MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

GBゼロ-15

2007-10-10 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-15  果ての天蓋号-2




「何してる、お前!どうやってここに来た!」
ケフェウスは唸った。
「教官。お願いがあります。」
カプートはユウリを庇いながらコントロール・ルームの中心に入っていった。
「誰か、こいつを捕まえろ!」
しかし、手を放せないクルー達は持ち場を離れることを一瞬ためらった。
ケフェウスを入れて、彼等は総勢6人しかいないのだ。ボートとはいえ、この規模なら最低10人は必要だった。しかも、次第に迫り来るベラス・スクールの追っ手から全力で距離を稼ごうと躍起になっているのだ。彼等は臨時の端末を挿入したばかりでこの船のコントロールを、まさにぶっつけ本番で確かめている最中だった。死体となって宇宙に放り出された正規のクルー達に聞くわけにはいかない。
「その必要はありませんよ。」
軍人ではない、小さな男達を見据えてカプートは言う。
「ぼくはおとなしく連れて行かれるつもりですから。どうぞ、中断なさらなくて結構です。」それを聞くとなんと反乱軍達は再び、作業に戻ってしまった。
時間を割いて、体の大きなカプートと争わなくていいことにとほっとしたに違いなかった。ケフェウスは舌打ちをする。
「お前、バカじゃないのか?」油断なく、カプートの方に移動機械を構える。
「ペルセウスでいいことなんか、何もないぞ!殊勝な心がけってわけでもあるまい?」
「取引をしましょう。」
「取引ぃ?」ケフェウスの声が思わず裏返った。
「何を言ってる?お前、何様のつもりだぁ?そんな立場にお前がいるか!」
「ぼくはおとなしく、あなたの手土産になってモルモットにでもなんでもなります。今までのように。」カプートは後ろ手で庇うユウリを振り返る。
「ただ、彼女は放して下さい。」
「できんな。」即座に答えるとニヤニヤする。
「ほんとに仲の良いことだ。そんなにその女が良かったのか?」
「脱出ポッドはまだ残ってますよね。確認して来ました。ただ、動力がない。」
ケフェウスは唇をなめた。
「忘れられんってわけだ。原始人どもの夢中になる交尾ってやつは恐るべきもんだな!」
「動力を下さい。ほんのわずかなものでしょう!」カプートはいらだった。
「お願いします!教官。」
ケフェウスは両手を組むと指を笑う口の端に持って行った。その口ではめた指輪の一つをなめる。「フフン。そんなにいいものなのか?」
その姿はカプートの言葉を検討しているようにも見えなくもない。
「我ら、進化体にはなんとも受け入れがたいが・・もっと研究してみる価値があったのかな?お前達でな、ふふふ」
「教官、早く!」
カプートは思わず移動機械に詰め寄った。
「触るな!」ケフェウスはカプートの手を跳ね避けようとする。
しかし、カプートの素早い動きの方が勝つ。彼は移動機械を押さえ込もうとした。
「放せ!」
「嫌です!」カプートの力は強かった。「ユウリ、早く!」
ユウリは言われるままに後ろから機械にはい上がる。
「触るな!このメスめが!」
怒りと嫌悪に身震いするケフェウスの喉下に鋭い工具を押し付ける。
「汚い、油が付く!この原始人が!」ケフェウスはわめく。「臭い!私に触るな!」
「カプート!」打ち合わせした通り、これでいいの?
「動くと喉が切れますよ!」
クルー達はもみ合う3人を見て驚いて顔を上げた。
「カプート!副所長になんてことを!」
「所長に受けた恩を忘れたのか!この原始人がっ!」
「そのまま!」カプートが命ずる。
「仕事を続けて。ただ脱出ポットの動力を入れて下さい。」
「こいつらを殺せ!早く、このメスを!」ケフェウスが唾を飛ばす。
彼等の一人が困ったように手を動かしながら答える。
「入れ方がわからない。それは、この端末には入ってない。」
「じゃあ、僕が入れ方を教えます。」
カプートが冷静に指示を出す。
「貴様等、言う通りにしたらただじゃすまんぞ!」
ためらう乗組員。
「しかし、あなた様の命が?」
「入れろ!」
クルーが屈みこむとカプートは機械に飛び乗った。
「さあ!ユウリ!」彼はユウリから凶器を奪い取る。「行って!」
「カプート!」ユウリは機械にしがみつく。「一緒に!」
「早く!さっき見たでしょう!脱出ポットへ走るんです!」
「ダメ!あなたも!」カプートはユウリを手で振り払った。
「誰がこの場を押えるんですか!ぼくはあなたを助けたいんです!」
カプートはずり落ちたユウリに叫ぶ。
「同情はごめんです!無駄にさせないで下さい!」声に暗い怒りがこもった。
足りなくなった重みで移動機械が上に跳ね上る。
いつの間にか、彼の片手はケフェウスの喉を締めつけていた。幾度、こうしたかったことか!。手に思わず力が入る。ケフェウスは目を白黒させた。
「は、離せ!苦しい!」カプートは彼のパートナーにピタリと身を寄せて低く囁いた。
「ユウリが離れるまでは・・生かしておいてあげますよ!」
ケフェウスがむせる。カプートはコントロールに励む人員に大声を張り挙げた。
「みなさんは自分の仕事を続けて!」まだ、ためらうユウリを見ずに叫ぶ!
「ユウリ、早く行け!」ユウリは出口へと走った。

その刹那。
「通信です!」別のクルーがボードから叫ぶ。
「α4131方向、目的次元地からのものです!」
「変換しろ!」ケフェウスがのど元も気にもせずに興奮してわめく。
ユウリがハッと振り返る。
カプートも一瞬、緊張したが、手は緩めなかった。
違う次元から発せられた通信は2度、3度と変換され再構成される。傍受されることを極度に恐れた為に解析度はギリギリに低いはずだった。
「いよいよ、来たぞ!カバナ・ボヘミアンだ!」
ニュートロン達の皮一枚の薄い肌が興奮で赤く染まる。
この時、カプートの研究者としての好奇心が彼を裏切ったのだ。
ほんのわずか、彼の注意が上にそれた。その時、彼の養父はうなり声と共に彼の呪縛から腕を解放し手の中で何かを動かした。
何が起きたのか、見ていたユウリにはわからなかった。カプートは絶叫した。断末魔のような声を長く高く上げると彼は床に落下した。ユウリは立ちすくんだ。
移動機械は舞い上がった。
「おめでたい奴だ。」
ケフェウスは嘲りの声を床でうめき、のたうつカプートに降り注いだ。
「私がなんの手も打たずにお前を泳がしてると思ってたのか!」
そして天井部に出現した巨大なモニターを嬉々として見上げた。
「お待ちしておりましたぞ。誇り高き遊民の仲間よ!」

画像は薄く乱れた。そして、映し出されたもの。
ユウリは声にならない悲鳴を押し殺した。
{オマエが・・臨界・・か?}肉の塊がたどたどしい音声を発する。
ケフェウスだけがたじろがずに深々と頭を下げた。
「お呼び立てしたケフェウスが私です。」
{・・臨界・・臨界・・はどこだ?}
「臨界進化体はここにはいません。しかし、そのDNAがここに」
ケフェウスは床を転げるカプートを指さす。
{・・それ・・もらう・・}
「では、我々も連れて行っていただけますかな?栄光のカバナ・シティに」
{・・了解・・合流地点に・・急げ・・収容する・・}
「そちらからも接近していただかないと。追っ手が迫っています。」
{・・急げ・・}
画像は激しく流れた。
「これが、限界か。」ケフェウスは舌打ちした。
「急げ!最大出力維持!」そして、忌々しげに付け加える。
「やけに、臆病だな。がっかりだ、肉団子どもめ。こっちは命をかけてるんだ」
「当たり前でしょ。ここは連邦の圏内よ。」

ユウリはカプートに駆け寄る。水の中を歩くように時間が遅い。
「こんなことして!もし、ここにダークサイトがいることがわかったら、戦争になるのよ!」
ユウリはケフェウスを睨んだ。
「自分のしてることがわかってるの?休戦協定を破棄させるのよ!みんなを巻き込むのよ!」
「さあ、知らんな。」ケフェウスは口を歪めて見下ろす。
「そんなことより、自分の男の心配をしてろ。お別れのときだぞ。」
ユウリは腹を押えているカプートの手を必死にさすった。
「ユウリ・・」
「カプート!どうしたの?どうしてしまったの?」
カプートは口を聞こうとしたが話せなかった。まるで窒息するかのように顔がどす黒く手が冷たい。強い指が苦悶で彼女の腕に痕を残す。
「あたしが、あたしが、グズグズしていたから、あたしが・・!」
「自己嫌悪は・・なしです・・言ったでしょ」絞り出されるうめき。
「あなたの・・せいじゃ・・ない。」
あえぐ口が笑った。
「ぼくの・・隙・・見てみたかった・・カバナ・・はモンスターでは・・ない」
「もう、話さないで!」
「あれも・・当然の・・宇宙・・人類の・・進化・・予想通り・・」
満足そうに目を閉じた。いかにも、カプートらしいことであった。
ユウリは笑うどころではない。
重いのたうつ上半身をやっとのことで抱え込んだ。体が熱い、燃えるようだ。発汗が激しく、心拍も早い。口の中が血だらけだった。
「何をしたの?」ユウリは鋭い視線を上に投げた。
喉を詰まらせる程の哄笑が彼女に降り注ぐ。
「ああ、おかしい。」
「言いなさい!何をしたの!」有無を言わせぬ、詰問。
「そいつを放牧するときにだ、」ケフェウスは身を乗り出して楽しげに唾をとばす。
「体に仕掛けをしたんだよ。スイッチ一つでバーンと内蔵がはじけるようにな!」
ユウリは最初、理解ができなかった。
「はじけて、後はジワジワと・・そいつのお腹の中は今やグズグズってわけだ。」
事実として、飲み込めなかった。
「いらなくなったり、やばくなったらすぐに始末できるようにってわけだ。」
手の中でスイッチを玩ぶ。それは銀の指輪の形をしていた。
「まさか、本当に使うことになるとはな。私だって愛着がなかったわけじゃない。ふふ。よく使い込んだ道具は使いやすいって言うだろ?」ケフェウスは眉を下げた。
「私に刃向かわなければ、こんなことにはならなかったのに、カプート。」
ユウリは凍りついたまま、呆けたように目を真ん丸くして見上げるばかりだ。膝にカプートの指が重みが絡みつく。カプートは苦しい息の下からケフェウスを侮辱する仕草をした。
「所詮、下等な原始人めが。もっと、早くこうするべきだったのか。」
ケフェウスは哀れむようにユウリに問い掛ける。
「カミシロ・ユウリ、これで満足か?みんな、お前がさせたことだ。」

GBゼロ-15

2007-10-10 | オリジナル小説
スパイラルゼロ-15



        果ての天蓋号

ケフェウスはいらいらと移動機械を指輪でコツコツと苛め続けていた。
船に乗ることを考えて、手持ちの中で一番小さい機械しか選べなかったからだ。
彼は若い頃にやっと手に入れた、この機械を好きではなかった。性能も最新鋭の上物とは比べ物にならない。当時は若く、経済的に選べる物はこれだけだった。次はもっと、もっとと彼はここまで登って来たのだ。
それが、こんなことになろうとは。今は連邦の犯罪者、逃亡者。
いつものコーディネイトをするヒマも、築き上げたすべてを持ち出すヒマもなかったことも彼のストレスを増大させる一方だった。
機械の赤ともっとも上等のお気に入り青い服の取り合わせは、反対色によるハレーション以外のなんでもない。これはケフェウスの美的センスにおいては我慢ならないことだったの。でも、もうこれしかない。彼に残された物は。とりあえず。
ここは欲をかく場面ではない。彼は自分に言い聞かせる。欲をかいて身を滅ぼした身内を彼は何人も見ていた。

昨日の夢の中でのアギュレギオンとの会見は自分に残された最後のチャンスだった。(彼としては一睡もできない気分だったのだが、突然のあらがいがたい睡魔だった。後で確認すると、それはトータルで10分ほどのことでしかなかったのだ)
ケフェウスはその夜、朝まで呆然とモニターを眺め続けた。ユウリ、シドラ、ガンダルファ、カプートの曲線は一定時間、臨界進化体と完全に一致した。彼等が睡眠中になんらかの方法で同調していることはわかった。彼が見せられた臨界進化体の言葉が、夢ではないことは信じるしかなかった。
彼はまだ拘束されたわけではなかった。彼の権限が失われたことをまだ知らない職員もたくさんいた。彼にもはや何もできないと思った、イリト・ヴェガの情けが裏目に出ることにケフェウスは意地悪い喜びを感じた。馬鹿にしおって!自分だってニュートロンのエリートなのだ!。首都星のオリオン人の貴族どもが。
二つの流れ、カバナ系であるのかないのかは中枢では貴族と平民ほどの扱いの違いがあると言う話だった。
ダークサイトがペルセウスに付いてからカバナ・ニュートロンには、更にスパイ容疑が常にかけられることも増えていた。そんな時期に、犯罪が発覚したケフェウスには将来の恩赦の見込みもない。

彼は臨界進化体の持ちかけた計画に賭けることにした。その判断が、今出来うる最良の策と判断した。アギュの逃亡の手助けをすること。その引き換えに逃亡したアギュはダークシティに彼の通信を送る。アギュが本当にそうするとは彼は思ってなかった。ダークサイトが辺境に進行したこと、それを目くらましとして迎えの船がこちらを目指していること。それは彼にとって転がり込んだ大きな幸運でしかない。自分の強運にビビりそうになったほどだ。
すでに彼から奪われた臨界進化体が次には連邦から奪われることに彼はなんのためらいもなかった。なんと言う、愉快、痛快。
しかも、臨界進化体は研究所のかつての部下。イリト赴任と共に失脚した元部下達。ケフェウスを遊民の希望と慕い、カバナ人出身者に対する不当な扱い(彼等はそう信じていた)に密かに不満を募らせていたカバナ・ニュートロンにまで根回しをしてくれていたのだ。これには彼も驚いた。
「こうして又、副所長と仕事ができるとは。」
「こうなったら、あなたと共に。」
「毒を食らわば皿までか?」ケフェウスは言葉に酔う。「甘美な毒をな。」

ある意味、執拗でやり過ぎなまでの計画。
それは、臨界進化体がかなり前からこの計画を練っていた証だった。スクールの責任者だった頃の彼は臨界進化体であるアギュにそこまでの悪知恵があるとは夢にも思っていなかった。
アギュは知恵の後れた子供の様に誰もに扱われていた。大切に取り合うべき気難しい子供。誰にも心を開かない、あの忌々しいカンブリアンを除けば。
彼は違法に手に入れたクローン体を使ってアギュに同調させる実験を行い、ある程度の成果を挙げていた。クローンは使い捨てで便利な存在だが、連邦の規約に縛られて人道的な実験しか使えなかった。
どうせ、どっちみち処理してしまうのに人道的もあるか。彼は最高議会の決定を偽善的なくだらないことだと思った。
だから、彼はむごい実験を秘密裏に平気でクローン体に強いたし、違法を承知で実験体を誤魔化した。無許可の繁殖実験を行うためらいも微塵もなかった。なかなか楽しい実験だったし。どうせ原始人どもはほっといたって自分たちでつがいまくるのだから。
成果さえでれば、結局連邦もそれを受け入れるのだ。前例は枚挙にいとまが無い。結局、自分が手を汚したくないのだけなのだ。ならば、この自分がそれをしてやろうではないか。
ケフェウスに頼りきりの前所長はそれを黙認し続けた。彼が研究費をちょろまかして捕まるなんて間抜けなミスさえ犯さなければ。あれはほんとに良い時期に死んでくれたと、ケフェウスは思い出し笑いを浮かべる。あの後、すんなりと自分が次期所長にさえなれれば、なんの問題もなかったのだ。忌々しい、イリト・ヴェガめ。
自分の先祖が遊民系であるせいに違いないと彼は呪った。こうなれば、せいぜい目覚ましい成果を挙げるしかない。オリオン連邦の中枢に、嫌でもここにケフェウスありと認めさせるには。


彼の一番の成果、宝物は成長したクローン体、カプートだった。ケフェウスの努力もあるがカプートは今までで一番、すぐれた素質を持つ実験体だった。同じクローンでも少しづつ能力に違いがあることがわかったことは重要だった。主にチューブで育ち、孤立して育てた者は能力が育たなかった。犬や猫と同じだ。原始星の環境のように子供の頃は能天気に、仲間に混じって色々な刺激を受けて育った者は能力が高い。彼はクローンを普通の子供のように育てることを思いついた。
長年の辛抱強い放牧、その甲斐あって案の定取り戻したカプートはすべての点で高い能力を示した。助手として申し分なかった。あまりあったと言ってもいい。
何より最大の成果は、本体との高い同調能力にあった。臨界進化体の心の動きは、カプートを通じてある程度完全に掴めた。せいぜい好き嫌いだとしても大きな進歩に違いなかった。
道具であるクローン体に、さらに磨きをかけようとしてる最中だったのに。
あのカンブリアンの女と出会って、あいつまで使えなくなりおって!
繁殖実験をしたことも大きな原因に違いないが。まあ、しかし。
もともとあいつも自分のクローンマスターである臨界進化体の女に興味をそそられていたのは明白だったからな。その願いを叶えてやったのだから、私としてはむしろ寛大な処置過ぎたと言ってもいいかもしれない。
まあ、臨界進化体と同じ嗜好なのだったのは致し方ない。

今思えば、それが結局、三角関係となって臨界進化体の心の均衡を崩したのだろう。
浮気者の女への制裁だな。ケフェウスには、想像すると楽しくてしょうがなかった。
所詮、出身が原始星人なのだから仕方がない。最高進化と目された存在がなんとも、下等な感情に簡単に支配されてしまうとはな。
500年ごときでは、まだまだタダの人と変らないと見える。やっと臨界進化体の感情の部分の変化が、あらわになりかけてきた。クローンとあのカンブリアンをもっとうまく使って刺激すればもっと赤裸々な感情を爆発させることにも成功しただろう。いつから、人としての感情と1線を画すのか。それを知ることは重要なことだ。素晴らしいチャンスだったのに。返す返すも残念なことだ。
あの連邦で唯一の存在として甘やかされわがまま放題の大人子供におもねり続けた日々。カバナ・ニュートロンなど糞同然に直視もしない、あのアギュレギオンが自分に頭を下げると言う昨夜の陶酔を思い返す。私しか頼る者がないと言わしめたのは、誰あろう!この私ではないか!
勿論彼には臨界進化体から受けた恩に感謝するなどと言う真摯な気持ちは微塵もなかった。なんの疑いも抱かなかった。自分と臨界進化体は対等な関係なのだ。
現に臨界進化体は一度、自分に報告に戻ってきたではないか。
それは自分が見捨てた為に惨めな境遇に陥った2人に自分の優位を誇示したいが為かもなとケフェウスは推察し、同感する。それから、臨界進化体は悠々と逃亡していった。
スクールでの自分の女と自分のクローンには一声もかけず。
そのおかげで、私はなんの苦労もなくこの船を手中に収めることができたのだ。

すべてはオリオン腕とペルセウス腕の間にある、あるけど何もない空間リオン・ボイドに浮かぶダークサイトシティにたどり着けば取り戻せるはずだ。
失った富、栄光と地位。臨界進化体のDNAを持ち帰った自分は、最高の待遇を得られるはずだ。それは約束されたも同然だった。
「全力で。」ケフェウスは声を嗄らす。
「帰りの燃料は考えなくていい!」
なるべく早く、連邦の中央を脱してペテルギウスよりの辺境近くに到達しなくては。
「所長に追いつかれるなよ。」
追っ手の船を強く意識していた。
「全力です!」
「出力が違いすぎます!」
「コンタクト地点にできる限り近くの空域まででいい!逃げ切れ!」

ケフェウスは額の汗を指で拭った。彼は汗も嫌いだ。ニュートロンはめったに汗をかかない。汗腺が極端に少ないためだ。しかし、この状況では無理もない。
イライラとその指を機械になすりつける。
口の中はカサカサだというのに!こんな体液など、汚らしい。これじゃ、まるで原始体みたいではないか!獣と同等の!
その移動装置には補給機能が付いていなかった。
「水を寄越せ!」
忙しく操舵ボードを操る、近くの部下を呼びつける。
船員となったかつての部下は逃げる方はどうすんだととまどった目を向ける。
「いいから、こっちが先だ!」ケフェウスはそれで更に苛立った。
「ダークシティに着いたら、報償は望み放題だぞ!」
ケフェウスは鼓舞する。
「我らは差別多きオリオンを離脱する!我らは今日からカバナ・ボヘミアンとなった!オリオン人共に我ら遊民の力を思い知らせよ!」
「我らの都、ダークシティに参じて栄光栄華を手にするのだ!」



「愚かだな」シドラ・シデンは苦々しく口を挟む。
「おのれが歓迎されると本気で信じていたのか?」
「でも、臨界進化のDNAがあれば・・」
ガンダルファは自信なげにつぶやく。「じゃない?」
(カバナの人達ってどんなにょ?見てみたいにょ~)
「うーん。」契約者達は顔を見合わせた。
「そこら辺にいるカバナ系の人達は僕らとそんなに変んないけど。そう言えば、連邦と戦争してるようなカバナ遊民とは僕ら、あまり顔を合わせたことないよね。」
「白兵戦などめったにないからな。」
「なんか噂じゃ・・」ガンダルファは声を潜める。ドラコが耳をすます。
「とてつもないルックスになってるとかいう話だけど・・?」
「人類回帰運動以前の人類か・・我達、ライトサイトはかなり始祖の人類の姿を復活させたはずだが。ダークサイトはそのまんまの宇宙進化を続けてるからな。まあ、カバナ貴族なんかはまず・・まちがいないだろうな。想像もつかん。」
シドラは、ひとり首をふる。
ただ一人、カバナ貴族に会ったこたがあるはずのアギュは発言を控えた。
「それが・・人類の進化の形のもう一つであることはまちがいない。」
シデンが重々しくその場を閉める。



カバナ・シティ(ダーク・シティ)にたくさんいるという、めったに姿を見せないカバナ人貴族達がどんな進化を遂げたのかは定かではないが、およそ5000光年離れたカバナ・シティで壮絶な議論が展開されたことは想像に難くない。
オリオンとの前線の厳重な防衛線、何重もの都市の防衛網をいとも簡単に届けられた一つの通信。時間差のほとんどない驚異的な通信。
次元レーダーに映ったワームかと思える光点が前線の間際でそれを放ったのだった。しかし、捉えられたその強い波長はワームとは一致しなかった。その波長は3次元生物、人類固有の電気信号に最も近いものだった。
カバナ・リオン達も連邦に7回に渡って出現した「臨界進化人類」に予想以上の興味を抱いていた。
連邦にあって彼等が得られないものがたくさんあったからだ。
固有の植民星が持つ様々なもの、ワームも臨界進化もそのひとつだった。
それ故に彼等はペルセウスの粗っぽい連邦と手を組むしかなかった。
水と油のように生物的には、肌合いも遺伝子も合わない知的生命体であったが利害が一致する限りは問題はなかった。
自らペルセウスの盾となることで武力と補給の援助と庇護を受け、その力を持ってオリオン連邦に駆逐された中央地帯を取り返すことが彼等の何万年もの悲願であった。

彼等は半信半疑ながら、遊民特有の素早い決断と機動力を使い恐る恐る船を進めた。
そうしてる間に、連邦にいるスパイ協力者達から大急ぎの通信がやっと入った。
連邦高等政府と最高機密研究所で動きがあったこと。
彼等は即座に怪しげな通信に賭けてみることに踏み切った。
軍機編隊はそのまま前線に沿って進行。そしてまさかの時には捨て駒となる(誇り高き遊民は勇気ある犠牲を重んじる為、味方の生命には割と無頓着でもあった)次元潜航艇が1機、臨界進化の遺伝子を獲得する為に通信者との合流地点へと出発した。



「カバナの話はもういい!」シドラがじれる。
「ユウリ達はどうなったのだ?」
「だいたい、陰険だよね?ずっと見てたってこと?」
毒たっぷりのガンダルファの問いにも臨界進化体は答えなかった。
彼は謎の笑みを、悲しそうなおぼろな笑みを浮かべたままに物語を紡ぎつづけた。