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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇キーシンのシューベルト:「さすらい人幻想曲」他

2011-01-13 13:37:31 | 器楽曲(ピアノ)

シューベルト:「さすらい人幻想曲」D760
シューベルト(リスト編曲):4つの歌曲(糸を紡グレートヒェン/セレナーデ/水車職人と小川/水の上で歌う)
ブラームス:幻想曲集(第1曲―第7曲)
リスト:ハンガリー狂詩曲 第12番

ピアノ:エフゲニー・キーシン

CD:ユニバーサル ミュージック合同会社(独グラモフォン) UCCG 4732

 エフゲニー・キーシンは、1971年にモスクワでうまれているので、今40歳という正に、ピアニストとして油の乗り切った全盛時代を迎えている。幼いときから神童と呼ばれてきたそうであるが、これまでコンクールの受賞歴がほとんどないというから、コンクール全盛の現在、珍しい経歴だといってもいいだろう。要するに実力だけで今日の国際的ピアニストの座を射止めたことになる。こんな例は、ヴァイオリニストのデュメイがいるぐらいだ。1990年にカーネギーホールにおいてアメリカデビューを果たし、国際的名声を確かなものした。このCDは1990年12月にミュンヘンで録音されたものだけに、若者がその持てる才能を伸び伸びと発揮しながら弾いている光景が彷彿としてくるようなCDに仕上がっている。才気走るとはこのことかと、一人で納得してしまいそうな録音なのである。昨年、NHKテレビでカラヤンの伝記の番組が放送されたが、その中でキーシンがインタビューでカラヤンの思い出を語る場面を急に思い出した。キーシンは「カラヤンは僕を抱きしめ、涙を流しながら『君は神童だ』と言っていたよ」とあっけらかんと話していたのを思い出す。伸び伸びと成長した若きピアニストの自信が感じられたが、このCDは、そんなキーシンの自信を”音”にした録音のようだ。

 このCDの特徴の一つは、選曲の奇抜さだ。これらはキーシンがリサイタルでしばしば取り上げる曲目だそうだ。リストがシューベルトの4つの歌曲をピアノ独奏曲に編曲したものを弾いている。意表をつく選曲だ。それにブラームスの幻想曲集という大変地味な曲を取り上げている。そして、最初にシューベルトの「さすらい人幻想曲」(これも歌曲をベースとした曲)を持ってきて、トリは、リストの「ハンガリー狂詩曲第12番」で締めくくっている。普通のピアニストならちょっと尻込みしてしまいそうな選曲である。これを説得力ある表現で弾きこなすとは・・・、やはり相当な自信と信念の持ち主なのであろう。この選曲を見て、私はチラリとグレン・グールドのことが頭を過ぎった。グレン・グールドは当時、ピアニストがそう積極的には取り上げていなかったバッハの曲を取り上げ、聴いた誰もが腰を抜かすような猛烈なスピードで弾き抜けて見せたのである。これを聴いた当時の評論家はこぞってグレン・グールドを異端児扱いした。バッハは敬虔なものでそんな弾き方をするものではないと。しかし、今、グレン・グールドは、バッハ弾きの神様になっている。このことを考えて、このCDでのキーシンの選曲を改めて見てみると、「どこがおかしいの」とキーシンが言っているようにも思える。

 それにしても、キーシンが奏でるピアノの音は、なんとはつらつとしていて、輝かしい光に満ちているのだろう。技巧的にもかなりのレベルに達していると思われるが、聴いていて少しも疲れない。技巧的なピアニストの演奏を演奏を聴き終わると、ほとんどの場合、どっと疲れが押し寄せて来る。これを心地よい疲れだといわれれば、それだけだが、やはり疲れない方が私はいい。その点、キーシンのピアノは、常に躍動し、ピアノの音がそこら中に撒き散らされるような感覚に捉われるのであるが、聴き終わった後は、不思議なことに爽快感で満たされる。キーシンはそんな演出を考えて演奏しているのに相違ないと、私は密に思う。これを極端やるといやらしさが目に付くが、キーシンは、その直前で抑えている。ブラームスの幻想曲集を聴いてみよう。キーシンは、ブラームス独特の曖昧模糊とした表現は残しながら、ブラームスの世界とは、別次元とも思える明るさを取り入れ、見事キーシン独特のブラームスの世界を演出しているのだ。このCDを聴いて、やはり、キーシンは一筋縄では到底語れないピアニストだと実感した。

 シューベルトの「さすらい人幻想曲」から聴いてみよう。この曲はシューベルトのピアノ曲の中でも特異な存在感がある曲である。ピアノソナタのようなロマン溢れる抒情みだけではなく、後年のリストのピアノ曲を先取りしたような感じもする。これをキーシンは、これは僕のためにある曲だとばかりに、猛烈な勢いで弾き進む。バッハの曲をグレン・グールドが猛烈な勢いで弾いたように。ただ、グレン・グールドが常に病的な要素が纏わり付いているのに対し、キーシンは健康そのもので快活に弾き進む。あまり健康的な所が、シューベルトファンの中では好き嫌いが分かれる弾き方になるかもしれない。もうちょっと陰影を付けて弾いてよ、というリスナーもいよう。これに対し、シューベルトの「4つの歌曲」は、充分にしっとりとした情緒的な弾き方に徹してしており、万人の支持を得られると思う。それにしてもシューベルト歌曲がピアノ曲でも十分に聴き応えがあるとは、新しい発見ではあった。ブラームスの演奏については既に書いたので省略するが、キーシンの演奏でブラームスの新しい表現方法が編み出されたのではなかろうか。最後は、リストの「ハンガリー狂詩曲12番」である。ここでのキーシンの演出力は、一際切れ味がよく仕上がっている。何かオペラのアリアを聴いているような、浪々たるピアノの響きにリスナーは酔いしれる。キーシンの切れの良いピアノ演奏を聴いて、日頃の憂さも吹っ飛ぶといったところだ。(蔵 志津久)


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