MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

GBゼロ-14

2007-10-09 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-14  アギュレギオン-3




あの時カプートがピクニックで「厄災の星」の出身だと口を滑らしたあの瞬間、アギュにはすべてがわかったのだ。
その一言で、彼はカプートの正体に気が付いてしまった。
彼はそれまで、カプートに注意を払ったことなどなかった。彼はケフェウスの助手の一人にだった。ケフェウスが画策しているソリュートの兵器実験にたずさわり、ユウリと知りあった人間。いくらか良心的で、ユウリに思いを寄せるありがちな男。実験中、何かと彼女を気づかってはくれるが、大した権力はないので所詮庇いきれない程度の奴。そんな彼とユウリが自然に仲良くなったとしても自分には関係ないことだった。ユウリがピクニックに彼を参加させたがった時ですら、ユウリの為に彼はそれを許した。不可能とわかりながらもユウリが自分に誓った言葉をアギュはどこかでそれを信じていた。
最初はその気持ちだけで充分に満たされていたはずだ。
彼は自分にも、けして認めはしなかっただろう。
ユウリが命が尽きるまで彼と一緒にいると誓った時から、彼はそれにすがり付いてスクールの日々をしのいでいたのだ。
だけどカプートの存在がアギュを現実と対峙させた。もっとも、悪い形で。

どっちにしろ、アギュはいつかスクールを脱走することを常にシュミレーションしていたのだ。他の臨界進化体達が果たしてきたように。それは、彼の長い一生の夢。
別に急ぐ必要はなかったのだが。
その夜。
アギュがピクニックに参加しなくなった夜。
その日から、第23番惑星に何かが訪れたのだ。
遊民出身である、特定の者たちの夢に。繰り返し。
彼等の一人は悪魔が訪れたと思った。
別の一人はカバナの神だと思った。
又、別の一人はカバナ人達の夜明けが近づいたことを告げる預言者だと。
彼等は自分達の希望の星こそ、前所長代理を務めた男であると信じた。
オリオン人によって不当にその地位を奪われた男。
我等はその男と共に輝けるカバナシティに赴き、その力を持ってこのオリオン連邦から虐げられたカバナ人達を解放するのだと。

そして。
ユウリがシドラ・シデンに別れを告げられず、カプートがガンダルファに別れを告げていたあの夜。


第23番惑星で眠る幾人かに、最後の訪れがあった。
神であり悪魔である者は彼等に告げた。
時は来た・・と。
彼等はその夢から跳ね起きると武器を忍ばせ、すぐに指定されたドッグに向かった。
そうやって、お告げのとおりに仲間がそろった。
彼等はお互いに確信した。
そしてそこには、予言通りにスクールへと向う船があった。
ユウリを父親のもとに送る為に急遽、整備された船。
「果ての天蓋号」が。


「すべておのれのお膳立てか。」吐き捨てるシドラ。
「でも、なぜ?」ガンダルファは途方に暮れていた。
「あんたはユウリが好きだったんじゃないの?なのに何故?」
輝く面をアギュレギオンは背けた。目を閉じる。
「カプートがアギュのクローンだったからだ。」



船は速度を上げて宇宙をすべっていた。振動もない無音の部屋。
ヒシヒシと迫り来る時を思っていつの間にか沈黙が支配する。
二人はいつしか寄り添っていた。
どちらからともなく、手を握りあった。
「ユウリ・・」
カプートの顔に暗い影が差した。
「ぼくはいつも気に病んでいた・・自分の不甲斐なさに・・」
彼は身を起こす。
「あんなことがあったのに・・君はぼくのこともいつも気にかけてくれた。」
ユウリは彼の肩に頭をもたせかけた。
「ぼく達、あの時のことは・・ちゃんと話すことを避けてきましたね。ぼくは・・」
「いいんです。」ユウリは悲しげに微笑んだ。
「断れなかったのはあたしも一緒だから。」
カプートも悲しげにユウリを見る。
ユウリは、ほっと言葉を吐き出す。
「でも・・あなたで良かった・・」
「もし・・」若者は真剣な響きを込めた。
「もしも、ぼくらの子供のたった一人でもいいから生き延びていてくれたなら・・」
「ぼくが存在したことにも意味があったのに・・」



「子供?」シドラ・シデンとガンダルファは思わず声を上げた。
「二人の間に子供があったのか!」
「・・ケフェウスの考えそうなこと。」アギュレギオンも悲しげだった。
「臨界進化体はだいたいにして生殖能力がないと言われる。未成熟なうちに流体化が進んでしまうので・・。まして、アギュは閉じこもってしまった為に成長を止めたまま流体化が進んでしまった。」
「我は・・知らなかった。」シデンは絶句する。
「研究所の規律に従っていては、クローン体は12歳までに臨界状態かその前段階に達していなければ、違法なクローンとして処分される。ケフェウスはアギュのクローンの子供が欲しかった。アギュがただ一人、心を開いたユウリならそれにふさわしかった・・」
「そんな・・」ガンダルファも言葉が続かない。
「二人はそんな素振りはまったく・・」
「所長代理の采配のもと、二人の意思など関係ない。存在するべきではないと知らされたカプートには拒否権はない。父を人質に取られてるユウリには強く騒げない事情があった。その時は、ケフェウスが次の所長になると言われていたから。それに、ユウリはカプートの孤独に強く感ずるものがあったのかもしれない。カプートはアギュでもあったわけだから。ユウリは許した。
彼女は無重力リングでアギュに教えられるまでカプートがクローンであることを知らなかったはずだったが。
しかし、ユウリの遺伝子も中央の管理下にある。すべては秘密裏に行われた・・イリト・ヴェガが着任するまでの間・・」物憂げに光が揺れる。
「我はソリュートの実験と研究だと聞かされていた・・!あやつはケフェウスのパートナーだから、そこで助手として知りあったとばかり・・」
「そんな、ユウリは・・特別に守られてるんだと、僕は・・!」
「研究もしていた・・それ以外の目的もあった。」アギュは痛ましそうに二人を見た。
「二人の受精卵は12個まで確保され・・そして、ほとんどが処分された。」
「臨界しなかったからか?」シドラは言葉を絞り出す。
「凍結保存されていた、残りは逃亡の時に持ち出された・・」言いよどんだ。
「ただ、ひとつ・・」
「わかった!」察しの良いガンダルファがようやくほんの少し笑顔を見せた。
「それが、おぬしの育ててる・・だな?」シドラも付け加える。
「臨界進化の細胞をちょろまかしたケフェウスのその部下・・やることは同じということ。」アギュレギオンが笑い、光が散った。

ケフェウスのもくろみでユウリとカプートとの子供が作られた時、アギュはその企てのすべてを知っていた。
アギュが閉じこもり、スクールの原形が作られ始めた頃から、彼は徐々に研究所の実態を把握していった。彼は見ていた。スクールの夜に彷徨う影の一人として。
その頃の第23番惑星ベラスではあらゆる原始人類のDNAの組み合わせが日常的に試されていた。肉体的配合、遺伝子的配合。細胞移植、培養、クローン作成。
カプートのことは意識していなかったが、彼にもたくさんの子供が配合されているだろうことは単純に認識できたはずだ。
事実、細胞組み換えによる受精卵からなら、アギュにも大勢の子孫が作られ、そして廃棄されていた。
ただし、まだ認定されていない混血の原始人類であるユウリとの配合は違法であったというだけのことだ。
かと言って、彼には止める手だてはなかった。秘密実験を知ってることを打ち明けることは、彼の流体化が進んでいることを感づかれてしまうことだった。
嫉妬心がまったく湧かなかったと言ったら嘘になるだろう。深いあきらめと共にアギュはそれを受け入れるしかなかった。

アギュは二人に施されたその繁殖実験を、自分が知っているということをけしてユウリ言うことはなかったのだ。
彼とユウリの関係の中ではそれは起こらなかったこと。

だけど、カプートが自分のクローンであるとわかった時。
ユウリのただ一人の相手が、なぜカプートなのか。
なぜ、ケフェウスが法を犯してまでユウリに子供を作らせたかったかを理解した。
アギュは、初めてカプートに憎しみを覚えた。


「あんたはユウリに行って欲しくなかったんだろ?」
ガンダルファは悲痛な面持ちで尋ねる。
「本当は断って欲しかったんだ。そうだよね?、自分といると言って欲しかったんだ。」
「ガキの言動だ!」シドラは首を振り続ける。「おのれは心底愚か者だ!」
「その通り・・」輝きは答える。
「そう言っていたら、ユウリは助かったのかな?どうなのよ?」
「さあな。こやつの言い訳を聞いて見るか?」吐き捨てる。
「アギュは・・自分が誰にも好かれていないと知っていました。無条件で愛してくれたのは・・ユウリが初めてだったのです。・・ユウリを失えば、誰も側に残らない・・。初めて出来た理解者を失うという・・その現実にとても耐えられなかった・・。その絶望は自身への破壊衝動へとアギュを追いやった・・でも、アギュは死ぬことはできない。ユウリを殺すことは・・アギュ自身の自殺だったのです。自分自身を殺すことはユウリの取った行動とは基本的には関係ない衝動です・・」
「出口なしか!」二人はため息を付いた。
「ただひとつ・・」ためらいがちの光。「ユウリがゆるがなかったなら・・あるいは。」

そのささやきは彼の内だけの声だったので、二人には聞こえなかった。

身近な存在と遠い存在。ユウリにも迷いがあっただろう。静かに歳を取って行ったかもしれない、どちらにも決めかねる思い。その思いは混乱のうちにアギュに強引に押し流されて、今やカプートと共にその船に閉じこめられてしまった。
ひた走る「果ての天蓋号」。所在なくユウリは語る。カプートに体を預けたまま。




アギュに最初に会った時、彼は無意識に何重にも包まれて、無心に眠っている赤ん坊の様だったわ。無垢で美しかった。弱々しく、壊れそうに見えたの。
彼の光はあたしに故郷を思い出させた。彼を見ていると悲しくて懐かしくて。でも、辛くても見ずにいられなかった。彼の青い光は染み入るようにあたしの心になじんでいった・・もし、私が恋をしたのだとしたら・・その悲しい青色になのかしら。
あたしは彼に唄いかけ、揺さぶり注意深くその防壁を崩して行ったわ。こんなに心を込めたことって、それまであったかしら。どんなことをしても彼を目覚めさせたかった。
あたしにできる、ありったけの技で。
そりゃ、父さんには会いたかった。牢屋から出してあげたかった。でも、あたしと一緒に暮らせるようになるのか、あたし達のアースに帰れるのかもわからなかった。
いつのまにか、あたし自分の手柄とか意地や見栄よりも、途中から彼が目を開けてあたしを見てくれることを待ち望むようになってしまった・・。彼と会って見たかった・・彼と話をして見たかった・・。彼があたしを見て笑ってくれたらって思うようになった。
彼はあたしより何百年も年上だったけど、あたしには弟のようだった。あたしは彼に教えてあげたかった。初めて、宇宙そらに来た時に私が受けた衝撃。星に帰りたくて、父に会いたくて、泣いてたあたしがちっぽけに思えるくらいの世界があるの。一人の人間の小さな悲しみや苦しみを簡単に凌駕する程の、驚異の世界が。
それを知れば・・死にたいと思っていたあたしがどうにか前に進むことができたように・・
アギュも・・彼の逃げ込んだその場所から誘い出せれば・・それが、アギュの幸せだとあたしは固く信じていた・・あたしが彼を闇から救い出すんだと。
あたしは世間知らずだったから。アギュはあたしよりも・・その世界に近かったのに。
でも・・今になってもやはり、アギュを起こしたことは正しかったのだと思わない?。
どんなにつらくても、現実を生きて行く事であたし達は輝くでしょ?。
あたしはあなたにも会えたし、シドラやガンダルファや色んな大切な人にも会えた。
それはアギュもきっと変らないとあたしは信じてるの。

いつのまにか、まどろみかけていた。
「あたし達、どうなるのかしら?」ユウリが目を閉じたままつぶやく。
「きっとむごい死に方でしょうね。」カプートは前方の閉じた扉を睨んだ。
「生きていたって同じことですけど。ぼくらはペルセウスへの手土産にされるんですよ。」
「・・アギュはそれを承知で・・」ユウリは目を開いた。
「あなたにはつらいでしょうが。ぼくは予感していました。」
ユウリは思い詰めた顔でカプートを見た。
「あたし、言わなくちゃならないことがあるの。」
「・・それも知ってます。」
「なんでもお見通しなのね。」ユウリは目を瞬かせ、かすかに笑った。
「あなたは大人だし、男らしい・・真直ぐで強い人だわ。」
「アギュとはまるで正反対。彼が臨界化しなかったとしたら、そうなったであろう完璧な?」
そう、カプートが完璧だったからこそ・・その時のユウリはアギュに余計に魅かれたかもしれない。
「ごめんなさい。」消え入りそうな声だった。
「やれやれ、死を前にして・・どうしても言わなきゃいけない?」
「だからこそなの。」震えながらも、ユウリは目を反らさなかった。
カプートはフッと力を抜いた。
「あなたは正直な人だ。だから・・」目が彷徨う。
「アギュはあなただけに心を開いたんでしょう。」そして、ぼくも・・これは口に出さなかった。
「あたしと二人の時はあんなに手に負えない人じゃないのよ。」
ユウリは気が付かず、そのまま続けた。
「ソリュートで触れ合っているとあたしにはわかるの。あの人は臆病で傷つき易い人。
モンスターみたいに恐れられていることに心を痛めてる。あの人の心の中には、とても深い傷があるわ。」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「ソリュートを弾くとそこが音で満たされていくのがわかる。だからあの人はあんなに、あたしを必要としたのよ。あたしのソリュートだけがそれができるんです。あたしがいなくなったらアギュは・・どうするというの?。」カプートはただ見守る。
「あたし、あの人に生きてる限り一緒にいるって誓ったんです。アギュが言わせたわけじゃない、あたしが自分から誓ったの。あの人に目覚めて欲しかったから、ただそれだけの理由で。それが彼にとってどんなに大きな意味を持つか、わかっていたはずなのに。」
ユウリはにじんできた涙を指で振り払った。
「でも、あたし、あなたがアギュのクローンだから迷ったわけじゃないわ。あなたはあなただから。あなたとアースで幸せに暮らすなんて言うのも・・ありなのかしらと思ったの。アギュがほんとに心から望んで、許してくれるなら。」
古風な星の人並みな幸せ。それは、やはり目をくらませたのだ。
「あたし、あなたと幸せになりたい。なりたかったの。アギュのことを記憶から切り抜いてあなたを選べたらどんなに良かったか。でも、どうしてもできない。シドラが言うように、恋じゃないのかもしれない。自分でもわからない。でもあたしにはできない。今やっと、わかったの。許して、カプート。」
一気に言うと顔を覆った。
「ユウリ、顔を上げて下さい。」カプートは穏やかに言った。
「アギュはあたしをずっと試していたのね。」ユウリは泣き笑う。
カプートも皮肉な調子で笑う。
「アギュがあんなに大人な振る舞いをするなんて。そんなはずないのに。ぼくも騙されかけました・・」
「あたしは何をされても仕方ないわ。私がさせたのだから。
ただ・・あなたには申し訳なくて・・」
もはやぬぐわない、頬を涙が伝う。
「あなたに彼を見捨てることなんてできなかったんです。それはそれで、ぼくは彼の為になんだか嬉しい気もする。矛盾ですけど。だって・・彼はぼくなんだから。」
思わず漏れる、震える声。
「だいたい、アギュはぼくを憎んでいたんですよ。自分のクローンだと知った時から。
彼の持てないモノをぼくが持っていたからです・・」
友達。成長。男であること。子供。そして、限りある未来。
「あたしは正直なんかじゃない。アギュに嘘を付いた・・」
うなだれてユウリはカプートの前に立った。
「もしも、仮にですよ。仮にこんな状況じゃなかったとして。」彼は低い声で続けた。
「アギュはああ言ってたけど。もともと僕は一人で身を隠すつもりでした。」ちょっとだけ苦笑い。「いえ、嘘です。ちょっとはあなたが付いて来てくれたらいいなと期待してました。」ユウリは悲しそうに彼を見る。
「だけど、あなたは・・あなたのアースに戻ったとして、どうするつもりだったんですか?。お父さんと暮らせれば・・幸せでしたか?。」
「・・いいえ。」沈黙の後、ユウリは言った。「父と会えれば嬉しいわ。また、一緒に暮らせて。でも、もうあたしは子供じゃない。父と母と幸せに暮らした子供じゃないの。」
感情が堰を切る。「あたし、待ったわ。きっと、アギュを。ずっとアギュを待って待ち続けたと思うわ。」それを食い止めるようにまぶたを閉じた。
「彼があたしを許しに来てくれると信じてるの・・」
次第に声が小さくなる少女に、若者も自重気味に続ける。
「一緒です。ぼくも彼の影から一生逃れられないのですから。自分がオリジナルでないと言う事実を忘れることことなんてない。」
「こんな二人が寄り添うことなんて、不自然だったんです・・」
彼は歪む唇を手で覆い隠した。
「こうなることはわかってたんだ。まったく、アギュは意地が悪い・・」

彼は何かを吹っ切るかのように首を振った。そして、次の瞬間、別人のように強い眼差しで彼等を閉じこめてるドアを見据えた。
「ユウリ。何があっても、あなたを故郷に返してあげます。」
「カプート?」
彼は懐から小さな工具を取り出した。
「この程度の鍵ならこれで僕にも開けられます。スクールでは武器は手に入らないけど、いざとなったらこれでも充分だ。」

GBゼロ-14

2007-10-09 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-14  アギュレギオン-2




モニターを見ている観察者達は寝ながらアギュの放った放電にさぞ驚いたに違いない。
しかしこの時、もっとも熱心な観察者であったケフェウスはそれどころではない、別の感情を抱いてアギュの寝姿を見つめていたはずだ。
唖然、呆然、依然心は動揺していた。しかし、幸い回りの誰もが彼に対して注意を向けていなかった。
アギュ・ルームの防衛網は不備が生じていた。大半はその修理に奔走していた。
ケフェウスには今、2つの選択技しかなかった。


この少し前、第23番惑星を臨むスクールの一室。
研究所に帰ったはずのイリト・ヴェガはケフェウスを呼び出して、管理上の不備があることを糾弾していた。
「あなたが臨界進化体のDNAのいくつかを保管していたのではないのかしら?」
「・・証拠がありますかな?」
アギュ・ルームでの経緯のあとだったが、ケフェウスはふてぶてしく振る舞っていた。
「ええ。確かな証拠が。」イリトは追求を弱めない。
「ほう?あるなら見せてもらいたいものだな。」
「生きている証拠が。」
短刀のような金色の瞳を相手の首に突きつけたまま、ふくよかな頬の線にあるかなしかの笑いが走る。
ケフェウスの顔も仮面だったが、かすかな小さなひび割れが生じた。
「・・ざれ言を、誰が信じますかな?」
「この私が。」イリト・ヴェガは高らかに宣言する。
「あなたを連邦法、第1級犯罪者として更迭します。」イリトは悠々と敵に背を向けた。
「それが嫌なら、さっさと出て行きなさい。」
ケフェウスの手に痙攣が走った。隣室で伺う研究所の上級幹部達がいなければ、その手はイリトの首を締め上げていただろう。ひょっとして、イリトはそれを期待していたかもしれなかった。そうしたら、イリトの望むある理由で即座に彼を拘束、場合によっては正当防御として誤って殺してしまうこともできたのだから。
「・・収穫はすべてお前のものってわけか。」
「人類のもの、でしょう?」
彼女はため息をついて、再び向き直った。激情の瞬間はは去った。ケフェウスは馬鹿ではない。
「種蒔と養育、ご苦労様でした。」相手に返した金色の微笑みも上等だった。
「命があることが、せめてもの報酬ですわ。」
ケフェウスは血管が浮き出るほど、移動機械の装置を握りしめた。突然の方向変換で機械は一瞬、かなり揺らいだが、強いプライドと自制心で建て直し彼は退室した。

「これで・・いいのかしら?」
イリトの隣に光が立った。
「アンタだっていい取引だとわかるだろ?」
「アギュ、あなたの狙いは?」
「オレが望むのは、カプートとユウリの自由。そう言ったろ。」
「・・本当に、それだけ?」
「疑い深いニュートロン!」アギュは節を付けた。
「最高進化のオレから歩み寄ってやってるんだぜ?言わば絶対神様からな!」
「だからよ。」イリト・ヴェガはアギュを仰ぎ見た。アギュの表情はいつもより強い光に遮られ、よくわからなかった。
「私達を憎み、避け続けていたあなたが・・なぜ?」
「そうしないとこんな生活が終わらないからに決まってるだろ!オバサン」
内から光る青い腕がイリトの銀色の髪に向かって伸ばされた。
「オレも大人になったんだってことでどうよ?」
イリトはアギュに髪をなぶられるままにまかせていたが、油断なく精神武装しているのがわかった。アギュは気にする気配もない。
「その代わり、頼むぜ!オレが中枢に行く話!連邦に協力してやってもいいってな!」
「わかったわ。」
「ほら、この方がいい!」アギュはやっと、手を放した。

アギュが消えるとイリトは隣室のメンバーを招き入れた。
「信用していいんでしょうか?」恐る恐る幹部の一人が聞く。
「進化体の選りすぐりのチームを要請したわ。もうこちらに向かってる。
今できうる限りのニュートロンの最高の頭脳が到着するまでは・・」
イリトは緊張を隠さない声で、せわしなく囁く。
「油断しないで。」
ふとイリト・ヴェガはガラスに映る、針のように立ち上がった自分の髪を見た。
彼女は思わず吹き出した。
「私の髪形と同じくらい、信用できないわ。」



「所長は警戒していた。なのに・・なんで?」
ガンダルファは残念そうに首を振り、つぶやいた。
光をまとう者は言葉を切り、穏やかな眼差しを彼に向ける。
「アギュレギオン、いったいどうやってスクールを脱走したんですか?」
ガンダルファは打って変った丁寧な言葉遣いで尋ねた。
その様子は、他所から来た客人の前で無理に大人しくしている子供のようだ。
ドラコもおもしろそうにその頭に顔を乗せて瞬きしている。
「ケフェウスであろう?」シドラ・シデンはそのまんまの態度と口調。
「あやつが協力しなくては次元バリアーは外せるわけはあるまい。そうだろう、アギュ?」
「そう。彼が意図的にアギュの部屋を無防備にした。ほんの一秒の何万分の1だが。アギュにはそれで充分だった。」
「なんだ、シドラが破壊したからってわけじゃなかったのか・・」
「当たり前だ。我は宇宙怪獣か?」
ガンダルファは意を決し、思い切って聞いてみた。

「じゃあ、あの二人は・・ケフェウスが乗船することを知ってたんですか?」
「知っていた。」アギュの光が少しだけくすんだ。
「それはイリトとの契約のうちだった。彼は表向きは引退するが、ユウリの父親と入れ替わりに実際は刑務所で連邦の管理下に置かれるはずだった。そして、カプートも。」
彼の回りの光はさらに暗くなった。アギュレギオンの姿は内なる輝きから影のようにほっそりと長く浮き上がった。
「ただし、あの夜・・アギュがケフェウスと会った時、ことはもっと深刻になった。」
二人のジュラ星人は同時に眉をひそめた。
「まさか、ケフェウスがダークサイトの下に走ることも計算していたとか?」
「あの隙を付いて、7000光年先に奴のメッセージを送れる者が誰か他にいようか?」
「まさか・・あんたが?」ガンダルファはあんぐりと口を開けた。
シドラが問う。
「再び聞く。それを、あの二人は知っていたのか?」
「カプートは予想していた。ユウリは・・知らなかった。」
「もともとケフェウスの血の中に遊民の一族もいた・・ケフェウスはそれを頼るよりもう連邦には行き場がなかった。」
「何もかもあんたが仕組んだ・・そんな・・」ガンダルファは後が続かなかった。
初めて、シドラは怒りをあらわにする。
「あやつが二人を売り渡すと知っていた!」彼女は思わず立ち上げる。
「最初から、利用したのか?おのれだけが逃亡するために!」
「すべては、アギュのやったこと。」
アギュレギオンはまるで人事のように口にする。
「イリト・ヴェガはアギュが黙っていてもカプートの存在と正体にやがて、行き当たっただろう。カプートの命が助かる確率はあったが、ケフェウスの命はなかった。そうなってからではカードがない。ユウリの父が釈放され船が出る。あの時しか、なかった。あの船しかなかった。何百年もアギュが待った、千差一偶のチャンスだった。」アギュレギオンは顔を背ける。
「行き場のなかったのは、アギュも同じことなのだ。」
「何、言ってやがる!」ガンダルファは跳ね起きた。
「こらえろ!」
シドラ・シデンは自らの激高を押えるかのように彼をいさめた。
彼女の背後は歪み、その目は臨界進化体を焼き尽くすかのようだった。
「まだ、続きがあるようだぞ。」
「結構だ!聞いてやろうじゃないか!」鼻息荒くガンダルファ。
雲行きが怪しくなってから影を潜めていたドラコらしき頭がチラリと覗く。
(ガンちゃんファイトにょ~!)
「それ、なんか違うやろ!」彼はうめいた。



「追っ手はなかなか来ないわね。」
ユウリは心細さのあまり、カプートに近づいて囁いた。
「すぐ、追い駆けて来ると思ったのに。」
二人が閉じこめられていたのは倉庫のような部屋だった。
そんなに大きな船ではなかった。ちょっと豪勢なニュートロンが個人的に使用したりしているボートと呼ばれる船だ。
ケフェウスはあっと言う間に船を制圧してしまった。もともとユウリを送る予定で第23番惑星から派遣されて来た、この船は大して警戒されていなかった。戦いはほとんどなかった。
なぜなら、二人が乗り込んだ時には既にダークサイトの血筋を濃く持つ不満分子達によって既に乗っ取られていたからだ。

「何事も思ったようにはいかないものですよ。」
カプートは気休めを囁き返す。
「アギュは大丈夫かしら?」
「君は・・」カプートは優しくユウリを見た。「彼を恨まないんだね。」
「アギュがずっと望んでいたことだから。」でも、ユウリは手を握りしめた。
「それはわかってる。だから、あたしは協力する。でも、いきなり、宇宙空間なんて。いくらあたし達とは違うからって、本当に大丈夫なのかしら?教えてカプート、彼は仲間に会えるかしら?」
「さあ、それはなんとも。原始人類には予想不可能な問題だ」カプートはニヤリとした。
「でも、彼は大丈夫ですよ。なんたって臨界進化だし。さっさと飛んで行っちゃったでしょう?」
ケフェウスには引き止める間もなかった。できることなら、アギュも一緒に連れて行きたかっただろう。ただ、解き放たれたアギュは押えていた能力をフルに発揮した。アギュは既にある程度の肉体の濃度を操作することができていた。後、ほんの数年でアギュは自らの肉体を完全に失い、連邦がもっとすごい何かを開発しない限り数十年後には既存の次元バリアーでは押えきれなくなっただろう。
そんな存在をどうやって、物質の壁に閉じこめておけよう?

「あなたこそ、こうなること知っていたんじゃないの?」
「彼の考えそうなことぐらいわかります。ぼくが同じことをするかはわかりませんが。」
カプートはため息をつく。
「彼がどんなに拒んだって、ぼくと彼は繋がっている・・だって元々、限りなく同一に近い存在なんですから。ぼくは臨界進化しなかっただけのこと。」
「アギュが今、どうしてるか、あなたなら・・わかるの?」
カプートの瞳孔が開き視線が揺れた。ユウリは期待に満ちてじっとのぞきこんだ。
「今・・彼はとても興奮し高揚している・・自由・・満喫している・・」
ユウリは両手で自分の顔を覆った。ふっと息を吐き出す。
「大丈夫。彼は今しあわせです。ノリノリと言ってもいい。」
「良かった、アギュ」手の中で笑顔がこぼれる。
「あなたの・・自己嫌悪も取れましたか?」
「意地悪ね・・」ユウリは頬を覆ったまま、口をとがらせた。
「・・あなたはアギュに言われたから来たの?」カプートは言いにくそうに尋ねる。
「ぼくと一緒に行くのが一番、いいって言われたから?」
ユウリは、静かに言う。
「あたし、まだ混乱してる。まだ嘘みたい。あたし、あなたとちゃんと話したかったの・・それは事実。だから、ソリュートの実験に応じたの。あなたに会いたかったのよ。」
「アギュはぼくの正体に気が付いた・・それを聞かされたからですね?」
カプートは、ニヤリとした。
「そんな理由でも・・ぼくは嬉しいですよ。」



「さて、次はもっとも呪わしい話。」
アギュレギオンは言葉を切った。
彼自身、辛そうで話したくなさそうだった。ガンダルファは聞くべきか、迷った。胸の奥の焦げたくすぶりが、今長年の疑問を知る時だと告げていなければ。
「話してもらおう。」シドラ・シデンはぶっきらぼうに顎をしゃくる。
ワーム達も静かに待った。

GBゼロ-14

2007-10-09 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-14




     アギュレギオン

「その続きは私が話そう」
抑制のきいた声が響き渡った。
「私だけが語れることである。」
蒼い光が部屋に満ちる。
アギュレギオンが入って来る。
光がまといつく、しなやかな足取り。
肉を持たず性を持たず、長き時間を生きる者。
「想い出話に混ぜてもらおうかと思って、やって来た。迷惑なら言ってくれ。」
二人のジュラ星人は、ハッとかしこまって脇へと退いた。この二人は互いに良く似ている。その二人がまるで左右対称に片膝を突く。
「いえ、けして。」
「私は真相を知りたい。」
シドラ・シデンは頑なにつぶやく。そんな二人をアギュレギオンの視線がなでる。
不可思議な生物のようにうごめく光の中で、アギュの顔は陽炎のように揺らめく。
陽光がちりばめられた玉虫色の中心部ははっきりとは見えない。
目をそらすわけには行かない強い光なのに、なぜかまぶしくは感じない。
そこにいるのに、はるか遠くにいるように。
伝わってくるのはほのかな暖かみだ。
最高進化体はこちらに顔を向けた。おぼろな優しい顔がかすかに微笑んだ。


そういうわけで。
ここからしばらくの間。
アギュレギオンの話を元に語るとしよう。



カプートと話をした直後、ガンダルファは体に戻り眠ってしまった。
「話はすんだかよ。」
アギュは慎重にガンダルファとドラコを肉体に戻した。
かすかな振動が伝わった。空に黒い影が渦巻いたがやがて見えなくなった。
「まさか、シドラもですか?。」
「大丈夫だ。今のバラキはオレらに何もできない。」
「そうか!ワームの力が三次元で実体化するには人の力がいるのですね・・」
カプートは感動に耐えていた。
「ワームがこちらの世界で試行する力は契約者の持てる力を利用しているわけだ・・だからか!契約者が意識を保てなくなった今、この世界と切り離されたわけですね!それが・・それが、きっとワームが契約する、その理由の一端なんだ!」
アギュはまったく、聞いてないようだった。
「いつもより深く眠ってもらった・・オレがここを離れるまでオレが押えて置く。」
「あなたは能力をずっと隠していた。その為に外界から遮断することが、あなたには必要だった。そうなんでしょ?」
「オマエにはできまい?」馬鹿にするようにアギュは息を鳴らした。
「オレの実力はオマエ達が知るよりも、もっと色々できるんだ。驚いたか。」
「はい。驚きました。」
年上に見える男は、子供のように見える男に丁寧な口を聞いた。
「くやしがるな?。」
「はい。そうでしょうね。」ケフェウスにイリト。カプートも笑った。
「いつから、知ってたんですか?」
「・・」
アギュはカプートの真剣なまざしから、寝ているガンダルファに目を移した。
「まぬけ顔だ。」
「いい奴ですよ。」カプートはそっと言い添えた。「彼は公平で平等です。」
「ジュラの人間はな!」アギュはヘッと鼻で笑う。
「オレに逆らうなんてな。変な奴ら。」
その言い方はずっと優しかった。
「ぼくのことは、いつから・・?」カプートはもう一度、問い直した。
「そうだな・・」
「アギュ」蒼白な顔をした、ユウリが現れた。
「そんな哀しそうな顔すんなよ。」アギュはユウリに向けて笑いかけた。
「あなたもお別れが言いたかったですか?」カプートも倣う。
「いえ・・」ユウリは俯いた。
「シドラにはとても言えなかった・・今から、出て行く・・なんて」
「ガンダルファはバカだから、絶対に隠せない。シドラはイリトに報告するしかない。」
アギュはもう終わり!とばかりに手を振る。
「オレはアイツと話した・・飛び付いて来たぞ。」笑いを押し殺す。
「では・・ケフェウスはモニターで確認してるのですね。僕達の脳波の同調を。」
「アイツも、目からウロコが取れたかな?」クスクス笑う。
ユウリが不安そうに囁いた。
「彼は裏切らないかしら・・?」
「裏切れないさ。」
「うまくいくかしら?」
「まあな。」すがるような視線からアギュは目をそらした。
カプートが静かに話しかける。

「何を考えてるのですか?」
「何も。」
「あなたは、又・・」
「うるさい!」即座にアギュがさえぎった。
「オマエにはわからない!わかるわけない!」
「ええ。わかりませんよ。」カプートの顔に赤味が差した。
そんな二人を目を見開いて、ユウリは見守る。
「僕は出来損ないですからね。」
「そうだ!」アギュは吠えた。
「オレになれなかったオマエがグダグダ言うな!」
「なんで、そんな目で見る?」
「わかりませんか・・?あなたは私でもあったのに。」
「違う!」悲鳴。
「ええ。違います。いまわかりました。」
「オレに対等な口きくな!。」
「あなたはいつもちゃんと答えない。誤魔化している。」カプートは迷わない。
「結果としてあなたは500年、現実と向かい合わずに逃げ続けた。違いますか?」
「オマエにはわからない。」アギュは強く輝いた。
「オレは臨界進化体だ。」

「そうですね・・僕にはわからない。臨界進化しなかった僕には・・」
少しの間があった。
「そうならなかったことを、今初めて後悔しません。」
カプートは頭を上げた。
「そして、2度と後悔しないでしょう。」
アギュはギリッと奥歯を噛んだが何も言わなかった。
二人の話に入ることはできなかったユウリは、息を詰めて成り行きを見守っていた。
「アギュ・・」
「それじゃ行くか、ユウリ。」アギュは何事もなかったように振り返る。
「アギュ、あたし・・あなたに・・」
「いいか、説明や懇願はもう無しだ!」
「約束したわ・・あなたと・・本当にいいの?」
真剣な眼差しをあざけるようにかわす。
「あんな約束、オレが真に受けてると思ってたのか?おめでたいな!」
ユウリは殴られたようにたじろいだ。
「あたしはもう、いらないの?必要ないってこと・・?」
「オレは最高に進化した人類だぞ。その気になればなんだって思いのままだ!オマエのチンケな人生を捧げられたところでオレになんの得がある?」
アギュは笑いを爆発させる。
「あの時はオレも子供だったから、長いことすねて見せたがこうやって現実に戻って見ればみんなオレにヘイコラしておかしいったらありゃしない。偉そうなニュートロン共がオレの顔色に一喜一憂だ!。まったく、いい気分じゃないか?そうだろ?」
現実世界ではユウリとアギュの身長はほとんど変らなかったはずだった。しかし、この世界でのアギュの頭はユウリを見下ろしていた。もはや正体を隠すことのない、大人のカプートに彼は負けたくなかったのだろう。
アギュはユウリの震える顎に手を当てた。
「あたしは、アギュ・・」
「そのうち、ここからおさらばするまでの退屈しのぎだ。オマエもそのひとつ!」
「アギュ!」カプートが聞いてられず口を出す。アギュは激しい一瞥をくれる。
カプートはそこに何かを読み取り黙った。
「オマエはカプートと行くのが一番、いいんだ!」
唇にそっと指が触れた。しかしアギュはユウリと目は合わせなかった。
「オレといたって先がないんだ。わかってるだろ?」
カプートが初めて聞く、彼のためらいがちな言葉。
「オレがこの間、オマエに言ったことずっと考えてたんだろ?オマエだって悪くないと思ったんだろ?オレは知ってるぞ・・」
アギュはユウリの顎をカプートの方に向けた。
「アイツを見ろ。アイツはオレだぜ?できそこないだが、オマエにピッタリだと思わん?アイツとシアワセになってみろよ。」アギュは振り払うようにユウリから手を放した。
「アギュ、聞いて・・それは、違うの!」しかし、ユウリの声は届かなかった。
「どうよ?クローンくん。」今度はカプートに薄笑いを向ける。
「コイツを進呈してやるぜ?シアワセにしてみせる?」
「・・人は進呈できるものではありませんよ。」
「そんなことわかってる!オマエにできるのかって聞いてんだ!」
落ち着き払った答えにいらだつ。
「・・してみせます。必ず。」視線を捉える。「あなたにはできない方法で。」
アギュは再び奥歯を噛みしめる。しかし、平静を装う。
「やってみろ!このできそこない!そしたら、認めてやる!」
意識体だけのアギュの体も激しい感情に、一瞬かき乱されたようにまたたいだ。
でも、すぐに持ち直す。
「オレの言う通りにしてろ、わかったな!」
噛み付くようにユウリに言い聞かせると乱暴に手を引いて引き立てた。
言葉も無いユウリはかろうじて、ガンダルファの寝顔を見下ろし、一粒二粒の涙をこぼした。
カプートは現実に戻りゆく、アギュの後ろ姿にじっと目をやった。
「あなたは又、逃げようとしている。僕から、ユウリから。それを阻む力は僕にはない。」
足下を見下ろす。「でも、大丈夫。ユウリは僕が守るから。」
「さよなら、親友。」
そっとつぶやいたがもう振り向く事はなかった。
カプートは二人の後に従った。