ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

肩甲難産

2010年05月09日 | 周産期医学

Shoulder Dystocia

[定義] 児頭が娩出されたあと、通常の軽い牽引で肩甲が娩出されない状態。

Shoulder Dystocia 【YouTube】

Shoulderdystocia

[頻度] 全分娩の0.6~1.4%に発生
(American College of Obstetricians and Gynecologists, 2002; Gottlieb and Galan, 2007)

[リスク因子]
巨大児、特に糖尿病合併症にともなう巨大児、肥満、過期妊娠、高年妊娠、扁平骨盤、変形骨盤、陣痛促進薬の使用、分娩第Ⅱ期遷延、鉗子分娩あるいは吸引分娩など。

※ 肩甲難産は巨大児に起こりやすいが、同一体重であっても肩甲難産を起こす例と起こさぬ例がある。現在のところ、肩甲難産の有効な予測法、予防法はない。

[合併症]
(1) 母体合併症:
 ①弛緩出血、②腟・頸管裂傷、③子宮破裂

(2) 児の合併症:
 ①腕神経叢麻痺(Erb麻痺)、②上腕・鎖骨骨折

(3) 長時間胎児が娩出されない:
 ① 胎児機能不全、②胎児死亡、③低酸素性虚血性脳症

[肩甲難産に対してどう対応したらいいのか?]

肩甲難産のリスク因子として糖尿病合併妊娠による巨大児などが有名であるが、体重が正常範囲の児による肩甲難産も多い。肩甲難産に対して従来からさまざまな対策が検討されてきたが、現在のところ有効とされる予測法、予防法はなく、発症後のすみやかな対応の重要性が強調されている。肩甲難産が発症した場合にどう対応するのか、施設ごとのプロトコール作りが推奨される。

※ 肩甲難産が疑われる場合、Kristeller胎児圧出法や無理な児頭牽引は禁忌である。

・ 肩甲難産発症時の対応
① 人を呼ぶ
② おだやかな牽引を試みる
③ 導尿を行う
④ 会陰切開を広げる
⑤ McRoberts 法
⑥ 恥骨上部圧迫
⑥ 膣内操作
 ・ Rubin 手技
 ・ Woods Screw 手技
 ・ Reverse Woods Screw 手技
⑦ 後在の上腕の娩出
⑧ 四つん這い姿勢で娩出
⑨ 鎖骨骨折、上腕骨折、Zavanelli 法などを考慮する

[McRoberts 法] 妊婦の両足を分娩台のステップからはずして大腿の前面を腹部に強く押し付ける。これと同時に恥骨上部を助手が圧迫し、恥骨の裏に陥入した肩を開放する方法。

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McRoberts Maneuver 【YouTube】

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          McRoberts 法と恥骨上部圧迫

[Rubin 手技] 術者の手を児の前在の肩甲の背側に入れ、肩甲骨を圧迫して、肩を内転、斜位に回旋させる操作。

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          Rubin 手技

[Woods Screw 手技] 術者の手を腹側から児の後在の肩甲の下に入れ、恥骨に向けて回旋させる操作。Rubin 手技を併用する。

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           Woods Screw 手技

[Reverse Woods Screw 手技] 背側から後在肩甲にアプローチし、Rbin 手技やWoods Screw 手技とは反対方向に胎児を回旋させる操作。

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          Reverse Woods Screw 手技

[後在の上腕の娩出] 後在の腕を肘までたどり、腕を肘で屈曲させ、胎児の胸部をなでるように前腕を動かす。

Posteriorarm

[四つん這い姿勢で娩出] 四つん這い姿勢にするために患者を反転させ、やさしく下方に牽引し後在肩甲を娩出する。

Yotsunbai

[Zavanelli 法] McRoberts法、Rubin 手技、Woods Screw 手技などを実施しても児が娩出されない場合には、最終的手段として娩出された児頭を産道内に戻して、緊急帝王切開を行うこともある。


帝王切開既往妊婦に対し経腟分娩を選択してよい条件

2010年05月09日 | 周産期医学

産婦人科診療ガイドライン(産科編2008)より抜粋

CQ403 帝王切開既往妊婦が経腟分娩を希望した場合は?

Answer
1.  リスク内容を記載した文書によるインフォームドコンセントを得る。(A)
2. 以下の条件をすべて確認後に経腟分娩を行う。(C)
 1) 児頭骨盤不均衡がないと判断される。
 2) 緊急帝王切開および子宮破裂に対する緊急手術が可能である。
 3) 既往帝王切開数が1回である。
 4) 既往帝王切開術式が子宮下節横切開で術後経過が良好であった。
 5) 子宮体部筋層まで達する手術既往あるいは子宮破裂の既往がない。
3. 分娩誘発あるいは陣痛促進の際に、プロスタグランジン製剤を使用しない。(B)
4. 経腟分娩選択中は、分娩監視装置による胎児心拍数モニターを行う。(A)
5. 経腟分娩後は、母体のバイタルサインに注意する。(B)

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ACOG Practice Bulletin (2004)

帝王切開既往妊婦に対し経腟分娩を選択してよい条件
①子宮下節横切開による1回の帝王切開の既往
②児頭骨盤不均衡がないこと
③帝王切開以外の子宮創または子宮破裂既往がないこと
④分娩中、医師が継続監視可能で緊急帝王切開ができること
⑤緊急帝王切開のための麻酔科医やスタッフがいること

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子宮破裂による母体死亡を避けるために分娩後1時間程度は血圧、脈拍数の変化に注意する。

本邦1991~1992年の妊産婦死亡230例中13例(帝王切開既往妊婦は1例のみ)が子宮破裂によるものであった。これら13例の特徴は、全例が経腟分娩(69%が分娩誘発、陣痛促進されており、46%が吸引・鉗子分娩)に成功したものの、分娩直後~40分以内にショックないし持続する外出血が顕在化していたことである。したがって、帝王切開既往妊婦が経腟分娩を選択した時の重要な注意事項のひとつとして、経腟分娩成功後1時間程度の母体状態監視が挙げられる。外出血量に見合わない低血圧・頻脈は子宮破裂による腹腔内出血を意味することがあり、開腹止血することが母体救命に重要となる場合がある。