ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

帝王切開後の経腟分娩(VBAC)

2010年05月08日 | 周産期医学

Vaginal Birth After Cesarian Section

・ VBACのための試験分娩を行う上で最も警戒しなければならないのは子宮破裂である。
・ 既往帝王切開が子宮下部横切開でも、試験分娩中に子宮破裂が起こる頻度は0.2~1.5%と報告されている。
・ 胎児が腹腔内に脱出していた場合の児の予後は極めて厳しく、迅速な開腹術によって児を救命しても、生存児に神経学的後遺症を残す危険性が高い。
・ VBACで発生した子宮破裂により母体死亡にいたるような例では経腟分娩には成功している例も多く、経腟分娩成功後の母体の厳重監視が重要である。

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前回帝王切開時の子宮切開方法とVBACにおける子宮破裂の発生率との関係(アメリカ産婦人科学会、1999)

子宮体部縦切開  4~9% (古典的帝王切開)
子宮T字切開    4~9%
子宮下部縦切開  1~7%
子宮下部横切開  0.2~1.5%

※ 自然子宮破裂の頻度: 0.007~0.02%

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既往帝王切開妊婦の分娩方法
米国における歴史的変遷

・ 古典的帝王切開の時代には、"Once a Caesarean, always a Caesarean"(一度帝王切開受けたのなら、ずっと帝王切開) が常識であった。
・ 1980年にNIHはVBACを推進する勧告を発表し、1996年のVBAC率は29.8%にまで達した。
・ その後、試験分娩群での子宮破裂の頻度上昇と児の予後の悪化、母体合併症の増加、医療費増大などの報告が相次ぎ、 エビデンスに基づきVBACの安全性をもう一度考え直す機運が高まった。
・ 帝王切開率は1996年の20.7%から上昇に転じ、VBAC率も1996年以降は低下しつつある。
・ 米国においては、現在、従来より慎重な対応が求められるようになり、十分なインフォームド・コンセントが強調される傾向にある。

Vbac

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既往帝王切開妊婦の分娩方法
我が国の動向

・ 我が国のVBACのトレンドは、ほぼ米国の動向に追随する傾向にあり、1990年代における我が国のVBAC率は、現在よりもはるかに高率であった。
・ 最近は我が国のVBAC率も米国と同様に低下傾向にあって、既往帝王切開妊婦の分娩方法は原則として選択的帝王切開としている施設も少なくない。

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VBACのための試験分娩を実施する上での留意点

・ 既往帝王切開妊婦の分娩様式を決定する過程でインフォームドコンセント(説明と同意)は非常に重要である。VBACの利点とリスクを妊婦とその家族に十分に説明し、最終的には妊婦自身が分娩様式を決定するのが原則である。その話し合いの過程を文書に残すことが大切である。

・ 子宮破裂の正確な予測ができない現段階では、すべてのVBAC症例で子宮破裂を想定した分娩管理が求められる。すなわち、VBAC実施施設が満たすべき条件としては、胎児心拍連続モニタリング、産科医・新生児科医・麻酔科医の院内常在、緊急手術に対する24時間即応体制などが考えられる。

・ 子宮破裂の発生後に他施設へ緊急搬送された母児の予後は極めて厳しいので、妊婦自身がVBACを強く希望しても、自施設で子宮破裂に十分に対応できない場合は、対応可能な医療機関に最初から分娩管理を委ねる必要がある。

参考記事:症例報告: 帝王切開後の経膣分娩(VBAC)で発生した子宮破裂の3例


子宮破裂

2010年05月08日 | 周産期医学

Uterine Rupture

[定義] 分娩時に、まれに妊娠中に起こる、子宮体壁の裂傷を子宮破裂とよぶ。

[予後] 母体死亡率:2~5%、胎児死亡率:20~80%

[裂傷の程度による分類]
①不全子宮破裂:
 裂傷は子宮漿膜まではおよばない。
②全子宮破裂:
 裂傷は漿膜面を含む子宮壁全層におよぶ。

[原因による分類]
①瘢痕部子宮破裂

 ・既往手術による子宮筋層の創部瘢痕が陣痛の圧力で破裂する。
 ・帝王切開、筋腫核出術、子宮内容除去術。

②自然子宮破裂
 ・自然に発症したもの。
 ・多産婦、子宮壁の過伸展(巨大児、多胎妊娠、羊水過多)、過強陣痛。

③外傷性子宮破裂
 ・医原性外傷など外力による。
 ・Kristeller胎児圧出法、骨盤位牽出術、鉗子分娩、外回転術、分娩誘発(子宮収縮促進薬の過剰投与)、交通事故。

[切迫子宮破裂徴候]
・ 陣痛は増強し、過強陣痛になる。
・ 分娩の進行が停止する。
・ 呼吸は促迫し、脈拍は頻脈になり、発熱する。
・ 産婦は不穏状態になり、下腹部に持続性疼痛を訴え、意識消失する場合もある。
・ 外診: 子宮峡部は過伸展し、病的収縮輪は臍高まで達し上昇する(Bandl収縮輪)。円靭帯を索状物として触れる。
・ 内診: 胎児先進部は骨盤入口部に圧迫・固定され、異常な産瘤が発生して、子宮腟部が著しく腫脹し圧痛がある。

[子宮破裂徴候]
・ 急激に進行する胎児機能不全(NRFS)を認める。
・ 疼痛: 陣痛発作時に突然、子宮破裂した激痛を感ずる。
・ 陣痛停止: 突然に停止して苦痛は和らぐ。
・ 出血性ショック症状: 腹腔内に出血が起き、虚脱状態となる。
・ 外診:胎児を腹壁直下に触知する。
・ 内診:子宮腟部挟圧状態が消失する。胎児先進部は上昇して触知不能か、移動性が著明となる。破裂創や時に腸管を触知する。

[無症候性子宮破裂]
 近年、子宮破裂徴候がなく無症状で経過し、児娩出後の外出血により診断される無症候性子宮破裂がしばしばみられるようになった。これは特に子宮瘢痕破裂や不全子宮破裂でみられやすく、帝王切開の適応の増加や帝王切開後の経腟分娩(VBAC)が普及したためであると考えられる。

[子宮破裂の治療]
1.出血性ショックに対する治療を行う。
 (酸素吸入、輸液、輸血)
2.緊急開腹手術を行い、児を娩出する。
3.破裂した子宮に対する対応:
  ①単純子宮全摘術、子宮腟上部切除術
  ②裂傷の挫滅がわずかで、早期に手術できた時、しかも児をなお望む時は、この部分を縫合・修復して子宮を温存する。
4.母体の術後全身管理を厳重に行う。
 (輸液、輸血、DICの治療、抗生剤投与)