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なんとなくクラシテル

獣医という仕事をしている人間の生活の例の一。
ほとんどが(多分)しょーもない話。

全豪オープン

2015年01月25日 | 
の前半終了。明日は錦織君フェレール、2012のオリンピックをどうしても思い出しちゃうカードで、楽しみなんですけど。
 しかし錦織君の試合、WOWOWでは例によって松岡修造氏が解説、ウルサ~~イしょうがなくてPCのオンデマンドライヴで中継解説0の映像を見たんだけど・・・。なんか楽しくなさそうだな、彼は・・・・。1回戦なんか、アルマグロさんの方がうんと楽しそうだったし・・・・・。つらそうな顔して試合してるのを見るのは嫌だ。ので、他の日本選手(日本は地味に凄いと思うんですけど、男子は特に錦織君以外に3人も本戦に入っている。こういう国ってあまりないのでは?)の試合をせっせと観ていた。色々考えることあり。

 錦織君が以前ブログで「なぜに東洋人がテニスであまり上位ランクに入れないのか?」という疑問を書いてらした。ジュニアでは上位に入るのに、シニアになると落ちてしまうのはなぜ?全豪見ているとなるほどね、と思う。単純に西洋人向けのスポーツだからでしょう、と。ガタイがよくてタッパがあって筋力もりもり、こういう体格の人間が圧倒的に有利なんだもの。ジュニアの頃は体格差とかはそんなに目立たないだろうから、細かい技術を身に付けるのが上手い東洋人が伍して戦えるだろうけど・・・・。

 相撲って西洋人はあまり入ってませんよね。そりゃ琴欧州関なんかは上位に上がりはしたけど、実力というよりは故障のせいで引退せざるを得なくなった。やっぱり相撲は東洋のローカルスポーツで西洋人の体格に基本向いていないから故障が連発しちゃったんじゃないかな。

 オリンピック種目って、結局西洋発祥のスポーツが大半だから、西洋人が有利になるに決まってるよなあ・・・・。東洋発祥のスポーツだと、西洋向けにルール変えるしさ。西洋人ってつくづくずっこいと思う。で、テニス。錦織君については、彼が猛烈な努力をしている、のは十分理解しているつもりで、その上で思うのだけれど、やっぱり天性のものなのかなあ、と。憧れの対象にはなるけど、目標というか、お手本にはならないような。彼が留学してたアメリカのアカデミーだけど、なぜか地元のアメリカ選手の育成は全然できてない。だから、錦織君だけを見て「理想」と持ち上げるのはどうかと思う。

 じゃあ、東洋人が西洋人のパワーと伍してやっていくためにはどうすればいい?その回答を添田君が出してくれたような気がするんです。

 添田君の試合、1回戦は大熱戦になった。相手はウマー、若くてものすごくばねのある人で、とんでもないパワーショットをスピードにのせて打ち込んでくる。1セット目は1-6、しかも26分で取られてしまった。あーどうなっちゃうんだろうか?このままずるずる負けてしまうのか?と思ったら、丁寧に挽回していって結局フルセットで勝った。この試合は、自分が今まで見てきた添田君の試合としてはベストマッチだったんじゃないかと思う。どちらも多分ゾーンに入っていたのではないか、凄い試合だった・・・・・。
 2回戦は、これまたパワーヒッターのベルダスコ。この試合は、3rdセットが大接戦になったけど、力技で無理やり持ってかれてしまって、敗戦。しかしこの3rdセットを見ていて、あれ?と思ったのだ。これはいったい何だ???

 ベルダスコは完全に焦ってましたね。パワーショットを打ち込んでも、柳みたいにいなされる。添田君のショットフォームは柔らかくて繋ぎによく使う打ち方に見えるのに、そこからいきなり猛スピードで球が吹っ飛んでくる。1回戦も時々そういうショットが出てきて、あれ?と思っていたのだが。1回戦の時は、5セット目になっても添田君のショットも走りも全然変わらないので、本当に驚いていた。無駄な力がどんどん抜けているような。

 自分は「太極拳ラケット」を探してたわけだけど、添田君のテニスが太極拳みたいになってきているのだ。

 でもね、これが正解じゃないかと思うんですよ。相手の力を利用して、自分の力を乗せ返す。パワーの競り合いしか知らない西洋人ができる芸当じゃない。

 また添田君が変化している、のを目の当たりにして、これなら、お手本になるんじゃないかと。

 自分がやっているのは馬だけど、今、全く同じことを考えている。西洋馬術は、馬を支配して、ゴリ押しをかまして芸をやらせる、というのが基本路線。ゴリ押しの象徴が大勒ハミだのマルタンガールだのっていう矯正用の馬具で、いってみれば「大リーグボール養成ギブス」みたいなもんです。星飛馬はそのせいでちっとも楽しくない不幸な人生を強制されましたけど、馬にとっては虐待ですよ。こんなもん、バカらしくて。やってられるかこっちはそれに東洋人、西洋人みたいに「家畜は俺らの言うこと聞け」みたいなメンタリティーは持ち合わせてません。なんせ、我々の先祖は馬を室内飼いしてたんだもの。

 ので、今はハミを使わず、馬の自主性を尊重した楽しいトレーニングになるように、で、こっちの乗り方はとにかく邪魔をしない、太極拳チックな乗り方を目指している。太極拳自体も一応10年くらいやってるわけで、多少は役に立ってそうなんですけどね。そうすると、いくら乗っても疲れない。楽なんですよ。腰痛なんかぜ~~んぜん。西洋の馬乗りは故障だらけらしい。馬にゴリ押しかます分、危険も増すし人間側にも馬の緊張した動きが跳ね返ってくるから故障するんだろう。いい気味だ。

 添田君は負けちゃったけど、軸は絶対に正しいと思います。軸がぶれてない、ひたむきな人は応援したくなるもんだ。だから、1回戦も2回戦もすごい大声援が自然発生した。自分もその中にいたかった・・・・・・。


今年のまとめ

2014年12月31日 | 
 忙しかった。これでしょうか。

 来年はどうしよう?これ以上忙しくなるのはちょっと・・・・・。でもなあ、忙しいとなんか楽しいんですよね。

 ということで、来年もよろしくお願い致します。

乗馬

2014年11月09日 | 
の講習会へ。疲れた。

 色々考えることはある。これはあくまで私見ではあるのだが。

 以前から、乗馬に携わってる人間って、どうしてこう「アスリート」からかけ離れているのだろうと思っていた。例えば、乗馬やっててタバコ吸ってる奴、山ほどいるんです。指導員やってる人間ですらそう。凄い話だけど、くわえ煙草でレッスンつけられた事もあるし(乗馬クラブアーク・ホースアカデミーヒロ)、くわえ煙草で馬に乗ったり調馬索をかけてるのをのを見たこともある(AKホースガーデン)。指導員がこの体たらくだもん、教わる気が蒸発しますわね。

 じゃあ、生徒はどうか?

 今回の講習会では、とにかく体幹というか、体の中心を認識して乗ろう、というような話が中心だったと思う。まあ、それはいい。その通りです。
 けど、実践できる人がいない。なぜか?

 こういう講習会に参加するたび、あーあと思う事。例えば、生徒皆で移動中にエスカレーターと階段があるとする。全員がエスカレーターを使うんだよ。自分はまず階段しか使わないことにしているのだが。
 毎回、こんな話を聞かされる。「私は体が硬くて~~」。しかし、体を柔らかくするために何か実践している、という話は聞いたことがない。
 「馬にやさしい乗り方をしたい」って言う。そのために講習を受ける、のはいいけど、それでおしまい。自分で工夫して何かをやってみた、という話はトンと聞かない。

 あれかね、金払ってちょこっと馬に乗って教わって、話を聞いて感心して、で、上達した気になって、という事かな。著名な講師に教わった、という箔もつくし。

 今回の講習でいえば、体幹っていうけど、肝心の「体幹を作るための筋肉」がうどんみたいに細くちゃあどうにもならないでしょ。

 長友君並に鍛えろ、とは言わないけど、せめて階段くらい登ったって損はしないでしょうが。

 観ていて、とにかく基本的な筋力がないから姿勢を支え続けられないんだな、ということが分かるので、イライラするわけです。

 いくら講師の先生が声をからしても、基本的な筋力不足では、言われたことを何一つ具現化できないんですけどねえ。

 横着なんだよなあ。要するに。金やヒマを使う、というのは一番簡単ですもんね。自分を変える、のは一番メンドクサイものね。

 馬にやさしくしたけりゃ、自分に厳しくなりなさいよ。

 そんな事を考えちゃって、他の生徒のレッスンを見ているのがひたすら苦痛だった。受身では、なーんにも身につかないんですよ。そうなると、講習会の場にいること自体が嫌になる、というか、金と時間の無駄だ、と感じちゃうわけ。どうしたもんですかねえ? 

佐世保

2014年08月12日 | 
の事件、だんだん尻すぼみになってきましたね・・・・・・・。
 そんなに難しい謎解きかなあ、と思うんだけど。

 これで、親に対する彼女の復讐は成就したんだろうな。これで父親も、その再婚相手も、一生後ろ指さされるってわけだ。方法は最低最悪だけど。全く関係のない他人(で、もしかすると最大の理解者になりえてくれたはずの人)およびその遺族を巻き込むくらいなら、親を殺しちゃえばよかったんだよね。


 色々思い出すのだが。自分が子供の頃、母親が株をやってた。まあ、今もやってるのかも知らん、興味はないが。その時、株主名義に、家族の名前を勝手に使ってたのだ。これ、法律違反です。それに何も言わない証券会社も同罪だよ、三菱UFJさん。

 しょっちゅう証券会社から自分宛に封書が届く。妹は嫌がって、自室に隠したりしてた。これはかなりまっとうな反応だったよなあ、と今にして思う。

 でねえ、そんなことやってる人間が、PTAの副会長になったりするわけなんですよ。


 法律違反だろうが犯罪だろうが、親がやることに子供は反対できないものだ。ので、凄く複雑な思いがあったよなあ、と。いい思い出じゃないんだな、やっぱり。一番奥で感じていたのは「こいつ金が一番大事なんだろうな」ということ。家族なんぞどーでもいいんだろう、という事か。この事件に関する記事を読まされて(インターネットでも新聞でも、そうなっちゃいますよね)、当時感じていたムカつき感の理由が分かったような感じがして。

 加害者の父親は、彼女の籍をいじくって、祖母の養子かなんかにした、という。相続税対策というが、要するに金が家族よりも大事です、というメッセージを子供に送ったことになるんですよね。で、再婚か。いい気なもんだと思うが、金と自分が何より大事、ということですよね。

 加害者は、親に対するこういう感じを説明できるわけがないでしょうね。ずうっと親の期待に応えていい子ちゃんをやってたんだもの。しかし、全く見返りはなかった、んだろうな。こういう子供は、例えば過食嘔吐なんかで、親を追いつめる場合も多いんじゃないかと思う。でも、それもできなかったんでしょうね。ので、殺人、と。でも、父親はまだ抵抗してるよな。なんか、自分の責任じゃないみたいな事を言ってるし。しまいには、(多分)心配して遊びに来てくれた被害者の方を「行ったのが悪い」とか言い出しかねないよな。

 こないだ親が来た。しょうがないから食事したけど、全然味が分からない。もう、うんざりなんだけどな。
 

都議会

2014年07月06日 | 
のやじ問題、まるで小学生みたいな説教がオヤジ軍団から発せられる、なんなんでしょうねえ?おじさんたちって、そんなに社会性も何もないという事かあ。

 で、自民党に言いたいんですが。
 結婚しろだの、子供つくれとかいうんだったら、政治家なんぞやってる場合か?

 ンなこと言うならまともなオトコを紹介しろ!!自民党!!
 

 大体なんだ今の男どもって。ストーカーは下は10代上は80代ストーカー事件は年間2万件だって。そうじゃなきゃ今度はDV。でもって、子供が生まれたとて養育費もよう払わん。甲斐性なし。ろくでなしばっかりじゃないですか、犯罪者もうじゃうじゃいるし。

 これ、戦後教育、特に男性教育が完全に間違ってるから、としか思えないんですけど。

 だから、議会という公共の場でアホみたいな発言をして、問題になるとほっかむり、さっさと謝りゃいいのに、それもできない。で、小学校の学級会みたいなことを言われたりして。

 教育の方法を主導してきたのは自民党なんだから責任とれ。そんなに子供をつくってほしけりゃ党立の結婚紹介所でも立ち上げてみたらどうだ?で、ショーカイした男ががろくでなしだった場合、きっちり補償金を支払う、と。このくらいやったっていいべさ。「信念」なんぞとのたまうなら。

ワールドカップ

2014年06月27日 | 
が終わっちゃいました。自分としては、応援してた国がどっちも1次リーグ敗退決定ということで、もうどーでもよくなった、わけです。

 にしても、日本。サッカーのことなんかまったく分からないのに、どうしても、なぜこうなっちゃったんだろう、ということをついつい考えてしまう。

 4年間が間違ってた、というのは違うと思うんですよ。日本については、点が取れない、決定力不足とか何とか言われてて、それが4年間で全く言われなくなったでしょ。前回の時は確か、取れた点は全部フリーキックからじゃなかったっけ?つまり、試合の中でシュート!してゴール!!!という取り方は全くできてなかった。今回は、とにもかくにも試合の中で2点取ってるんだから。どっちも、取るべき人がその人らしい取り方をしてたと思うし。これは、今までの日本ではあまりなかったことじゃないかな。

 ザックさんの思惑外れはなにか。これねえ、簡単に言っちゃうと、4年は長いよなあ、という事かなあ、と。特に海外組。中心になってて、なるべきでもある人達が、海外クラブに移籍して、結果大きく2つに分かれてしまった。ケガ組&競争に負けた組。主将たる長谷部君が直前まで動けるかどーかもわからん、みたいな事になるとは。これでは、まとめられないでしょう。あと、香川君と本田君。二人ともビッグクラブに移籍して、うまくいかなくて悩み抜くことになってしまった。お二人とも基本的には真面目な人そうで、だから、相当深刻に考えてるんじゃないかと思う。そのさなかにW杯が来ちゃった。なけなしの自信を喪ってしまって、今までの発言録だけが取り沙汰される、これは大変だったんじゃないかな。

 一方の国内組。一番大きかったのは、ガンバ大阪が1年間J2に落っこちたこと。これで、今野君ややっとさんの判断力のキレが物凄く減衰したような気がする。これはですね、コンフェデ杯でかなり強く思ったことなんですが。

 スポーツの一流選手って、やっぱり、ちょっとうぬぼれてません?くらいの自信をもってナンボ、というところがあると思う。日本の選手の皆さんは、全体的に「ここがダメ、あれがダメ」から思考を始めている所があるように思うが、もう少し、ご自分の価値を認めて「ダメだから練習して」という思考方法を変えていった方がいいんじゃないか?ザックさんのおっしゃる「メンタル」って、そこじゃないかと思うんだけど。で、そういう自信を回りがけなさないこと。日本人て「ダメだから頑張ります」ってお話が大好きですけど、これ、気持ち悪いです。

 あとね、スペイン代表がぼこられて感じたこと。パスサッカーって、ピッチがちゃんとしてないと通用しないんですよ。コロンビア戦で日本が戦い方を変えたのは間違ってないんじゃないかと。だって、スタジアムのピッチ、ボロボロでしたもん。あれじゃあ、パスがイレギュラーになってミスだらけになっちゃうものね。だけど、そうやって戦術をちょっと変えると、誰もついてこれなくなっちゃう。

 スペインを粉砕したオランダは5バックを取ってたらしい。5バック制、ザックさんは何回も試合で試してましたけど、そのたびに選手の皆さんは大混乱に陥ってましたよね。で、結局ザックさんは使うのを諦めちゃった。5バックにすると何がどう変わるのか、はさっぱり分からないけど、どうして誰もついて来れないんだ?という疑問は感じていた。でも、オランダの選手はホイホイ適応していたわけでしょ。これはどうなんでしょうか?

 そうなると、「個の力」って結局なんなんだろう?となる。卓越した技術だのなんだのをどう使うか、っていう「フレキシビリティー」なのかなあ?だって、皆さんめちゃ巧いもの。そこに自信持たないでどうします??

 でもねえ、今回はヨーロッパ勢もダメダメ状態で、これはもしかするとアジア勢よりか深刻なんじゃないかと思うんですよ。ヨーロッパのクラブリーグ戦は極めてハイレベルなのに、そこにいるのが自国の選手じゃない、からでしょうけど。金にあかせて中南米の選手を買い漁った結果、と言えなくもない。これも皮肉な話ではある・・・・・・。 

「クロストーク」

2014年02月26日 | 
ベストアンサーに選ばれた。まだ色々考えていることはあるので。ちょっと追加。

 クラシック音楽の低調ぶり、特にいわゆる「現代音楽」のカテゴリーに入る音楽の低調ぶりは相当なもんですよね。せっかく汗水たらして作った(はず)の音楽が初演以降再演される可能性ってどの位なんだろうか?もの凄く低率なんじゃないかと思うんだけど。そんな状態で、よく作曲家なんかやってますよね、と、クラシックの現代音楽作曲家の皆さんにお聞きしたいんですよ。どうやって食べてるんですか?

 その問題点は、一応週刊文春でも指摘はされてた。でもねえ、これ、原因が結構はっきりしていると自分ではかねがね思っているんだ。

その原因ー主にオーケストラ曲についてだけど
1)変な楽器を使い過ぎる。どこにあるのかわからんような特殊楽器だの、その演奏者(さらにどこにいるのか分からん!見つかっても、オーケストラの中できちんと求められる演奏ができるレベルの人物かどうか、まで考えちゃうと、ばくちですよね、頼むのは)を演奏のたびに探す、だけじゃない。そのエキストラに出来いかんにかかわらず、金を払わなくちゃならない。楽器の借賃・運搬費・保険、とかも考えたら、再演するには、よほどの理由が要りますよ。
2)演奏技術が高度すぎる。プロならいいけどさ、アマチュアだとまずお手上げ、という感じの曲の多いこと!!
3)演奏側のニーズを汲み取っていない。
特にこの件については、かなり言いたいことがある。高校生の頃はマンドリンクラブにいた。で、「邦人作品」とかいっちゃて、生意気にも藤掛廣幸氏の新作なんぞをバンバン弾いていたわけ。演奏するために藤掛さんのお宅に直に電話をかけて(公衆電話なんですよ~~。当時はテレカもなかったから、ちょっとでも節約するために部員が10円玉を山ほど集めてぼとぼとコインが電話機内に落ちる音を聞きつつ電話したわけ―百円玉を入れちゃうと、おつりが出ない、というのが公衆電話の怖いとこだった)自筆譜のスコアのコピーを送ってもらって、それをパート譜に写譜して練習して演奏会にのせる。大学でオケに入って一番びっくりしたのは、印刷されてるパート譜がある、ということだったもんね。オケでもう一つ、つまらんと思っていたことは、そういう「邦人作品」なんか、だーれも弾こうとしなかったこと。いや、弾こうにも弾けないわけですよ。ヘンな楽器+難しすぎる技巧=演奏不能、というわけ。
 しかし当時、それこそ邦人作曲家の大家は山ほどいたのに。武満徹さん等々・・・・・・・・。同じ時代を生きている人の、しかも日本人の作品をどうして弾けないのか?これは今でも痛烈に疑問だ。お答えいただきたいですよ。

 高校時代に藤掛さんや鈴木静一等の作品を演奏できたのは、要するに作品が扱いやすかったからですね。適切な演奏時間・適切な編成(高校生がつくる通常のマンドリンオーケストラの編成からはみ出さない)・適切な技巧(トライアルな技術が多少求められるけど、高校生の熱意と根性でクリアできるレベルのもの)であったと。それから、我々の気持ちにも合っていた。むかーしのヨーロッパの人が作ったマンドリン作品になんか共感できない、気分は確実にあって、だから「邦人作品」についついこだわる、これは正しかった、と思う。今でも、手書きのスコアは思い出せる。なんか、音楽やってる~~~!!という感じがもてたんですよ。お仕着せでない。

 そういうニーズは、日本の普通のアマチュアオーケストラには絶対にあると思うんだけどなあ。

 というか、日本ぐらいアマオケが多い国って珍しいんじゃないでしょうかね。なんか部活動の延長みたいに、週に一回集まって練習する、文化があるわけ。なのに、そのアマオケが楽しく練習し本番で演奏できる「邦人作品」のオケ作品がないってどーゆーことですか??普通の2管あるいは3管編成で難易度の低い曲を作る=レベルが低い作品になる、とでも思ってるんですかね?作る側がそれじゃあ、ふざけた話だよ。

 今回のゴースト騒ぎで、凄く不愉快なのは、ゴーストライターやってた新垣さんのセリフの節々から元自作の曲について、なんら愛着がなさそうな感じを受けたところ。所詮、こいつに書いてやってる曲は調性音楽で大した曲じゃない、というどこか小ばかにした印象があって。妙ちきりんなエリート意識が鼻につく。
 しかし、変な楽器+特殊技巧+崩れた調性+変拍子の連続なんて曲、シロートが手を出せる代物じゃない。一番ニーズがあるはずのアマオケの市場を完全に無視している。言うなれば自己満・自己完結の曲ばかり書きなぐってることになるじゃないですか。そんなもん、何の価値もないですよ。音楽ってのは、演奏してくれる人がいてこそ、初めて生きるものだから。日本にこんなにアマオケがある、普通の曲ならどこだって演奏してくれる可能性が高いんだ。普通の中で独自性を模索する、これは最高難度だと思うけどね、作曲家としては。それにトライする根性がかけらもないってことかね。作曲家の皆さんは。情けないよ。

 以前、どこかアマオケがコンクールか何かを主宰して、アマオケに向いている素晴らしい新作を集めてみたらどうだろう、と思っていたこともあるんだけど。新響とか。でもねえ、レベルの高いアマオケは、これまた鼻持ちならないエリート臭がふんぷんなんですよね。「俺たちゃお前らとは違うんだ」みたいな。ヤダヤダ、そういうハンパ軍団が席巻している業界ってことなのかな、クラシックって。

勝間和代氏

2014年02月12日 | 
が毎日新聞に連載されている「クロストーク」に自分が書いた意見。採用されるかどうか、わからんけど。

  この話が露見し、記者会見を見て、週刊文春を読んだ感想は「旧石器捏造事件とそっくり」だった。渦中の人物がいわゆる「素人あがり」であること、騙していた期間の長さ、だんだんと当人が神格化されるような話が増えていったこと、それを証明するような行動を当人がとり続けていた点(旧石器捏造事件を起こした人物は発掘現場の周辺をやたら歩き回って『昔の地形を読んで』いたそうです)、周囲の専門家軍団がコロッと騙されていたこと、批判や疑問はぽつぽつではあるがまっとうな手段で提出されていたにもかかわらず黙殺されていたこと、捏造に加担した人物について「いい人」という人物評が現れたこと・・・・・・。違うのは一つ。旧石器捏造事件については、毎日新聞が綿密に取材を重ね、決定的な証拠を積み上げた上で本人に認めさせる、ジャーナリズムの力量をとことん感じさせるものだったんです。私はずうっと毎日新聞の読者なわけですが、その理由として、このスクープに感じ入ったことが大きい。「この新聞の報道はその内容も、姿勢も、信頼に足る」と思わせるものがあった。メディアへの信頼感は、原則こんな感じで育てられるものじゃないかと思うんです。

 それに対してこの事件は、単純な、当事者からのリークがスクープの源らしい。この件の暴露について、メディア側からのアクセスはなかったらしい(というふうに解釈できるんですが)。リーク先の週刊文春は大ホクホクだったでしょうけど。今度ばかりは毎日新聞も連載特集なんぞ組んで渦中の人物について神話作成の片棒を担いでましたよね。自分としては「メディアの取材力はどこに行っちゃったわけ?」という文脈で問題をとらえていたわけです。つまり、受け手の問題ではなく、取材側の問題。旧石器捏造事件のスクープに携わった方々がまだ毎日新聞に在籍されておられるなら、ぜひ、なんでだまされたのか、連載記事を書いた記者に取材して検証記事を書いてほしいもんだ、と思っています。

 怖いと思うのは、一歩間違えばこの件は第二の「オウム真理教」になりかねなかったのではないかという危機感。オウム真理教も、最初の頃のメディアの取り上げ方は「純粋な若者たちが・・・・」風な好意的なものだったように思う。それに加えて「奇跡がどうの」だの「つらい修行に耐えて」みたいな持ち上げ方。この宗教が殺人集団に成り果てても、メディア側はへっぴり腰のままで、結局サリン事件までもっていかれてしまった。今回は渦中の人物の仕事(仕事してなかったようですけど)がたまたま「作曲家」で新興宗教の教祖様ではなかったから、殺人には至らなかったけれど。しかし、生じた精神的被害は甚大だ。オリンピック選手のことはさておき、渦中の人物の売名の演出のためにダシに使われた子供達のことを考えると、憤りで体が震えるような感じがするんです。子供は何も訴えることができませんから。情報の受け手がその手の「感動話が好きだから」そういう話を捏造したのだ、それを報じたメディアを簡単に信頼してはならない、だけで、こうした問題がなくなるでしょうか?メディアの取材力は、メディアだって一企業である以上その企業力の根幹なんですから、死に物狂いで企業レベルを上げるべく努力するのが筋。それを怠ってるからこういうことになるんだ、と言いたくなる。

 この件についていうと、この捏造話を最初に拡散したのはNHKなわけですが、なぜNHKが取り上げたかを考えています。私はクラシック音楽が好きな人間ですが、クラシック音楽の衰退ぶりには危機感を感じています。これは、NHKのようなメディアも同様に感じているのではないでしょうか。NHKは、地味な芸術や伝統技術をきちんと紹介する番組を作り続けていて、それはそうした芸術や技術分野をこれ以上すたれさせたくない、という熱意があるからだと思う。しかし、こうした芸術をただ紹介する番組は全然一般受けしないから、何らかの「物語性」を加味したくなる。音楽の場合だと「障害に立ち向かって」みたいな物語とセットにすると、実に受けがいい。NHKが発端のクラシックブームのほとんどが、そうした物語とセットになっていると思うんです。これはどういうことかというと、そうでもしないと誰も聴いてくれない、クラシック音楽という産業分野がそこまで衰退している、ということだと思う。

 だから、桐朋学園の学生諸君が、リークした人物が桐朋を去るようなことにならないようにしてほしい、という嘆願署名を集めて申し入れをした、という話に呆れています。諸君は、自分たちが将来関わることになるであろう、クラシック音楽の社会的影響力をどう考えているのか?今回精神的被害をこうむった子供たちのことをどう考えている?リークした人物は、そんなことに18年も加担したんだ。社会的制裁を受けて当然なんですよ。自分たちの仕事が社会に及ぼす影響力について思い至らない人の作品なんぞ、社会が受け入れると思いますか?「いい人だから、いい先生だから、寛大な対応を」なんて、あまりに内向きで、社会性のない人間の言い分です。これでは、クラシック音楽がダメになってもしょうがないなあ、と思って心底がっかりしています。で、音楽を志す若い方たちに対して、そうした社会的道義的責任をきちんと教えていない桐朋学園にも。どういう教育をなさっているのでしょうか?

 誰もが「いい話」にアクセスしたがる理由は、メディアから持ち込まれる記事の大半が「やな話」だからでしょうね。そうでなくても、新聞記事を読むと記事の最後尾に「しかし・・・・」というセンテンスでケチをつける式の記事が圧倒的。読後感が悪い。だから、最後までケチのつけようのない「いい話」にアクセスしたくなるわけ。日本語の特徴として、最後に書かれた文章の印象が一番強くなる傾向があるので、先にケチつけときゃいいのに、と思うことが多々あります。言ってみれば「酒飲みだけどよく働く」か「よく働くけど酒飲みだ」の違い。同じことを言っているのに、内容が違うように読める。ここはいつも新聞記事を読むときに用心しています。というか、この程度しか用心のしようがない。新聞には「酒飲みだけどよく働く」文脈の記事を増やすべきなんじゃないの、と言いたいです。

鳥類臨床研究会

2014年02月11日 | 
のセミナーに参加。今回は割と当たり。3勝1敗というところか。
 都内もまあ、それなりに雪は残っていたが、こっちよりか全然少ない。気温が違うんでしょうか?しかし、寒い寒い、休憩中も外に出られなかった。本日は1日がかりのセミナーということで、根性で弁当を作っていったのだが、なんかこう、面白くない。蓋開けても何にも意外感がないしなあ・・・・・・。

 で、休憩中に持って行った村上春樹の本を読む。村上春樹、今まで食わず嫌いで一切読んだことがない、少しは読んだ方がいいのかなあ、と思って。
 感想。いらつくなあ。
 って短編集を読んだんだけど、ここに出てくる主人公の「僕」というのが、何にもしない人間。で、唐突に教養っぽい名前だの話だの、が出る。パン屋でワグナーとか。これ、やや若い世代でこういう教養話が分かる、となると自慢の鼻がうごめく感じを持てるのかもしれない。自分はそうじゃない、鼻につくんです。

 ということで、好きになれそうもない。もう読まないでしょうね。つまんないから。読まず嫌い、もう一人、太宰!!どうしたもんでしょうかねえ?抜粋一文をちらっと読むだけで、イラッとするんだけど。

 今までも結構「一世を風靡した作品」てのをスルーしている。「金八先生」だの「北の国から」だの。全く観ていない、という人間も珍しいかもしれないなあ。ああ、ガンダムもだ。興味0。エヴァンゲリオンもか。話の抜粋だけでつまらなそうなんだもんさ。
 

那須

2014年02月06日 | 
に行って泊まって帰ってきたら。新聞の1面がぶっ飛ぶ内容。今日は、その記者会見をとりあえず見物。

 最初は、旧石器捏造事件と「鶴の恩返し」話(つまり、部屋に籠って、作業を見るな!!というあたりが)が混ざったような話かな、と思ってたんですけど。それどころか、旧石器捏造事件とオウム真理教事件を足したような話じゃないか、と理解して、ジャーナリズムはいったい何をやっているんだ!!と激怒している。

 旧石器捏造事件を起こした人物も、よく似た行動をとってたなあ。「昔の地形を調べる」とか言って、何時間も、発掘現場周辺をひたすら歩き回ったり。旧石器捏造は、はじまりから発覚まで確か20年近くかそれ以上の年月が経過してた。その人物をマスコミも含め、周囲はそれなりに信用してたし。それもそっくり。

 ずうっと毎日新聞の読者なんだけど、その理由は旧石器捏造スクープが大きい。スクープの内容は今も鮮明だ。今回の件と何が違うかというと、旧石器捏造事件の時は、毎日新聞がきっちり取材調査を進めて、証拠固めを完璧にしたうえで本人に切り出して認めさせる、ジャーナリズムの力量をとことん感じさせるものだったんですよ。今回は全然そんなのと違う。週刊文春を読んだわけじゃないから(買おうとしたら、売り切れてました)文春側がどうやって手に入れた情報なのかはよくわからないが、リークした人物を元々取材していたわけでもなさそう。向こうから持ってきたリーク話で、それを文春は掲載した、ということだけっぽい。つまり、取材する側は何もしていないわけ、なんだと思う。文春はホクホクしてるでしょうけどね。ひさーしぶりに、思う存分ぶっ叩ける相手を見つけたわけだから。

 オウム真理教とそっくりだと思うのは。やたら感動話を仕立てあげて、それにマスコミが乗っかってこぞって持ち上げていた、という状況。今回はNHKがそれを先導したわけだけど、確かオウムの時も、そんなようなことをNHKも民間放送もやりまくってましたよね。今回は、たまたま対象者が新興宗教の教祖様じゃなくて、一介の作曲家だっただけ。それでも、甚大な精神的被害が出ている。TV各社はどうするつもりなんだ??で、今回は毎日新聞も思いっきり片棒を担いでましたよね。バカらしくて、その特集コラムは読まなかったんだけどさ。

 何らかの障害を抱えてる作曲家なんかいっぱいいるんだけど。ベートーヴェンがもてはやされるのは、彼の曲(「運命」って、別にベートーヴェンがそういう名前を付けたわけじゃないんです)から「ご立派な人生」を日本人が勝手に捏造しているからなんですよね。フォーレだって晩年は聴覚をなくしてた。バッハは失明した。シューマンは精神に異常をきたした。こういう話はしかし、曲と絡めた感動話にならないから、みんな興味を持たないんでしょうね。

 元来クラシック音楽なんて、最も社会的影響力がない仕事ジャンルのように思うんだけど、TV等々のせいで、影響が肥大してしまった、ということ。で、一見関係のなさそうな、フィギュアスケートやら、オリンピックやらにまでその影響が波及してしまった。社会活動(=仕事と解釈しているが)って、どんなジャンルでも、社会に対する影響があるんだと自覚しなければだめだ、というのを改めて真剣に考えてしまうが。

 にしても、以前からつくづくウンザリしているのは。マスコミの人間って「芸術家先生様」に弱いのよね。すぐにへいこら、卑屈になる。何か事件があると、必ずと言っていいほど「作家の誰それ」にコメントを頼む、というのもその卑屈さと関係ありそうな。作家なんぞただのもの書きで、一番世間知らず人種の一だと思うんだけどなあ。音楽家だって同じさ。

 この人物についていえば。記者会見を見ても、何考えてるんだかさっぱ分からんとは思う。へんてこな主従関係ができてたことは間違いないが。感想としては。自分の曲をホイホイ他人に譲って平気でいる、創作活動なるものを舐めてる人物には間違いなさそう。でなきゃ、こんな時期に公表しないでしょ。「堂々と戦っていただきたい」だなんて、無礼きわまる。命令するなよ。何様だ!!

 でね、他人を支配するのが上手い人物は、泣き落としがかなり巧みです。「死んでやる~~」は、そういう人物がよく使う手口。死にゃせんですよ、こう言う人間は。騙されちゃあイケマセンぞ。

 
記者会見全容

今年のまとめ

2013年12月31日 | 
 どうなんでしょうかねえ・・・・・・・?

 むかつくことの多い一年、と言えるか。

 とくに馬関係。馬業界の連中には心底むかついてます。年配の連中が全員引退してくれりゃ、もうちょっと風通しが良くなると思うんだけど。

 来年はどうなるか?

続き

2013年12月09日 | 
の話。クラッシュした旧PCに入ってた会計データはクラウドに上げてはいたのだけど、肝心のソフトがなくちゃあ、全くもって開けられない。しかし、会計ソフトはウインドウズ8では(案の定)動かない。こういうとこでベクターソフトのしょうもなさが出ます。でもねえ、このソフト、極安だっただけでなく、すごく使いやすかったからさ・・・・・・・・。

 この時点で、考えてたことは。
1)どっかでウインドウズ7以下のPCを手に入れて、それに会計ソフトを入れてどうにかする。
2)すべてを諦めて、ウインドウズ8でOKの新しい会計ソフトを使って、今年最初からやり直し。
3)旧PCを治す。
 全部ろくでもない・・・・・・。何のためにウインドウズ8を買ったんだか。でもねえ、すでにウインドウズ7が駆逐されてる状況なんだものしょうがない。で、どうやら2)になりそうだと思って、1月分からつけ始めてたんですよ(気が遠くなる・・・・・)。

 そこへ、すごい朗報がやってきたいやあ、持つべきものは、患者様でございます!!

 しょんぼりして、患者さんに愚痴っていたわけですが。そしたら、患者さんが「あ~~そういえば、思い出したわ」って。「うちにビスタの新品があるわよ」。ええ~~~~しかも、ノートPCだという、ホントですかあ?でもどーして新品?伺ってみると、要するにめちゃ使いにくくて、家族からダメ出しを食らってお蔵入り、ということらしい。いやあこの際、とにかくOSが旧型ならいんですよお~~、ちょっと試しに使ってみるわけにいきませんでしょうか???そしたらあっさり「いいわよ~~~」って。

 わざわざお持ちいただいて、本当に申し訳ないっす。恐る恐るインストールしてみたら、おお!!やっぱりインストールできたあ会計データも読み込めて、続きを記帳できるようになって、ホッとしました~~。

 ということで、旧型の新品というすごいPCが手に入って、これを当面の仕事用とする、という結論になりそう。やれやれ、大感謝!!です

 一連のトラブルを考えるに、PCの世界って、古いものには全く価値が見出されなくなっちゃうんですね。で、それそれ新しいの!!という圧力がすごい。実際、新しいOSが出ると、あっという間に古いのは駆逐されて新しいのに適応できなきゃ、あんただめですよ、になっちゃう。で、マイクロソフト社は完全に誤解してると思うんだけど、ITの世界にいる奴なら、そーだそーだって、なるんでしょうけど、普通の人は、右往左往するばかりなんですよ。マクロソフトさんが言うところの「便利」って利便性はあるのかも知らんけど、使い勝手は全然ダメ。要するに手前勝手ということ。で、サポートサイトなるところの説明文がまた、訳わからん。日本語を知らないんじゃないか?と呆れてしまう。

 あとねえ、ITの世界ですんげえ腹が立っていること。「同意許諾」ってなに?「同意しません」にしたら最後、じゃあ、使えませんね、になるでしょ。一方的なんてもんじゃないじゃないですか。ここんとこ、何回「同意します」ってやったか!条項なんか読むか、と思う。読もうが読むまいが、「同意します」にしなくちゃ使えないんだから。ほーんと、人を馬鹿にしとる!!!


原田宗典氏

2013年09月13日 | 
の逮捕、という話、色々考える事多し。なーんか、絵に描いたような転落人生だなあ・・・・・・。

 20年前位はあっちこっちに連載を持つ、いわゆる「人気作家」だった筈。うちにもある。 毎日新聞に結構な紙面を割いて連載されていたエッセイ。
 で、そのうち「うつ病になった」とかで、精神科医と対談した本、これは図書館で借りて読んだっけ。読みつつ、なんだか危なっかしいなあ、という印象はあったのだが・・・・・・。

 作家、がなぜか日本ではもてはやされる。やたらインタビューとかあるし。作家だけで食べてる人ってしかし、何人いるんだろう?作家なのか芸能人なのか判然としない人も結構いっぱいいる。なにやって食べてるんだろうなあ?というか。

 自営業として考えると、すごく不安定な仕事だよね。潰しもきかないし。

 作家の申告ってどうなってるのか?と思うことも多い。最近はどうなんだろう?原稿料なんかもどんぶり勘定で請求書等々もほとんど取り交わさない、という。税務署からすれば、一番税金をぶったくれそうな業種かもしれない。簡単に「過少申告じゃないですか!」とか言えそうですもんね。

 芥川賞・直木賞だって、年2回ある。まあ、該当者なし、という時もあるけど、年に1人2人は出るわけで。そうなると、その賞を獲ったからもう安泰、はないですよね。

 原田さんについて言うなら。この人の事を覚えてる読者自体が、既にほとんどいなくなってる、んじゃないか、という感慨がある。作家も芸能人も一種の人気商売だから(文学がどうこう、芸術がどうこうっていうのは、ほぼ意味ないと思うんですよ)読者がつかなければそれっきり、ということか。

 なんというか、自分より少し上の世代で、一時期ブイブイ言わせてたような作家の皆さんがいつの間にかどっかに消えてる感が最近は強くて。そこへこの逮捕。覚醒剤って、カンベンして下さいよ・・・・・・。

2013年08月30日 | 
を購入して読む、久しぶり~~~~~。
 本はね、読まされたから、読みたくない、ということで、特に小説は読まなくなりましたね。新聞小説は時々読むけど、なんというか、「あー所詮は一人の頭からひねり出されたもんだよな、底が浅いわ」なんて思っちゃうことが多くて。

 今回なんとなく購入して読んだのはこれ
 馬業界にはとりあえず、まだ足を突っ込んでいて、突っ込むほどにムカついてくる、わけで。なんでかな~~、と思って読んでみて、なるほど、と、多少分かったような。

 競馬なんかどーでもいいんだけどさ、今の日本の馬の仕事といえば、残念だけど競馬がほとんど、そこで馬がどういう扱われ方をしているのか、が垣間見える。つくづくまずいよね、しかし。競馬がジリ貧だというのは承知していたつもりだが、ここまでずぶずぶになってるとはねいい気味だと思ってばかりじゃまずいんでしょうけどね。

 読んでて感じる競馬業界=典型的な「昭和・オトコ・ムラ社会」。こんなんだから、まともに馬の躾もできないんだよ。人間の子供にすら関わってないおっさんなんかが馬の躾なんぞできるわけないべや、と。それだけじゃないな、そういう雰囲気がにじみ出てるから、魅力なんかなくなっちゃうわけよ。
 著者の藤田さんがまあ、あれこれ問題点を指摘している、けど、特段JRAは動く気なんかないんでしょうなあ。関わりたくないっって感じだなあ~~。

 右肩下がりの数字がぞろぞろ。騎手の数もどんどん減っちゃって、しかも、途中でやめちゃう人が相当増えているらしい。サラブの生産数(ヘンな言葉ですねえ)も年間1万頭を切っちゃってるって。ヘタすると、絶滅危惧種になりますなあ・・・・・。

 こりゃ、こっちの立場から言わせてもらうとだ、サンデーサイレンスの呪い、といえよう。散々こき使われた揚句にひどい死に方をさせられたんだものね。

 一方、乗馬業界といえば。ヨーロッパから大枚はたいて馬買ってきてダメにする人多し。ホント、バカらしいですわ。

メディアハラスメント

2013年07月05日 | 
の典型みたいな、今回の騒動。
 一言で言うと、「ふざけるな」ですけどね。安藤さんもそうだが、お嬢さんがかわいそうではないの、そういう風に全然考えない、で、エビせんべい、じゃない、エビせんさくしたがる、のは、やっぱり上司が男、というかオヤジである所のメディアってわけだ。あーやだ、男のいじめ根性ってとことんえげつないわあ。
 このアンケートには批判が殺到したそうだが、かなりホッとしている。この件の展開に心底ウンザリしている常識的な人って多かったんですね。

 まあ、こんなクソみたいなアンケートなんかやってる限り、少子化は続くでしょうねえ。我ら女にどうしてほしいんだよ、オヤジども!!!


安藤選手出産のアンケート中止=週刊文春、抗議殺到で謝罪(時事通信) - goo ニュース