ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

腕神経叢麻痺

2010年05月11日 | 周産期医学

Brachial Plexus Paralysis

肩甲難産で肩の娩出が困難な場合、あるいは骨盤位分娩で頸部が強く伸展された場合に、腕神経叢が損傷されて、末梢神経に麻痺が出現する。

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            腕神経叢

[麻痺の領域による分類]
上位型麻痺(Erb麻痺)
 手首から先は動くが肩・肘が動かないもの。第5、第6頚神経に損傷を受けた場合に生じる。片側のMoro反射が消失する。分娩中に起こる麻痺の中でも代表的なものである。

②全型麻痺
 腕全体が動かず、完全弛緩性麻痺を呈するもの。

③下位型麻痺(Klumpke麻痺)
 手首から先は動かないが肩・肘は動くもの。 第7、第8頚神経と第1胸神経に障害を受けた場合に生じる。

[診断] 新生児腕神経叢麻痺の診断は、出生直後より見られる神経分布に一致した上肢の麻痺、特徴的な肢位と難産の既往より容易である。骨盤位分娩では両側性の麻痺があるので注意を要する。原始反射ではMoro反射が陰性で、これに加えて全型麻痺では把握反射が欠如する。

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上位型麻痺(Erb麻痺): 
肩の外転・外旋・肘屈曲が主に侵され、肩関節を内転・内旋、肘関節を伸展、前腕を回内、手関節を掌屈・尺屈、手指を屈曲させた典型的な肢位を取る。外国のウェイターがお客にチップをねだるときのポーズと同じなのでwaiter's tip positionという。

[発生頻度] 正確なデータはないが、一応の目安として、1000出生当り0.7とされており、重症例は減少傾向にあるものの、この比率は近年においてもあまり変化してない。

[予後]
神経損傷の部位や程度により、予後はさまざまである。

多くの場合、麻痺は徐々に自然回復し、日常生活に支障がない程度までの回復がみられる。

出生直後は損傷部位の安静を旨とするが、装具やギブスは使用しない。生後3週間目からは拘縮予防訓練を開始すると同時に回復してきた機能に対しての運動の促通を行う。

生後1ヶ月で完全回復しない例は何らかの遺残存麻痺を起こす可能性が高いので、専門医(整形外科)の受診が必要である。

参考:
http://www005.upp.so-net.ne.jp/bunbenmahi/mahi.htm
以下の記載は予後の一般的な目安であり、個人の予後予測には専門医の診断を要する。

頭位分娩(肩甲難産)の場合
・ 3ヶ月以内に手関節が背屈(手のひらの反対側に手首が曲がる)できる場合、神経はほぼ完全に回復。
・ 3ヶ月で手関節が背屈できない場合、麻痺が残り日常生活に問題が残る。
・ 6ヶ月で上腕二頭筋、三角筋に収縮がない場合、日常生活に著しい障害が残る。  

骨盤位分娩の場合
・ 3か月以内に上腕二頭筋、三頭筋に収縮があれば神経はほぼ完全に回復。
・ 6か月以内 でも上腕二頭筋、三頭筋に収縮があれば回復はよい。
・ 3か月で手関節を背屈する背筋、上腕二頭筋が収縮しない場合や6か月で手関節は背屈できるようになっても上腕二頭筋が収縮しない場合、日常生活に著しい障害が残る。

生後2か月までに上腕二頭筋と三角筋の筋収縮が認められなければ、完全に回復することは難しい。

生後3~3.5か月で上腕二頭筋と三角筋に回復が認められれば、最終結果は完全回復ではないが、肩と肘に関して予後は受け入れうるものである。

生後5ヶ月までに重力に抗って肘を十分に曲げることが出来なければ最終結果は不良である。

頭位分娩例と骨盤位分娩例とでは予後に差はない。

上位型麻痺例は全型麻痺例より予後が良好である。

麻痺病型を分娩胎位で分けてみると、頭位分娩上位型麻痺がもっとも予後良好である。

出生時体重が4500gを越えると予後が極端に悪化する。

横隔神経麻痺合併例、Horner徴候合併例では予後が不良である。