ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

奈良の妊婦死亡、産科医らに波紋 処置に賛否両論

2006年10月25日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

産科では、しばしば胎児や母体の急変があり、緊急的な医学的対応を要する場合も非常に多くあります。

この病院の産婦人科の常勤医は六十代の医師が一人だけ(いわゆる一人医長)とのことですから、当然、昼間は外来、手術などでフルに働いて、夜は夜で、そのまま当直業務に突入しているわけです。次の日の勤務もありますから、夜の診療の合間合間にも、できるだけこまめに仮眠をとって体力を温存しながら仕事をしていかないと、体がもつはずがありません。おまけに、自病院では絶対に対処できない急変患者の受け入れ先が、いくら必死で探しても県内では全く見つからないというんでは、職場環境としては最悪だと思います。

同じような職場環境にある全国の産婦人科医達が一斉に職場放棄して辞めていったとしても何ら不思議ではないと思います。

早急に産婦人科医の集約化を実施して、産婦人科医がちゃんと普通に働ける職場環境をつくっていく必要があると考えられます。

参考:
産婦人科医療を安定的に供給する体制の提案

緊急提言:ハイリスク分娩は3名以上の常勤医を!

拡大産婦人科医療提供体制検討委員会配付資料

****** 朝日新聞、2006年10月23日

奈良の妊婦死亡、産科医らに波紋 処置に賛否両論

 奈良県大淀町の町立大淀病院で、重体となった妊婦が19病院に搬送を断られた末、脳内出血で死亡した問題が、お産の現場に波紋を広げている。今回の処置をめぐっては賛否両論が渦巻くが、医師不足が急速に進む中、昼夜を問わずに地域の分娩(ぶんべん)と向き合う産科医の悩みは共通する。出産時の幸福感との落差があまりにも大きい医療事故にどう対応していくか。県警の捜査が進むのを横目に、「担い手の減少に拍車がかかる」との懸念も膨らむ。

 ■捜査に不安

 「福島の事件とそっくり。複数の産科医がいれば診断ミスにつながらなかったかもしれないが、1人では体力、技術ともに限界がある」。関西の病院で常勤医が1人だけの「一人医長」を経験した産科医はこう明かす。

 福島県立大野病院で今年2月、帝王切開の手術中に胎盤をはがした結果、妊婦が大量出血で死亡したとして、30代の執刀医が業務上過失致死容疑などで逮捕、起訴された。医師は年間200件余の分娩を1人で担当していたとされる。

 大淀病院の場合も、60代の常勤医1人が奈良県立医大から派遣された非常勤の医師の応援を得ながら、月に十数件のお産を扱っていた。宿直勤務は週3回以上にのぼり、知人の医師らに「この年での宿直は相当きつい」と漏らしていたという。

 奈良県内では3月にも、大和高田市立病院で出産直後の妊婦が大量出血で死亡し、産科医が同容疑で書類送検された。今回、妊婦の受け入れを打診されたが、満床を理由に断った病院の産科医は「担当医なりに一生懸命やった結果、立件されるようでは、ますます産科医をめざす若者がいなくなる」と漏らす。

 ■処置に賛否

 死亡した妊婦は当初、頭痛を訴え、間もなく意識を失った。その1時間半後にけいれんを起こしたため、主治医だった常勤医は、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)によって起こる「子癇(しかん)」の発作と判断。脳の異常を疑わなかったとされる。「出産中に脳内出血を起こす例は1万人に1人程度。自分も子癇とみて治療を進めた可能性がある」と、奈良県内の50代の開業医は同情する。

 一方で、妊娠中は脳出血やくも膜下出血のリスクが高まるとされる。大阪市内の産婦人科医は「昏睡(こんすい)状態の時間が異常に長く、子癇の典型的な症状とは違う。頭痛と意識消失が重なったのなら、もっと早く脳内出血を疑ってもよかった」。

 前大阪大産婦人科教授の村田雄二・愛染橋病院長は「詳しい時間経過や症状、血圧の数値がわからないと医師の判断の是非は問えない。専門家の細かな検証が必要だ」と指摘する。ただ、脳卒中の専門医の一人は「重症の脳出血なら、早い処置でも救命できなかった可能性もある」とみる。

 ■行政への批判も

 他県より遅れている救急搬送体制の整備を急ぐよう提言する産科医も多い。奈良の産科医療に詳しい医師は「県は救急搬送を大阪の病院に頼り、県内の搬送システムの整備をおざなりにしてきた。怠慢を認め、県民に謝罪すべきだ」と憤る。

 同県五條市の開業医で、数人の妊婦を毎年、病院に救急搬送している後藤寛医師は「今回のケースで、どこも救急患者を受け入れないのでは、という不安がさらに高まった。高度な医療を必要とする妊婦と新生児を必ず受け入れてくれる総合周産期母子医療センターを一刻も早く整備する必要がある」と訴えた。

(朝日新聞、2006年10月23日)