MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-34

2018-02-26 | オリジナル小説

コビトの応戦

 

何に使うのかはわからない。雰囲気を盛り上げるアクセサリーの意味が強いのだろう。そこには医療器具とは思えない、拷問道具のようなものも多数、飾られている。かつて脳手術で頭蓋骨に穴を開けるためにでも使用したものを模したのだろうかノミと共に飾られたハンマー状のものを壁のフックから引き下ろそうとしたが手が届かない。その間もドアはガンガンと叩かれ続け、少しづつ一部が変形し始めていた。不意に後ろから手が伸び、ハンマーは裕子の手に収まる。

「私が引きつけるから。その隙にあなたは逃げるのよ。」囁く裕子の声。表情はわからないが、声では真剣だ。「そんなのダメだよ!」思いがけず、強い声が「母さんが・・・裕子さんが、逃げないと」コビトは裕子に引き込まれ、手術台の下に身を潜めた。

その時、バリッという重いなんとも嫌な音がし、目をあげたコビトは金属のドアに亀裂が入るのを見た。金属のドアは金属ではなかったのだ。それらしく加工を施しただけのものだった。

バキバキと木が割れる音がする。明かりの中でその隙間から、傷だらけの指が覗く。

「コビト、お願いがあるの。」裕子の言葉は急ぐ。「もう一度、母さんって呼んで。」

「かあさん、かあさん、かあさん!」絶叫する。隙間が見る間に広がり、頭が入ろうとしている。肉が避けるのも構わず差し入れてくる顔の上部は、髪が皮ごとめくれ骨がむき出しになっている。最初に見えた左目には無残にも木片が付き刺さっていた。それでも相手は動きを止めない。

「あれは・・・!あの人!?」『チチ』の容貌を持ったそれに裕子は悲鳴をあげる。

「違う!」コビトにはわかっている。あれに『チチ』が乗っていないことを。「あいつはただのホムンクルスだよ、かあさんもあいつの正体を見ただろう?あいつの乗る人形、人形だよ。」

僕を探して?、僕たちを殺しに?。『チチ』が差し向けたかと彼は思う。

だが、それは遊民たちが引き上げたせいで、留めを刺し損なった一体が生物の熱を感知して地下に迷い込んできたものに過ぎなかった。マサミが上に行った時に結界は弱まり破れていたのだ。

「コビト、明かりを!」裕子がハンマーを持って飛び出す。その手は迷わず、割れたドアを押し開こうとする指を叩いた。細い裕子だが力を振り絞る。指は肉が潰され、白い骨があらわになったが、引っ込む様子はない。明らかに裕子は動揺した。

もともと心が弱い裕子に、人を模した肉塊であってもその骨を砕くことなどできるはずもなかった。ハンマーが手から奪い取られる。コビトだった。

「これは人間じゃない、人造人間なんだ、ロボットなんだよ!」コビトは力いっぱい、手当たり次第に叩く。「感情なんてない、痛みもないんだ!」

酸のような金属的な匂いが吹き付ける。肉がめくれ、骨が折れ、肉と骨辺と裂けた木片が飛び散る。それでもひび割れた骨を散らしながらホムンクルスの動きは、プログラミングされた金属機械と同じく止まることがない。中へと侵入しようとし続ける。メリメリと裂け目が押し広げられ、そのたびに頭蓋骨が左右にゴツゴツとぶつかる。

「ヒィィ!」コビトに渡された懐中電灯を抱えた裕子ののどが鳴った。

光の輪の中でコビトの攻撃にさらされながらも全く動じない顔の下部が見えたからだ。鼻から下、下あごに当たる部分がそっくりなかった。しかもあらわになった喉と口腔には黒い無数の穴が開いている。それは遊民たちが重力兵器で攻撃した痕跡だ。

こんな体で痛みも感じずに動き続けられるはずなどない。

しかも引きちぎられた傷跡は、一滴の血も流れていない。

「人間じゃない!・・・そうなのねっ!?」絶叫した。

「そうだよ!生きてない!」コビトの言葉が初めて腑に落ちた瞬間だ。

子供の力で雨あられとハンマーを降らせても裂け目は、片方の肩が今にも通りそうなほど広がっていく。「コビト、気をつけて!」指の欠けた手が、コビトの頭をかすめた。

「かあさん、わかったんだ!」ハヤトは伝えたい。「ハヤトも、そう!守りたかったんだよ!」大好きだった、母が。自分が殴られることで、死ぬことで、母が助かるのならば。

そうだ、きっと、そうだ。今の自分と同じ気持ちだったならば。それで良かったんだ・・・!

目が熱くなり、気負いすぎたコビトの腕が空振りして裂け目の淵にあたり跳ね返る。蹌踉めいた瞬間、ホムンクルスの腕がハンマーを掴んだ。

「ハヤト!」思わず、永遠に失われた子供を声を限りに呼んでいる。コビトはハンマーを掴まれ、すごい力で引きよせられた。現れたもう片方の腕がコビトの腕を掴もうとした。裕子は懐中電灯を床に叩きつけ、壁から手当たり次第に何かを掴む。そして思い切り、それで腕を突き刺した。手術用の大きめのハサミのようなもの。必死で、なんどもなんども。反動で腕が動き、弾かれ取り落とすまで。同時にコビトのハンマーも手から奪われた。

裕子は唯一、守りたいもの、コビトだけを引きずって手術台の下へ。

「私も同じ!同じなの!守りたかった!守りたかったはずなのに!」結局、ハヤトよりも自分を守ってしまった卑怯で情けない自分。母親失格の自分、だからこそ「今度こそ、守りたいの!」

コビトの言ったことが痛いほどしみる。

蘇る記憶、絶妙のタイミングでいつも屋敷を怒らせたハヤトのこと。

間の悪い、不器用な子とその度に思っていた。その頃は、恥ずかしげもなく今日は自分が殴られないで済むとしか、思わなくなっていた。本当に浅ましい母親だった。それなのに。真相はもう永遠に分からない。ひょっとして自分が殴られることで母親を守る、そうだったのかもしれない。そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった。それだって自分に都合の良い真相でしかない。それでもいい、それならば、なおさら。今ここでコビトを守れなかったら、生きている意味も価値も自分から失われる。今度こそ、ハヤトの身代わりになるのだ。

金属が裂け、広がっていく裂け目を見ながら誓った。

上半身が出現しようとするホムンクルス。二人は互いに互いを後ろにかばおうと争い合う。

「私が襲われてるうちにかんぬきを外して逃げるのよ。」

「何処へ?!どこへだよ!?」コビトの声は悲鳴だ。「行くとこなんてない!僕は居場所なんかない!この星には守ってくれる人なんかいないんだ!」

「ああぁ!」裕子も苦しみ、もがく。「私が守る!守るから!」「じゃあ、一緒に生きてよ!」

コビトの叫びが響き渡った瞬間、ついに扉が縦に床まで裂けた。前に垂れ下がる金属の上でボロボロの穴だらけのホムンクルスが大きく身を乗り出す。

懐中電灯が転がる床に降り立つのももう少しだろう。裕子とコビトは固く互いを抱き合った。

「かあさん!」「ずっと一緒だから!」

生きたい、互いの体の熱を感じていたい。

でもそれが無理なのならば、せめて死ぬ時は。死ぬ時だけは。今度こそハヤトと共に死ぬ。

だけども、ただでは死ぬまい。

最後の最後までコビトを守る。


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