What A Wonderful World

毎日の暮らしの中で、心惹かれたことを語ります。

【生年月日でわかるあなたの性格 四文字漢字診断】

2015年03月30日 18時55分13秒 | 日常
★【生年月日でわかるあなたの性格 四文字漢字診断】
( http://curazy.com/archives/66739 )

 あなたを表す四文字漢字は 【水分不足】   めっちゃ当たってるー!
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献血できませんでした。

2015年03月30日 16時19分07秒 | 日常
 献血に行ったら、濃度が足りなくてできませんでした、しょぼ~ん。 ここ二・三日のあまりの暖かさに、なんだか体が追いつきません。2月末からのドタバタのつけがきているようです。タイヤ交換もしなきゃならないんですが、お店の予約がいっぱいで来週になりました。


次男は、電子レンジで作るパスタに成功したそうです(笑)ですが、長男はさっそくバスを乗り間違えて、知らない所まで行ってしまい、泡食ったそうです。なにせバスや電車や地下鉄がばんばん通っている暮らしに慣れてない田舎もんなので、仕事が始まる前に、しくじっておいて良かったかもしれません。
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「家族が離れて暮らす=何かあってもこれで誰かは生き延びるんじゃない?」と、いまだに思ってしまいます。

2015年03月26日 19時14分36秒 | 日常
 お彼岸でお線香をあげに出かけるついでに、親戚の皆さんに子ども達の就職&進学のご報告をしてきました。そしたらほぼ100%、私の顔を見ながら「寂しくなるわね~」って慈母のごとき微笑で声をかけられてしまいました(苦笑)

いやさ、そりゃおじいさんと旦那と私の三人になって数日でも暮らしてみれば、じわじわ寂しいという気持ちも湧いてくるんでしょうけれどもね。そこまでみんなで言わなくてもイイじゃ~ん。みなが通る道でしょうけれども、とりあえずはひと山越えたと一服させて下さいな~。


 そんなんで思い出した四年前の気持ち。長男がなんとかあちらで暮らせるように、車を借りて必要最低限な生活品を一日で必死で揃えて、家に帰ってほ~~っと一息ついた時に、「これで少なくとも長男は、あっちに居るから、こっちでまた地震が起きても生き延びれるな」と、本気で思いました。当時、電気・水道・ガスといったライフラインが、まだ復旧したかしないかくらいで、家も一階は、浸水した畳を剥がした床板にブルーシートを敷いて、二階のみで寝起きしていて、ドロドロが残る廊下や台所なんかは、外履き用のつっかけを履いて暮らしていました。だから、長男のごく普通の1ルームのアパート暮らしが、それはキラキラと感じられて(脳内イメージ→高級ホテル)あぁ、ずっとましな暮らしをさせられて良かったなぁ、という安堵感でいっぱいで、離れて寂しいという気持ちは、まったくおきませんでした。次男も我慢ばかりさせてきたので、独りで暮らすのに慣れるまで、まぁしんどい事もあるでしょうけれども、のびのびと、自分勝手な暮らしというのを体験して欲しいです。

4月から、家族が三市に分かれて住む事になるんですが、「何か災害がおきても、これなら家族の誰かは生き延びるんじゃないかな」と、いまだに考えてしまいます。震災で受けた「怖い」って気持ちは、いったいいつまで影響するものなんでしょうね。四年たって、ずいぶん薄まったと思うんですが、ふと、こころの底から浮かんできたりします。(あ、もちろん乾電池や懐中電灯にロウソク&マッチ、非常食に10年持つ飲料水などなど、緊急用品は持たせました)


さて、家族そろっての晩餐はしばらくないだろうから、お寿司とロゼワインを用意して、旅立ちを祝うとしましょう。

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ちっさい事でも、やがては信頼になる。

2015年03月25日 14時44分38秒 | 日常
 いつも行くスーパーで、かきマメを買おうと思ったら、開店したばかりだったからか、新しい品物がまだ並んでいなくて、いかにも昨日の売れ残りだろうなぁという、中身がしなびたもの1袋と、マメの端が黒くなっているもの1袋しか置いていなかったんですね。その時は急いでいたのでしかたなく、しなびた方を持ってレジに並んでいたら、後ろから店員さんに声をかけられて「いま新しい品物を並べたんで、さっき奥さんが選んだのとお取り替えます」と言って、ぴちぴちした綺麗なかきマメと、取り替えてくれました。たぶん、私が買おうかどうか思案していたのを、どこかで見ておられたんでしょうね。わざわざ探して声をかけてくれた事に、とても好い気持ちになりました。


その日の午後に、次男が他県に進学の為に引っ越すので、住民票の移動届を役所に出しに行ったんです。書類を書いたりなんだりを次男がして、私は横で見ていただけなんですが、手続きの最後に職員さんが「新しい場所でがんばって下さいね」と言って下さったんです。もしかしたら、そういうマニュアルがあるのかもしれませんが(THE BABA根性)それでもやっぱり、その一言にとても好い気持ちになりました。


さっき、アル様の「袋の入れかた」というお話を読んで、あぁ、自分もそういう「気づかい」を最近うけたなと思い出して書いてみました。”こころくばり”を受けたら、それを自分の内に覚えて蓄えて、いつか誰かにできるようにしたいなと思いました。ちっさい事ですが、そのちっさい積み重ねが「信頼」になるんですよね。


★アル様のブログ→「ひびレビ / 袋の入れ方」( http://blog.goo.ne.jp/nexusseed )
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おめでとう。

2015年03月23日 14時48分30秒 | 日常
 一回戦突破おめでと~!記事内にも書かれているけど、試合中の投球内容はあまり良くなくて、応援する側としてはどきどきさせられました(苦笑)

佐藤世那6安打完封 V候補仙台育英大勝発進(日刊スポーツ) - goo ニュース


もひとつ、今日は長男の大学の卒業式でした。四年前の入学式は、震災があったせいで開かれなかったので、これが最初で最後の公の式でした。親戚から車を借りて、アパートを借りて家財道具を揃えてを、たった一日でやっつけて以来、あっちには一度も行かれなかったけれども、独りで十分立派に過ごして卒業&就職できたのは、我が子ながら誇らしいです。

卒業おめでとう。
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あったかいですねぇ。

2015年03月18日 15時51分29秒 | 日常
 ふと拙宅のカレンダーを見たら、今月は同じ曜日に更新しているのに気づきました。「ドタバタわ~わ~→ひといき」のタイミングで、ここに書きこんでいるのがよくわかりました(笑)

昨日、図書館の一番日当たりのいい場所にある梅の何輪かが、ほころんでいました。あんまり気温が暖かくて、なんだか落ち着きません(THE 東北人気質)天気予報を見ると、来週はやっぱり雪が降るほどの「寒の戻り」があるようです。車のタイヤ交換はもうちょっと先ですね。

今日は彼岸の入りだったので、かわりご飯を炊いてお供えしました。お墓にお参りに行ったら、幾つも新築(?)のお墓があって驚きました。墓石の壊れた部分だけを直してあったのが、新しい墓石になっていたり、お墓周りから全部新しいものになっているものもあったりしました。震災から四年たって、ようやくお墓にもお金をかけられるようにまで、暮らしが戻ったんでしょうか。お墓の数も増えましたけど、放っておかれっぱなしのお墓もあったり。いろんなことを考えさせられます。



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「外国人歴史家が体験した3.11」

2015年03月13日 21時47分04秒 | 日常
★「3.11 東日本大震災 / 「人は簡単に『忘れてはいけない』という。でもね......」外国人歴史家が体験した3.11」
( http://www.huffingtonpost.jp/2015/03/11/311-for-the-historian_n_6845278.html )より引用

 オーストラリアに生まれ、日本に40年以上暮らした歴史学者が、2011年3月11日、宮城県で被災した。彼はその日を、そしてそこから4年を、どう過ごし、考えたのか――。

2月下旬、澄み切った快晴の日。多賀城市にあるJ・F・モリスさんの自宅を訪ねた。

「私は地元のガイジン。あるいは土着性の強い外国人です」と茶目っ気たっぷりに自らを語るモリスさんは、1974年に留学生として来日。東北大学で博士号を取得し、仙台出身の女性と結婚し、現在は宮城学院女子大学教授として、日本の歴史を研究しながらこの地に拠点を構えている。

「東北大で博士号を取って、宮城学院に就職して、女房は仙台生まれ。ここで子育てをして、子供はインターナショナルスクールには行かせずに、地元の保育所、地元の小学校。普通の日本人として育ててね。自慢じゃないんですが、ほぼ完璧なモノリンガル(日本語のみ)。共働きで、家に帰ってくると子供が『お腹すいたー』って。バイリンガルとか悠長なことはやってられません。普通の親と同じですよ」。

被災者として、外国人として、歴史家として、どう震災に向き合ってきたのか。東日本大震災について聞いた。

(中略)

一番の問題は、地域経済・地域社会にどう影響するのかということ。立ち直れるか、そうでないか。明暗はすでに自治体によって分かれ始めています。

非常に冷徹な言い方をすると、今回の震災は時計を20年から30年間進めただけ。だから、復興は、東北が東京の植民地であるという、従属関係を組み直して、地域が独自に成り立つように組み替える必要がある。元通りに戻すんじゃなくて、元の関係を克服して持続可能なものにしなければ復興は袋小路だと思うんです。

もう一つは、この教訓を覚えるか、覚えないか。今回の震災でも、明治や昭和の津波を覚えているところと覚えていないところで明暗が分かれた。

人は簡単に、「忘れてはいけない」と言う。でもね……人は悲惨なできごとを忘れないと明日へ向かって生きていけないんです。私自身の記憶もかなり書き換えられているし、潜伏しているんです。

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バタバタしていますが、蘭の花はすくすく育っています。

2015年03月13日 20時59分18秒 | 日常
 天皇皇后両陛下が、この東北の海沿いのはしっぺの街にいらっしゃるんですよ!

二週間前くらい前かな?道路の交通規制の案内(カラーで!)が配られて、あぁ、国際防災会議関連かぁと思っていたらば、両陛下がいらっしゃるからだったんですよ。しかも市役所すぐそばのホテルにお泊りになるんですって、ひゅ~~~。 私、リアルではお見かけした事が無くて、正直に言うと、ちょっとばり車がお通りになられる沿道に並んでみたい欲求があります(笑)どうぞ、ア/タ/マ/お/か/し/い人が沿道に飛び出して来たりしないで、何事もなく両陛下がお過ごしになられて、御所にお帰りになられますように。


 さて、長男&次男の引っ越しやら大学や役所の手続きやらで、あたふたしているうちに、春のお彼岸が近付いてきたりで、さらにバタバタしている毎日ですが、可愛い子ちゃんはすくすくと育って、どんどん花を咲かせてくれています。ただいまの花の数は43個!



たぶん売り物のお花だと、枝に支柱をたくさんつけてカタチを整えるんでしょうけれども、ど素人にそこまでできないのが功を奏して(笑)どこから見てもなんだかゴージャスな感じに花が咲いています。


 先日退院した実家の父ですが、ケアマネさんや訪問介護の方の手をおかりしつつ、毎日をあれやこれやと過ごしています。この間、急に立ち上がれなくなってしまい、ちょうどその日が病院へ行く日だったので、介護タクシーの運転手さんに助けられつつ出かけて、先生の診察を受けた結果「動きすぎ」だったそうで。父なりに、少しでも早く元のように動けるように、前日に家のなかを動き回っていたそうで、その反動だったらしいです。まだ退院して日も浅いんだから、ゆっくりでいいんだよはと言いましたが、父の焦る気持ちもよくわかるので、切ない気持ちになりました。

子ども達のあれこれが終わったら、週一は実家に帰って手助けをしたいと考えているのですが、なにせ手ごわい「汚屋敷」なので、時間がかかりそうです。
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「見上げてごらん夜の星を」

2015年03月11日 21時45分40秒 | 日常
 「言葉も出ないくらい美しくて、でも二度と見たくない美しさ」というのは、もうあれっきりかもしれないです。

3月11日の夜、雪まじりの冷たい風が吹く夜に、津波の水がひたひたと押し寄せる具合を見るために、避難した家の二階のベランタから見た星空は、このうえもなく美しいものでした。停電で真っ暗な中、普段は見れない数の星々が瞬くさまに「あぁ、この輝く星く星たちは、死んだ人の命だ」という想いが、脳天に猛烈に響きました。

同じ夜空に、雲を焦がす勢いで赤い、赤い炎が映って見えたのは、だいぶ後にわかった町が燃える炎でした。大勢の命と町がひとつ燃え尽きる炎だとは、その時は思いも居たらず、ただ、凍えるような寒さと暗闇の中で、それがもたらすものへの不安だけを感じていました。


♪『見上げてごらん夜空の星を』の歌を聴くたびに、「ささやかな 幸せを 祈ってる」という歌詞に涙があふれてきます。


姉と僕 見上げてごらん夜の星を



どうぞ、備えて下さい。大切な何気ない毎日が、こなごなに砕ける辛さ、苦しさを、少しでも減らせるように願ってやみません。
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東日本大震災がおこってから、四年がたちました。

2015年03月11日 09時01分48秒 | 日常
 今朝は、こちらではうっすらと雪が積もりましたが、朝日と共にほぼ溶けてしまいました。その有様が、震災から四年たった今の毎日そのままに見えます。

降り積もった雪が溶けて、いつかまた水となって戻ってくるかもしれませんが、穏やかな毎日を過ごせている事、その事になにより感謝の気持ちでいっぱいです。家の再建、日々の暮らしの再建、気持ちのあり方等々、名前も顔も知らない多くの皆さんの励ましや義援金で、ここまで戻ってくることができました。

いまでも、あの当時の映像を観るのは嫌ですし、足を踏み入れられない土地もありますが、またあの地震と津波がくるかもしれない、怖くてたまらないという怯えの気持ちは、こころの底の方に沈んで、表に出てくるのは減りました。

あの震災から「まだ四年しかたっていない」というのも本当の気持ち。ですが、「この四年でここまで戻ってきた」というのも本当の気持ちです。

皆さんから受けた恩義を、どうやって返せばいいのかずっと考えているのですが、なるたけ”善き人”であるよう心掛けるのが、一番の近道なのかと思っています。たくさんのご支援をありがとうございました。これからも、どうぞ見守っていて下さい。
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春キターーー!

2015年03月06日 15時44分47秒 | 日常
  おかげさまで、次男合格しましたーー!
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ひとあし早く、春は・・・くるかな?

2015年03月04日 20時51分14秒 | 日常
 実家の父が、無事に退院しました。これからの生活こそ、父のがんばりが必要になってくるんですが、ともあれ毎日病院でリハビリを続けた父に拍手。


 可愛い子ちゃんの花が30個を越えました♪ 長男のスマホで写してもらったらやっぱり画像が綺麗ですね。



今日は首都圏では20度ちかくまで気温が上がったそうで、そりゃ花粉も飛ぶわなぁと、アレルギーをお持ちの皆さんがお気の毒になりました。こちらも、気温がマイナスになる事も無くなって、ずいぶんと暖かくはなってきましたが、もう一回くらいはドカ雪が来るんじゃないかと思っています。

次男の試験結果がでるまであとちょっと。どうにも落ち着きません。さて、ひとあし早く、春は・・・くるかな?

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