それにしてもこの人が僕の兄さん? 間違いなくそうなんだろうけど、もちろん僕には実感がない。いままでその存在すら知らなかったんだもの、なんか、夢の中にいるような感覚だ。
僕が呆然としているので、彼の相手は井上さんが引き取った。
「1年て…謄本取りにいったんなら、そこで住民票の転出届もみたんでしょ? なんで1年も…。」
「はあ、1年前に行った時はその本籍地の住所に住んでいることになってたんスよ。だからそこへ行ってみたら何と誰もいないでしょ? ていうか、謄本見たところで両親も姉も死亡により除籍ってなってたから、この…弟ひとりってわかってたんスけど、そこにはいなくって…。すぐ会えると思ってたもんだから、がっかりしちゃって。あと何も手掛かりなかったし…。」
「あれ…ついこの間甲府市にあった住民票ここへ移したぞ。なんでその…直江津か? 転出になってなかったんだ? 役所の怠慢か?」
「イヤそれがもっかい行ってみたら…つい先週のことッス、そしたら今度は転出なってて…。」
「あ…それは…。」
それは心当たりあります…。
「僕が直江津を出たのは一年半ほど前です…。でも、住民票を甲府に移したのは半年前で…僕は住民票がどうとかって全然わからなくて気にもしてなかったから、半年前に住み込んだところの人が、移さなきゃだめだからって…。それまでほったらかしだったんです。すみません…。」
「なるほど、そういうことか! なるほど、納得した。」
それから井上さんが続けて聞いた。
「じゃあ、甲府にも行ったんだ。」
「はい! で、また転出なってたけど、一応その住所のところへ行ったら…めちゃめちゃびっくりされて…それ、今朝のことなんスけど。」
「びっくりされた? ああ、そっくりだから…。」
いいかけて井上さんはなぜか途中で切って視線だけ天井へ向けた。
「あ……もしかして生きてたのか的なこと言われた。」
「ええ、そうなんです。オレは兄弟だって言ったらホッとして、死んだって聞いたもんだからって言われて…オレ、真っ青になっちゃって…それで矢も立てもたまらずここまでイッキに来たんスよ!! ああ~よかった、なんかの間違いで!! 生きてて!!」
どういうこと? あの宿舎の人が僕が死んだと思ってたって?? 僕は井上さんの方を見る…と、彼は手を額にかざして目をつぶっていた。そして
「悪い!! それは俺のせいだ。」
と謝った。
「井上さん? いったい…。」
「いやあ…こないだそこへお前が置いてきた荷物取りに行ったとき、あの男に――俺が話してた相手な、清司本人は来てないのかとか、どこへ移ったんだとか面倒なこと聞いてきたんで、俺はどうせ調べやしないからって思って『アイツは事故って死んだから遠縁の俺が荷物引取りに来たんだ』ってでまかせ言ったんだよ。」
「店長ひどっ…!」
涼香さんがジトっと見る…。
「いや!! ごめん!! 悪かった!! 勝手に殺して。その方があとくされないと思ったもんだから…。ホント申し訳ない!」
井上さんは平身低頭して謝ってくれたけど、僕は連中との縁をそうして断ち切ってくれたんだと思った。感謝こそすれ、恨みなんかしない。
「いいですよ、井上さん、そんなの。おかげで僕はあのひとたちと切れたんでしょうから。」
それを聞いて三上さん…兄さんはちょっと神妙に言った。
「よくはわからんけど、なんか苦労してたみたいだな。オレ、その連中――ヤクザかなんかか? 話するだけで超ビビったもん。でも、結果オーライだよ、こうして会えたんだし。ホント、マジよかったあ……。」
「でも、確かにちょうどよかったな。ここに住民票移したのついこないだだ。キミがコイツ探すの、もっと後に再開してたらその分会えたのも後になってたね。」
「それなんスけどね…。あ、コーヒーいただくッス。ありがとうございます。」
彼はちょっと頭をさげて、コーヒーを口に運んだ。ようやく落ち着いてきたらしいけど、それにしても僕と似てるのに…なんか似てない…。『~ッス』という喋り方は体育会系なんだろうか? そういや僕より背が高いみたいだし、体格もなんか良さそうだ。色は…日焼けはしてないみたいだけど。
彼は続ける。
「うわ、めちゃめちゃうまい! お世辞じゃないッスよ、これはイケテます! いい豆使ってんですね。 ああ、オレんちの近くだったらいいのに~!」
に、なぜかテツさんが
「ほお、わかるかね! たいした舌じゃん。特製のブレンドだよ。この使用する豆の種類と割合が絶妙でね、企業秘密だけど。挽き方にもコツがあってね、微妙な荒挽き加減がまた難しいんだ。企業秘密だけど。」
「お前が言うな。店長は俺だ! ボケ!」
井上さんがテツさんの頭をはたいたので、皆笑って場がすっかり和んだ。まあ、三上…兄さんはなんだかすっかり入りこんでるけど…。人見知りしないタイプらしい。この辺も僕と全然違う…。顔はそっくりだけど…戸籍も見たけどこの人ホントに僕の双子の兄なんだろうか。なんか変。
この少年は(コイツは青年ぽいかなとも思うが)、顔は確かに清司に瓜二つだが、涼香の言うとおりキャラはちょっとどころじゃない、だいぶ違うみたいだ。あっけらかんとしていて、人懐っこく、それからきっと多分にお調子者かもしれない。イマドキの大学生みたいだ。いや、きっとイマドキの大学生に違いない。明るくて苦労知らず、きっと両親(養父母)に愛されてのびのび育ったのだろう。
今もうすでに常連客のごとくなじんでいる。
「あはは…。いいなあ、こういう店ってあるんだ。東京じゃ考えられない…地方ならではかなあ~。」
「褒め言葉と受け取っとくよ…。それで?」
「あ、そうでした。あの、ホラ、この店最近テレビに出たそうッスね?」
「あ? あ…まあ、出たって言うほどじゃないがね…。」
この前の小城みゆ希の突レポのことだ。
「あれがきっかけといえばきっかけなんスよ。」
彼はコーヒーをもうひと口飲んで続けた。
「オレは見てないんスけど、何人かの友達から『お前ナニ講義さぼってなんであんな遠くでバイトしてんの?』って言われましてね。まあ、そいつらも講義サボってテレビ見てたんだろうけど、オレじゃないって言ってもそっくりだったぞって言われて、それが一人じゃなかったもんだから、もしかしたらって思ったんス。でも、それがどこだったのかみんな記憶がいい加減で…。湘南のどっかだったってだけで。」
あの時、オンエアの時間はせいぜい5分くらいだったと思うけど、多分画面の端っこに清司がしばらく映ってたんだろう。それが三上君の友人たちを驚かせたということだ。
「湘南っつっても広いしサテンもいっぱいありますもんね。いっそ一軒ずつしらみつぶしにあたろうかなとも思ったんスけど、いくらなんでもそりゃ無茶だし、で、ダメモトでもっかい直江津まで行って住民票調べたら、今度は転出届が出てて…。あとはさっき話した通りッス。すぐにでも甲府へ向かいたかったんだけど、そうそう講義さぼってらんなくて、やっと今日来れました。あ、結局今日の講義はサボりましたけど。」
饒舌にしゃべくるところをみると、まだテンションが下がりきらないようだ。それともこれは素なのかな…。
「あー、でも良かった! ちゃんとヒットして。長年の肩の荷が下りました。」
「キミはこのことをずっと前から知ってたのか?」
「ええ。中学入った時かな? 親に…、養父母になるんですけど、自分のルーツはちゃんと知っておくべきだからって言われて、お前は実は養子なんだって打ち明けられて。まあ、最初はやっぱちょっとショックだったけど、でも実子同様に育ててくれた今の親の愛情はホンモノだって思いましたから…。じゃあ、実の親はってんで、機会があれば会うことも出来るのかなって思って、気にはしてたんス。ちょうど1年前かな、高三の夏休みに、会う会わないは別として、オレ自身が生まれたところを見ておきたいからって直江津に行きました。そしたらさっきも言ったとおり、既に両親も姉貴もいなかった。ひとり残っているはずの弟も行方不明。…その方がオレが養子だったってことよりもずっとショックでした。だから、弟だけは絶対探し出して会おうって決めた。っつっても、気持ちでは探していても実際どうすりゃいいのかわかんなくて、結局時間が過ぎるばかりでしたけどね。」
「そうか…。そりゃ随分気をもんだろうな…。」
・・・TO BE CONNTINUED.
僕が呆然としているので、彼の相手は井上さんが引き取った。
「1年て…謄本取りにいったんなら、そこで住民票の転出届もみたんでしょ? なんで1年も…。」
「はあ、1年前に行った時はその本籍地の住所に住んでいることになってたんスよ。だからそこへ行ってみたら何と誰もいないでしょ? ていうか、謄本見たところで両親も姉も死亡により除籍ってなってたから、この…弟ひとりってわかってたんスけど、そこにはいなくって…。すぐ会えると思ってたもんだから、がっかりしちゃって。あと何も手掛かりなかったし…。」
「あれ…ついこの間甲府市にあった住民票ここへ移したぞ。なんでその…直江津か? 転出になってなかったんだ? 役所の怠慢か?」
「イヤそれがもっかい行ってみたら…つい先週のことッス、そしたら今度は転出なってて…。」
「あ…それは…。」
それは心当たりあります…。
「僕が直江津を出たのは一年半ほど前です…。でも、住民票を甲府に移したのは半年前で…僕は住民票がどうとかって全然わからなくて気にもしてなかったから、半年前に住み込んだところの人が、移さなきゃだめだからって…。それまでほったらかしだったんです。すみません…。」
「なるほど、そういうことか! なるほど、納得した。」
それから井上さんが続けて聞いた。
「じゃあ、甲府にも行ったんだ。」
「はい! で、また転出なってたけど、一応その住所のところへ行ったら…めちゃめちゃびっくりされて…それ、今朝のことなんスけど。」
「びっくりされた? ああ、そっくりだから…。」
いいかけて井上さんはなぜか途中で切って視線だけ天井へ向けた。
「あ……もしかして生きてたのか的なこと言われた。」
「ええ、そうなんです。オレは兄弟だって言ったらホッとして、死んだって聞いたもんだからって言われて…オレ、真っ青になっちゃって…それで矢も立てもたまらずここまでイッキに来たんスよ!! ああ~よかった、なんかの間違いで!! 生きてて!!」
どういうこと? あの宿舎の人が僕が死んだと思ってたって?? 僕は井上さんの方を見る…と、彼は手を額にかざして目をつぶっていた。そして
「悪い!! それは俺のせいだ。」
と謝った。
「井上さん? いったい…。」
「いやあ…こないだそこへお前が置いてきた荷物取りに行ったとき、あの男に――俺が話してた相手な、清司本人は来てないのかとか、どこへ移ったんだとか面倒なこと聞いてきたんで、俺はどうせ調べやしないからって思って『アイツは事故って死んだから遠縁の俺が荷物引取りに来たんだ』ってでまかせ言ったんだよ。」
「店長ひどっ…!」
涼香さんがジトっと見る…。
「いや!! ごめん!! 悪かった!! 勝手に殺して。その方があとくされないと思ったもんだから…。ホント申し訳ない!」
井上さんは平身低頭して謝ってくれたけど、僕は連中との縁をそうして断ち切ってくれたんだと思った。感謝こそすれ、恨みなんかしない。
「いいですよ、井上さん、そんなの。おかげで僕はあのひとたちと切れたんでしょうから。」
それを聞いて三上さん…兄さんはちょっと神妙に言った。
「よくはわからんけど、なんか苦労してたみたいだな。オレ、その連中――ヤクザかなんかか? 話するだけで超ビビったもん。でも、結果オーライだよ、こうして会えたんだし。ホント、マジよかったあ……。」
「でも、確かにちょうどよかったな。ここに住民票移したのついこないだだ。キミがコイツ探すの、もっと後に再開してたらその分会えたのも後になってたね。」
「それなんスけどね…。あ、コーヒーいただくッス。ありがとうございます。」
彼はちょっと頭をさげて、コーヒーを口に運んだ。ようやく落ち着いてきたらしいけど、それにしても僕と似てるのに…なんか似てない…。『~ッス』という喋り方は体育会系なんだろうか? そういや僕より背が高いみたいだし、体格もなんか良さそうだ。色は…日焼けはしてないみたいだけど。
彼は続ける。
「うわ、めちゃめちゃうまい! お世辞じゃないッスよ、これはイケテます! いい豆使ってんですね。 ああ、オレんちの近くだったらいいのに~!」
に、なぜかテツさんが
「ほお、わかるかね! たいした舌じゃん。特製のブレンドだよ。この使用する豆の種類と割合が絶妙でね、企業秘密だけど。挽き方にもコツがあってね、微妙な荒挽き加減がまた難しいんだ。企業秘密だけど。」
「お前が言うな。店長は俺だ! ボケ!」
井上さんがテツさんの頭をはたいたので、皆笑って場がすっかり和んだ。まあ、三上…兄さんはなんだかすっかり入りこんでるけど…。人見知りしないタイプらしい。この辺も僕と全然違う…。顔はそっくりだけど…戸籍も見たけどこの人ホントに僕の双子の兄なんだろうか。なんか変。
この少年は(コイツは青年ぽいかなとも思うが)、顔は確かに清司に瓜二つだが、涼香の言うとおりキャラはちょっとどころじゃない、だいぶ違うみたいだ。あっけらかんとしていて、人懐っこく、それからきっと多分にお調子者かもしれない。イマドキの大学生みたいだ。いや、きっとイマドキの大学生に違いない。明るくて苦労知らず、きっと両親(養父母)に愛されてのびのび育ったのだろう。
今もうすでに常連客のごとくなじんでいる。
「あはは…。いいなあ、こういう店ってあるんだ。東京じゃ考えられない…地方ならではかなあ~。」
「褒め言葉と受け取っとくよ…。それで?」
「あ、そうでした。あの、ホラ、この店最近テレビに出たそうッスね?」
「あ? あ…まあ、出たって言うほどじゃないがね…。」
この前の小城みゆ希の突レポのことだ。
「あれがきっかけといえばきっかけなんスよ。」
彼はコーヒーをもうひと口飲んで続けた。
「オレは見てないんスけど、何人かの友達から『お前ナニ講義さぼってなんであんな遠くでバイトしてんの?』って言われましてね。まあ、そいつらも講義サボってテレビ見てたんだろうけど、オレじゃないって言ってもそっくりだったぞって言われて、それが一人じゃなかったもんだから、もしかしたらって思ったんス。でも、それがどこだったのかみんな記憶がいい加減で…。湘南のどっかだったってだけで。」
あの時、オンエアの時間はせいぜい5分くらいだったと思うけど、多分画面の端っこに清司がしばらく映ってたんだろう。それが三上君の友人たちを驚かせたということだ。
「湘南っつっても広いしサテンもいっぱいありますもんね。いっそ一軒ずつしらみつぶしにあたろうかなとも思ったんスけど、いくらなんでもそりゃ無茶だし、で、ダメモトでもっかい直江津まで行って住民票調べたら、今度は転出届が出てて…。あとはさっき話した通りッス。すぐにでも甲府へ向かいたかったんだけど、そうそう講義さぼってらんなくて、やっと今日来れました。あ、結局今日の講義はサボりましたけど。」
饒舌にしゃべくるところをみると、まだテンションが下がりきらないようだ。それともこれは素なのかな…。
「あー、でも良かった! ちゃんとヒットして。長年の肩の荷が下りました。」
「キミはこのことをずっと前から知ってたのか?」
「ええ。中学入った時かな? 親に…、養父母になるんですけど、自分のルーツはちゃんと知っておくべきだからって言われて、お前は実は養子なんだって打ち明けられて。まあ、最初はやっぱちょっとショックだったけど、でも実子同様に育ててくれた今の親の愛情はホンモノだって思いましたから…。じゃあ、実の親はってんで、機会があれば会うことも出来るのかなって思って、気にはしてたんス。ちょうど1年前かな、高三の夏休みに、会う会わないは別として、オレ自身が生まれたところを見ておきたいからって直江津に行きました。そしたらさっきも言ったとおり、既に両親も姉貴もいなかった。ひとり残っているはずの弟も行方不明。…その方がオレが養子だったってことよりもずっとショックでした。だから、弟だけは絶対探し出して会おうって決めた。っつっても、気持ちでは探していても実際どうすりゃいいのかわかんなくて、結局時間が過ぎるばかりでしたけどね。」
「そうか…。そりゃ随分気をもんだろうな…。」
・・・TO BE CONNTINUED.
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