スパイラルゼロ-17
楔
2匹のワームがほぼ同時に船に到達するかしないかで、船は砕け散った。
スローモーションのように、コマ送りでガンダルファは記憶する。
「穴に逃げ込め!」
声にならないシドラの叫び。
急ブレーキでうなりをあげるドラコ。
バラキが巨体で彼らを包み込む。
間一髪でワームホールにバラキは突っんだ。
その盾がなければ、彼等は3次元宇宙で激しい崩壊に巻き込まれていただろう。
呆然自失の時。その一瞬。
次元と次元の狭間に雪のように残骸が飛ぶ。
急激な膨張の余韻。船内の爆圧で空間は歪み わずかな酸素が数秒で燃え尽くされると 一刻いっときすさまじい力で凝縮した。しかし、すぐにエネルギーが奪われると共にすべてはゆっくりと飛散していった。
粉々になったデータはしばらく異次元の中で辺りあたりを漂い、やがて砂のように崩れて次第に闇に溶けていった。
ガンダルファは見た。彼の前に流れて来たきらめく陽光のような輝き。それは彼とシドラの回りにつかの間、まつわり付きほどけて行った。
僕はそれをとっさに掴もうとしたんだ。
なんでだろう?その時どうしても、それを捕まえなくてはならないと思ったんだよ。
でもそれは僕の手を通り抜けた。掴めなかったんだ。
「・・・」シドラは無言で身じろぎした。
むなしくあがくガンダルファの手から光は擦り抜け、遥か彼方へ散り散りに溶け去った。
{やった!}クルー達の狂喜の叫び。
アギュレギオンは見知らぬドックにいた。
さっきまでユウリを見ていた。あれは夢だったのか?ユウリが燃える、嫌な夢。
見慣れぬ金属のドームを自分の光が照らす。
目障りな反射光が憔悴した彼の目を射る。
どこか、遠くからぼやけた声がかかる。
{よくぞ・・いらしてくれた・・}
カバナ人艦長は管制室で感激に震えた。その感激につい警戒を忘れる。
{これが臨界進化体・・!この船に迎える事ができた・・!}
アギュレギオンは足下を見た。
回りに一緒に収容された船の残骸が散らばっていた。
かつて移動機械だった、捻じれ歪んだ溶けた金属。焼けた肉の匂い。
足下にあったモノ。それは見間違えようがなかった。
それはかつてカプートと呼ばれた肉片。
髪は焼け縮れ皮がめくれて白い砕けた頭蓋が覗いている。しかしその千切れた頭に奇跡的に無傷で、美しい顔が残っていた。
目を閉じて口を固く結んだ顔。爆発と熱によって少しまくれ上がった唇から歯が覗いていた。強く勇敢であろうとした若い男の顔。
顎にはまだ血がこびりついていた。
アギュは艦長の言葉を何一つ聞いてなかった。
ドックの回りには戦闘要員がひしめいていたが目に入らなかった。
湧き上がってきたモノを怒りと名付けるだけでは足りなかった。
アギュの中で何かが音を立てた。
「生きてるか」
シドラの詰まった声がした。
ドラコはぐったりと縮んで足下に落ちていた。僕は機械的にドラコを抱き上げた。
なんの思考もなかった。ドラコはダラリと垂れ下がった。ピクリともしない。
「オスは力を秘める。メスの力は滴のように溜まる。」シドラは力なく笑った。
「オスは爆発する。そして使い果たす・・」
僕らはバラキのとぐろの真ん中に抱えられるように守られていた。
「見ろ」
シドラ・シデンはワームの巨大な2枚のヒレが繊細に掴んでるものを指差した。
それは、さっきの陽光の欠片だった。それは揺らめいて輝いた。
僕は涙が出てきた。それはユウリのソリュートだった。
ヒビの入った小さな楽器にオレンジの炎のように光がまつわり付いていた。
シドラ・シデンの顔もくしゃくしゃになった。「美しいな」
僕は思わず手を伸ばした。
「よせ」そっと首を振る。
「我々では掴む事ができないんだ。さっき、見ただろう?」泣き笑い。
僕らを突き抜け、指の間を漏れて往った黄金の水銀。
ユウリの魂。
僕は嗚咽した。
「そう言えば」シデンが目を拭い、顔を上げた。
「アギュはどこだ?」
「ふぇ?・・あ、アギュ?」
「アギュでも間に合わなかっただろう・・これでは」
涙の跡が残る暗い顔で辺りを見渡した。
リオンボイドの前線基地が捉えたのは、何重にも折り重なった次元のどこかで起こった
激しい爆発だった。
その規模は核融合に匹敵すると思われた。
しかし、それはこちらとは違う次元での出来事。正確な観測は不可能だった。
こちらの宇宙は凪のように静かだったから。
ただ、臨界進化を捕捉したと伝えた通信を最後に潜航船が連絡を絶ったと言う事実だけがカバナ・ボヘミアンの首都へともたらされた。
乗員の身内に訃報が伝えられると、彼等は泣く事はせず胸を誇らしげにそびやかした。
前線から進行していた遊民部隊は、連邦部隊が追走するのを何事もなかったかのように黙殺し自らの領内へと引き返して行った。
たったそれだけの事。
それは何も起こらなかったのと同じことだった。
「お主がやったのか?」
シドラは疑わしげにだった。
「おそらく。」
「覚えてないの?」ガンダルファも首を傾ける。
「記憶がない。」
「そうか。じゃあしょうがない。」あっさりと引く。
「無から有を作ったというのか?ソリュートもなく。」
シデンだけが尚も信じられないとつぶやく。
「ソリュートでもできるとか、言ってたんだから同じだろ?」
アギュレギオンはその問題については、まったく興味がないようだった。
「続けよう。」
やらねばならない義務を黙々とこなすように。
二人がワームホールから戻るとバラバラになった船の残骸が漂った真ん中に、ポツンと蒼い光が浮いていた。
アギュは泣いていた。
なすすべもなく、子供のように。声を上げて。
「アギュ・・」ガンダルファは自分でも込み上げてきて、途中からなんと言っていいかわからなくなった。
「アギュ!」シドラ・シデンはやや強く呼びかけた。
「よく聞け!」長い腕でアギュの腕を掴んでやや、乱暴にバラキに引き寄せる。
「このどアホが!ばかたれ!」シデンも涙を拭おうともしなかった。
「ほんとにこのばかが・・!バカ野郎が!」
アギュをガンダルファと二人の間に立たせた。
アギュは泣きやんだが顔が上げられなかった、目からはじっと滴があふれつづけていた。
そんな壊れたような表情に浮かんだものは、ガンダルファの心を動かした。言いたい事が山ほど浮かんだが、アギュに対して初めて彼はそれを口にしなかった。
その代わりに彼はバラキが大事に持ってる光を黙って指さした。
「ユウリの魂の・・欠片だ・・」よく喋れなかった。
シドラ・シデンが代わって優しく説いた。「おぬしが持っててやれ。」
「我々ではダメなんだ・・」ためいきのように溶けていった彼女の声。
アギュは最初、よく聞き取れなかったのかもしれない。
アギュは黙って二人を濡れた大きな目でをまじまじと見較べた。
ガンダルファはアギュの目を初めてまともに見たと思った。
自分は今まで何を見ていたのだろう。
その目は、求めてもけして得られない者の飢えた眼だった。
ガンダルファは言葉を失い、ただうなづいた。
フラフラとドラコが彼の手から舞い上がった。
アギュは頬に滴を光らせるままに、無言で顔を上げる。
小さなワームがしっかりとくわえたそれを、アギュは震える両手で受け取った。
手の平の中にソリュートと光はスッポリと収まった。
屈みこむアギュの蒼い顔が金色に染まった。光が混ざり合い美しい紫に反射する。
その中心で陽光はキラキラと揺らめいた。笑ってるように。
「ユウリ・・」ガンダルファはそのきらめきに、ついつられて微笑んでしまう。
「おぬしが持っていた方が・・ユウリが喜ぶ・・」
シデンはその言葉の痛みに顔を背けた。
「・・不思議だね・・」二つの割れた声をアギュは絞り出した。
「・・この体・・まだ、こんなに流す水が残っていたんだ・・」
アギュの頬を伝う涙は陽光を反射しながら、手の平へとこぼれ落ちて行った。
臨界進化体の流す涙。輝きはそれをただ黙って受けとめ続けた。
アギュは笑おうとしたが、顔が歪んだだけでうまくいかなかった。
そして・・
アギュは手の平ですくうようにしてユウリの魂を飲み込んでしまった。
ソリュートの欠片と共に。
止める間もなかった。
でも、誰も止めなかっただろう。
固く目を閉じる。「ユウリ・・」和音の声がその名を奏でた。
バラキが方向を変える。
巨大な戦艦が急速に近づいてくる。
小さいボートが次々と放たれてこちらへと向かってくるのが見えた。
「その後のことは、アナタ達の方が良く知っている。」
アギュレギオンは物憂げに続けた。
シドラ・シデンは静かに光に視線を送る。
「おぬしはそうすると二人の記憶を持ってるわけだな。」
「アギュとカプートの?」
ガンダルファはアギュレギオンを仰ぎ見た。
光成す者はうなづいた。
「ワタシは楔くさび。二つの記憶の狭間にある者。」
アギュと418の記憶を合わせてアギュレギオンとなった者は遠い眼差しをした。
それは彼の胸にしまわれた遠い記憶。
楔
2匹のワームがほぼ同時に船に到達するかしないかで、船は砕け散った。
スローモーションのように、コマ送りでガンダルファは記憶する。
「穴に逃げ込め!」
声にならないシドラの叫び。
急ブレーキでうなりをあげるドラコ。
バラキが巨体で彼らを包み込む。
間一髪でワームホールにバラキは突っんだ。
その盾がなければ、彼等は3次元宇宙で激しい崩壊に巻き込まれていただろう。
呆然自失の時。その一瞬。
次元と次元の狭間に雪のように残骸が飛ぶ。
急激な膨張の余韻。船内の爆圧で空間は歪み わずかな酸素が数秒で燃え尽くされると 一刻いっときすさまじい力で凝縮した。しかし、すぐにエネルギーが奪われると共にすべてはゆっくりと飛散していった。
粉々になったデータはしばらく異次元の中で辺りあたりを漂い、やがて砂のように崩れて次第に闇に溶けていった。
ガンダルファは見た。彼の前に流れて来たきらめく陽光のような輝き。それは彼とシドラの回りにつかの間、まつわり付きほどけて行った。
僕はそれをとっさに掴もうとしたんだ。
なんでだろう?その時どうしても、それを捕まえなくてはならないと思ったんだよ。
でもそれは僕の手を通り抜けた。掴めなかったんだ。
「・・・」シドラは無言で身じろぎした。
むなしくあがくガンダルファの手から光は擦り抜け、遥か彼方へ散り散りに溶け去った。
{やった!}クルー達の狂喜の叫び。
アギュレギオンは見知らぬドックにいた。
さっきまでユウリを見ていた。あれは夢だったのか?ユウリが燃える、嫌な夢。
見慣れぬ金属のドームを自分の光が照らす。
目障りな反射光が憔悴した彼の目を射る。
どこか、遠くからぼやけた声がかかる。
{よくぞ・・いらしてくれた・・}
カバナ人艦長は管制室で感激に震えた。その感激につい警戒を忘れる。
{これが臨界進化体・・!この船に迎える事ができた・・!}
アギュレギオンは足下を見た。
回りに一緒に収容された船の残骸が散らばっていた。
かつて移動機械だった、捻じれ歪んだ溶けた金属。焼けた肉の匂い。
足下にあったモノ。それは見間違えようがなかった。
それはかつてカプートと呼ばれた肉片。
髪は焼け縮れ皮がめくれて白い砕けた頭蓋が覗いている。しかしその千切れた頭に奇跡的に無傷で、美しい顔が残っていた。
目を閉じて口を固く結んだ顔。爆発と熱によって少しまくれ上がった唇から歯が覗いていた。強く勇敢であろうとした若い男の顔。
顎にはまだ血がこびりついていた。
アギュは艦長の言葉を何一つ聞いてなかった。
ドックの回りには戦闘要員がひしめいていたが目に入らなかった。
湧き上がってきたモノを怒りと名付けるだけでは足りなかった。
アギュの中で何かが音を立てた。
「生きてるか」
シドラの詰まった声がした。
ドラコはぐったりと縮んで足下に落ちていた。僕は機械的にドラコを抱き上げた。
なんの思考もなかった。ドラコはダラリと垂れ下がった。ピクリともしない。
「オスは力を秘める。メスの力は滴のように溜まる。」シドラは力なく笑った。
「オスは爆発する。そして使い果たす・・」
僕らはバラキのとぐろの真ん中に抱えられるように守られていた。
「見ろ」
シドラ・シデンはワームの巨大な2枚のヒレが繊細に掴んでるものを指差した。
それは、さっきの陽光の欠片だった。それは揺らめいて輝いた。
僕は涙が出てきた。それはユウリのソリュートだった。
ヒビの入った小さな楽器にオレンジの炎のように光がまつわり付いていた。
シドラ・シデンの顔もくしゃくしゃになった。「美しいな」
僕は思わず手を伸ばした。
「よせ」そっと首を振る。
「我々では掴む事ができないんだ。さっき、見ただろう?」泣き笑い。
僕らを突き抜け、指の間を漏れて往った黄金の水銀。
ユウリの魂。
僕は嗚咽した。
「そう言えば」シデンが目を拭い、顔を上げた。
「アギュはどこだ?」
「ふぇ?・・あ、アギュ?」
「アギュでも間に合わなかっただろう・・これでは」
涙の跡が残る暗い顔で辺りを見渡した。
リオンボイドの前線基地が捉えたのは、何重にも折り重なった次元のどこかで起こった
激しい爆発だった。
その規模は核融合に匹敵すると思われた。
しかし、それはこちらとは違う次元での出来事。正確な観測は不可能だった。
こちらの宇宙は凪のように静かだったから。
ただ、臨界進化を捕捉したと伝えた通信を最後に潜航船が連絡を絶ったと言う事実だけがカバナ・ボヘミアンの首都へともたらされた。
乗員の身内に訃報が伝えられると、彼等は泣く事はせず胸を誇らしげにそびやかした。
前線から進行していた遊民部隊は、連邦部隊が追走するのを何事もなかったかのように黙殺し自らの領内へと引き返して行った。
たったそれだけの事。
それは何も起こらなかったのと同じことだった。
「お主がやったのか?」
シドラは疑わしげにだった。
「おそらく。」
「覚えてないの?」ガンダルファも首を傾ける。
「記憶がない。」
「そうか。じゃあしょうがない。」あっさりと引く。
「無から有を作ったというのか?ソリュートもなく。」
シデンだけが尚も信じられないとつぶやく。
「ソリュートでもできるとか、言ってたんだから同じだろ?」
アギュレギオンはその問題については、まったく興味がないようだった。
「続けよう。」
やらねばならない義務を黙々とこなすように。
二人がワームホールから戻るとバラバラになった船の残骸が漂った真ん中に、ポツンと蒼い光が浮いていた。
アギュは泣いていた。
なすすべもなく、子供のように。声を上げて。
「アギュ・・」ガンダルファは自分でも込み上げてきて、途中からなんと言っていいかわからなくなった。
「アギュ!」シドラ・シデンはやや強く呼びかけた。
「よく聞け!」長い腕でアギュの腕を掴んでやや、乱暴にバラキに引き寄せる。
「このどアホが!ばかたれ!」シデンも涙を拭おうともしなかった。
「ほんとにこのばかが・・!バカ野郎が!」
アギュをガンダルファと二人の間に立たせた。
アギュは泣きやんだが顔が上げられなかった、目からはじっと滴があふれつづけていた。
そんな壊れたような表情に浮かんだものは、ガンダルファの心を動かした。言いたい事が山ほど浮かんだが、アギュに対して初めて彼はそれを口にしなかった。
その代わりに彼はバラキが大事に持ってる光を黙って指さした。
「ユウリの魂の・・欠片だ・・」よく喋れなかった。
シドラ・シデンが代わって優しく説いた。「おぬしが持っててやれ。」
「我々ではダメなんだ・・」ためいきのように溶けていった彼女の声。
アギュは最初、よく聞き取れなかったのかもしれない。
アギュは黙って二人を濡れた大きな目でをまじまじと見較べた。
ガンダルファはアギュの目を初めてまともに見たと思った。
自分は今まで何を見ていたのだろう。
その目は、求めてもけして得られない者の飢えた眼だった。
ガンダルファは言葉を失い、ただうなづいた。
フラフラとドラコが彼の手から舞い上がった。
アギュは頬に滴を光らせるままに、無言で顔を上げる。
小さなワームがしっかりとくわえたそれを、アギュは震える両手で受け取った。
手の平の中にソリュートと光はスッポリと収まった。
屈みこむアギュの蒼い顔が金色に染まった。光が混ざり合い美しい紫に反射する。
その中心で陽光はキラキラと揺らめいた。笑ってるように。
「ユウリ・・」ガンダルファはそのきらめきに、ついつられて微笑んでしまう。
「おぬしが持っていた方が・・ユウリが喜ぶ・・」
シデンはその言葉の痛みに顔を背けた。
「・・不思議だね・・」二つの割れた声をアギュは絞り出した。
「・・この体・・まだ、こんなに流す水が残っていたんだ・・」
アギュの頬を伝う涙は陽光を反射しながら、手の平へとこぼれ落ちて行った。
臨界進化体の流す涙。輝きはそれをただ黙って受けとめ続けた。
アギュは笑おうとしたが、顔が歪んだだけでうまくいかなかった。
そして・・
アギュは手の平ですくうようにしてユウリの魂を飲み込んでしまった。
ソリュートの欠片と共に。
止める間もなかった。
でも、誰も止めなかっただろう。
固く目を閉じる。「ユウリ・・」和音の声がその名を奏でた。
バラキが方向を変える。
巨大な戦艦が急速に近づいてくる。
小さいボートが次々と放たれてこちらへと向かってくるのが見えた。
「その後のことは、アナタ達の方が良く知っている。」
アギュレギオンは物憂げに続けた。
シドラ・シデンは静かに光に視線を送る。
「おぬしはそうすると二人の記憶を持ってるわけだな。」
「アギュとカプートの?」
ガンダルファはアギュレギオンを仰ぎ見た。
光成す者はうなづいた。
「ワタシは楔くさび。二つの記憶の狭間にある者。」
アギュと418の記憶を合わせてアギュレギオンとなった者は遠い眼差しをした。
それは彼の胸にしまわれた遠い記憶。