MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-29

2018-02-13 | オリジナル小説

風俗街の戦闘

 

まず、犠牲になったのはビル内にわずかに残っていた地球人たちだった。帰り遅れたもの、帰宅命令に背き、居残っていた従業員。(総じて他者の意思を重んじる遊民はそこまで親切ではない)

武器を持たない彼らはホムンクルスによって真っ先に命を奪われた。11体の戦闘人体は5階建てのビルを1階から上へと3ルートに分かれて上がっていく。防炎扉に守られた正面階段、非常口である従業員用裏階段、起動を止められ封鎖されたエレベーターから侵入した移動シャフト内。そこで出会ったものを機械的に破壊しつつ。それへ天井や壁を走るダクトから遊民たちの攻撃が加えられる。個室が並ぶ各階の廊下は無情の戦場と化す。重力兵器により体が穴だらけになろうともホムンクルスの動きはすぐには止まらない。吹き飛ばされた腕が敵の動きを止め、ダクトの板を骨がむき出した足で突き破り、中の遊民を引きずり出す。迎え撃つ遊民達も勇敢だ。子供のような肉体を掴まれ、振り回され、引き裂かれたとしても、強化チタンでホムンクルスの骨を絶ち、擬似内臓を引きずり出さずにはいられない。恐れを知らぬものと恐れをもたぬ機械が互いに息絶えるまで戦うのだ。地球人が死に絶えた後は、互いに血はほとんど流れず、悲鳴や叫び声もしない。静かだが、凄惨な戦いだった。

みたところ、ホムンクルス1体に遊民が5、6人と言う戦いが多い。小さな遊民でも武器を持ち弱点を熟知している。それぞれ戦闘能力が高いので、圧倒的にホムンクルスが不利であった。

 

「全く。大した損害だ。お前らのせいだぞ。」それでも店長は愚痴る。「まぁ、俺たちは瀕死になってもクローン再生とかできるからいいけど。もちろん、正規軍からしたら違法だがな。」

「俺たちを噛ませ犬になんかするからだ。」

「確かにな。最初から俺たちでやればよかったな。ただ、俺たちの動きは正規軍が見張ってるからな。地上じゃない、小惑星帯の方だ。」美豆良の言葉を否定せず、肩をすくめる。

「派手な動きは厳禁だ。目をつけられると後々、面倒なんだ。」

「地上の・・神月の部隊ではないのか。」

「ああ、あれは特殊任務でいるようだぞ。古代地球人が残した遺痕でも探してるんだろ。責任者は寛大だって噂だ。任務を邪魔しなければ大丈夫。触らなければ、祟りなしってな。」

「つまり、鳳来は触った・・・ということか。」

「だろうな。」と、言いかけ店長がおっ!と声を出す。

「あんたの相棒、すごいじゃないか。」三階に現れたテベレスが同じ顔のホムンクルスを一撃で頭を吹き飛ばして軽々と葬ったところだ。残りの3体が一斉に襲いかかるが余裕が感じられる。ここではテベレスの憑依する一体は味方にわかりやすく、この店の従業員の衣装をまとっていた。状況を見て、店長はシャフト内の遊民に他に回るように指示を出す。

「あいつが美豆良なんだとずっと思ってたんだがな。どういう仕組みなんだ?その憑依ってやつは?」「あんたたちがホムンクルスに乗るのと一緒だ。ただ、奴には肉体がない。」

「次元生物か・・・」さすがこの星の滞在が長い、遊民店長の理解力は早い。

「悪魔だ、魔物だなんてものが本当にいたとはな。なんで、今まで出会わなかったろう。」

「出会ってたさ。認識しなかっただけだ。信じてないからさ、頭から。宇宙で育ったあんたらは素地が違うんだ。」

部屋の隅で小さくなってブルブル震える屋敷政則を見やった。男の口びるは、これは夢だ、嘘だ、信じるもんかと呪文を吐き出し続けていた。

「生まれた時から刷り込まれているのとは違うんだ。信じているからこそ、ああやって恐れる。」「魔物はわからんが、宇宙遊民の操る次元技なら任せとけ。この最上階は次元処理されてる。とりあえず外部から干渉されても大丈夫だ。」

店長は胸を張る。「もう、敵はあとわずかだな。ところで、あの女はどうしたんだ?」

「地下の特等室に放り込んでおいてもらった。あそこも安全だからな。」

それにマサミが子供を連れていれば業者口から入るしか選択肢がない、だからあそこに置いておくのが最も都合がいいのだ。マサミを戦闘には関わらせたくなかった。

遊民たちは思ったよりも優秀で正面階段と非常階段の制圧は近い。残るシャフト内は、彼らの暗黙の了解でホムンクルスとまぎわらしい成りの魔物に任せることとしたらしかった。確かにテベレス一人で3台のホムンクルスを造作もなく壊している。

美豆良は画面を切り替えた末に、やはりエレベータシャフト内に絞る。

「そろそろ、御大がお出ましかな。」

だとすると相手の目的は・・・まさか?

 

 

テベレスにもそれは伝わる。『光栄だね。』瞬時に三階のエレベーターの扉をこじ開ける。箱は地階にあり、シャフト内は非常灯の中にワイヤーが揺れているだけのはずだが。

シャフト内の空気が渦巻いている。

『次元ってやつか。面白い!』

身を乗り出したテベレスは自らを研ぎ澄ます。特に美豆良の忠告に従い、ホムンクルスの胎内を重点的に油断なく。わずかな熱が点滅するのを魔物は見逃さない。

 

 

「最上階の外部次元の変化は?!」

急に聞かれた店長はきょときょとしながらも別の画面に映し出された座標に目をこらす。

「おおう、ここは異常はない・・・が、んん?」店長もさすがに緊張する。

「どちらかというと、やはり、移動シャフトがおかしいな。」

いきなり立ち上がった美豆良は何も言わず、屋敷政則に突進した。

「やめてくれ!出さないでくれ!」

もがく屋敷の襟首を掴み、ドアの外へと引きずり出す。必死で抵抗するが敵ではない。

ドアを閉ざす前に美豆良が叫ぶ。

「すぐに味方は撤収させろ。巻き込まれるな。」

「はは、無駄な犠牲は払わないってのは賛成だね。」

片手を上げ無事を祈るポーズ、屋敷が無駄でないことは理解したようだ。

「確かに、この星で育った人間だ、か。泣かすねぇ、味方を心配し仲間を助けるなんて。遊民育ちじゃ、ああはいかない。俺たちにゃ、元の美豆良の方が性に合ったんだがねぇ。」

そう笑うと頭をかきつつ、店長は仲間に撤退を命じた。

再び次元的に施錠された最上階の外廊下では喚き散らす大の男を軽々と引きずりながら、美豆良が閉ざされたエレべーター扉の前へと急ぐ。

 

 

ホムンクルス内に何かが送り込まれた瞬間、テベレスはかろうじて脱出している。ホムンクルスはバランスを失った人形のようにシャフトの底へと転落した。

「テベレス!」叫びながら美豆良がこじ開けた5階からシャフト内に屋敷を抱えて身を投じる。幾つかの次元の襞をくぐり抜けシャフトの壁を蹴って落ちる速度を調整する。生身ではできない、宇宙人類の血を継ぐからできる技だ。同時にテベレスも美豆良の意図を察し、降下によって意識が飛んだ屋敷政則の体内へと瞬時に侵入した。同時にこれまでテベレスが憑依していた人間型のホムンクルスが一瞬でくしゃくしゃになるのが前方に見えた。まるで紙箱を潰したみたいに。

野球ボールほどの丸い塊がシャフトの底へと転がった。それを空間から現れた手が・・・異様に長い手のような触手が掴んだ。

反射的に目撃した美豆良は、下まで降りずに中途の壁にとどまる。

「なるほど、これがカバナの技か。」「おかしなことしやがる。」

屋敷の体を難なくものにしテベレスもそれに倣い2階と3階の間の壁に留まった。

シャフトの最下層、底に当たる箱の天井に、長大な『あるもの』が現れた。それは拾い上げた球体を事も無げに体の中央に開いた黒い穴に投げ入れた。穴は閉じる。

「次元ボールから逃れるとは、ね。」ガルバの声はビリビリと金属をこするようだ。

「思ったよりは単純にはいかないものだな。」

相手が喜んでいることは同じく戦いを好む魔物に伝わったようだ。

「これは、また。すごい。ご尊顔は拝したと思ったんですがね、顔だけでしたからねぇ。」

屋敷の口を借りるテベレスはおかしくてたまらないようだ。

「まるで化け物を地でいくようだ。これじゃ、魔物も形無しですよ。」

対峙したカバナのスパイの容姿が彼らの予想をはるかに超えていたらしい。

『美豆良』美豆良の耳元で店長の声が響く。『さっきのはホムンクルスの中に簡単に言うとブラックホールを発生させたんだ。あいつは魔物を捕らえる気だぞ。』わかってると美豆良。田町邸の前で彼らはホムンクルスを通じて接触しているのだ。それで興味を持ったのだろうか。

「この星の魔族がご所望か。」美豆良は相手の顔らしき部分に問いかける。

相手が同じ人類なのか、どうやら確かめたい気持ちの表れだった。

相手の体は一般的な人間よりも大きく、細長い。触手や鱗といい、魚類に近い。

足らしきものはなく、シャフトの底に浮いているように見える。

「お前が魔族・・・魔物というやつか。」

そう確認するガルバの体は時々、2重になりボケることが美豆良には感じ取れた。相手が複数の次元に同時に存在することができるということがもわかる。テベレスもわかったはずだ。通常の攻撃は当たりにくい。美豆良は手の中の次元兵器を握りしめる。使い方は習ったが、実践はこれからだ。今も店長が囁き続けている。

『わかったぞ!そいつは改造遊民の姿をしてるが、おそらくそいつも実態じゃない。』

「だから、なんだというんだ?」美豆良は少し苛立つ。

『それもホムンクルスだっての、そいつこそカバナ貴族だ。カバナ貴族の傀儡なんだよ。』

「カバナの貴族だと!」美豆良の叫びにたなびく体を宙に展開させたガルバは初めてテベレス以外の相手の存在を認めたかのように「ほう」と言った。

「よくわかったな。下賤の原始人の分際で。そうだ、私の実態はここにはないのだ。」

『そいつはカバナ貴族が正体を隠してカバナ遊民に潜り込むための感覚や知覚をリンクさせた人造肉体にすぎないんだ。本体は恐れ多くもカバナリオンから今もコントロールしてるってわけだと思う。』「つまり、殺しても無駄ってことですか。」会話をハッキングしたテベレスが屋敷の体を宙に投じる。『逆に言えば心おきなくあいつを破壊すればそれで終いってことだ!』

「なるほど、それが早そうだ!」美豆良が止める間もなく、テベレスは壁を蹴り底を目指す。