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◇クラシック音楽CDレビュー◇マルタ・アルゲリッチ、ギドン・クレーメル、ミッシャ・マイスキー”夢のトリオ”のショスタコーヴィチ/チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲

2021-06-08 09:44:05 | 室内楽曲



<CDレビュー>



~マルタ・アルゲリッチ、ギドン・クレーメル、ミッシャ・マイスキー”夢のトリオ”のショスタコーヴィチ/チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲~



ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番
チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の想い出のために」
キーゼヴェッター:タンゴ・パセティック(アンコール)

ピアノ:マルタ・アルゲリッチ
ヴァイオリン:ギドン・クレーメル
チェロ:ミッシャ・マイスキー

録音:1998年5月、東京(ライヴ録音)

CD:ユニバーサル・ミュージック UCCG-6138 

 このCDは、1998年5月に東京で開催された演奏会のライヴ録音盤である。曲目は、ショスタコーヴィチとチャイコフスキーのピアノ三重奏曲で、2曲とも死者を回想する内容となっている。そもそも、この三人は当代きっての奏者達であり、三人が揃って演奏するチャンスはほとんどないと言っていいほどの”夢のトリオ”なのである。そんな三人が奇跡的に東京で出会い演奏会を開催したのである。この東京での演奏会の背景には、アルゲリッチのマネージャーを40年、クレーメルのマネージャーを25年務めて、この”夢のトリオ”の実現に尽力したが果たせず、1996年に他界したハンブルグの名マネージャーのラインハルト・ポールセンの存在があった。ポールセンを追悼するために、曲目として、死者を回想する内容を持つショスタコーヴィチとチャイコフスキーのピアノ三重奏曲が選ばれたのである。そういう思いでこのCDを聴くと、切々とした当日の演奏会場の3人の情感が、ひしひしと伝わってくるのを感じ取ることが出来る。

 ヴァイオリンのギドン・クレーメル(1947年生れ)は、ラトビア出身。モスクワ音楽院でダヴィッド・オイストラフに師事。1967「エリザベート王妃国際音楽コンクール」第3位、1969年「パガニーニ国際コンクール」優勝、1970年「チャイコフスキー国際コンクール」優勝。1975年にドイツにおいて西側へのデビューを飾った。2002年「グラミー賞」最優秀賞受賞。
 
 ピアノのマルタ・アルゲリッチ(1941年生まれ)は、アルゼンチン出身。1957年「ブゾーニ国際ピアノコンクール」優勝。1965年「ショパン国際ピアノコンクール」優勝。日本においての「別府アルゲリッチ音楽祭」の取り組みなどが高く評価され、第17回「高松宮殿下記念世界文化賞(音楽部門)」受賞、旭日小綬章を受章するなど、日本とのかかわりは深い。

 チェロのミッシャ・マイスキーは、ラトヴィア共和国出身。ロシアで学び、のちにイスラエルに移住。以後、ロンドン、パリ、ベルリン、ウィーン、ニューヨーク、東京をはじめ世界の主要コンサートホールで演奏活動を展開。マイスキーの録音は世界各地で高い評価を得ており、日本の「レコード・アカデミー賞」5回、「エコー・ドイツ・シャルプラッテン賞」3回、パリの「ディスク・グランプリ賞」など受賞。
 
 ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番は、1944年に完成。作曲者の親友イワン・ソレルチンスキーの追憶に献呈された。1944年11月14日にレニングラードにて初演された。第1楽章は、チェロの独奏によって開始する。第2楽章は、古典的なスケルツォ楽章。第3楽章は、伝統的な緩徐楽章。第4楽章は、第3楽章から切れ目なく続き、非常にリズミカルな楽章で、「ユダヤの旋律」を中心主題として形成されており、最終的にこの主題が、楽章の後半に入って山場を築き上げる。このほか、先行楽章からの引用句も含まれる。第1楽章からは、緩やかな開始の楽句がテンポを速めて再登場し、第2楽章からは開始の緩やかなピアノの楽句が終楽章の結びの直前に現れる。

 この曲での3人の演奏内容は、この2年前に亡くなったマネージャーのラインハルト・ポールセンを偲ぶ思いが全体を覆い尽くすように、重く深々と弾き進む。この曲は、ショスタコーヴィチが親友のイワン・ソレルチンスキーの追憶にために作曲した曲だが、あたかもその思いが3人に乗り移ったようにも聴こえる。この演奏には、そのような同じ境遇にある人間だけが表現可能な凄味が込められている。人生には「生」があると同時に誰にも必ず「死」が訪れる。この現実に真正面から取り組み、それを誠実に演奏に生かし、3人の卓越した演奏技術で表現し尽くした名演となっている。今聴くとコロナ禍で喘ぐ人類への哀歌にも聴こえてくる演奏内容だ。

 チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の想い出のために」は、1881年から1882年にかけて作曲された。旧友ニコライ・ルビンシテインへの追悼音楽であるため、全般的に悲痛で荘重な調子が支配的となっている。2つの楽章で構成され、ほの暗く情熱的な第1楽章「悲歌的小品」は、伝統的なソナタ形式によって構成されている。第2楽章の最終変奏が長大なため、その部分が実質的な終楽章の役割を果たしている。第2楽章の構成は主題、第1変奏~第11変奏、そして第12変奏、コーダで終わる。最終変奏では、だんだんと陶酔の高みを上り詰めていくが、不意の転調によって短調に転じると、第1楽章の開始主題が重々しく再登場し、葬送行進曲によって締め括られる。

 この曲での3人の演奏内容は、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲と同じことが言えるが、ライヴ録音の特性が存分に味わうことが出来るものに仕上がっているところに、この録音の存在価値がある。チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の想い出のために」の録音は、現在、数多く存在するが、このCD程、即興的演奏の醍醐味を味わえるものはそう多くはないであろう。これほどの名手3人が集まると、往々にしてそれぞれの個性が前面に出過ぎるきらいがあるが、それがない。そして、華麗な表現を追い求めるのではなく、それぞれの心の内をあたかも互いに確認するかのようにして演奏が進む。”夢のトリオ”と言われるのも、むべなるかな。(蔵 志津久)
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