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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇ドゥダメル指揮シモン・ボリバル響のベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」他

2013-11-19 10:51:08 | 交響曲(ベートーヴェン)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
          バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
          劇音楽「エグモント」序曲

指揮:グスターボ・ドゥダメル

管弦楽:シモン・ボリバル交響楽団

CD:ユニバーサルミュージック(ドイツ・グラモフォン) UCCG‐1578

 最近の世界のクラシック音楽界の話題中でも、指揮のグスターボ・ドゥダメル(1981年生まれ)とシモン・ボリバル交響楽団の活躍が一際注目を集めている。それは何故か?現在、袋小路に入ってしまっているクラシック音楽界に、ドゥダメルとシモン・ボリバル交響楽団が風穴を開け、再びクラシック音楽が光り輝く時代へと向かうのではないかという期待感があるからだ。ベートーヴェンが現役の頃、ベートーヴェンが発表する新作に多くの関心が集まった。ハイドンしかり、モーツァルトしかり、なのである。ところが、現在のクラシック音楽界は、未だに、これらの作曲者の作品が中心となっており、新鮮味に欠ける。一時、現代音楽が主役に踊り出るのでは、という淡い期待もあったが、現状を見ると、この期待はものの見事に裏切られたようである。それどころか、最近では、古楽器演奏に関心が集まるなど、古い時代へ活路を見い出そうとしているかのようにも見える。そんな中、「ニューズウィーク」が、“オーケストラ指揮者のエルビス・プレスリー”と評し、これからのクラシック音楽界の革命児になるかもしれないと指摘したのがグスターボ・ドゥダメルなのである。そして今、ドゥダメルは次期ベルリン・フィルの音楽監督の候補と言われるほどまで注目を集めている存在となっている。

 ドゥダメルを語る上で、ホセ・アントニオ・アブレウが、南米のベネズエラで1975年に創始した、音楽教育活動ならびにユース・オーケストラ活動の「エル・システマ」を欠かすわけにはいかない。ドゥダメルは音楽を「エル・システマ」で学び、シモン・ボリバル交響楽団のメンバーは「エル・システマ」のユース・オーケストラの出身者で占められているからだ。ベネズエラは、正式な国名をベネズエラ・ボリバル共和国と言い、南アメリカ北部に位置する連邦共和制社会主義国家で、首都はカラカス、人口は2858万人。まず、疑問に思うのが、クラシック音楽とベネズエラとの結び付きだ。これまでクラシック音楽というと本場のヨーロッパあるいは北米、それに最近ではアジアが台頭してきているが、南米のベネズエラとの関係がなかなか結び付かない。実は、ここにクラシック音楽の盲点があったのだ。クラシック音楽は西欧の宗教(キリスト教)そして貴族の音楽、さらにベートーヴェンが切り開いた市民音楽という歴史を持つが、その対象とする多くが富裕層であった。つまり、これまでクラシック音楽と貧困層との接点は無かったと言った方が正解であろう。「クラシック音楽は、何も富裕層のためだけにあるのではない。貧困層にも必要な音楽なのだ」と、「エル・システマ」活動の創始者で、この活動によりノーベル賞の候補者にも挙げられているアブレウが言っているように、私には感じられる。貧しくてろくに学校にも通えない子供が、モーツァルトやヴィヴァルディを弾きこなすことによって、初めて自分に誇りが持てたという話もあるのである。

 早速、グスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル交響楽団が、2012年、カラカスで、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」と2つの序曲を収録したCDを聴いてみよう。ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の第1楽章は、早めのテンポで軽快そのものに演奏が展開される。そこには「英雄」という言葉を無闇に意識することなく、ベートヴェンが作曲した交響曲の響きだけに集中し、曲が本来持つ力強さや大きな空間の広がりといったものを表現し尽くす。従来の指揮者の特徴とも言える形而上学表現あるいは即物的表現のいずれとも違う。正に、今、生きている我々が感じ取れるベートーヴェン像がそこにある。何か、この演奏を聴くと、ベートーヴェンが今の日本の街角に立ち、考えながら歩いているようにも、私には感じられた。第2楽章は、打って変わって、非常にゆっくりとしたテンポで、哀愁を帯びた演奏を繰り広げる。これも従来の「英雄」の演奏とは、大分趣が違う。何かシューベルトの交響曲を聴いているようでもある。ベートーヴェンの「英雄」にロマンを感じさせるドゥダメルの指揮ぶりに感心させられた。第3楽章は、再び第1楽章の軽快さが戻って来る。団員一人一人の体から自然に発散される音楽の喜びが感じ取れる。そして、第4楽章。ここでドゥダメルとシモン・ボリバル交響楽団とが繰り広げる演奏は、演奏することへの喜びが溢れ返っている。響き自体に生気が感じ取れるのである。彼らは、無意味に「英雄」という言葉に結び付けることはしない。そこにあるのは、ベートーヴェンが作曲した曲への心からの共感なのだ。

 次のバレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲の演奏は、その仕上がりの完璧さには驚いた。指揮者とオーケストラが完全に一体化し、曲の持つ魅力を最大限に発揮させてみせる。ベートーヴェン自身、この曲をかなり好んでいたというが、私は、この演奏を聴いて、初めてベートヴェンの言うことが分ったような気がした。そして最後の劇音楽「エグモント」序曲へと進む。この演奏も「プロメテウスの創造物」序曲の演奏と同様なことが言える。曲への集中力はかなりのもので、この曲が持つドラマティックな展開を、ものの見事に表現してみせる。「プロメテウスの創造物」序曲と「エグモント」序曲を聴くと、グスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル交響楽団は、西欧の一流オーケストラに匹敵する力のある演奏家たちであることが実感できる。一方、若き指揮者グスターボ・ドゥダメルへの期待と同時に、その存在がメジャーとなるにつれて、批判も飛び出すことになる。「表現が恣意的だ」「伝統的な味に乏しい」などである。しかし、これらの批判が、もし昔の尺度からなされているなら問題だ。「古い演奏スタイルが最高で、新しいものは劣るかあるいは亜流」という見方は、停滞しか生み出さないであろう。グスターボ・ドゥダメルとシモン・ボリバル交響楽団そして「エル・システマ」活動が、今後どう、世界のクラシック音楽界を変革して行くのかを、注意深く見守りたい。(蔵 志津久)


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