ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

上田でお産の課題話し合う 飯田市立病院の現状も紹介

2006年10月04日 | 飯田下伊那地域の産科問題

会の冒頭で早乙女智子先生が報告されてましたが、日本有数の大都市である横浜市のど真ん中でも、妊娠6週になって病院に行ったんでは、もうどこにも分娩予約できない、とんでもない状況になっているんだそうです!妊娠反応が陽性になってすぐに必死になって探さないと産む場所がなかなか見つからないという厳しい状況になってしまったとのことです。分娩予約は抽選!という公立病院まで出てきたともおっしゃってました。産む場所がどこにも見つからない「お産難民」が神奈川県全体で年に何千人!も発生しているとのことです。数年以内には、「お産難民」が神奈川県だけでも年に1万人を超すだろうとの予測もあるんだそうです。

分娩予定日が近くなっても分娩場所を確保できず、陣痛が発来してから、救急車を呼んで病院にいきなり飛び込んでくる妊産婦が急増しています。これを「分娩テロ」とか「強産」とか呼んで、医療関係者からは非常に恐れられています。これについては、最近、国会の衆議院厚生労働委員会でも、横浜市の周産期母子医療センターの医師(奥田美加先生)から報告されました。

奥田先生の発言: 「さらに、どこにも受診したことのない妊婦さんがいきなり陣痛が来て救急車を呼ぶようなケースも、最近ではどこでも受けてもらえず、すべて周産期センターに集中しますので、病棟が満床でもとにかくお引き受けして対応します。」

幸い、当医療圏では、地域内の全ての妊婦さんが、身近な地元の病院で妊婦検診を受けられて、居住地から1時間以内の場所でお産ができる体制が一応まだ何とか維持されてはいます。これは、しごく当たり前のことではありますが、そういう当たり前のことも、日本ではだんだん珍しくなってきつつあるようです。

****** 南信州新聞、2006年10月4日

上田でお産の課題話し合う 飯田市立病院の現状も紹介

 医師不足により、病院の産科が閉鎖に追い込まれている問題について、妊産婦や医療関係者が話し合う「どうする?日本のお産」の長野大会が1日、上田市上野が丘公民館で開かれた。県内外から100人が集い、産科医療の現状と自分たちにできることを考えた。

 上田市産院の存続運動をきっかけに発足した「出産育児ママネットワーク パム」(鷲巣志保リーダー)が主催。同市の母親たちが中心になり、企画と運営を行った。

 はじめに、ふれあい横浜ホスピタルの早乙女智子医師と信州大学の金井誠医師が現在の国内、県内の産科医療について伝えた。金井医師は、異常分べんや救急車搬送を受け入れる2次病院が減っていることを踏まえ、「本質は産科医を増やすことだが、緊急課題は2次医療を担う病院をなくさないこと」と呼び掛けた。

 飯田市立病院の集約化に伴う対応も紹介され、同病院産婦人科の山崎輝行医師は「体制を整えさえすればうまくやっていける。お産をする場所が減っても、産婦人科医がいなくなってしまったわけではない。地域で協力することが大切」と話し、理解を求めた。 

(以下略)

(南信州新聞。2006年10月4日)

****** 会へのメッセージ 

信州大 金井誠医師からのメッセージ

どうする?日本のお産in長野 に参加される皆様
今後のお産に不安を抱える皆様
上田市民の皆様


まずはじめに、今回の大会を主催し、これだけのパワーを持っている上田の母の会のみなさんに対し本当に心から敬意を表します。

長野県や産科の現状を正しくご理解いただくために、今回のパンフレットに書いてある内容の一部の誤りというか誤解を指摘させてください。無論これは、医療や医療行政が専門家でない母の会の皆さんだけの責任ではなく、これまで説明を十分に行うことができていなかった私を含む医療関係者や行政担当者の責任が大きいのではないかと考えています。

今回のパンフレットに、『国の進める「センター化」とは、健診は自宅近くの医療施設で受け、お産は広範囲での一ヵ所の施設でという構想です。しかしこれでは、産む場所を選ぶことが難しくなります。』という文章がありますが、この考えを前提にこの会が開催されては、一般の方々の誤解が増大し、むしろ危機的な産科医療の現場をさらに混乱させるだけの気がしますので、なるべく正確な情報提供をいたします。

国や学会としては、診療所や1次医療病院でのローリスクなお産の場の提供を否定するものではなく、むしろ頑張っていただいた方がありがたいと考えています。特に長野県では他県と比較して診療所でのお産は非常に少なくわずか27%(国の平均の約半分)で、1次医療病院を入れても40%程度です。つまり、約6割は重症搬送も受け入れる2次病院でお産をしているわけです。

したがって、診療所でのローリスクな分娩はむしろもっとたくさん行っていただく方が良いのです。しかし、例えば開業の先生には、お一人で年間500件くらいの分娩を扱う方もいらっしゃいますが、これはハイリスクな症例をあらかじめ2次病院に紹介してローリスクな分娩だけを扱い、救急車を受け入れるようなことはない生活だから可能です。

何かあったら受け入れてくれる2次病院があってこそ成り立つわけですが、この2次病院が、いままさに潰れかけています。理由は、簡単に言えば仕事が大変だからです。統計上は同じ1つの分娩でも、正常分娩と異常分娩では、スタッフの労力は何倍も大変です。異常分娩も診て、救急車の搬送受け入れもある病院では2人で年間500件の分娩でも本当に悲惨な労働環境です。こうした2次病院の医師達が、過重労働で現場を去っているわけです。そしてこの現状は、このまま何もしなければ、今後も加速度的に進行することが明らかで、2次医療が崩壊すると必然的に1次医療も崩壊しますから、なんらかの対策を緊急に行う必要があります。

現状で、大規模な医療崩壊を阻止するための緊急避難としては、大変な労働を小人数で行っている2次病院を集約化して大勢の人数により診療することで、2次病院勤務医の労働環境を改善するしかないであろうことは、産科医療の現場をわかっている者達にとっては共通の認識です。

2次医療を支える基幹病院をしっかり確保するという大前提があり、この対策こそ第1に行うべきことであるのは明白なのです。そしてこれは国や学会の方針でもありますが、長野県内で青息吐息で働いている2次病院の若手勤務医達の総意でもあります。またこういった2次医療にはお金も人手もかかるので、通常はこの役割を担う病院は公的病院が引き受けています。したがって、国や学会が考えているのは、公的病院の集約化で基幹病院をしっかりと確保することであり、1次医療の分娩を行っている開業の先生や民間の病院まで集約化してお産をさせなくするなどということは、全く表明したことがないと思います。

もちろん、集約化で問題が解決するという単純なものではなく、緊急避難の対症療法に過ぎないことも誰もがわかっていることでしょう。お産を扱う産科医が増えないことにはどうしようもありません。1日も早く、『近くに安心できるお産を扱う1次診療所があり、2次医療圏には完全24時間体制で母体も胎児も緊急搬送受け入れ可能な基幹病院が必ず存在し、そこでも当然いいお産がなされていて、どこで働く産婦人科医も、家族や自分の健康を犠牲にするような労働環境でない時代』がやってくるように努力したいと思います。

しかし現状では、1次医療の分娩を行っている開業医や病院が既に存在しない地域もあり、そこにもしも健診しか行わない状況でも医療施設があるのなら、しばらくの間、「健診は自宅近くの医療施設で受け、お産は通院可能な範囲での一ヵ所の施設で行わざるをえない」地域も存在するのは残念ながら仕方がないようにも思います。これは分娩を集約化させるための結果ではなく、放置すればその地域で一ヵ所の分娩施設もなくなるよりは、集約化してでも産科医療の提供体制が維持される方が、住民のみなさんの利益になるという考え方の結果です。将来的には、産婦人科医が増えて、その地域でお産をやりたいと思う医師が出てくるように誘導することが望まれます。
 
上田市産院問題もいろいろと誤解を生んでいますが、簡単に問題点を整理してみましょう。ローリスクな分娩だけを扱い、救急車の受け入れもなく開業医と同じ診療形態の上田市産院が、個人の資金で経営されている民間病院であれば、大学としても何の介入もしなかったでしょう。いいお産を実践できるスタッフが十分確保され上田市からの財政援助を受け、本当に恵まれた病院であると思います。しかし、産科の危機的な現状と上田地区に2次医療が機能していない状況と医療の公共性という面を考慮すれば、信州大学から2次医療を担う医師の派遣のため上田市産院への医師派遣が困難になったことは上田市も納得していただけました。その上で、現在全く機能していない2次医療が提供されるように上田市は努力することも必要でした。

開業医と診療形態が同様である上田市産院へ今後も市民の税金を投入し続けることよりも、同じ税金を投入するなら、2次医療の提供体制を整備し、上田市産院と国立長野病院を集約化していいお産も国立長野病院で行えるように努力していくことが、長期的に見た上田市民の利益ではないかとの当初の上田市の判断は、妥当なものと考えましたが、今後も上田市産院を存続させるとの方針転換は上田市民の総意であるとのことですから、上田市産院を維持することに加えて、上田市に2次医療が提供可能となる努力を行っていただきたいと思いますし、2次医療の提供がない状態に関してどう考えるかにも関心を持っていただきたいと思っております。
 
また、母の会のみなさんには、大きな病院でも「いいお産」は実践されていることを、ご理解いただければ嬉しいです。
 
長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

信州大学医学部産婦人科 金井 誠