ブラームス:交響曲第1番
指揮:ヘルマン・アーベントロート
管弦楽:バイエルン国立管弦楽団
CD:DISQUES REFRAIN DR920035
録音技術の向上で、最近では生の演奏会とそう違わない雰囲気で聴けるので、リスナーとしては、現在は願ってもない環境にあるといってもよいであろう。しかし、演奏内容だけに限れば、過去の録音の方が圧倒的に名演が多いのも事実である。しかし、世の中うまくいかないもので、名演奏の録音は大概録音が悪いというのが相場。要するに現在のリスナーは、演奏内容を取るか、音質を取るかの二者択一の選択を迫られるのだ。ところがである、演奏内容は超一流であり、しかも音質も悪くないという録音もたまにはある。その中の1枚が、今回のCDのアーベントロート指揮/バイエルン国立管弦楽団のブラームス:交響曲第1番のライブ録音盤(!)なのである。
ヘルマン・アーベントロート(1883年―1956年)は、亡くなってから50年以上経った指揮者なので、名前を聞いてもぴんとこないかもしれないが、ケルン市の音楽監督をはじめ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団常任指揮者(1934年-1945年)、ライプツィヒ放送交響楽団首席指揮者(1949年-1956年)、ベルリン放送交響楽団首
席指揮者(1953年-1956年)を務めた経歴を見れば、大物指揮者であったことが分ろう。 過去に彼が務めた前任者や後任者の中に、ワルターやフルトヴェングラーなどの名前が見受けられることからしても、このことが裏付けられる。ただ、第2次世界大戦後は、東ドイツに留まったためか、わが国ではフルトヴェングラーやワルターほどには知名度は高くはない。しかし、彼の葬儀は東ドイツでは国葬が行われたというから、やはり凄い指揮であったのだ。
早速聴いてみることにしよう。第1楽章の始まりから終わりまで、このくらい力の入った、重厚なブラームスの交響曲第1番は今まで聴いたことがない。凄いパンチ力によって全力で指揮している様子が手にとるように分るのだ。何か地の底から湧き起こってくるような響きは、一度聴くと耳から離れない。ただならぬ雰囲気が辺りを駆け巡り、その迫力に圧倒される。唯々息を呑むといった思いがする。第2楽章は、第1楽章の信じられないほどの緊張感から解放され、一時の安らぎが広がり、リスナーもほっとすることができる。しかし、単なる安らぎではなく、これから始まるであろう戦いの前奏曲といったようなところなのである。アーベントロートは、最後のところで手綱は決して緩めない。
第3楽章は、第2楽章を受けって立っているようで、テンポも快調で第1楽章のような重苦しさはない。しかし、来るべき新たな戦いに武者震いするようなパートも見え隠れし、リスナーは、心地良い適度な緊張感に包まれる。バイエルン国立管弦楽団の弦と管のバランスが絶妙で、オーケストラの響きに存分に身を任せることができる。そして最後の第4楽章を迎える。出だしから第1楽章の緊張感が戻ってくる。アーベントロートは、ゆっくりとゆっくりと指揮を進めるが、その内包した緊張感は、ちょっと桁外れに凄みがある。ティンパニーが高々と先陣を切り咆哮し、次に管楽器群が代わる代わるゆっくりと登場する。何か劇の最終幕を見ているかのような感じだ。そして、最後に弦楽器が満を持していたかのように力演する。他の凡百の指揮者には到底求められない、ここでのアーベントロートの演出力には、正に脱帽だ。(蔵 志津久)