ちゃちゃ・ざ・わぁるど

日記と言うよりは”自分の中身”の記録です。
両親の闘病・介護顛末記、やめられないマンガのお話、創作小説などなど。

創作小説 SUNSET CHAPTER 2  PART.6

2010年06月14日 08時33分23秒 | 創作小品
 俺はコイツの事情には興味はない。それは変わらないんだが、場合によっては聞きたくない事情も聞きださないとしょうがないこともある。コイツが着の身着のままここへやってきたところからして大方の想像はついていたんだ。逃げてきたのか追い出されたかのどちらか――コイツの場合はおそらく逃げてきた…だ。更にそれは自分の家のような、本来いるべきところからではないということ。そして自分の家というものは、どんな形であれ既にないのだということも確かだろう。
 事情を聞かない理由のひとつがここにある。聞かなくてもわかるから――そういうことだ。
 どこから逃げてきたのかについて――それも想像に難くない。たぶんいわば強制労働をさせるようなところだ。昨今の貧困ビジネスの巣窟。他に考えられるのはヤクザ関係。でも、こういうヤツがヤクザのパシリをやらされて辛くて逃げた…はないだろう。そんなキャラではない。どちらかというと言いなりになって搾取された方だろう。そうすると、保険証なんかは人質がごとく取り上げられているだろう。あるいは逃げる時にそれどころじゃなくて置いてきてしまったかだ。それにもしかしたら生活保護申請なども無理矢理させられてその搾取もされてたかもしれない。――まったく恐ろしい世の中だ。以前なら狙われるのは金持ちだったんだがな。今は貧しいものの方が狙われ、更に搾り取られてしまう。貧しい弱いものに一度属してしまうとその貧困スパイラルから逃れられない。背筋が寒くなるような社会だ…。俺もいろいろあったけど、俺の方はまだましだった。そこまでひどい目にはあわなかった。しかし今は…そしてこいつは…。
 だが、その振り返りたくないような傷にイヤでもここは触れなければならない。俺は
「前に勤めてたっていうか…暮らしていたところはどこだった?」
と聞かざるをえなかった。
案の定清司の表情が暗くなった。俺もため息をついた。
「……ま、ホントは聞きたいわけじゃないんだがね…。その市町村の役所に行ってちゃんと手続きしなおさないといけないもんで、保険ってのは。住民票も移さなきゃならないしね。コレばっかりは本人でないとね。…前にもそういうトコ行って手続きしたことあるでしょ?」
「……また行かなくちゃダメですか?」
「そうだね。」
「……。」
「あの町には……。」
「もう二度と行きたくない……。ま、気持ちはわからんでもないがね…。」
と、清司は顔を上げて俺の方を見た。
「何で…知ってるんですか? わからなくもないって…何があったか知ってるっていうことですか?!」
あれ? ずいぶんと敏感に反応するんだな。
「いや、見当がつくってだけのことさ。」
「でも……まさか…。あなたはあの人たちの…」
あれれ? それってその…多分悪さをした人たちと俺とがなんかつながってるって風に考えちゃったってこと? おいおい…やっぱまだ猜疑心が抜けきらないっか…。
「勘のいいのも良し悪しだねェ…。いいよ、俺のことは半信半疑で。それも処世術のひとつだわ。もし俺のことが全然信用できなくなったらそのときは逃げたらいいぜ、追わないさ。ただ、逃げた後のことは責任持たないよ。役所に行くのは急がんでいいでしょ。お前がそれでよければね。ただし怪我や病気すんなよ。全額自己負担はかなり高くつくぜ。」
「井上さん…。」
清司の顔がやっとちょっと緩んだ。
「すみません…疑わないって決めて…さっき謝ったのに僕はまた…。ダメですね、人を信じないなんて…。」
「なに、お前が悪いわけじゃないさ。そうなってしまったのはお前のせいじゃない。そりゃ、人間不信は辛いもんだけど、完全に信用しきるのも正直どうかと思うぜ。線引きは難しい。だから半信半疑くらいでちょうどいいのさ。少なくとも俺のことはね。こういう俺も、どれだけ他人を信じてるかわかったもんじゃないかも知れないぜ。」
「…僕のことも…でしょうか?」
「ハハハ…さて、どうかな。ま、想像に任せるよ。」
 しかし、清司は俺の言葉をどう受け取ったのか、ちょっと躊躇するかのように視線をカウンターに泳がせた。
心によりどころがない奴はよくこんな顔をする。頼るもののない奴、自信のない奴、だけどどうなってもいいと開き直ることは出来ない奴…。
でもそれらすべてが自己責任というわけではあるまい。不幸な偶然や本人の知らないところにある悪意に巻き込まれた時、あるいは自分では選べない運命や宿命の中に放り込まれた時、どうあがいても助けを待つしかない時もあるのだ。自力でどうしようもなくなれば、不本意だろが何だろうが人の助けや力を当てにしなくちゃ仕方がないこともある。そんな時はその人を信じるしかない。そして、信じたからにはもう疑えなくなってしまう。悪意が牙を剥くのは得てしてそんな時だ。俺もそうだったがコイツも直感的にそれを警戒しているのだろう。裏切られても傷つかない、あるいは傷が小さくて済むようにするには、心底から信じないことだ。
だからコイツも今、俺をどこまで信じていいか決めかねているのだろう。口では疑ったことを詫びてはいるけれど、本心じゃあれこれ葛藤しているのに違いない。だから俺は半信半疑でいいぜ、と言ったんだけどな…。
信じていた人に裏切られる…。それは、それがたとえどんなに些細なことであっても、胸をえぐられるほどに辛いものだ。そしてその裏切りを憎めばそれで済むといったものではない場合は余計に…。

・・・TO BE CONTINUED.

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