スパイラルゼロ-17 輝く者-3
ユウリは誰かの気配にハッと目覚めた。
「麻酔が切れたか。」誰かの声。まぶしいライトの下、彼女は顔をしかめた。
背中に固い金属のような感触。手は動かなかった。
「あなたは・・?」
「ごめんなさい。」
真っ青な顔の若者が彼女の側にいた。
手術台のようなベッド。体が固定されていた。
「騒ぐなよ、女。すべては私の許可のうちだ。」
その後ろに見覚えのある笑い顔があった。
二人をとりまくように幾人ものおぼろげな人影。
実験室の計器。動力の光。大きな試験官の体液の泡があがる。
遠くからの声。
「このカンブリアンの遺伝子は今だ例のないものですから。」
「始祖の血が濃い。臨界する可能性も大きいのでは?」
「未分類アースの純正の原始星人で試したいところですな。まあ、今はこんなハーフしか手に入らないから仕方がないか。」
「ハーフ体の遺伝子は人類保存法上、使用許可をとるのは難しいのでは?」
「ここは治外法権だ。臨界遺伝子と同じ方式で門外不出なら文句はないだろう。」
冷たくケフェウスが言い放つ。
「許可なんぞ待ってたら、卵を取れる次期を逃してしまう。」そして見渡す。
「誰か、臨界進化体が産れる瞬間を見たくないものがいるのか?」
反対の声はなかった。
「臨界さえすれば、どんなフライングも許されるのだ。」
「今のうちに、できるだけの卵子を取り出すのだ。」
ユウリは震えた。これは悪夢に違いない。噂では聞いていた。無関係なことと思っていたのに。怖くてたまらなかった。
やさしい声がかかる。「本当は意識がないうちに行うことなのです。」
はげますように続く。
「あなたが目を覚ますとは思わなくて・・すぐに意識を取り除きますから。」
ユウリはカプートを見つめた。彼の声を聴くと落ち着くのがわかった。
二人の目が出合った。
「薬は追加しなくていい。」ケフェウスが言う。
「しかし、所長!」カプートが色をなす。
「規則上・・」
「うるさい!規則がなんだ!」移動機械がうなりをあげ、彼は退くしかない。
「今は私が所長だ!私が絶対だ。」
ケフェウスは薄い手袋に覆われた指を伸ばしユウリに触れる。その冷たさ、痛みにユウリは思わず目をきつく閉じる。嫌悪に小刻みに震えた。
「生意気な小娘。父親に会いたいなら、せいぜい協力するがいい。誰が権力者かよく考えることだ。」
「しかし、あなたは・・!」
カプートはケフェウスが所長にはけしてなれないことを今は知っていた。
「口答えは許さない!」怒号が飛ぶ。
カプートは唇をかんだ。しかし。彼に逆らうことが違法な生存者である自分にできるだろうか。
「暴れなければ・・痛い思いはしませんから。」ユウリから目を反らした。
ケフェウスは許さなかった。
「最近、お前は私の権威を笠に着てるらしいじゃないか?」
「そんなことは・・!」
「血統の悪い原始星人のお前が勘違いをして思い上がってしまうのも仕方がない。お前は私の唯一のパートナー。得意になって身をわきまえない行動をとるのも無理もない。
私は寛大だ。何と言っても、私のすべての研究をやがて受け継ぐ運命共同体なのだから。」
カプートに笑いかける。
「お前に楽しい任務を与えよう。直々の特殊任務だ。」
機械を上昇させた所長は凍るような笑いを浮かべて二人を見下ろす。
「一度、原始人の交尾と言うヤツをじっくり見てみたかったのだ。今後の繁殖実験の参考にな。」
ケフェウスがカラカラと笑った。
カプートの体が硬直する。
「どうせ、つくるのはお前との子供だ。」
「できません。」
「時間がもったいない。さっさと始めろ。」
「できません。」
「私に逆らうのか!さあ、やれ!」
震える彼の唇をユウリは見つめていた。
ここで彼が断れば、彼は2度とはい上がれないだろう。原始星出身者はいつだってそうだ。どんなに優秀でも。ケフェウスは彼をパートナーから外し、いくらでも他の助手を選ぶだろう。カプートは、ここを追い出され、原始星に戻されて一生をその中で終わるだろう。そしてあたし。あたしが断れば、あたしは又収容所に戻されるかもしれない。父は長い刑期をむなしく送り、あたしは遠い故郷に帰ることはない。アギュにももう、会えなくなる。彼はあたしの支えなのに。アギュは悲しむかしら?あたしと会えなくて。
ユウリは目の前で苦しむ男を見た。無駄な抵抗を続ける男を。ケフェウスは今にも切れてしまいそうだ。彼に罪は無い。彼はいい人だ。だから、こんなに葛藤している・・・。
「・・大丈夫」はげますように、ユウリは必死に呼びかける。彼がこちらを見る。意味がわからないでいる。笑顔を作った。
「ほら、みるがいい。原始人。」ケフェウスが嘲る。「このメスの方がずっと素直だ。」
「もう、・・いいから。」
彼女は彼の目を捉えてうなづいた。
「お前が欲しいとよ!」ニュートロン達の哄笑が二人を取り巻いた。
「さすが。臨界進化体を虜にした淫売だけのことはある。」
ケフェウスが唾をユウリに吐きかけた。
嫌な記憶だった。アギュレギオンは振り払うかのように少しだけ頭を振った。
回りを渦巻いた光をガンダルファが不思議そうに見つめている。
彼の回想は続く。ある転換点となった日のアギュ。
そして生気に満ちあふれていたユウリ。
ユウリは誰かの気配にハッと目覚めた。
「麻酔が切れたか。」誰かの声。まぶしいライトの下、彼女は顔をしかめた。
背中に固い金属のような感触。手は動かなかった。
「あなたは・・?」
「ごめんなさい。」
真っ青な顔の若者が彼女の側にいた。
手術台のようなベッド。体が固定されていた。
「騒ぐなよ、女。すべては私の許可のうちだ。」
その後ろに見覚えのある笑い顔があった。
二人をとりまくように幾人ものおぼろげな人影。
実験室の計器。動力の光。大きな試験官の体液の泡があがる。
遠くからの声。
「このカンブリアンの遺伝子は今だ例のないものですから。」
「始祖の血が濃い。臨界する可能性も大きいのでは?」
「未分類アースの純正の原始星人で試したいところですな。まあ、今はこんなハーフしか手に入らないから仕方がないか。」
「ハーフ体の遺伝子は人類保存法上、使用許可をとるのは難しいのでは?」
「ここは治外法権だ。臨界遺伝子と同じ方式で門外不出なら文句はないだろう。」
冷たくケフェウスが言い放つ。
「許可なんぞ待ってたら、卵を取れる次期を逃してしまう。」そして見渡す。
「誰か、臨界進化体が産れる瞬間を見たくないものがいるのか?」
反対の声はなかった。
「臨界さえすれば、どんなフライングも許されるのだ。」
「今のうちに、できるだけの卵子を取り出すのだ。」
ユウリは震えた。これは悪夢に違いない。噂では聞いていた。無関係なことと思っていたのに。怖くてたまらなかった。
やさしい声がかかる。「本当は意識がないうちに行うことなのです。」
はげますように続く。
「あなたが目を覚ますとは思わなくて・・すぐに意識を取り除きますから。」
ユウリはカプートを見つめた。彼の声を聴くと落ち着くのがわかった。
二人の目が出合った。
「薬は追加しなくていい。」ケフェウスが言う。
「しかし、所長!」カプートが色をなす。
「規則上・・」
「うるさい!規則がなんだ!」移動機械がうなりをあげ、彼は退くしかない。
「今は私が所長だ!私が絶対だ。」
ケフェウスは薄い手袋に覆われた指を伸ばしユウリに触れる。その冷たさ、痛みにユウリは思わず目をきつく閉じる。嫌悪に小刻みに震えた。
「生意気な小娘。父親に会いたいなら、せいぜい協力するがいい。誰が権力者かよく考えることだ。」
「しかし、あなたは・・!」
カプートはケフェウスが所長にはけしてなれないことを今は知っていた。
「口答えは許さない!」怒号が飛ぶ。
カプートは唇をかんだ。しかし。彼に逆らうことが違法な生存者である自分にできるだろうか。
「暴れなければ・・痛い思いはしませんから。」ユウリから目を反らした。
ケフェウスは許さなかった。
「最近、お前は私の権威を笠に着てるらしいじゃないか?」
「そんなことは・・!」
「血統の悪い原始星人のお前が勘違いをして思い上がってしまうのも仕方がない。お前は私の唯一のパートナー。得意になって身をわきまえない行動をとるのも無理もない。
私は寛大だ。何と言っても、私のすべての研究をやがて受け継ぐ運命共同体なのだから。」
カプートに笑いかける。
「お前に楽しい任務を与えよう。直々の特殊任務だ。」
機械を上昇させた所長は凍るような笑いを浮かべて二人を見下ろす。
「一度、原始人の交尾と言うヤツをじっくり見てみたかったのだ。今後の繁殖実験の参考にな。」
ケフェウスがカラカラと笑った。
カプートの体が硬直する。
「どうせ、つくるのはお前との子供だ。」
「できません。」
「時間がもったいない。さっさと始めろ。」
「できません。」
「私に逆らうのか!さあ、やれ!」
震える彼の唇をユウリは見つめていた。
ここで彼が断れば、彼は2度とはい上がれないだろう。原始星出身者はいつだってそうだ。どんなに優秀でも。ケフェウスは彼をパートナーから外し、いくらでも他の助手を選ぶだろう。カプートは、ここを追い出され、原始星に戻されて一生をその中で終わるだろう。そしてあたし。あたしが断れば、あたしは又収容所に戻されるかもしれない。父は長い刑期をむなしく送り、あたしは遠い故郷に帰ることはない。アギュにももう、会えなくなる。彼はあたしの支えなのに。アギュは悲しむかしら?あたしと会えなくて。
ユウリは目の前で苦しむ男を見た。無駄な抵抗を続ける男を。ケフェウスは今にも切れてしまいそうだ。彼に罪は無い。彼はいい人だ。だから、こんなに葛藤している・・・。
「・・大丈夫」はげますように、ユウリは必死に呼びかける。彼がこちらを見る。意味がわからないでいる。笑顔を作った。
「ほら、みるがいい。原始人。」ケフェウスが嘲る。「このメスの方がずっと素直だ。」
「もう、・・いいから。」
彼女は彼の目を捉えてうなづいた。
「お前が欲しいとよ!」ニュートロン達の哄笑が二人を取り巻いた。
「さすが。臨界進化体を虜にした淫売だけのことはある。」
ケフェウスが唾をユウリに吐きかけた。
嫌な記憶だった。アギュレギオンは振り払うかのように少しだけ頭を振った。
回りを渦巻いた光をガンダルファが不思議そうに見つめている。
彼の回想は続く。ある転換点となった日のアギュ。
そして生気に満ちあふれていたユウリ。