ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

全国138病院が分娩休止 出産の場急減

2006年05月14日 | 地域周産期医療

日本全体の総分娩件数は長期的に毎年減り続けている。そして、それ以上のスピードで総産科医数もどんどん減り続けている。従って、1産科施設当たりの平均分娩件数と平均産科医数は、毎年どんどん減っていることになる。逆に考えると、現在の日本の総分娩件数と総産科医数に対して、現在の産科施設数は明らかに多すぎる状況にあり、多くの産科施設が維持困難な状況に陥っていると考えられる。

無理に現状の産科施設数を維持してゆこうとすれば、各地域の産科施設が全滅し、日本の産科医療全体が破綻してしまう可能性も大きい。今後、産科医療が長期的に継続してゆけるように、むしろ、行政が積極的に関与して(残すべき産科施設がちゃんと残るように)産科施設数を適正に減らし、産科医療の集約化を推進してゆく必要があると思う。

****** 朝日新聞、2006年5月14日

全国138病院が分娩休止 出産の場急減

 04年秋に産婦人科・産科を掲げていた全国の1665病院のうち、8.3%にあたる138カ所が4月末までに分娩(ぶんべん)の取り扱いをやめていることが、朝日新聞の全都道府県調査でわかった。深刻な医師不足を理由に、大学の医局が派遣している医師を引き揚げたり、地域の拠点病院に複数の医師を集める「集約化」を独自に進めたりしているのが主な理由とみられる。出産の場が急速に失われている実態が浮かび上がった。

 厚生労働省が行った直近(04年10月時点)の調査で産婦人科・産科を掲げていた病院は1665カ所にのぼっていた。この時点で複数の病院が分娩の取り扱いをやめていたが、同省は把握していなかった。朝日新聞が今回、47都道府県と政令指定市から聞き取ったところ、こうした病院を含め、4月末までに計138カ所が分娩を取りやめていたことがわかった。

 厚労省の調査によると、産婦人科・産科は90年以降、減り続け、02年10月~04年10月の2年間では計85病院で廃止・休止された。今回の調査では、この1年半にこれを上回るペースでお産ができない病院が増えている実態が判明した。今年5月以降、産科の休診を表明している病院も多く、減少傾向はさらに続く見通しだ。

 地域別にみると、福島や新潟、山形、長野各県など、特に東北、中部地方で減少ぶりが目立つが、兵庫や千葉、福岡など指定市を抱える県でも、産科が相次いで休止に追い込まれている。昼夜を問わない過重労働や医療訴訟のリスクが敬遠され、医師不足が深刻化したため、大学が病院への派遣を打ち切ったり、高齢出産などリスクが高い分娩の安全性を高めるため、集約化を推し進めたりしている現状が背景にあるとみられる。

(以下略)

(朝日新聞、2006年05月14日)


朝日新聞社 論座:中立の強み

2006年05月14日 | 大野病院事件

****** コメント

癒着胎盤で母体死亡となった事例http://blog.goo.ne.jp/comment_allez-vous_madame/d/20060219

 癒着胎盤は、一般に、術前診断が困難(ほとんど不可能)で、治療の難易度が非常に高いことが、最初の頃の報道では全く触れられてなかった。当時の報道では、『経験不足の医師が初歩的な医療ミスで患者を死亡させた』というようなニュアンスの記事が多かった。

>「癒着胎盤」は熟練した医師であっても対処が難しい。生死の境界で救命に携わる医師はしばしば、誠実な対応をもってしても死亡が避けられないケースに直面する。そこに刑事罰が適用されるのならば、リスクの高い医療行為自体を回避せざるを得ないという。

 今回の論座の論説「中立の強み」(戸谷理衣奈)の癒着胎盤に関する記述は、我々産科医の立場から読んでも十分に納得できる。加藤医師逮捕から3ヶ月が経過し、マスコミのこの事件に対する報道の論調にも大きな変化が認められる。しかし、裁判となると、今後、何が主要な論点となるのかもよくわからないし、医学の常識が全く通じないのかもしれない。今後、裁判の動向をみんなで注視してゆく必要があると思う。

 産科医の勤務状況についても、最近、毎日のように特集で報道され、多くの一般人の知るところとなった。当科や近隣の病院の産科医の勤務状況についても、地元の新聞やテレビで何度も取り上げられた。最近は、町を歩いていても、全く知らない人から、「先生、お仕事大変ですね~。過労死しないように気をつけてください。」などとよく声をかけられる。産科医療の集約化にしても、一般の人の理解が得られなければ進められない。その点で、繰り返し繰り返し産科医の激務ぶりについて報道してもらえることは非常に有難いことだと思っている。

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朝日新聞社 論座、2006年6月、p22~23
http://opendoors.asahi.com/data/detail/7361.shtml

中立の強み

戸矢理衣奈 イリス経済研究所代表取締役
とや・りいな 1973年、大阪府生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程、英サセックス大学を経て独立行政法人経済産業研究所へ。05年4月から現職。著書に『エルメス』など。

 今年2月の福島県立大野病院の産婦人科医逮捕事件が、医療関係者の間で論争の的となっている。

 本件は、通常は出産とともに自然に剥離する胎盤が母体に残る「癒着胎盤」の処置に起因する。ここに医療過誤があり、母親が死亡したとして、担当医が業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮捕・起訴された。産科医、さらには高度先端医療を担う外科医らを中心に抗議の声があがり、インターネットを通して5日間で6千人を超える陳情の署名が寄せられた。

 医師たちの抗議は、主に次の2点である。第一に、「癒着胎盤」は熟練した医師であっても対処が難しい。生死の境界で救命に携わる医師はしばしば、誠実な対応をもってしても死亡が避けられないケースに直面する。そこに刑事罰が適用されるのならば、リスクの高い医療行為自体を回避せざるを得ないという。

 第二に、現行のシステムに対する抗議である。産科は時間の予測ができず、実質365日の拘束を強いられる。しかも本件を含めその多くが、地方の病院で産科を医師1人で担当する「1人医長」状態だ。突発的な事態への対応は不十分にならざるを得ない。医師個人の責任を問う以前に、過酷な勤務の現状や、少子化による収益減を背景にした産科医療全体が抱える問題の抜本的解決こそ必要だという。事件後、実際に産科の閉鎖や医師の離職が相次ぎ、周産期医療の崩壊が加速化しているとの危惧が深まっている。

 事件個別の問題については、裁判所の審理が待たれる。しかし本件は、民事訴訟も含めて医療訴訟を一般化してその解決過程を再検討する好機でもあるだろう。納得できる医療、さらには司法制度を考えるうえで重要な論点がいくつも含まれる。

 法曹関係者によれば、そもそも原告側が訴訟を起こす最大の目的は、納得感を得るところにある。ところが医療を筆頭に審理に専門知識が必要な場合、訴訟の妥当性が問われるケースも起こりがちだ。そうなると、訴訟は双方にとって不利益にしかならない。専門性が高い領域ほど、訴訟以前の第三者による調査機能に重点を置いたほうが合理的だろう。

 実際に、現行の裁判制度を補完するシステムとして「裁判外紛争解決手続き」(ADR)、すなわち「訴訟手続きによらず、民事の紛争を解決したい当事者のため、公正な第三者が関与して解決を図る手続き」が推進されている。これには裁判所の調停以外に、専門仲介機関による調停・仲介も含まれる。業界団体が、業界全体の信頼性を向上させるために出資して第三者機関を設置するケースもあり、訴訟前の紛争処理や相談窓口として、さらなる機能が期待されている。当事者の時間的・費用的負担、さらには精神的負担も訴訟に比べてずっと少ない。

 ところが、医療分野ではこうした中立的な第三者機関はほとんど機能していない。そのため、原告側は裁判所に頼らざるを得ず、結果的に原告・被告ともに多大なコストを払ううえに、納得感も得られないという事態が起こりうる。

「納得医療」に必要な自浄作用

 裁判所の審理においても、医師の中立性確保が大きな課題だ。例えば大阪地裁医療集中部では、04年4月から医療裁判の迅速かつ的確な処理のため、医師が「専門委員」に選任され裁判手続きに関与している。制度導入によるメリットは大きいものの、地域内の医師は「ほとんど顔見知り」で、相互にかばいあう傾向があり、より厳密な第三者機関が必要だという。

 同じ専門職とはいえ、法曹関係者は執務のすべてが厳しく監視される。医師は身内の審査体制が整っておらず、その「壁」は厚い、と彼らは苦言を呈する。あるベテラン産科医も、この事件を「医療の世界が自浄作用を欠いてきた結果」と明言する。

 情報の非対称性の最たる領域である医療分野においてこそ、情報の公開と中立性は信頼獲得のために不可欠だ。身内への審査体制の甘さが、結果的に体内へのガーゼ放置などの明確な医療過誤と、対応を尽くした結果の死亡との判別が不明瞭になるほどの医療不信や混乱をもたらしたおもいえるだろう。それが医師のインセンティブを喪失させ、ひいては患者の負担が増加するという悪循環をも招いている。

 本件を契機に、超党派の国会議員らにより第三者機関の設置や、医師の過失に関係なく医療事故に保険を適用する無過失補償制度の導入といった建設的な提議も進みつつある。しかし少なくとも厳しい自浄作用システムの構築が、一方で不当だと思われる訴訟などから医師を守り、かつ患者が医療に対する納得感を得る近道になることは間違いないだろう。

 医療分野で顕在化する問題は同時に、そこに関連する諸システムの欠損をも明瞭にする。本件は医療と法という生活の根幹にかかわる問題だけに、より幅広く系統的に世論を喚起するにふさわしい問題である。

以上、朝日新聞社 論座 2006.6 p22~23


毎日新聞:国家試験制度の緩和を求める提案(三重県)

2006年05月14日 | 地域医療

コメント

現行の制度では、6年間の医学教育を終えて医学部卒業後に、さらに主要な科をローテートする2年間の初期臨床研修を経て、やっと各自の専門分野の修行(後期研修)が始まる仕組みとなっている。内科医、外科医、産婦人科医などとして、いろいろな一般的な経験を積んで、一人前の専門医になるまでには、さらに5年、10年と長い修行期間を要する。

それなのに、医学部の教育期間を1年短縮して、促成で地域限定の医師免許を与え、医師不足の地域にどんどん送り込んで、即戦力として働いてもらおうという提案が(冗談ではなくて)行われる予定というニュースである。

わが国でも、かつて、第二次世界大戦中は学徒出陣で多くの学生が戦場に送り込まれて、前途有望な多くの若者が戦死した。医学部の学生達も教育期間を短縮して早く卒業させられ、多くの若者達が軍医としてどんどん戦地に送り込まれた。 今回のニュースの提案は、戦時中の学徒動員と全く同じようなことをやろうという発想の提案のように感じる。

医療過疎地では経験豊富な臨床医の数が圧倒的に不足している。臨床経験ゼロの医学部6年生に医師免許を与えて、どんどん医療過疎地に送り込んだとしても、そこに指導医がいなければ患者さんを前にして何もできるはずがない。提案している団体の人達も、おそらくは本気で提案しているわけではなくて、『医師不足はここまできているのだ!』と警告して、危機的状況を世間に知らしめようという意図も半分はあるように感じる。

****** 毎日新聞、5月13日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060513-00000018-mailo-l24

医師不足:国家試験緩和の特区に 千葉のNPO、県に提案 /三重

 医師国家試験の受験資格を1年前倒しし、6年在学中に地方の医師として勤務できるように――。全国の医療関係者でつくるNPO法人「医学教育振興センター」(千葉県浦安市)が、地方の医師不足対策として、医師国家試験制度の緩和などを求める構造改革特区の提案を行う。同センターは12日、医師不足が深刻な三重県に対し、提案が認められた場合は特区申請するよう申し入れた。
 同センターによると、現行の医師法では、医師国家試験は医学部卒業者しか受験できない。しかし、医学部のカリキュラム自体は5年生ですべて修了しているのが実情だという。このため、5年生の受験を認め、合格者に地域限定で医師免許を与えて6年生の時から、地方で勤務できるよう提案する。提案が認められれば、三重県の場合、約100人の医師が確保できるという。
 構造改革特区の提案募集は6月中に行われ、国は9月までに特例措置の基本方針を決定。各自治体は、基本方針で認められた特例措置に基づき特区申請する。県医療政策室は「提案が認められれば、三重大医学部などの考えも聞き、特区申請するかどうか検討したい」としている。【田中功一】
〔三重版〕

5月13日朝刊 (毎日新聞) - 5月13日15時0分更新