ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

医療事故 教訓を生かしてこそ

2006年05月15日 | 大野病院事件

朝日新聞  2006年5月15日

医療事故 教訓を生かしてこそ

 「医療ミスの疑いで医師逮捕」。今年初めに駆けめぐったニュースが、いまもなお波紋を広げている。

 逮捕された福島県立病院の産科医は、お産の際の帝王切開手術に失敗して母親を死なせたとして、業務上過失致死などで起訴された。

 医療界からは、逮捕や起訴に反発する声が上がった。一生懸命やっても結果が悪ければ逮捕されるのでは、医師は危険を伴う治療をやれなくなる。医師不足、とりわけ産科医不足にいっそう拍車をかける。こんな心配も、現実のものになりつつある。

 こうした状態は患者にとっても好ましいことではない。医療に100%の安全がありえないことを考えれば、不幸にして事故が起きた場合に備え、患者も含めて、解決方法を考える必要がある。

 何よりも大切なのは、医療側がまず、非があれば率直に認めて被害者に謝罪することだ。なぜ事故が起きたのか、原因を明らかにして、同じような事故が二度と起きないよう教訓を今後に生かさなければならない。

 医療事故は、だれか一人、あるいは一つの要因だけで起きることは少ない。再発防止には、絡み合う要因を解きほぐす必要がある。その調査は本来、専門家である医療側の責任のはずだ。

 ところが、医師は仲間をかばいがちなうえ、ひどい場合にはカルテを改ざんすることもあった。警察の捜査に期待する人が少なくないのも無理はない。警察が介入する背景には、医師に対する患者の根深い不信があるのだ。

 しかし、捜査は特定の個人の刑事責任を追及するのが目的で、再発を防ぐには必ずしも役に立たない。患者はそのことも知っておく必要がある。

 医療側が事故を調査する場合、患者に信頼してもらうためには、外部の第三者を入れることが欠かせない。

 厚生労働省は昨年から、診療中に起きた予期しない死亡例について、関係学会の専門家が調べるモデル事業を始めた。先月まとまった1例目の評価報告は、病院の措置に問題があったと認め、病院による内部調査は原因究明の努力が不十分とした。外部の専門家が加わることが不可欠だとも指摘した。

 医療機関はそれぞれ事故調査の態勢を見直し、信頼を得るための手だてをすぐに講じてほしい。

 割りばしがのどに刺さって子供が亡くなった事故で3月末、医師に無罪の判決が言い渡された。無罪にもかかわらず、裁判長は異例の長文の付言を添え、悲劇を二度と繰り返さないよう教訓を生かすことが何よりの供養だとして、病院側に診療態勢の見直しを強く求めた。

 ここで医療界が事故対策に真剣に取り組まなければ、警察や司法に期待する声がいっそう高まりかねない。

 患者は不信を募らせ、医師は萎縮(いしゅく)する。そんな悪循環は一刻も早く断ち切らなければならない。