ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

合併症妊娠:特発性血小板減少性紫斑病(ITP)

2010年06月27日 | インポート

idiopathic thrombocytopenic purpura

[ITPの定義]
・ ITPは血小板膜蛋白に対する自己抗体(IgG)が発現し、血小板に結合する結果、主に脾における網内系細胞での血小板の破壊が亢進し、血小板減少をきたす自己免疫性疾患である。

・ 種々の出血症状を呈する。通常、赤血球、白血球系に異常を認めず、骨髄での巨核球産生能の低下もみられない。自己抗体の発現機序は明らかでなく、血小板減少をもたらす基礎疾患がなく、薬剤の関与がないことから特発性と呼ばれている。

・ ITPは妊娠中によく合併する自己免疫性疾患であり、妊娠に合併する率は0.3~0.4%である。

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ITPの症状

・ 血小板数<10万/μL: 出血時間延長。
 血小板数<5万/μL: 出血傾向出現。
 血小板数<2万/μL: 大出血や致命的な出血。

・ ITPが非寛解のまま妊娠した場合、母体の抗血小板抗体(IgG)が経胎盤的に胎児に移行して、胎児の血小板も減少することがある。児の頭蓋内出血の原因となりうる。母体由来のIgGが消失するため、児の血小板数は生後3~4週間で正常化する。

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ITPと妊娠・分娩との関係

1. 妊娠・分娩が疾患に与える影響
  ・ 増悪する可能性がある
2. 疾患が妊娠・分娩に与える影響
  ・ 分娩時出血 ・ 産道血腫(腟壁血腫)
  ・ 児の頭蓋内出血

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ITP合併妊娠の治療

1. 血小板数10万/μL以下でも、出血傾向がなければ治療の必要がない。
2. 胎児採血(臍帯血穿刺)により胎児の血小板数を測定し、
 ①血小板数<5万/μLでは頭蓋内出血を予防するために帝王切開とする
 ②血小板数≧5万/μLでは経腟分娩を原則とする
(しかし、ITPの母体から出生した新生児の頭蓋内出血発症率は現実にはきわめて低く、臍帯穿刺に伴う児への危険性から、臍帯穿刺による分娩方針決定については異論もある。)
3. 分娩に際しては血小板数5万/μL以上を保っておく必要がある。分娩2~3週前からステロイド大量療法(プレドニゾロン40~60mg/日)を行い、これが無効の場合には、γグロブリン大量療法(400mg/kg/日、5日間静注)を行う。グロブリン療法では治療開始後5~7日目に血小板数が最高となることが多いので、この時期に分娩を計画する。
 母児共に血小板数5万/μL以上であれば原則として経腟分娩でよい。極力産道損傷を避け、児娩出後は子宮収縮剤を投与し出血量の軽減を図る。
4. 分娩時大量出血の場合は血小板輸血

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ITP合併妊娠の分娩方法

・ 分娩方法:産科的適応がない限り経腟分娩とする。
 (血小板数5万/μL以上の適切な時期に)計画分娩を行い、切創や裂傷を避けた緩除な分娩を原則として、吸引・鉗子分娩は避ける。

・ 帝王切開:血小板数を少なくとも5万/μL以上に持続させる。血小板輸血、赤血球輸血を準備する。
 帝王切開の適応:
①産科的適応がある場合
②第1子の出生時に血小板減少が認められた場合の第2子の分娩
③あらかじめ児の血小板数が5万/μL以下であることがわかった場合

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ITPの胎児・新生児への影響

・ 抗血小板抗体陽性で母体のplatelet associated IgG(PAIgG)が高値である場合、その児はpassive immune thrombocytopeniaを発症する危険性がある。
・ 出生時、新生児の血小板数が正常であっても、生後4~5日目に最低となり、正常化するまで約1か月を要するので、経過観察が必要である。
・ 母体が脾摘を受けている場合、母体の血小板数はさほど低下していてなくても、児の血小板数がきわめて低値を示す場合がある。
・ 新生児の頭蓋内出血発症率は低く(1%)、臍帯穿刺に伴う児への危険性から、臍帯穿刺による分娩方針決定については積極的に行わなくなった。

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次回妊娠へのアドバイス

・ 寛解しないうちに妊娠したものでは、増悪することが多い。
・ 完全寛解してからの計画的妊娠。
・ ピロリ菌があれば、除菌後の妊娠。
・ 難治性の場合は、摘脾後の妊娠を考慮。

****** 問題

妊娠中の血小板減少症で正しいのはどれか。1つ選べ。

a 妊娠性血小板減少症(gestational thrombocytopenia)の頻度が高い。
b 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)合併妊娠で新生児の約50%に血小板減少が起こる。
c ITPで新生児頭蓋内出血を予防するために帝王切開術が必要である。
d 母体のITP治療にはデキサメタゾンを用いる。
e 胎児の中大脳動脈の収縮期最大血流速度で胎児血小板数が推定できる。

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正解:a

a 妊娠性血小板減少症は、妊娠中の血小板減少の原因の74%を占める。 

b ITP合併妊娠では、約14%の頻度で新生児血小板減少症を発症する。

c 原則的に、分娩様式は経腟分娩であり、帝王切開は産科的適応による。

d プレドニゾロン投与が第一選択となることが多いが、緊急性が高い時には免疫グロブリン大量投与を行う。

e 胎児の中大脳動脈の収縮期最大血流速度で胎児貧血が推定できる。 


合併症妊娠:血小板減少症

2010年06月27日 | 周産期医学

thrombocytopenia

同義語:血小板減少性紫斑病(thrombocytopenic purpura)

血小板減少症:血小板数15万/μL以下
(血小板数の基準値:15万~35万/μL)

血小板減少症・合併妊娠の管理:
一次医療施設で管理することは難しいため、有症状のもの、血小板数が10万/μL以下の場合は、血液内科を併設する高次医療施設に紹介する。

妊娠中に認められる主な血小板減少症の病因
1. 妊娠性血小板減少症
2. 妊娠高血圧症候群
3. HELLP症候群
4. 偽性血小板減少症(EDTAによる血小板凝集などを含む)
5. HIVウイルス感染症
6. 特発性血小板減少症(ITP)
7. SLE症候群
8. 抗リン脂質抗体症候群
9. 脾機能亢進症
10. 播種性血管内凝固症(DIC)
11. 血 栓性血小板減少性紫斑病(TTP)
12. 溶血性尿毒症症候群(HUS)
13. 先天性血小板減少症
14. 薬剤性血小板減少症
  (ヘパリン、キニン、キニジン、ジドブジン、サルファ剤など)


母子感染症:成人T細胞白血病(ATL)ウイルス

2010年06月25日 | 周産期医学

ATL: Adult T-cell Leukemia

あるいは、
成人T細胞白血病リンパ腫
ATLL: Adult T-cell Leukemia/Lymphoma

 HTLV-1(ヒトTリンパ向性ウイルス1型、あるいは成人T細胞白血病ウイルス1型)は、レトロウイルスでCD4 T リンパ球に感染し、成人T 細胞白血病(ATL)[あるいは、成人T細胞白血病リンパ腫(ATLL)]を起こす。ウイルスは血液、精液、母乳、唾液中に含まれ、感染経路は母乳感染、性交感染(ほとんどが男性から女性へ)、輸血(1986 年以後日本赤十字社では検査、排除している)による。
 ATL(あるいはATLL)は、乳幼児期に母乳感染したキャリアが成人後に、5~10%の頻度で発症する(大多数の患者は40 歳以上である)。地域内流行があり、沖縄県、鹿児島県、宮崎県、長崎県などが多く、日本海側にも流行地域がある。ATL(あるいはATLL)は、病態により白血病型、リンパ腫型、皮膚型に分類され、それぞれにくすぶり型、慢性型、急性型がある。

病原体: HTLV-1
human T-lymphotropic virus type 1
あるいは、
human T-cell leukemia virus type 1

感染経路: 主に母乳感染、性交感染、輸血(新鮮凍結血漿では感染しない)

潜伏期間: 非常に長期、数十年。

乳幼児期に母乳感染したキャリアが成人後にATL(あるいはATLL)を発症する。潜伏期は長く、感染から発症までに40~50年要するので、性交感染ではATL(あるいはATLL)をほとんど発症しない。

診断法
HTLV-1 抗体の検出(PA法、WB法、EIA法、IF法)が最も簡便。
プロウイルスDNA検出(PCR 法)。
ウイルス特異蛋白(抗原)検出(IF 法)。

①抗HTLV-1抗体陽性は免疫応答があり抗体産生能があり、通常ウイルスの存在も意味する。
②抗原陽性はIL-2 による抗原発現能がある。当然ウイルスの存在を意味するが抗体陽性を伴うとは限らない。
③PCR陽性はプロウイルスDNAの存在を意味する。抗原・抗体陽性を伴うとは限らない。

新生児、幼児では感染リンパ球が少ないので成人と同様の検査では検出率が低い。リンパ球を数週間培養してPCRを行う。

症状: 感染症による発熱、全身倦怠感などやリンパ節腫脹、発疹など。免疫不全徴候。

感染のリスク因子: 地域性。キャリア化率が減少しているので特別なリスク因子はない。

妊婦のHTLV-1キャリア頻度は、約0.1~5%と地域差がみられる。わが国では、ATL(あるいはATLL)の患者のうち、九州・沖縄の患者が半数以上を占める。

妊娠への影響: なし。

胎児への影響・催奇形性・新生児への影響・児の予後
母乳による新生児のキャリア化が問題となる。

胎内感染診断法: 特別な方法はない。

垂直感染経路: 母乳,経産道感染。

垂直感染率・わが国での頻度:20 ~ 30%
母乳感染率:15 ~ 25%
経産道および胎内感染は極めて少ない(2 ~ 6%)

垂直感染予防法・治療法
母乳の加熱56℃、30分でリンパ球は死滅するが、60℃を超えると母乳中の蛋白質の変性や抗体活性が消失するので難しい。短期母乳哺育は確かに長期母乳哺育よりも感染率は低いが決して人工栄養と同等に感染率を下げるものではない。

母乳によるキャリア化を防止できる対策
①人工乳(母乳哺育を中止し、人工栄養にすることで約95%は感染を防ぐことができる。)
②除感染処理母乳(凍結母乳:-20℃、12時間)
③移行抗体存在時のみの短期間母乳哺育。
 ①②は確実だが、③ではキャリア化を確実に防止できない。


臍帯下垂、臍帯脱出

2010年06月19日 | 周産期医学

forelying and prolapse of the umbilical cord

[定義]
・ 破水前に、胎児先進部より下方に臍帯が存在するものを臍帯下垂という。
・ 破水後に、臍帯が、胎児先進部を超えて、腟または陰裂に懸垂するものを臍帯脱出という。

・ 臍帯脱出は、臍帯下垂が破水した時に起こる。

[発生頻度]
・ 横位>骨盤位>頭位
・ 臍帯下垂は全分娩の0.5~1%
 臍帯脱出は全分娩の0.5~0.8%
 (病気がみえるVol.10、産科)

[原因]
横位、骨盤位、反屈位、児頭骨盤不均衡、多胎、羊水過多、過長臍帯など。
⇒胎児先進部と子宮下部の間隔が広くなる。
⇒臍帯下垂、臍帯脱出

[症状]
母体は全くの無症状で、診断によってのみこれを認める。

[CTG所見]
臍帯下垂・臍帯脱出では、臍帯が胎児先進部に圧迫されることで変動一過性徐脈や遷延性徐脈がみられることがある。

Variable
変動一過性徐脈

Deceleration
遷延性一過性徐脈

[診断]
① 臍帯下垂の診断:
 ・ 破水前に、臍帯が卵膜を通して、透見または触知できるとき、臍帯下垂と診断する。
 ・ 超音波カラードプラ、経腟超音波検査
② 臍帯脱出の診断:
 ・ 破水後に持続性徐脈が出現したら、まず 第一に臍帯脱出を考えて内診する。
 ・ 臍帯が子宮口から脱出し、腟または陰裂に懸垂したとき、臍帯脱出と診断する。

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臍帯下垂(超音波カラードプラ)

Forelying

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臍帯脱出

Prolapsedumbilicalcord

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臍帯の圧迫を取る救急処置

・ 胎児先進部を内診指で挙上させる。
・ トレンデレンブルグ体位または膝胸位で骨盤高位とする。
・ 子宮収縮抑制剤(塩酸リトドリン)を投与し、子宮収縮を抑制する。
・ 臍帯脱出で胎児の生存が確認できたら緊急帝王切開を施行する。胎児死亡の場合は経腟分娩を行う。

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Prolapsed_umbilical_cord

臍帯の圧迫を解除するため、胎児先進部を内診指で挙上させる。

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トレンデレンブルグ体位 Trendelenburg position

仰臥位・頭部低位・腰部高位の体位のことで、骨盤高位ともいう。分娩中に臍帯下垂が発見された際に、それが臍帯脱出にいたるのを防ぐ目的で、妊婦にとらせる体位である。

Trendelenburg

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膝胸位 Knee-chest position

腹臥位で頭を骨盤より低くする。

Kneechest

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臍帯下垂の処置

・ 臍帯下垂の診断後は、厳重な管理のもとに自然整復を期待する。(トレンデレンブルグ体位、膝胸位)
・ 臍帯下垂は、破水後に臍帯胎脱出に移行し胎児機能不全が引き起こされるリスクが高いため、自然整復ができなければ予防的に予定帝王切開を行う。

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臍帯脱出の処置

・ 臍帯脱出では児を救命するために、超緊急帝王切開を行う。緊急に児を娩出しないと、児の予後は不良である。

・ 内診指で児の先進部を挙上させ、そのまま手術室へ搬送する。先進部を挙上させたまま、全身麻酔下に超緊急帝王切開を行う。

・ 子宮内胎児死亡が確認された場合は、経腟分娩を行う。


急速遂娩(きゅうそくすいべん)とは?

2010年06月19日 | 周産期医学

[定義] 急速遂娩(forced delivery)とは、分娩経過中に母児に危機が生じ、自然の分娩の進行を待っていては遅すぎるため、分娩経過を短縮させ直ちに児を娩出させることである。

急速遂娩には、
・吸引分娩(vacuum extraction delivery)、
・鉗子分娩(forceps delivery)、
・帝王切開(cesarian section: CS)
がある。

Forceddelivery

Cs

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急速遂娩の適応例

1. 胎児機能不全:
①遷延徐脈、②基線細変動消失、③遅発一性の頻発、④胎児末梢血pH≦7.15

2. 切迫子宮破裂:
①収縮輪臍高、②遷延横位

3. 臍帯脱出

4. 常位胎盤早期剥離

5. 子癇

6. 子宮内感染

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急速遂娩の方法

①吸引分娩、鉗子分娩:
児が低位にいて、すぐに娩出可能なとき

②帝王切開分娩:
児娩出までに時間がかかり経腟分娩は困難と判断されたとき

・準緊急帝王切開
・緊急帝王切開
・超緊急帝王切開

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吸引分娩

・吸引分娩は、児の頭部に吸引カップを陰圧により吸着させ、カップの柄を吸引することにより胎児を娩出させる急速遂娩法である。

・吸引カップには金属製のものとプラスチック製(ソフトカップ)がある。吸引力は金属製の方が優れているが、装着の容易さ・速さはソフトカップの方が優れている。

・ポンプ一体型のディスポ娩出カップ(Kiwi )は、緊急時に介助者がいなくてもすぐに吸引分娩を開始できる利点がある。

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吸引分娩の限界

・ 限界を常に念頭に置き、吸引分娩に固執しない。

吸引分娩総牽引時間20分以内ルール
吸引分娩における総牽引時間が20分を超える場合は、鉗子分娩あるいは帝王切開を行う。

吸引分娩術回数5回以内ルール
吸引分娩総牽引時間20分以内でも、吸引術(滑脱回数も含める)は5回までとし、6回以上は行わない。

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吸引娩出器

Kyuuin3
(アトムメディカル株式会社)

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金属製吸引カップ

Vacuumcup

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プラスチック製吸引カップ

Softvacuumcup
小林式ソフトバキュームカップ(ソフトメディカル株式会社)

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ポンプ一体型のディスポ娩出カップ

キウイ娩出吸引カップ(アトムメディカル)

Kiwicup

Kiwi_small

Omnicup_animation
(画像をクリック)

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鉗子分娩とは?

鉗子分娩とは、児頭を鉗子で挟み児を娩出させる急速遂娩法である。

Naegele
ネーゲレ鉗子

Forceps

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吸引分娩と鉗子分娩との比較

・ わが国では、吸引分娩の方が一般的に用いられる。

・ 鉗子分娩は吸引分娩に比べ牽引力が圧倒的に強く、確実であるという利点がある。

Hikaku

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産瘤(caput succedaneum)

[定義]
産瘤とは、産道通過時の圧迫によって児頭先進部の先端にできる境界不明瞭な腫瘤(浮腫)のことである。

・ 産瘤は可動性があり、触ると軟らかく、出生時に最も著明で生後24時間以内にほとんど消失する。

Sanryuu

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頭血腫

[定義]
吸引分娩などにより骨膜が頭蓋骨から剥離し、頭蓋骨と骨膜の間に生じる血腫。

[血腫の特徴]
・ 血腫が2個以上のこともある。
・ 血腫の広がりは、骨縫合を超えない。
・ 血腫の境界は明瞭である。
・ 生後、徐々に大きくなる。

[処置] 経過観察

Cephalohematoma

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帽状腱膜下血腫

[定義]
吸引分娩などにより帽状腱膜と骨膜が剥離し、帽状腱膜下に血腫が形成されたもの。

[血腫の特徴]
・ 血腫は骨縫合を超える。血腫が前額、眼瞼、耳介周囲におよぶことがある。
・ 高度貧血、高ビリルビン血症を伴い、出血性ショック、DICから死亡することもある。

[処置]
①輸血 ②出血性疾患の検索

Subaponeurotic

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帝王切開とは?

・ 帝王切開は急速遂娩法の一つであり、子宮壁を外科的に切開して胎児を娩出させる方法で、近年増加傾向にある。

予定帝王切開
  あらかじめ日時を決めて行われる。

緊急帝王切開
  母児の状態が悪化した場合や、分娩の進行不良などのために経腟分娩が不可能と判断した場合に、緊急に行われる。

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超緊急帝王切開とは?

・ 「超緊急帝王切開」とは、方針決定後、他の要件を一切考慮することなく、全身麻酔下で直ちに手術を開始し、一刻も早い児の娩出をはかる帝王切開術である。

・ 臍帯脱出(胎児の生存が確認できた場合)、子宮破裂、重症の常位胎盤子宮破裂 etc.

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帝王切開の麻酔

①脊椎麻酔(腰椎麻酔)spinal anesthesia
②硬膜外麻酔 epidural anesthesia 
③硬膜外・腰椎麻酔併用 epi-spinal anesthesia
④全身麻酔 general anesthesia
 ・ 最急速導入(crash induction)

一般に帝王切開の麻酔には、区域麻酔(①、②、③)が選択されることが多いが、区域麻酔が禁忌の場合(脊椎の異常、血液凝固障害など)や超緊急症例には全身麻酔が適応となる。

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帝王切開に対する脊椎麻酔(腰麻)

利点
1)手技が簡便
2)導入が速い
3)妊婦が覚醒している
4)児の薬剤に対する曝露が少ない
5)誤嚥の危険が少ない

欠点
1)低血圧の頻度が高い
2)分娩時の嘔気・嘔吐
3)硬膜穿刺後の頭痛
4)作用持続時間が限られている

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帝王切開に対する硬膜外麻酔

利点
1)母体低血圧の頻度と程度が軽い
2)頭痛の発生頻度が少ない
3)局所麻酔薬で長時間手術ができる
4)術後の疼痛管理にも使用できる

欠点
1)技術的に複雑
2)麻酔の作用発現が遅いので、緊急の状況では用いることができない
3)多量の局所麻酔薬を用いなければならない

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帝王切開に対する全身麻酔

利点
1)導入が速い
2)信頼性が高い
3)再現性が高い
4)調節性がよい
5)低血圧が避けられる

欠点
1)母体の誤嚥の可能性が高い
2)挿管困難の頻度が高い
3)新生児の薬剤曝露
4)浅い全身麻酔中の母体の覚醒


産婦人科専門医認定審査の申請資格、卒後研修指導施設指定基準の一部改訂について

2010年06月15日 | 医療全般

今回、産婦人科専門医認定審査の申請資格および卒後研修指導施設の新規ならびに更新指定基準がかなり厳しくなりました。

これからは、2年間の初期臨床研修を修了して産婦人科専門研修を希望する者は、3年間の専門研修期間のうち6ヵ月以上を、大学病院(もしくは産婦人科専門医が4名以上在籍し多くの論文を発表している一般病院)で研修することが義務付けられるようになりました。

産科DICなどのハイリスク分娩や婦人科悪性腫瘍などは、症例が集中する一部の研修施設でしか十分に経験できないので、卒後研修指導施設指定基準を厳しくするのは非常にいいことだと思います。

今回の改定によって大学病院で研修する者を増やそうという狙いもあると思います。多くの若い医師が大学病院で産婦人科研修を開始してくれたら、いずれ地域の病院に配属されて大活躍してくれるはずなので地域医療にとっても非常に望ましいことだと思います。

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日産婦誌62巻5号999頁、2010年5月

会員へのお知らせ

学会会員各位

専門医認定審査の申請資格、卒後研修指導施設指定基準の一部改訂について

専門医認定審査の申請資格および卒後研修指導施設の新規ならびに更新指定基準に下記の条件を加えることといたしました。

1. 専門医認定審査の申請資格について
3年以上(初期研修も含めて5年以上)の産婦人科専攻医研修期間内に以下の要件を満たすこと:
1) 6ヵ月以上の期間、大学病院もしくは産婦人科専攻医が4名以上いる施設で研修すること。その期間は、周産期、婦人科腫瘍、生殖内分泌、女性ヘルスケアの4つの領域のうち、少なくとも周産期医療を含む2つ以上の領域を研修していること。
2) 日本産科婦人科学会(日産婦)総会・学術講演会に1回以上出席していること(30点シール1枚以上)。
3) 日産婦の10点以上のシールが発行されている学会・研究会で筆頭者として1回以上発表していること。
4) 筆頭著者として論文1編以上発表していること。(注1)

適用開始時期
1) は平成23年4月からの産婦人科専攻医研修開始者に適用
2)~4) は平成22年4月からの産婦人科専攻医研修開始者に適用

2. 卒後研修指導施設指定基準について
1) 過去5年間にその研修施設勤務者が筆頭筆者である論文を3編以上発表していること。(注1、注2)

注1:産婦人科関連の内容の論文で、原著・総説・症例報告のいずれでもよいが、査読制を敷いている雑誌であること。査読制が敷かれていれば商業誌も可。

注2:移行措置として研修指定病院認定申請時あるいは更新時までの5年以内の論文が、平成23年申請・更新の場合:1編以上、平成24年申請・更新:2編以上、平成25年以降の申請・更新:3編以上とする。

平成22年5月

社団法人 日本産科婦人科学会
理事長 吉村泰典

中央専門医制度委員会
委員長 櫻木範明


産科ショック、産科DIC

2010年06月12日 | 周産期医学

ショックとは?

ショックとは、体液の異常喪失、心臓ポンプ機能の低下、血管系の虚脱などにより、組織への血流および酸素供給が障害され、放置すれば進行性に全身の臓器潅流障害から急速に死に至る重篤な病態である。

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ショックの診断基準
(日本救急医学会が示す基準)

1. 血圧低下(必須)
・収縮期血圧90mmHg以下
・平時の収縮期血圧が150mmHg以下の場合:平時より60mmHg以上の血圧低下
・平時の収縮期血圧が110mmHg以下の場合:平時より20mmHg以上の血圧低下

2. 小項目(3項目以上を満足)
・心拍数100回/分以上
・微弱な脈拍
・爪先の毛細血管のrefilling遅延(圧迫解除で2秒以上)
・意識障害(JCS2以上またはGCS10点以下、または不穏、興奮状態)
・乏尿、無尿(0.5mL/kg/時以下)
・皮膚蒼白と冷や汗または39℃以上の発熱(感染性ショックの場合)

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産科ショックとは?

産科ショックとは、広義には偶発合併症によるものを含め妊産褥婦がショック状態に陥った場合すべてをいうが、一般的には妊娠もしくは分娩に伴って発生した病的状態に起因するショックをいう。(日本産科婦人科学会)

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産科ショックの特徴

①産科ショックの約90%は出血性ショックで、残りの約10%は非出血性ショックである。

②産科ショックは、播種性血管内凝固症候 群(disseminated intravascular coagulation syndrome: DIC)を併発しやすい。

③タイミングを失することなく迅速に対応することが重要で、それが予後に影響を及ぼす。

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出血性ショックとは?

・ 出血性ショックは、有効循環血液量の急激な減少により、広範な臓器において循環不全による機能低下を生じた病態である。

・ こうなると細胞は低酸素血症を起こして細胞代謝が障害されるので、適切な治療を早期に行わないと不可逆的な障害を受ける。

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出血性ショックの原因

①妊娠初期:
 流産、子宮外妊娠

②妊娠中期以降:
 前置胎盤、常位胎盤早期剥離

③分娩期:
 子宮破裂、子宮内反症、弛緩出血、子宮頸管破裂、癒着胎盤

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非出血性ショックの原因

・ 羊水塞栓症
・ 肺血栓塞栓症仰
・ 臥位低血圧症候群
・ 敗血症性ショック(産褥熱など)

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ショックの5P徴候

①蒼白(Pallor)
②虚脱(Prostration)
③冷汗(Perspiration)
④脈拍触知不能(Pulselessness)
⑤呼吸不全( Pulmonary insufficiency)

※血管の虚脱: 循環血液量の減少や血圧の低下により、末梢血管を駆血しても血管が怒張しない状態

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ショック指数(SI: Shock Index)

Shock Index=心拍数(bpm)/収縮期血圧(mmHg)

Si_2

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産科ショックの診断

Obstshock

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産科DICとは?

・ 播種性血管内凝固症候群(DIC)は、何らかの基礎疾患により血管内凝固が起こり、毛細血管内に血栓が発生する疾患である。血栓形成により凝固因子と血小板が消費され凝固障害が発生し、さらに形成後の血栓溶解のための二次線溶亢進も加わって出血傾向が起こる。さらに進展すると、最終的に原因疾患とあいまって多臓器不全(MOF: multiple organ failure)となる。

・ 産科DICとは、産科的基礎疾患が原因で発症したDICを指す。

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産科DICの特徴

①突発的に発症、急激に進行し、典型的DICを発症する。

②基礎疾患とDIC発症との間に密接な関係がある。

③臓器障害(腎不全など)を併発する可能性が高い。

④臨床症状だけで検査成績よりも治療開始を優先する。

⑤迅速な治療により比較的予後良好である。

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産科DICの臨床症状

①出血症状
・ 非凝固性出血(子宮腔内、創傷部)
・ 血尿、下血
・ 鼻出血、歯肉出血

②臓器症状
・ 腎不全:乏尿(5~20ml/h)、無尿(≦5ml/h)
・ 呼吸不全:肺水腫、胸水など
・心不全
・ ショック症状:冷汗、蒼白、呼吸促迫
                  脈拍≧100/分、収縮期血圧≦90mmHg

③肝障害:黄疸

④脳障害:意識障害、けいれん

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産科DICの基礎疾患

①常位胎盤早期剥離

②羊水塞栓症

③後産期大量出血
 ・弛緩出血、前置胎盤、子宮破裂、頸管裂傷、高度産道裂傷

④重症感染症
 ・敗血症性流産、絨毛膜羊膜炎、産褥熱

⑤妊娠高血圧症候群

⑥HELLP症候群

⑦急性妊娠脂肪肝

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疾患別の特徴

常位胎盤早期剥離: 
胎盤剥離の刺激で子宮収縮が発生(さざなみ様子宮収縮)し、胎盤後血腫は子宮内圧を増加させる。胎盤後血腫中の胎盤・脱落膜由来の組織トロンボプラスチンが母体血中に流入し、発症する。

後産期大量出血: 
出血性ショックに伴って二次的にDICを発症する。

羊水塞栓症: 
羊水ならびに羊水中胎児物質(胎便,胎脂など)が母体血中に流入、肺に塞栓を形成.突然発症し,急激に進行,致死率が高い(母体死亡率約80%)。通常は破水直後に発症。胎便中トリプシンや羊水中の物質からDICが発症(弛緩出血などの後産期大量出血症例には軽症の羊水塞栓が含まれている可能性が指摘されている)。頻度は2万分娩に1例である。

敗血症性流産: 
慢性DICを基礎的な状態として、多くは人工的操作により急性DIC発症。子宮内容除去操作はエンドトキシンショックを誘発する可能性がある。

妊娠高血圧症候群: 
血管内皮細胞障害と血管攣縮による慢性DICを背景として、常位胎盤早期剥離やHELLP症候群による急性DIC が発症する。

HELLP症候群: 
ビリルビン≧1.2mg/dL、LDH>600U/L、 AST≧70U/L、血小板減少(<10万/μL)が認められる。妊娠末期~産褥3日に、突然の上腹部痛、悪心・嘔吐などの症状で発症する。急速遂娩を行う。DIC を合併している場合は、DICの治療と各臓器に対して対症的治療を行う。循環血漿量減少による腎血流量減少をきたし乏尿がみられる。利尿薬使用は循環血液量をさらに減少させるので控える。過剰輸液は肺水腫を引き起こすので、中心静脈圧を参考に輸液量を調整する。全妊娠の0.2~0.6%、妊娠高血圧症候群の4~12%である。

急性妊娠脂肪肝: 
妊娠末期に突然発症し、妊娠を終了させない限り急速に肝不全となり、母児ともに予後不良となる。肝細胞内の微細粒状脂肪沈着を特徴とし、診断が遅れると致命的となる。高度肝障害による凝固因子低下とアンチトロンビンなどの凝固阻止因子低下が原因。確定診断は肝生検による。早期の児娩出が必要である。発症頻度は13000~15000例に1例(HELLP症候群の発症頻度の1/20程度)である。

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産科DICの診断

・ 急激な発症と進展、基礎疾患関連性が高いので、他疾患によるDICと異なり、凝固系検査の結果を待たずに治療を開始する必要がある。

・ 産科DICスコアで診断する。スコアは、基礎疾患の状態、臓器障害の程度、出血とショック症状の程度に重点をおいている。スコア8点以上でDICと診断、治療する。

・ 凝固系検査に重点をおく厚生省DIC診断基準でも産科DICは除外した。

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産科DICスコア

1. 基礎疾患(※基礎疾患スコアは、各基礎疾患項目の中から1項目のみ選択する)
1)常位胎盤早期剥離
(1) 子宮硬直、児死亡:5点
(2) 子宮硬直、児生存:4点
(3) 超音波断層所見およびCTG所見における早剥の診断:4点

2)羊水塞栓症
(1) 急性肺性心:4点
(2) 人工換気:3点
(3) 補助呼吸:2点
(4) 酸素放流のみ:1点

3)DIC型後産期出血
(1) 子宮から出血した血液または採血血液が低凝固性の場合:4点
(2) 2000mL以上の出血(出血開始から24時間以内):3点
(3) 1000mL以上2000mL未満の出血(出血開始から24時間以内):1点

4)子癇:子癇発作:4点

5)その他の基礎疾患:1点

2. 臨床症状
1) 急性腎不全
(1) 無尿(≦5mL/時):4点
(2) 乏尿(5<~≦20mL/時):3点

2) 急性呼吸不全(羊水塞栓症を除く)
(1) 人工換気または時々の補助呼吸:4点
(2) 酸素放流のみ:1点

3) 心、肝、脳、消化管などに重篤な障害があるときはそれぞれ4点を加える。
(1) 心(ラ音または泡沫性の喀痰など):4点
(2) 肝(可視黄疸など):4点
(3) 脳(意識障害および痙攣など):4点
(4) 消化管(壊死性腸炎など):4点

4) 出血傾向:肉眼的血尿およびメレナ、紫斑、皮膚粘膜、歯肉、注射部位からの出血:4点

5) ショック症状
(1) 脈拍≧100/分:1点
(2) 血圧≦90mmHg(収縮期)または40%以上の低下:1点
(3) 冷汗:1点
(4) 蒼白:1点

3. 検査項目
1) 血清FDP≧10μg/mL:1点

2) 血小板数≦10x10 4/mm3:1点

3) フィブリノゲン≦150mg/dL:1点

4) プロトロンビン時間(PT)≧15秒(≦50%) またはヘパプラスチンテスト≦50%:1点

5) 赤沈≦4mm/15分または≦15mm/時:1点

6) 出血時間≧5分:1点

7) その他の凝固:線溶・キニン系因子(例:AT-3≦18mg/dLまたは≦60%、 プレカリクレイン、α2-PI、プラスミノゲン、その他の凝固因子≦50%):1点

注: 合算して8点以上となったら、DICとして治療を開始する。基礎疾患については該当するものを1つだけ選び、臨床症状および検査項目については該当するものすべてを選び、スコアを計算する。

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産科DICの治療

・ 基本は基礎疾患の排除、血液・凝固因子の補充、抗凝固療法、抗ショック療法である。

・ 産科DICでは、症状と状態が刻々と変化するため、経過に応じ適切な治療を行う。

・ 重症化しMOFとなると予後は悪くなるが、代償性DICの時期に早期診断し、早期治療を開始すれば予後は良好である。

・ DIC の発症予防:基礎疾患がある場合は頻回の凝固系血液検査を行い、分娩前・分娩中・分娩後にはDIC発症への変化を見落とさないことが重要である。

・ 予防的にタンパク分解酵素阻害薬やATⅢ製剤投与なども行う。

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基礎疾患の排除

産科DICの進行の阻止には、まず基礎疾患の治療を第一に考える。

例えば、常位胎盤早期剥離の場合:
 常位胎盤早期剥離発症後、できる限り早期に妊娠を中断し、胎盤を娩出させ血腫を除去する。短時間で経腟分娩が可能か否か、児の予後も考えて決定する。
 帝王切開の場合、創傷が大量出血の原因となり、DICが悪化する場合もあり得るので、術前から抗ショック療法、補充療法などを開始する。
 胎盤が剥離すると、陣痛が増強し、急激に分娩が進行して、帝王切開の準備中に経腟分娩が可能な状態になる場合もある。

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補充療法

・ 凝固因子の補充、血小板の補充、さらに出血で喪失した赤血球を補充する。新鮮凍結血漿、濃厚血小板、濃厚赤血球、ATⅢ製剤など。

・ 過度な輸血が行われると、高ヘマトクリットのため過粘稠状態になる。末梢循環の悪化と赤血球凝集を促進しDICを悪化させることもある。

・ 新鮮凍結血漿で消費された凝固因子を補充する。血小板輸血は3万/μL以下で検討する。

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抗凝固療法

(1)タンパク分解酵素阻害薬
・セリンプロテアーゼ阻害薬 
 メシル酸ガベキサート(FOY、20~30mg/kg/日) 
 メシル酸ナファモスタット(フサン、0.06~0.2mg/kg/時)

・DIC初期から積極的に使用し、DIC 発症予防にも使用される。

・他に、抗トリプシン作用のあるウリナスタチン(ミラクリッド、10~30万単位/日)投与も行われる。好中球エラスターゼ阻害作用もあるが、現在DICへの保険適用はない。

(2)ATⅢ製剤(1000~3000 単位/日)
・ATⅢはヘパリンが抗凝固作用を発揮するうえに必要で、DICでは消費性に低下する。
・70%以下の場合には補充する。
・完成型DIC では、ヘパリンとの併用は出血を助長する可能性がある。
・単独投与でも血管内皮細胞表面のヘパリン類似物質と反応し、十分な効果が得られる。

(3)ヘパリン療法
・ATⅢと結合して強い抗凝固作用を示す。
・出血症状を増悪させるため完成型DICでは一般に使用されない。
・DIC 発症直後の進行期にのみ一時的に使用され、とくに羊水塞栓発症直後や常位胎盤早期剥離の剥離直後に使用される。
・使用量は5000単位の静脈注射を行う。
・出血傾向を助長しない低分子量ヘパリンは、抗凝固作用も弱く産科DICでの使用は普及していない。

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抗線溶療法

・DICでは、凝固促進後に二次線溶が亢進するため、出血症状が助長される。

・抗線溶療法は、抗凝固療法を行ったうえで施行される治療で、線溶亢進時期が過ぎれば中止する。むやみに持続すると血栓溶解が阻止され、臓器損傷を助長する。実際には使用頻度が低い。

・イプシロンアミノカプロン酸(イプシロン)やトラネキサム酸(トランサミン)が使用される。

参考: 凝固系とは出血を止めるために生体が血液を凝固させる一連の分子の作用系であり、そうして固まった血栓を溶かして分解するのが線溶系である。血漿中のプラスミノゲンが組織型プラスミノゲン活性化因子(t-PA)もしくはウロキナーゼ(u-PA)によって活性化され、プラスミンになる。プラスミンは凝固したフィブリンを分解し、D-ダイマーその他の分解産物に変化させる。

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抗ショック療法

・全身状態の把握と呼吸・循環系の管理。血管確保、気道確保、酸素投与。

・速効性副腎皮質ホルモン(ソル・コーテフ、ハイドロコートン:50~100mg/kg/日、1~2日間)を投与する。

・尿量20mL/ 時以下なら、腎不全への移行をさけるために循環血漿量を確保のうえ、早期から利尿薬(ラシックス、マンニトール)などによる治療を開始する。

・急性腎不全に対する腎血流量改善と血圧上昇を目的として塩酸ドパミン(イノバン)、強心薬(セジラニド)の投与も行われる。

・電解質補正、アシドーシス補正には、重炭酸ナトリウム(メイロン)が一般的に用いられる。高K血症に対して、ケイキサレートの注腸や透析により積極的に補正する。

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輸血が必要になりそうな時の初期対応

・妊娠時は血液型、Rho(D)因子、不規則抗体のスクリーニングをしておく。

・血管確保、輸液を開始し、全身管理と並行して、出血部位の同定、縫合止血、子宮収縮薬投与、圧迫止血法など一次止血を行うことが重要である。

・輸血はすぐには確保できないことが多い点に留意する。

・輸液療法で、収縮期血圧90mmHg 以上、脈拍数120以下となるようにする。

・輸液は細胞外液として、出血量の3倍必要といわれている。

・輸液量の目安:
 細胞外液製剤(酢酸加リンゲル液など):2000mLくらいまで。
 血漿代用液(ヘスパンダー、サリンヘス):1000mLくらいまで。
 これ以上必要な場合は輸血を行う。

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輸血療法

・妊婦は循環血液量が増加しており、相当出血しても輸血なしですむことも多い。

・しかし、産科出血は始まると一気に増加する。出血量が1000mL以上で、止血できない場合は輸血の準備をし、輸血を考慮する。

・輸血を行うかは、出血量、検査値、バイタルサインや皮膚色、眼瞼結膜色などで総合的に判断する。

・バイタルサイン異常(SI >1.5、SpO2低下、末梢冷感、乏尿)で輸血を開始。

 SI: Shock Index=心拍数(bpm)/収縮期血圧(mmHg)

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濃厚赤血球(RCC-LR)の使用指針

目的は末梢循環系へ十分な酸素を供給することである。

・2~6℃で保存、21日以内の使用。放射線照射の有無に注意し、照射血を使用する。

・赤血球製剤には、Ca のキレート剤が入っており、低Ca血症に注意する。

予想上昇Hb値(g/dL) = 投与Hb量(g) ÷ 循環血液量(dL)
400ml製剤1パックのHb量は56~60g、循環血液量は70mL/kg

出血性ショックに対する緊急輸血(タイプ&スクリーン)

・緊急時には、不規則抗体陰性ならクロスマッチを省略し、ABO 同型の濃厚赤血球や新鮮凍結血漿を投与する。

・同型血がない場合はABO 異型適合血を用いる。

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新鮮凍結血漿(FFP)の使用指針

凝固因子の補充が適応
 PT-INR2.0 以上またはPT30%以下
 APTT1.5 倍以上に延長
 フィブリノゲン100mg/dL以下の場合考慮する。

・有効期限:-20℃以下の冷凍保存で1年間

・37℃で震盪、解凍後、3時間以内に使用

・止血効果を期待するための凝固因子の最小血中活性値は正常値の20~30%。

・凝固因子活性を20~30%上げるには、体重50kgの人でFFP投与量は400~600mLである。

・同型のFFP が不足した場合はAB 型を用いる。

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血小板製剤の使用指針

・血小板成分を補充することにより止血を図り、または出血を防止することを目的とする。

・室温(20~24℃)で水平震盪しながら保存。有効期限は採血後72 時間。

・体重60kg では10単位血小板投与で25000/mm3程度の上昇。

血小板輸血の適応:
①血小板数2~5万/μL:止血困難な場合に血小板輸血が必要。
②血小板数1~2万/μL:ときに重篤な出血をみることがあり、血小板輸血が必要。
③血小板数が5千~1万/μLでも、慢性に経過している血小板減少症で出血傾向をきたす合併症がない場合は、血小板輸血は避ける。

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自己血貯血

・ 大量出血が予想されるときや、まれな不規則抗体をもつ場合が適応。⇒実際に広く行われているのは貯血式自己血

・ 採血可能条件:一般にはHb11g/dL 以上。妊婦では10g/dL以上でよいという意見もある。

・ 週1回、1回採血量体重50kg 以上で400mL。50kg 未満で200mLが一般的である。

・ 妊婦では凝血塊形成を防ぐため200~300mL/1 回がよいという意見もある。

・ CPD-A バックは5 週間保存可能である。

・ 貯血時には胎児心拍数モニタリングを行う。

・ 貧血に対しては鉄剤投与などで対応する。

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血液製剤使用順序

①2000~3000mLまでの出血に対しては赤血球製剤で対処

②さらに出血が多いときは新鮮凍結血漿(FFP)や濃厚血小板製剤を追加

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即座に輸血を要する危機的出血時の輸血手順

Yuketsu

Tekigouketu

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危機的出血への対応ガイドライン
(日本麻酔学会、日本輸血・細胞治療学会、2007)

Kikiteki

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産科危機的出血への対応ガイドライン、2010年4月

(日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本周産期・新生児医学会、日本麻酔科学会、日本輸血・細胞治療学会)


胎児水腫

2010年06月06日 | 周産期医学

hydrops fetalis

[定義]
原因のいかんを問わず、胎児全身の軟部組織に浮腫あるいは腔水症(心嚢水、胸水、腹水)を認める症候群をいう。

[要因による分類]
1.免疫性胎児水腫(immune hydrops fetalis; IHF)
 全体の約15%
2.非免疫性胎児水腫(nonimmune hydrops fetalis; NIHF)
 全体の約85%

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免疫性胎児水腫

母児間に血液型不適合があり、胎児に高度の貧血、胎児赤芽球症、全身の浮腫が起こり、死亡することもある病態。主にRh(D)因子不適合妊娠で発生する。

胎児の溶血性貧血が起こる機序:
①胎児赤血球が母体循環系へ移行する。
②母体血中に抗赤血球抗体ができる。
③抗赤血球抗体(IgG)が経胎盤的に胎児へ移行する。
④抗体と胎児赤血球が結合する抗体と結合した胎児赤血球が細網内皮系で破壊されて溶血を起こす。

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非免疫性胎児水腫

母児間血液型不適合以外の原因による胎児水腫。免疫性胎児水腫よりも予後が悪く、頻度も多い。

①心血管異常:不整脈、先天性心疾患、心筋症、心筋炎など
②染色体異常:21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーなど
③双胎間輸血症候群の受血児
④呼吸器系異常:横隔膜ヘルニア、乳び胸水など
⑤血液学的異常:動静脈シャント、出血、血栓、サラセミアなど
⑥感染症:パルボウイルスB19、TORCH症候群など
⑦腫瘍:神経芽腫、仙尾骨奇形腫、縦隔奇形腫、白血病など
⑧肝臓系異常:肝線維症、肝嚢胞、先天性代謝疾患など
⑨四肢骨格異常:軟骨無形成症、致死性骨異形成症など
⑩奇形症候群:Noonan症候群、リンパ嚢腫など
⑪胎児付属物異常:胎盤血管腫、母児間輸血症候群など
⑫母体合併症:重症糖尿病、重症貧血、低アルブミン血症など

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[診断]
超音波検査(皮膚肥厚、心嚢液貯留、胸・腹水、胎児奇形)、 母体の血液型、不規則抗体、一般血液検査、HbF、耐糖能、TORCH検査、パルボウイルスB19抗体価、羊水分析、胎児血分析、胸水・腹水の細胞成分分析など。

Parvo3
胎児水腫の例、頭部皮下浮腫が著明(Halo sign)。

Parvo4
胎児水腫の例、胸水貯留と肺低形成が著明。

Parvo5
胎児水腫の例、胎児腹水。

[治療]
①胎児の胸腔穿刺・腹水穿刺
②胎児輸血、
③胸腔癒着術
④ジギタリスや抗不整脈薬の経母体的投与または胎児直接投与
⑤児の成熟度を考慮して分娩時期を適切に考慮する

[予後]
・ 重症心疾患や致死的奇形の合併例、妊娠22週未満で発生した症例、原因不明例などは予後不良である。
・ 胎児頻拍にともなう症例、胸水あるいは腹水のいずれかの単独例、乳び胸水・腹水例、妊娠7カ月以降に発症した症例などは予後が比較的良好である。


母子感染症:パルボウイルスB19

2010年06月05日 | 周産期医学

パルボウイルスB19は別名ヒトパルボウイルスと呼ばれ、人間にのみ感染する。骨髄中の赤血球先駆物質に侵入する能力がある。

パルボウイルスB19感染症は、伝染性紅斑(りんご病)として知られているが、多くの非定型例や不顕性感染がある。

本感染症は、ほぼ5年毎の流行あるいは散発性に発生し、春から初夏が多く、4~10歳児に多い。感染力は強く、集団では40%、学童クラス内60%、家庭内では50~100%感染する。

[感染経路] 主として飛沫感染。接触感染やまれに輸血、血液製剤による。

[潜伏期間] 5~6日で血液中にウイルスが出現、気道分泌物への排泄が始まる。発熱までに6~11日、発疹発現までに16~20日。

[小児の症状] 発熱、倦怠感、頭痛、筋肉痛などが現れ、数日遅れて、頬に境界鮮明な紅い発疹(蝶翼状-リンゴの頬)が現れ、 続いて手・足に網目状・レ-ス状・環状などと表現される発疹がみられる。胸腹背部 にもこの発疹が出現することがある。これらの発疹は1 週間前後で消失する。

Parvo1
両側の頬に出現した蝶翼状の発疹

Pavo2
手・足に出現した発疹

[成人の症状] 発熱、関節痛などの非特異的症状が主で、典型的な頬部皮疹は出現しないことが多い。約半数は不顕性感染。

[感染期間] 発疹の発現する7~10日前のかぜ様の前駆症状期に最もウイルス排泄量が多く、発疹が現れたときにはウイルス血症は終息しており、ウイルスの排泄はほとんどなく感染力はほぼ消失している。

[胎児への影響]
・ 妊娠初期の母体感染では、胎児貧血、胎児水腫、胎児死亡の可能性がある。
・ 奇形発生頻度は少ない。

[母子感染]
・ 経胎盤感染が成立すると、胎児の赤芽球系細胞に感染、破壊し高度の胎児貧血をもたらし、胎児は非免疫性胎児水腫(non-immune hydrops fetalis)となる。
・ 妊娠20週未満の感染では約24~30%に胎内感染が成立し、その3分の1(母体感染の9~10%)が胎児水腫や子宮内胎児死亡となる。妊娠20週以降の感染では胎児水腫はないとされている。
・ 母体感染から2~17週(平均10週)に発症(胎児水腫、胎児死亡)するので、妊娠中期に発生した胎児水腫や子宮内胎児死亡では本疾患を疑う必要がある。
・ 原因不明とされた胎児水腫や死産例の約20%はパルボウイルスB19の母子感染であるという報告もある。
・ 胎児水腫の自然治癒例も報告されている。

[感染診断]
①母体血中の抗B19-IgM抗体の証明
 IgM抗体陽性で最近の感染と考える。
②B19DNAの証明
 胎児血、羊水、胎盤、胎児組織中にPCR法で検出。

[治療法]
・ 臨床症状があり抗B19抗体が2~3週間後に陽性化した場合や、抗B19-IgM抗体陽性例は最近の感染(3か月)であるので、最低週1回超音波検査し、胎児異常の早期発見に努める。
・ 胎児水腫がみつかった場合は胎外生活の可能性を検討し、治療法を選択する。
・ 胎児輸血による治癒例も報告されている。
・ 免疫グロブリン投与や胎児へのジギタリス投与の有効性はまだ確認されていない。

[妊婦罹患率] 妊婦の抗B19抗体保有率は30~40%。成人の抗B19抗体保有率は60%といわれている。

[妊婦スクリーニングの必要性] 感染力が強いうえに、予防・治療法がないのでスクリーニングは有効でない。

[ワクチン] パルボウイルスB19に対するワクチンは現時点では存在しない。現在、ワクチンの開発中で、将来は未感染の妊婦が接種の対象になる可能性はある。

[次回妊娠の注意点] 終生免疫を獲得するので問題はない。


実質約8億円の収支改善を達成(平成21年度)、飯田市立病院

2010年06月04日 | 飯田下伊那地域の産科問題

産婦人科に関して言えば、分娩予約件数が毎月百件近くあり、予定手術や緊急手術も増えたため、常時ほぼ満床の状態が続いてます。他の科も似たような状況なので、全病棟満床で新たな入院患者を収容するベッドが院内のどこにも見つからなくて困るという異常事態も最近ではめずらしくありません。

また、今春は4月1日付けで常勤医師数が大幅に増えたため、医局に新たに机を置くスペースが全くなくなってしまい、医師一人当たりの占有スペースを狭くして対応しました。3月のある日、一日の仕事を終え疲れ切って自分の机までたどり着いたら、知らぬ間に自分のスペースがかなり狭くなっていて愕然としました。

頭に来るようなことも多々ありますが、しばらくは現在の施設で何とかやりくりして頑張っていくしかありません。

****** 医療タイムス、長野、2,010年5月28日

2009年度の経常収支比率103% 飯田市立病院
計画初年度で目標達成

 飯田市立病院(千賀脩院長)は2009年度の経常収支比率が103.2%で、改革プランの目標に掲げた「11年度までに100%」を初年度で達成したことを、27日の市議会全員協議会に報告した。同院の経営損益は08年度は約1億3000万円の赤字だったが、09年度は3億3500万円の黒字に転換している。

 同院は09年度、看護配置基準7対1やDPCを導入。入院で前年度比11%、外来で同7%の増額となり、収益が大幅に向上した。黒字額は3億3500万円だが、退職手当と修繕の各引当金を積んだり、一般会計の繰り入れを減額したりした分を合わせると、08年度と比べ、実質的に約8億円の収支改善を図った形になる。

 09年度はこのほか、改革プランで掲げた「医療収支比率97%以上」に対して「102.4%」、「職員給与費対医業収支比率55%以下」に対して「52.2%」、「病床利用率87%以上」に対して「89.9%」といずれも目標を上回っている。

 千賀院長は「09年度はDPCや7対1の導入などで黒字を確保できた。今年度は職員、医師ともに数が増えるが、診療報酬改定で手術料が上がるなど収支が期待できる要素もある」と話している。

(医療タイムス、長野、2,010年5月28日)


妊娠糖尿病の診断基準の改定

2010年06月03日 | 周産期医学

以下、糖尿病ネットワーク(2010年3月18日)より引用

 日本糖尿病・妊娠学会(理事長:中林正雄・母子愛育会愛育病院院長)は、妊娠をきっかけに発症する妊娠糖尿病(GDM)の定義と診断基準を変更する方針を公表した。
 妊娠糖尿病は従来、妊娠前に発症した糖尿病も含んでいたが、今回公表した改定案では、妊娠糖尿病を「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病にいたっていない糖代謝異常である。あきらかな糖尿病は含めない」と定義し、一般的な糖尿病と区別した。診断基準などを変更することで、軽い高血糖の妊婦にも治療を促すことにした。
 妊娠糖尿病の定義と診断基準を世界で統一しようという動きがあり、国際糖尿病・妊娠学会(IADPSG)は、世界で統一した妊娠糖尿病診断基準を提唱している。同学会でも昨年、妊娠糖尿病診断基準検討委員会を立ち上げ、(1)IADPSGの新診断基準を日本でも採用する。(2)スクリーニング(検査値をもとにしたふるい分け)方法については、「産婦人科診療ガイドライン―産科編2008」で推奨されている方法を踏襲し、広くスクリーニングを広めるという方針を固めた。
 同学会では、作成した妊娠糖尿病診断基準改定案(最終変更案)を日本産科婦人科学会、日本糖尿病学会に答申、日本産科産婦人科学会では了承されたとしている。今年5月の日本糖尿病学会での討論をへて最終決定される予定。

(以上で引用終わり)

・ 糖尿病の新しい診断基準の概要が、5月27日~29日に岡山で開催された「第53回日本糖尿病学会年次学術集会」で発表された。今回の診断基準の改訂は、前回の改訂から11年ぶりとなる。新基準は7月1日に施行される。

・ 以上の経緯により、わが国における妊娠糖尿病の診断基準も近日中に改定される見通しです。この改定によって、従来と比べて、妊娠糖尿病と診断される妊婦さんが今後大幅に増えると思います。

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[従来の妊娠糖尿病の定義]

妊娠時耐糖能低下は以下の2つに分けられる
①糖尿病合併妊娠: 糖尿病と診断されていた女性が妊娠した場合
②妊娠糖尿病(GDM): 妊娠中に発生したか、または妊娠中に初めて認識された耐糖能低下

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妊娠糖尿病の定義および診断基準
(日本糖尿病・妊娠学会 妊娠糖尿病診断基準検討委員会)

改定案
妊娠糖尿病(GDM):妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病にいたっていない糖代謝異常である。あきらかな糖尿病は含めない。

診断基準:
妊娠中に発見される耐糖能異常hyperglycemic disorders in pregnancyには、1. 妊娠糖尿病 gestational diabetes mellitus (GDM)、2. あきらかな糖尿病 overt diabetes の2つがあり次の診断基準により診断する。

1)妊娠糖尿病(GDM)
75gOGTTにおいて次の基準の1点以上を満たした場合に診断する。
 1.空腹時血糖値 ≧92mg/dL(5.1mmol/l)
 2.1時間値 ≧180mg/dL(10.0mmol/l)
 3.2時間値 ≧153mg/dL(8.5mmol/l)

2)あきらかな糖尿病 overt diabetes
以下のいずれかを満たした場合に診断する。
 1.空腹時血糖値≧126mg/dL
 2.HbA1C≧6.1%(DCCT standardized≧6.5%) [注1]
 3.随時血糖値>200mg/dL [注2]
  *随時血糖値>200mg/dLの時は、空腹時血糖かHbA1Cで確認
 4.糖尿病網膜症が存在する場合

[注1] 
・ The Diabetes Control and Complications Trial(DCCT)
・ DCCT standardized≧6.5%はわが国のHbA1C測定法では≧6.1%に相当。

[注2] 
・ 妊娠中の75gOGTT 2時間血糖値≧200mg/dLの場合は、あきらかな糖尿病診断基準項目1-4について検討し、あきらかな糖尿病かどうか判定する。
・ 特にHbA1C6.1%以下で75gOGTT2時間値≧200mg/dLの場合は、明らかな糖尿病とは判定し難いので、High risk GDMとし、妊娠中は糖尿病に準じた管理を行い、出産後は糖尿病に移行する可能性が高いので厳重なフォローアップが必要である。


婦人科疾患合併妊娠:子宮筋腫

2010年06月02日 | 周産期医学

・ 妊娠に子宮筋腫が合併する頻度: 0.5~2%程度。妊婦の高齢化に伴いその合併率は上昇している。

・ 妊娠経過に伴って増大傾向を示す筋腫は約半数、20~40%が不変、一部は縮小する。

・ 筋腫核が硝子様変性を起こし、壊死に陥り、筋腫部位に一致した自発痛や圧痛、発熱を伴うことが12~28%にある。

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妊娠・分娩・産褥へ子宮筋腫が及ぼす可能性のある影響
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子宮筋腫合併妊娠の管理

1.保存的に治療する。 妊娠中は原則的に筋腫核出術は行わない。
 ※妊娠中の手術適応:
  ①筋腫が変性し、疼痛著明な場合
  ②有茎筋腫の茎捻転
2.産道通過障害となる場合は帝王切開分娩。
3.筋腫核出術既往のあるものは、(子宮破裂の危険があるため)選択的帝王切開。
4.原則として帝王切開時も筋腫核出術は行わない。
 (妊娠中および帝王切開時の筋腫核出術の利益・不利益についてはまだ十分検討されていない。 )

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産婦人科診療ガイドライン産科編2008、p133-134

妊婦から子宮筋腫合併妊娠の予後等について問われた時の説明は?

以下の事項を話す
1.妊娠予後は比較的良好であるが、妊娠中は切迫流産、妊娠末期の胎位異常、前置胎盤、常位胎盤早期剥離、羊水量の異常、妊娠高血圧症候群、前期破水の頻度が増加する。(B)
2.約20%の妊婦が筋腫部位に一致した疼痛を一過性(1~2週間)に経験する。(B)
3.分娩時には陣痛異常、異常出血、帝王切開の頻度が増加する。(B)
4.妊娠中および帝王切開時の筋腫核出術の利益・不利益についてはまだ十分検討されていない。(C)
5.産褥に、筋腫変性、高度感染により子宮全摘術を行う可能性がある。(C)


母子感染症:単純ヘルペスウイルス感染症

2010年06月01日 | 周産期医学

・ 単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus: HSV)はⅠ型(HSV-1)とⅡ型(HSV-2)とがあり、Ⅰ型は上半身(口唇、顔面、眼瞼)から、Ⅱ型は下半身(外陰部、腟、頸管、下肢)から分離されることが多い。
・ 皮膚や粘膜に感染し、限局性の水疱性病変を形成する。
・ 初感染でも不顕性感染の形をとる場合もある。
・ 感染局所で増殖したウイルスは末梢神経の軸索を伝わり神経後根細胞に運ばれて宿主の生涯にわたり潜伏する。紫外線、発熱、外傷、免疫抑制、坦癌などでウイルスが再活性化されると、神経の末梢に到達して増殖し神経支配域の皮膚・粘膜に病変を形成する。

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性器ヘルペス感染症

[病態による分類]
初感染
 発症時にHSV抗体が陰性で、症状は激烈である。
誘発型(不顕性初感染後の再活性化)
再発型(顕性初感染後の再活性型)
 ②、③では、すでに抗体を有するため軽症が多い。

[性器ヘルペス感染症の症状]
 強い外陰部痛、外陰の左右対称性の発赤と浅い潰瘍・小水疱、鼠径リンパ節の有痛性腫脹、発熱。不顕性感染も多い。

[感染経路] 接触感染(性感染症)

[潜伏期間] 2~20日間

[診断方法]
・スクリーニング:抗体IgG、IgM
・確認試験:HSV抗原(IFA)、HSV-DNA

[感染期間]
・初感染で2~4週間
・再発で3~7日間

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新生児ヘルペス

分娩時に母体に性器ヘルペスが存在すると、初感染では約50%、誘発型、再発型では1~3%に新生児ヘルペスが発症する。産道感染を予防する必要がある。

[分類]
全身型:生後1週間以内に発症して、肝、腎、肺、脳など全身の臓器に広がり、多臓器不全をきたし、アシクロビルを投与しても57%が死亡する。
中枢神経型:中枢神経に感染して脳炎を起こす。死亡率15%、2/3に重篤な神経学的後遺症が発生。
皮膚型:病変が皮膚、眼、口腔に限局する。

[臨床症状]
ヘルペス性の皮疹の存在は有力な診断の助けにはなるが20~40%には皮疹がみられず、非特異的症状が主である。
全身型:生後10日くらいまでに発症する。発熱、哺乳力弱く、不活発など。皮膚症状はない。多臓器不全を起こす。
中枢神経型:発熱、痙攣、脳炎、髄膜炎症状。
皮膚型:発熱、水疱。

[性器ヘルペス感染妊婦から娩出された新生児に対する対応]
・ 出産時にヘルペス病変がある妊婦からの、あるいは感染が懸念される妊婦からの新生児に対しては、出生時に眼、口腔内、耳孔内、鼻腔内、性器から検体を採取し、ウイルス分離検査とPCR法を行い、慎重に経過観察することが望ましい。
・ 分離培養検査では、結果が出るまでに4~21日かかる場合があるので、結果を待たずに臨床症状で判断しなければならない場合もある。
・ 感染が強く疑われる場合には、とりあえずアシクロビルを投与し、検査結果が陰性であればその時点で中止することになる。

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産婦人科診療ガイドライン産科編2008、p163-166

妊娠中に性器ヘルペス病変を認めた時の対応は?

Answer

1.妊娠初期には、性交を禁止しアシクロビル軟膏塗布を行う。(B)
2.妊娠中・後期の初発では、抗ウイルス療法が勧められる。(B)
3.以下の場合には帝王切開分娩を選択する。
 ①分娩時にヘルペス病変が外陰部にある、あるいはその可能性が高い。(A)
 ②初感染発症から1カ月以内に分娩となる可能性が高い。(C)
 ③再発または初発非初感染発症から1週間以内に分娩となる可能性が高い。(C)
4.新生児ヘルペスの発症に注意する。(B)

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性器ヘルペス合併妊娠の管理

1 .発症時 
 ①診断の確定:
 ウイルス分離、ウイルス抗原やDNAの検出 
 ②臨床型の決定:
 血清抗体の測定(IgG抗体,IgM抗体) 
 ③治療:
 妊娠初期:アシクロビル軟膏による治療
 妊娠中~末期:初発 アシクロビル1g/日7~10日間経口投与
            重症例は入院して静脈内投与
           再発 アシクロビル軟膏塗布
           時にアシクロビル1g/ 日 5日間投与

2 .分娩様式の選択
 ①分娩時に外陰病変あり ………………帝王切開
 ②分娩時に外陰病変なし
    a.初感染…発症より1か月以内……帝王切開
                 1か月以上……経腟分娩
       b.再発型または非初感染初発
                         発症より1週間以内……帝王切開
                                    1週間以上……経腟分娩


母子感染症:水痘

2010年06月01日 | 周産期医学

水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus: VZV)の初感染により水痘(varicella)を発症する。神経根に潜んだVZVの再活性化が帯状疱疹(herpes zoster)を起こす。

[感染経路]
・水痘は飛沫感染または接触感染。
・帯状疱疹からは接触感染。

[潜伏期間] 約2週間(10~20日間)

[診断方法]
・流行状況と特徴的な皮疹。
・水疱内溶液中のVZV抗原の同定(IFA)。
・血清中IgM抗体(感染後6日目から検出される)

[疫学] わが国では小児期に初感染が成立することが多く、成人のVZV抗体保有率は90%前後である。

[症状] 38℃台の発熱、倦怠感、食欲不振、皮疹(3~4mm大の紅色疹)。皮疹は紅疹→丘疹→水疱→膿疱→痂皮と変化し、顔面から始まって全身性に広がる。皮疹にはさまざまな段階が混在する、有毛頭部にも出現するなどの特徴がある。

Varicella1
初期の水痘:紅い点状の小丘疹が出現し、一部露滴状の水疱を形成している。

Varicella2
背中一面に水疱が出現

Varicella3
一部痂皮を形成した状態

[感染期間] 個々の皮疹は4~5日で痂皮を形成し、すべての皮疹の痂皮化には7~10日を要する。

[妊婦周囲で感染者が発見された場合の対応]
小児期の水痘罹患の既往が不確かな場合は,血中IgG 抗体を測定し,感染者の皮疹が痂皮化するまで接触を避ける。

[感染のリスク因子] 家族内や所属する集団内の水痘患者の存在。

[妊娠への影響] 妊婦が水痘に罹患すると水痘肺炎を起こす可能性がある。水痘肺炎は重症であり、アシクロビルの開発前には死亡率40%といわれた。

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先天性水痘症候群(CVS)
congenital varicella syndrome

・妊娠20週未満に母親が妊婦水痘を発症すると、1~2%の児にCVSをひき起こす。
・低出生体重児、皮膚瘢痕、四肢低形成、小頭、脳皮質萎縮、脈絡網膜炎、白内障、自律神経症状などの特徴的な異常が出現する。
・CVSの発生頻度は低く、わが国には未だ報告例がない。

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乳児期帯状疱疹

・妊娠中に水痘に罹患した母親から生まれた児に、児自身の水痘の罹患がないのに帯状疱疹が出現する。
・経胎盤的に感染して神経節に潜伏していたVZVが、乳児期早期に再活性化するためと考えられる。
・英独における調査での頻度は0.7%であった。

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周産期水痘

分娩前後の妊婦が水痘に罹患すると、VZVの経胎盤的感染により24~51%の新生児に水痘が発症する。その潜伏期間は平均10日である。

①母体が水痘を発症してから6日目以降に分娩となった場合は、児は生後0~4日に水痘を発症しうるが、母体の抗体が移行しているため重症化しない。

②分娩5日前~産褥2日に母体が水痘を発症した場合は、児は生後5~10日に発症し、母体の抗体が移行してないため重症化する。(死亡率:30%)

③分娩後3日目以降に母体が水痘を発症した場合は、分娩時の母体血中ウイルス量は少量で経胎盤感染は起こらない。したがって新生児水痘は発症しない。ただし、母体抗体の移行もないため、児は母体から水平感染を受ける危険がある。

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[胎内感染診断法] 臍帯血のIgM 抗体、VZV-DNA。

[垂直感染経路] 経胎盤感染。

[垂直感染率]
・CVS は1~2%
・乳児期帯状疱疹は1%前後
・周産期水痘は24 ~51%

[垂直感染予防法・治療法]
①分娩間近の時期に母体が水痘に罹患した場合は、発症から分娩までの期間ができるだけ延長するようにtocolysis を試みる。
②母体の水痘発症が産褥3 日以降の場合は、皮疹が痂皮化するまで児を母体から隔離する。

[妊婦罹患率] 成人の抗体保有率が95%以上と高いため、妊娠中の罹患は少ない。

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産婦人科診療ガイドライン産科編2008、p172-174

妊娠中の水痘感染の取り扱いは?

Answer
1.水痘に関して問われたら以下のように答える。
・水痘感染既往なく、ワクチン接種歴のない妊婦は、水痘患者との接触を避ける。(A)
・20週未満感染では約2%に先天奇形が起こるとする報告がある。(B)
・妊娠前3か月以内に、あるいは誤って妊娠中にワクチン接種をうけた場合、現在までの報告では先天性水痘症候群あるいはワクチン接種に起因する奇形の報告はない。(B)

2.妊婦に対して水痘ワクチン接種は行わない。(A)

3.過去2週間以内に水痘患者と濃厚接触(顔を5分以上合わせる、同室に60分以上など)があり、かつ「抗体がない可能性が高い妊婦」におうては予防的ガンマグロブリン静注(2.5g~5.0g)を行う。ただし、保険適用はない。(C)

4.感染妊婦には母体重症化予防を目的としてアシクロビルを投与する(有益性投与)。(C)

5.母親が分娩前5日~産褥2日の間に発症した例では以下の治療を行う。
・母体にアシクロビル投与(B)
・新生児へのガンマグロブリン静注(B)
・児が発症した場合は児へのアシクロビル投与(B)

6.入院中母親が発症した場合、他の妊婦への感染に配慮し個室管理等を行う。(C)