は認められない。卵黄嚢も一つである。全双胎の約1%と頻度は少ないが、子宮内胎児死亡や結合体となることがあるので注意を要する。

Mmtwin_2

[双胎妊娠の合併症]
(1) 母体合併症
 ①流産
 ②早産
 ③母体貧血
 ④妊娠高血圧症候群
 ⑤羊水過多症
 ⑥微弱陣痛
 ⑦弛緩出血

(2) 胎児合併症
 ①双胎間輸血症候群(羊水過多症、羊水過少症)
 ②双胎一児死亡
 ③胎位異常:懸鉤(けんこう)など
 ④胎児奇形
 ⑤子宮内胎児発育遅延(IUGR)

[双胎妊娠の管理]
・ 多胎妊娠では、単胎妊娠と比べて周産期死亡率が高く、母体や胎児の合併症が多いため、妊娠・分娩の管理が重要となってくる。

・ 一絨毛膜双胎では、重篤な合併症がおこることが多く、厳重な管理が必要となる。一絨毛膜双胎の中でもMM双胎は、二絨毛膜双胎に比べて特に厳重な管理が必要である。

管理入院 (通常は妊娠28週頃より必要に応じて)
・ 栄養摂取:単胎妊娠+300kcl/日
・ 切迫早産徴候があれば子宮収縮抑制剤を投与
・ 妊娠高血圧症候群の予防と治療

[双胎妊娠における分娩方法の選択] 
どちらか一児でも、明らかなIUGR や胎児心拍パターン異常などがある場合には帝王切開となる。両児ともにwell─being を確認できている場合は、胎位の組み合わせ、推定体重および在胎週数に応じて、分娩様式を検討する。

1)膜性
一 絨毛膜一羊膜双胎(MM双胎)では、臍帯相互巻絡によるリスクから帝王切開を選択する.。

2)在胎週数と推定体重 
各施設のNICU の有無や新生児管理の状況により異なるため、一定の基準はない。1500 g 以上、32週以上では分娩様式による周産期死亡率および合併症に差は認めなかったと報告された。

3)胎位の組み合わせ 
①頭位─頭位、②頭位─非頭位、③非頭位─頭位、④非頭位─非頭位がある。  

分娩様式の基準は施設によって異なるが、頭位─頭位の場合は経腟分娩が選択され、先進児が非頭位の場合は帝王切開が勧められている。  

新生児仮死に関連する周産期死亡率および合併症は、「経腟分娩群」および「第2子帝王切開群」では、「両児とも帝王切開群」に比較して増加するとの報告がある。  

頭位─非頭位の経腟分娩では、第1子娩出後の第2子緊急帝王切開発生リスクは23% と、頭位─頭位での第2子緊急帝王切開発生リスク約7%に比較して高率となるため、経腟分娩を施行するにあたっては迅速に帝王切開が行える状況下で分娩を管理する。

非頭位─頭位で経腟分娩を試行した場合、両児の顎が互いにロックすることで分娩が進行できない状態(懸鉤)となることがある。

※ 三胎以上の多胎妊娠では、低出生体重児や胎位異常が多いため、帝王切開で児を娩出することが多い。

******

懸鉤(interlocking):
分娩時に双胎が互いにからみあって骨盤腔に侵入して、分娩が停止したもの。第1児が骨盤位の時に起こりやすく、MM双胎に多いとされる。懸鉤がみられたら、すみやかに帝王切開を行う。

Interlocking

******

双胎間輸血症候群(TTTS)
twin-to ?twin transfusion syndrome

[定義] TTTSとは、一児から他児へ何らかの原因により血液が移行し、供血児(donor)では循環血液量減少、尿量減少、羊水過少をきたす腎不全型を示し、受血児(recipient)では循環血液量増加、尿量増加、羊水過多をきたす心不全型を示す症候群である。

・ 供血児は狭い空間に押し込められて、stuck twinになる。これを、twin oligoamniosis polyaminiosis sequence (TOPS)ということもある。

・ TTTSはMD双胎やMM双胎で、胎盤の深いところに動脈-静脈吻合を生じた場合に発生しやすい。

Ttts03

[診断] 羊水過多児、過少児の最大羊水深度がそれぞれ≧8cm、≦2cmで、同時にみられた場合に診断する。

[頻度] 胎盤を両児で共有している一絨毛膜双胎の約15%にみられる。

[予後]
・ 周産期死亡率は60~100%におよぶ。
・ 受血児は循環血液量の増加により心拡大を起こし、うっ血性心不全となる。悪化すると胎児水腫となる。また、尿量の増加によって羊水過多となる。
・ 供血児は循環血液量の減少からIUGRとなる(stuck twin)。また、尿量減少によって羊水過少となる。
・ 受血児、供血児ともに胎児機能不全に陥り、子宮内胎児死亡となることがある。

[治療]
(1)体外生活が可能な時期(妊娠26週以降)であれば娩出後に新生児治療を行う。

(2)妊娠26週未満の治療法
①反復羊水穿刺:
 子宮内圧の減圧により妊娠期間を延長し児の生存率を改善する。

②母体ジギタリス投与:
 羊水過多症の治療

③選択的胎児穿刺(胎児減数手術):
 クリアーしなければならない倫理的な問題点を多く含んでいる。

胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術
 (FLP: fetoscopic laser photocoagulation)
・ 妊娠中期(妊娠26週未満)に本症と診断された場合、FLPの適応となる場合がある。
・ FLPは、TTTSにおいて供血児と受血児との間の胎盤吻合血管をYAGレーザーにより凝固・遮断させる方法である。
・ TTTSの原因と考えられている吻合血管を遮断することで、両児間の血流不均衡を是正できる根治療法で、近年注目されている。
・ 胎盤吻合血管が胎盤の深い位置にあることなどから、治療は極めて困難である。

※ 本邦でのFLPは、現在、Japan Fetoscopy Group(JFG)に所属する7施設(北海道大学、宮城県立こども病院、国立成育医療センター、聖隷浜松病院、国立長良医療センター、大阪府立母子医療センター、徳山中央病院)にて行われている。

Flp_2

******

双胎における流早産、周産期死亡率

・ 平均妊娠持続期間は、単胎で39週、双胎で35.1週、三胎で32.7週、四胎で28.7週と、多胎妊娠では早産となることが多い。

・ 周産期死亡率(出産1000対)は、単胎で5.9、双胎で75.0、三胎で75.4、四胎で102.9である。

・ DD双胎に比較して、一絨毛膜双胎では周産期死亡率が5倍高いとされている。

・ MM双胎では50%に臍帯の相互卷絡が起こるため、MD双胎に比較して周産期死亡率が高い。

******

双胎一児死亡

・ 胎盤循環が完成した妊娠中期以降に、一絨毛膜双胎の一児に子宮内胎児死亡を生じた場合、他方の児が脳障害きたしたり死亡したりすることがある

・ 胎盤を共有しない二絨毛膜双胎の場合、双胎一児死亡が起きても生児への影響はほとんどない。

・ 妊娠初期に双胎一児死亡が生じた場合、死亡児は消滅してしまうことが多く、これをvanishing twinという。

・ 妊娠中期以降では、まれに死亡児がミイラ化して紙様児(fetus papyraceus)となり、分娩時まで残存することがある。

******

不均衡双胎(discordant twins)

・ 一般に、双胎で児の体重差が大きい児の25%以上を呈した場合、discordant twinと診断される。
・ 胎盤内の血管吻合を介する血流移行が成因と一般的には理解されやすいが、出生した児のヘマトクリット値も、大きい児が必ずしも多血症で小さい児が貧血とは限らない。胎盤内血管吻合のない二絨毛膜二羊膜性双胎でもdiscordant twinは起こりえる。
・ concordant twinと比較してdiscordant twinでは、羊水過多症、前期破水、早産、帝王切開分娩が高率に合併する。

******

stuck twin現象

[定義] 二羊膜双胎に認められる現象で、一児は非常に重症な羊水過少の腔内で子宮壁に接して存在し胎動も制限され、他児は重症の羊水過多の腔内に存在する。

[頻度] 双胎の8%に合併し、一絨毛膜二羊膜双胎の35%に出現する。大部分は双胎間輸血症候群(TTTS)に合併している。

[予後] 本現象は両児にとって危険な現象であり、特に小さい方の胎児の生存率は20%以下である。

Art_ttts

******

無心体双胎(acardius anceps)

・ 無心体双胎は1絨毛膜双胎において一児の心臓が欠如(もしくは痕跡心臓)しているが,吻合血管(動脈~動脈吻合)により健常児からの血流で無心体が栄養されている状態である。1絨毛膜双胎の1%もしくは35000分娩に1例とまれな疾患である。

・ 無心体双胎は、無心体児が健常児から供給される血流で生存するため、健常児に心負荷がかかり、羊水過多、胎児水腫をきたす予後不良な疾患である。

・ 妊娠初期に1絨毛膜双胎の一児死亡と診断されていた児に発育が認められるときは、無心体双胎を疑い精査することが大切である。

・ 血流ドプラ検査にて無心胎児の臍帯動脈血流が通常とは逆行性に(胎盤から無心体への拍動する血流)存在することが確認されると診断できる。

・ 治療法としては、無心体児の臍帯血流遮断術が行なわれる。侵襲度の低い方法として超音波ガイド下ラジオ波凝固術がある。(実施施設:国立成育医療研究センター周産期診療部など)


腕神経叢麻痺

2010年05月11日 | 周産期医学

Brachial Plexus Paralysis

肩甲難産で肩の娩出が困難な場合、あるいは骨盤位分娩で頸部が強く伸展された場合に、腕神経叢が損傷されて、末梢神経に麻痺が出現する。

Photo_2
            腕神経叢

[麻痺の領域による分類]
上位型麻痺(Erb麻痺)
 手首から先は動くが肩・肘が動かないもの。第5、第6頚神経に損傷を受けた場合に生じる。片側のMoro反射が消失する。分娩中に起こる麻痺の中でも代表的なものである。

②全型麻痺
 腕全体が動かず、完全弛緩性麻痺を呈するもの。

③下位型麻痺(Klumpke麻痺)
 手首から先は動かないが肩・肘は動くもの。 第7、第8頚神経と第1胸神経に障害を受けた場合に生じる。

[診断] 新生児腕神経叢麻痺の診断は、出生直後より見られる神経分布に一致した上肢の麻痺、特徴的な肢位と難産の既往より容易である。骨盤位分娩では両側性の麻痺があるので注意を要する。原始反射ではMoro反射が陰性で、これに加えて全型麻痺では把握反射が欠如する。

A00077f01
上位型麻痺(Erb麻痺): 
肩の外転・外旋・肘屈曲が主に侵され、肩関節を内転・内旋、肘関節を伸展、前腕を回内、手関節を掌屈・尺屈、手指を屈曲させた典型的な肢位を取る。外国のウェイターがお客にチップをねだるときのポーズと同じなのでwaiter's tip positionという。

[発生頻度] 正確なデータはないが、一応の目安として、1000出生当り0.7とされており、重症例は減少傾向にあるものの、この比率は近年においてもあまり変化してない。

[予後]
神経損傷の部位や程度により、予後はさまざまである。

多くの場合、麻痺は徐々に自然回復し、日常生活に支障がない程度までの回復がみられる。

出生直後は損傷部位の安静を旨とするが、装具やギブスは使用しない。生後3週間目からは拘縮予防訓練を開始すると同時に回復してきた機能に対しての運動の促通を行う。

生後1ヶ月で完全回復しない例は何らかの遺残存麻痺を起こす可能性が高いので、専門医(整形外科)の受診が必要である。

参考:
http://www005.upp.so-net.ne.jp/bunbenmahi/mahi.htm
以下の記載は予後の一般的な目安であり、個人の予後予測には専門医の診断を要する。

頭位分娩(肩甲難産)の場合
・ 3ヶ月以内に手関節が背屈(手のひらの反対側に手首が曲がる)できる場合、神経はほぼ完全に回復。
・ 3ヶ月で手関節が背屈できない場合、麻痺が残り日常生活に問題が残る。
・ 6ヶ月で上腕二頭筋、三角筋に収縮がない場合、日常生活に著しい障害が残る。  

骨盤位分娩の場合
・ 3か月以内に上腕二頭筋、三頭筋に収縮があれば神経はほぼ完全に回復。
・ 6か月以内 でも上腕二頭筋、三頭筋に収縮があれば回復はよい。
・ 3か月で手関節を背屈する背筋、上腕二頭筋が収縮しない場合や6か月で手関節は背屈できるようになっても上腕二頭筋が収縮しない場合、日常生活に著しい障害が残る。

生後2か月までに上腕二頭筋と三角筋の筋収縮が認められなければ、完全に回復することは難しい。

生後3~3.5か月で上腕二頭筋と三角筋に回復が認められれば、最終結果は完全回復ではないが、肩と肘に関して予後は受け入れうるものである。

生後5ヶ月までに重力に抗って肘を十分に曲げることが出来なければ最終結果は不良である。

頭位分娩例と骨盤位分娩例とでは予後に差はない。

上位型麻痺例は全型麻痺例より予後が良好である。

麻痺病型を分娩胎位で分けてみると、頭位分娩上位型麻痺がもっとも予後良好である。

出生時体重が4500gを越えると予後が極端に悪化する。

横隔神経麻痺合併例、Horner徴候合併例では予後が不良である。


肩甲難産

2010年05月09日 | 周産期医学

Shoulder Dystocia

[定義] 児頭が娩出されたあと、通常の軽い牽引で肩甲が娩出されない状態。

Shoulder Dystocia 【YouTube】

Shoulderdystocia

[頻度] 全分娩の0.6~1.4%に発生
(American College of Obstetricians and Gynecologists, 2002; Gottlieb and Galan, 2007)

[リスク因子]
巨大児、特に糖尿病合併症にともなう巨大児、肥満、過期妊娠、高年妊娠、扁平骨盤、変形骨盤、陣痛促進薬の使用、分娩第Ⅱ期遷延、鉗子分娩あるいは吸引分娩など。

※ 肩甲難産は巨大児に起こりやすいが、同一体重であっても肩甲難産を起こす例と起こさぬ例がある。現在のところ、肩甲難産の有効な予測法、予防法はない。

[合併症]
(1) 母体合併症:
 ①弛緩出血、②腟・頸管裂傷、③子宮破裂

(2) 児の合併症:
 ①腕神経叢麻痺(Erb麻痺)、②上腕・鎖骨骨折

(3) 長時間胎児が娩出されない:
 ① 胎児機能不全、②胎児死亡、③低酸素性虚血性脳症

[肩甲難産に対してどう対応したらいいのか?]

肩甲難産のリスク因子として糖尿病合併妊娠による巨大児などが有名であるが、体重が正常範囲の児による肩甲難産も多い。肩甲難産に対して従来からさまざまな対策が検討されてきたが、現在のところ有効とされる予測法、予防法はなく、発症後のすみやかな対応の重要性が強調されている。肩甲難産が発症した場合にどう対応するのか、施設ごとのプロトコール作りが推奨される。

※ 肩甲難産が疑われる場合、Kristeller胎児圧出法や無理な児頭牽引は禁忌である。

・ 肩甲難産発症時の対応
① 人を呼ぶ
② おだやかな牽引を試みる
③ 導尿を行う
④ 会陰切開を広げる
⑤ McRoberts 法
⑥ 恥骨上部圧迫
⑥ 膣内操作
 ・ Rubin 手技
 ・ Woods Screw 手技
 ・ Reverse Woods Screw 手技
⑦ 後在の上腕の娩出
⑧ 四つん這い姿勢で娩出
⑨ 鎖骨骨折、上腕骨折、Zavanelli 法などを考慮する

[McRoberts 法] 妊婦の両足を分娩台のステップからはずして大腿の前面を腹部に強く押し付ける。これと同時に恥骨上部を助手が圧迫し、恥骨の裏に陥入した肩を開放する方法。

Mcr

McRoberts Maneuver 【YouTube】

826m6_small
          McRoberts 法と恥骨上部圧迫

[Rubin 手技] 術者の手を児の前在の肩甲の背側に入れ、肩甲骨を圧迫して、肩を内転、斜位に回旋させる操作。

Rubin_2
          Rubin 手技

[Woods Screw 手技] 術者の手を腹側から児の後在の肩甲の下に入れ、恥骨に向けて回旋させる操作。Rubin 手技を併用する。

Woods
           Woods Screw 手技

[Reverse Woods Screw 手技] 背側から後在肩甲にアプローチし、Rbin 手技やWoods Screw 手技とは反対方向に胎児を回旋させる操作。

Rotateposterior_2

          Reverse Woods Screw 手技

[後在の上腕の娩出] 後在の腕を肘までたどり、腕を肘で屈曲させ、胎児の胸部をなでるように前腕を動かす。

Posteriorarm

[四つん這い姿勢で娩出] 四つん這い姿勢にするために患者を反転させ、やさしく下方に牽引し後在肩甲を娩出する。

Yotsunbai

[Zavanelli 法] McRoberts法、Rubin 手技、Woods Screw 手技などを実施しても児が娩出されない場合には、最終的手段として娩出された児頭を産道内に戻して、緊急帝王切開を行うこともある。


帝王切開既往妊婦に対し経腟分娩を選択してよい条件

2010年05月09日 | 周産期医学

産婦人科診療ガイドライン(産科編2008)より抜粋

CQ403 帝王切開既往妊婦が経腟分娩を希望した場合は?

Answer
1.  リスク内容を記載した文書によるインフォームドコンセントを得る。(A)
2. 以下の条件をすべて確認後に経腟分娩を行う。(C)
 1) 児頭骨盤不均衡がないと判断される。
 2) 緊急帝王切開および子宮破裂に対する緊急手術が可能である。
 3) 既往帝王切開数が1回である。
 4) 既往帝王切開術式が子宮下節横切開で術後経過が良好であった。
 5) 子宮体部筋層まで達する手術既往あるいは子宮破裂の既往がない。
3. 分娩誘発あるいは陣痛促進の際に、プロスタグランジン製剤を使用しない。(B)
4. 経腟分娩選択中は、分娩監視装置による胎児心拍数モニターを行う。(A)
5. 経腟分娩後は、母体のバイタルサインに注意する。(B)

******

ACOG Practice Bulletin (2004)

帝王切開既往妊婦に対し経腟分娩を選択してよい条件
①子宮下節横切開による1回の帝王切開の既往
②児頭骨盤不均衡がないこと
③帝王切開以外の子宮創または子宮破裂既往がないこと
④分娩中、医師が継続監視可能で緊急帝王切開ができること
⑤緊急帝王切開のための麻酔科医やスタッフがいること

******

子宮破裂による母体死亡を避けるために分娩後1時間程度は血圧、脈拍数の変化に注意する。

本邦1991~1992年の妊産婦死亡230例中13例(帝王切開既往妊婦は1例のみ)が子宮破裂によるものであった。これら13例の特徴は、全例が経腟分娩(69%が分娩誘発、陣痛促進されており、46%が吸引・鉗子分娩)に成功したものの、分娩直後~40分以内にショックないし持続する外出血が顕在化していたことである。したがって、帝王切開既往妊婦が経腟分娩を選択した時の重要な注意事項のひとつとして、経腟分娩成功後1時間程度の母体状態監視が挙げられる。外出血量に見合わない低血圧・頻脈は子宮破裂による腹腔内出血を意味することがあり、開腹止血することが母体救命に重要となる場合がある。


帝王切開後の経腟分娩(VBAC)

2010年05月08日 | 周産期医学

Vaginal Birth After Cesarian Section

・ VBACのための試験分娩を行う上で最も警戒しなければならないのは子宮破裂である。
・ 既往帝王切開が子宮下部横切開でも、試験分娩中に子宮破裂が起こる頻度は0.2~1.5%と報告されている。
・ 胎児が腹腔内に脱出していた場合の児の予後は極めて厳しく、迅速な開腹術によって児を救命しても、生存児に神経学的後遺症を残す危険性が高い。
・ VBACで発生した子宮破裂により母体死亡にいたるような例では経腟分娩には成功している例も多く、経腟分娩成功後の母体の厳重監視が重要である。

******

前回帝王切開時の子宮切開方法とVBACにおける子宮破裂の発生率との関係(アメリカ産婦人科学会、1999)

子宮体部縦切開  4~9% (古典的帝王切開)
子宮T字切開    4~9%
子宮下部縦切開  1~7%
子宮下部横切開  0.2~1.5%

※ 自然子宮破裂の頻度: 0.007~0.02%

******

既往帝王切開妊婦の分娩方法
米国における歴史的変遷

・ 古典的帝王切開の時代には、"Once a Caesarean, always a Caesarean"(一度帝王切開受けたのなら、ずっと帝王切開) が常識であった。
・ 1980年にNIHはVBACを推進する勧告を発表し、1996年のVBAC率は29.8%にまで達した。
・ その後、試験分娩群での子宮破裂の頻度上昇と児の予後の悪化、母体合併症の増加、医療費増大などの報告が相次ぎ、 エビデンスに基づきVBACの安全性をもう一度考え直す機運が高まった。
・ 帝王切開率は1996年の20.7%から上昇に転じ、VBAC率も1996年以降は低下しつつある。
・ 米国においては、現在、従来より慎重な対応が求められるようになり、十分なインフォームド・コンセントが強調される傾向にある。

Vbac

******

既往帝王切開妊婦の分娩方法
我が国の動向

・ 我が国のVBACのトレンドは、ほぼ米国の動向に追随する傾向にあり、1990年代における我が国のVBAC率は、現在よりもはるかに高率であった。
・ 最近は我が国のVBAC率も米国と同様に低下傾向にあって、既往帝王切開妊婦の分娩方法は原則として選択的帝王切開としている施設も少なくない。

******

VBACのための試験分娩を実施する上での留意点

・ 既往帝王切開妊婦の分娩様式を決定する過程でインフォームドコンセント(説明と同意)は非常に重要である。VBACの利点とリスクを妊婦とその家族に十分に説明し、最終的には妊婦自身が分娩様式を決定するのが原則である。その話し合いの過程を文書に残すことが大切である。

・ 子宮破裂の正確な予測ができない現段階では、すべてのVBAC症例で子宮破裂を想定した分娩管理が求められる。すなわち、VBAC実施施設が満たすべき条件としては、胎児心拍連続モニタリング、産科医・新生児科医・麻酔科医の院内常在、緊急手術に対する24時間即応体制などが考えられる。

・ 子宮破裂の発生後に他施設へ緊急搬送された母児の予後は極めて厳しいので、妊婦自身がVBACを強く希望しても、自施設で子宮破裂に十分に対応できない場合は、対応可能な医療機関に最初から分娩管理を委ねる必要がある。

参考記事:症例報告: 帝王切開後の経膣分娩(VBAC)で発生した子宮破裂の3例


子宮破裂

2010年05月08日 | 周産期医学

Uterine Rupture

[定義] 分娩時に、まれに妊娠中に起こる、子宮体壁の裂傷を子宮破裂とよぶ。

[予後] 母体死亡率:2~5%、胎児死亡率:20~80%

[裂傷の程度による分類]
①不全子宮破裂:
 裂傷は子宮漿膜まではおよばない。
②全子宮破裂:
 裂傷は漿膜面を含む子宮壁全層におよぶ。

[原因による分類]
①瘢痕部子宮破裂

 ・既往手術による子宮筋層の創部瘢痕が陣痛の圧力で破裂する。
 ・帝王切開、筋腫核出術、子宮内容除去術。

②自然子宮破裂
 ・自然に発症したもの。
 ・多産婦、子宮壁の過伸展(巨大児、多胎妊娠、羊水過多)、過強陣痛。

③外傷性子宮破裂
 ・医原性外傷など外力による。
 ・Kristeller胎児圧出法、骨盤位牽出術、鉗子分娩、外回転術、分娩誘発(子宮収縮促進薬の過剰投与)、交通事故。

[切迫子宮破裂徴候]
・ 陣痛は増強し、過強陣痛になる。
・ 分娩の進行が停止する。
・ 呼吸は促迫し、脈拍は頻脈になり、発熱する。
・ 産婦は不穏状態になり、下腹部に持続性疼痛を訴え、意識消失する場合もある。
・ 外診: 子宮峡部は過伸展し、病的収縮輪は臍高まで達し上昇する(Bandl収縮輪)。円靭帯を索状物として触れる。
・ 内診: 胎児先進部は骨盤入口部に圧迫・固定され、異常な産瘤が発生して、子宮腟部が著しく腫脹し圧痛がある。

[子宮破裂徴候]
・ 急激に進行する胎児機能不全(NRFS)を認める。
・ 疼痛: 陣痛発作時に突然、子宮破裂した激痛を感ずる。
・ 陣痛停止: 突然に停止して苦痛は和らぐ。
・ 出血性ショック症状: 腹腔内に出血が起き、虚脱状態となる。
・ 外診:胎児を腹壁直下に触知する。
・ 内診:子宮腟部挟圧状態が消失する。胎児先進部は上昇して触知不能か、移動性が著明となる。破裂創や時に腸管を触知する。

[無症候性子宮破裂]
 近年、子宮破裂徴候がなく無症状で経過し、児娩出後の外出血により診断される無症候性子宮破裂がしばしばみられるようになった。これは特に子宮瘢痕破裂や不全子宮破裂でみられやすく、帝王切開の適応の増加や帝王切開後の経腟分娩(VBAC)が普及したためであると考えられる。

[子宮破裂の治療]
1.出血性ショックに対する治療を行う。
 (酸素吸入、輸液、輸血)
2.緊急開腹手術を行い、児を娩出する。
3.破裂した子宮に対する対応:
  ①単純子宮全摘術、子宮腟上部切除術
  ②裂傷の挫滅がわずかで、早期に手術できた時、しかも児をなお望む時は、この部分を縫合・修復して子宮を温存する。
4.母体の術後全身管理を厳重に行う。
 (輸液、輸血、DICの治療、抗生剤投与)


婦人科疾患合併妊娠:子宮頚癌

2010年05月06日 | 周産期医学

Cervical Cancer

[定義] 子宮頚癌は子宮頸部に発生した悪性腫瘍で、扁平円柱上皮境界(SCJ)に多く、組織学的には扁平上皮癌が約85%、腺癌が約15%を占める。近年、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染との関連性が明らかとなった。多産婦に多く、若年者に多いのが特徴である。

[発生頻度] 子宮頚癌は、20~30歳代の女性における悪性腫瘍罹患率第1位であり、妊娠・出産の高齢化もあって、悪性腫瘍の中で妊娠に合併することが最も多い。

全妊婦の0.05~0.5%にみる。 子宮頚癌の1~3%は妊婦に発見される。 妊娠合併子宮頚癌は近年増加傾向にある。

[妊娠合併子宮頚癌に対する対応]
治療は母体予後、胎児予後、挙児希望の有無を考慮する。

妊娠によって浸潤癌の進展が助長されることはないとされているものの、早期癌の場合予後に差はないが、進行例では非妊時より予後が悪いとの報告がある。

分娩後に診断された進行例は予後不良であるとの報告がある。

[妊娠前に注意すること]
妊娠合併子宮頸癌例の平均年齢は非妊娠症例より10歳若いと報告されている。

発症年齢若年化から、妊娠前の10~20 歳代からの定期的な検診が望まれる。

高度異形成~上皮内癌の症例は、妊娠前に円錐切除しておくことが望ましい。

妊娠初期に確実に診断をつけることが肝要である。

[妊娠継続が許容される条件]
①上皮内癌(CIS)では、妊娠継続が可能である。経腟分娩を行う(産科適応)。
②微小浸潤癌(Ⅰa1期)では、円錐切除術を実施し、病理検査で脈管侵襲陰性であれば、十分なインフォームド・コンセントを得た上で、胎児成熟あるいは満期まで待って経腟分娩を行う(産科適応)。妊娠経過中は1~2 か月ごとに細胞診と腟拡大鏡診(Colposcopy)を行う。

[妊娠中に円錐切除術を実施する適応]
①組織診で微小浸潤癌である。
②組織診では上皮内癌までであるが、細胞診で浸潤癌を疑う所見がある。
③組織診が上皮内腺癌である。
④数か所の狙い生検では正確な診断ができない可能性のある、病変の広がりが大きい上皮内癌の症例。

円錐切除術後の症例については早産ハイリスク群と認識する。早産徴候に注意して管理し、症例によっては頸管縫縮術を考慮する。

[異形成、上皮内癌、微小浸潤癌の管理]

80_52b

[浸潤子宮頚癌の治療]
Ⅰa2期以上の浸潤子宮頚癌であれば、基本的に母体の治療を優先させる。

・ 妊娠21週までは、妊娠子宮のまま広汎性子宮全摘術あるいは放射線治療(and/or化学療法)を実施する。

・ 妊娠22週以降は、帝王切開術後に広汎性子宮全摘術あるいは放射線治療( and/or化学療法)を実施する。

[子宮頚癌 0期]
浸潤が認められない上皮内癌 (CIS:Carcinoma in situ)

異形成(前癌病変)や上皮内癌では、症状を呈することはなく、子宮頚癌検診(子宮頸部細胞診)にて発見されることが多い。

0期の治療としては、挙児希望の有無にかかわらず、円錐切除術のみを希望する女性が増えている。

[子宮頚癌 Ⅰa期]
Ⅰ期:癌が子宮頸部に限局するもの。

Ⅰa 期: 組織学的にのみ診断できる浸潤癌。浸潤は、計測による間質浸潤の深さが5mm以内で、縦軸方向の広がりが7mmをこえないものとする。浸潤の深さは、浸潤がみられる表層上皮の基底膜より計測して5mm をこえないものとする。脈管(静脈またはリンパ管)侵襲があっても進行期は変更しない。

Ⅰa1期: 間質浸潤の深さが3mm 以内で,広がりが7mm をこえないもの。
Ⅰa2期: 間質浸潤の深さが3mm をこえるが5mm 以内で、広がりが7mm をこえないもの。

[子宮頚癌Ⅰa期の治療]
円錐切除術・・・Ⅰa1期、挙児希望あり
単純子宮全摘・・・Ⅰa1期、挙児希望なし
広汎性子宮全摘・・・Ⅰa2期

施設によってはⅠa2期においては準広汎性子宮全摘術を行うこともある。

広汎性子宮頸部摘出術(Radical Trachelectomy)・・・挙児希望のあるⅠa2期~Ⅰb1期(病巣の直径≦2cm)の患者に対して、十分なインフォームドコンセントを得た上で行われる場合がある。

[子宮頚癌Ⅰb期]
Ⅰb期: 臨床的に明らかな病巣が子宮頸部に限局するもの、または臨床的に明らかではないがⅠ a期をこえるもの。

Ⅰb1期:病巣が4cm 以内のもの。
Ⅰb2期:病巣が4cm をこえるもの。

[子宮頚癌Ⅰb期の治療]
広汎性子宮全摘術(Radical Hysterectomy)

放射線療法(Radiotherapy) ・・・高齢、合併症などにより手術困難なⅠb期の症例にも行われる。


過期妊娠、過期産

2010年05月05日 | 周産期医学

過期妊娠(post-term pregnancy)
過期産(post-term deliverry)

[定義] 妊娠持続期間が満42週以上の妊娠を過期妊娠といい、妊娠42週以後の分娩を過期産という。

[頻度] 妊娠初期に超音波検査による予定日修正が行なわれるようになって、みかけ上の過期妊娠の頻度が減少し、過期産の頻度は1%前後である。

[予後]
①わが国の単胎妊娠周産期死亡率は、39 週が1.5/1,000 と最低で、40 週で1.6、41 週2.2、42 週4.3、43 週9.8 であった。
②過期産では母体の罹病率も増加する。巨大児の頻度が増加し、難産、分娩損傷が正期産に比して1.5~4 倍程度増加し、帝王切開頻度も増加する。

Zu011

・過期産において 児罹患率・死亡率が高い理由
①胎盤機能低下
②羊水過少
③胎便混濁羊水
④巨大児に伴う分娩時障害

[過期妊娠の合併症]
①胎盤機能不全 ⇒胎児機能不全
 Clifford症候群(胎盤機能不全症候群)
②羊水過少 ⇒臍帯圧迫による胎児機能不全
③胎便混濁羊水 ⇒胎便吸引症候群(MAS
④巨大児 ⇒肩甲難産、分娩時損傷

[過期妊娠の管理]
①分娩予定日が正しいかどうかの再評価:
  妊娠初期の超音波所見などを再確認
②週2回胎児well-beingの評価
③妊娠41週頃に入院管理:
 胎児心拍数モニタリング、羊水量の評価、頸管成熟度の評価、児頭骨盤不均衡の検索などを実施し、分娩の時期や方法を検討する。
a)頸管が未熟の場合:
 頸管成熟を図る努力をし胎児well-beingを評価しながら待機する。
b)頸管が成熟している場合:
 分娩誘発する。胎児機能不全があれば急速遂娩する。

・分娩予定日の再評価
①妊娠初期の超音波所見(とくに、妊娠7~10 週のCRL、12~15 週のBPD、など)から分娩予定日を再確認する。
②初期超音波所見が得られない場合は、最終月経開始日(月経不順の有無)、性交日、つわりの発現時期、基礎体温表、胎動初覚時期、子宮底長などを参考にする。

分娩予定日を誤って後方にずらして、児の予後不良を引き起こすようなことは避けなければならない。過期か正期か判断できない場合には、過期妊娠の可能性が高いとみなして対処する方が児に対する悪影響は少ない。

・過期妊娠の検査
①内診(頸管成熟度の評価)
 Bishopスコア
②胎児心拍数モニタリング:  
 NST、 VAST、 CST、BPS
③ 超音波検査:  
 羊水量の評価(羊水ポケット、AFI)  
 胎児体重の推定  
 超音波血流計測
④骨盤X線計測(Martius法、Guthmann法)
⑤羊水鏡(羊水混濁の診断)

・妊娠41 週0 日~ 41 週6 日の場合:
①妊娠41 週以降に分娩誘発すべきか自然陣痛を待つかについては歴史的な議論があり、未だ結論が出ていない。
②分娩誘発を行うことによって  
 a.本当に児の予後が改善するのか?  
 b.帝王切開率が上昇するか?
 の2点が争点となったが、必ずしも結論が出たわけではない。
③現状では分娩誘発を行うか、胎児well-being を評価しつつ待機するかは、各施設にゆだねられている。

・妊娠42週0日以後の場合:
妊娠42 週以降では児死亡率は急上昇するので、分娩誘発を行うことが考慮される。

2004 年ACOG は,「42 週以降の頸管熟化不良例では分娩誘発でも陣痛待機でもどちらでもよく、頸管熟化例では陣痛発来は待たずに分娩誘発するよう」に推奨した。しかし、わが国では、米国に比して初期超音波実施率が高く、週数の誤認の可能性がかなり低いことから、42週以降であれば頸管熟化にかかわらず分娩誘発を考慮する施設が多い。


胎盤機能不全

2010年05月05日 | 周産期医学

placental dysfunction

[定義] 妊娠中に胎盤の機能が急性あるいは慢性に低下した状態。

[原因] 母体から胎児への胎盤を通じての血液供給不足が主な原因。妊娠高血圧症候群、過期妊娠、常位胎盤早期剥離など。

[症状] 胎児機能不全、 IUGR、羊水量の減少、胎児・羊水の胎便汚染など。

[診断] NST、VAST、CST、AFI、BPS、超音波血流計測。(以前は尿中E3や血中HPLの測定)

Clifford症候群(胎盤機能不全症候群)

以前は以下のClifford徴候が過期妊娠の胎児に特有な症状と考えられていたが、これらの症状は胎盤機能不全に共通するので現在では胎盤機能不全徴候とされている。

・ しわの多い老人様顔貌
・皮膚の乾燥、表皮剥脱
・胎便による皮膚・羊水、胎盤、臍帯の黄染
・やせた細長い体型
・脱水、低体温、低血糖、多血症
・胎便吸引症候群(MAS)を生じやすい
・多くは、突然、胎児死亡を起こす。