温泉めぐり紀行

丹沢の新緑(2022年5月)

735.つゆ明け

2018-06-30 | 暮らし

6月29日、関東でつゆ明け。
観測史上、最速だとか。

カラリと明るく強い日射しが気持ちいい。
いよいよ夏本番。
そろそろ出荷してるかなぁ、
と思いながら山梨・甲州市へ桃を買いに出かけた。

いつも仕入れるのは勝沼ICから15分程の
JAフルーツ山梨・奥野田第一共選所」。
8月一杯まで大量の桃の集荷・選別・出荷作業が続く。
直売もしているので毎年、ここで買っている。
箱詰めの作業しているおじさんとはもうすっかり顔なじみだ。

サイズにも寄るが
20個前後の桃ひと箱が1000円~2500円。
今回は2000円(16個)と1500円(18個)の二箱を購入。
これとは別に、
サービスで5個入りの袋を土産用に持たせてくれた。
おじさん、いつもありがとさん。
試食用の桃もあり、
ひとくち食べると甘い果汁が口いっぱいに広がった。
今年もいい桃ができて何よりだ。

お昼を兼ねて「花かげの湯」へ。
ひと風呂あびたあと、恵林寺に近い放光寺を散策。
アジサイが咲き、もうじきスイレンが花を開きそうだ。

暑く明るい日射しの甲州路だった。




二箱購入 傷まぬよう後ろの座席に






はなかげの湯   空いている


放光寺    スイレンの鉢がいっぱい












734.みちのく歌枕探訪記

2018-06-28 | おくのほそ道たび紀行

 

ここが芭蕉さんが座った囲炉裏です。

どうぞ座ってください。

いまお茶をだしますので・・・




ここは山形県最上町の封人ほうじん)
の家」。
松尾芭蕉が宿泊した当時の家で唯一残っている建物である。
受付と管理を一人でこなしてるおじさん。
囲炉裏に薪をくべながら、こうしていぶさないと建物が傷んでしまうんでね、という。
土間と囲炉裏のある風景はどこかホットする。

今日は旅の4日目。
走行距離はもう600キロを指している。


築三百年の封人の家  重要文化財に指定されている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以前から暖めてた計画のひとつに、
芭蕉の足跡を連続的にたどり、あわせて歌枕(名所・旧跡)を探訪したい、そんな旅をいつかものにしたいと思っていた。

いろいろ調べていたら、
大垣市の観光協会が「おくのほそ道の風景地スタンプラリーを実施していることを知った。

行くついでだし、はずみをつけるため、
こいつもやってみることにした。

そして
またクルマ旅にでかけてしまったのだった。
漂白の思い募り、
いつしか出かけてしまう風来坊は子ども時分のころから備わってる性分なので仕方ない。

                【江戸文化の「江戸的」展開編その1】江戸文化の華というべき俳句が江戸という都市でひとつの頂点に達するまで(記事中イラスト「二条良基」)


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■日 程
  
   
2018年6月19日(火)~24日(日)

■走行距離

  1630キロ
  
東北自動車道、国道4号、国道47号、国道347号、
  国道346号他

■訪ねた歌枕


  草加松原            (埼玉県草加市)
  那須神社内の八幡宮    (栃木県大田原市)
  殺生石             (栃木県那須町)
  遊行柳             (栃木県那須町)
  黒塚の岩屋          (福島県二本松市)
  三十三観音磨崖仏      (福島県矢吹町)
  文字摺観音堂              (福島県福島市)
  藤原実方中将の墓        (宮城県名取市)
  武隈の松                    (宮城県岩沼市)
  つつじが丘・天神の御社   (宮城県仙台市)
  國分寺・薬師堂             (宮城県仙台市)
  壺碑(つぼのいしぶみ)   (宮城県多賀城市)
  興井(おきのい)            (宮城県多賀城市)
  多賀城国府跡              (宮城県多賀城市)
  末の松山                    (宮城県多賀城市)
  籬(まがき)が島            (宮城県塩竃市)
  金鶏山                      (岩手県平泉町)
  高 舘                       (岩手県平泉町)
  さくら山                      (岩手県平泉町)
  尿前の関                    (宮城県大崎市)
  封人の家                    (山形県最上町)
  山刀伐峠           (山形県最上町)
  本合海 (もとあいかい)
    (山形県新庄市)

■出会った巨木

  武隈の松
  興井(おきのい) の松
  大トチの木
  大アカマツ

■入った温泉

  鳴子温泉・共同湯 滝之湯
  赤倉温泉・日帰り施設 湯けむり館
  瀬見温泉・共同湯 せみの湯
  新寒河江温泉
  那須温泉・鹿の湯
    大田原温泉・太陽の湯

■宿泊内訳

  車中泊     1泊
  ホテル      3泊
  YH(ユース)  1泊

■撮影枚数

  
804枚

■持参した本


  「芭蕉 おくのほそ道」 (岩波文庫)
  「奥の細道温泉紀行」 (嵐山光三郎 /小学館文庫)

■スタンプ帳

  「おくのほそ道の風景地スタンプラリー」
                  (大垣観光協会)
■名 水

  
 ナラの木立・長寿の名水(山形県尾花沢)

■名 山

   残雪の山並みをみることができた

   月 山
   鳥海山
   栗駒岳

■食 事
   
   「たらふく工房」の和膳(山形県最上町満沢)

   地元のお母さん達が最上町の食材でつくる料理を提供。
   
旧小学校の教室を活用している 
   
   

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ざっとまとめるとこんな感じ。

こうしてみると

結構いろんな所を回ったんだなぁと改めて感心した。

というわけで、

何回かに分けて旅の様子を少しずつ書き留めてみよう。





大垣観光協会のスタンプラリー帳から


藤原実方中将の墓  


人っ子一人いない山刀伐峠 きつい上り坂だ



夏草に覆われた尿前の関


たらふく工房のポスター  このお母さんたち手作りの料理をいただいた




たらふく工房の定食  どれもこれもおいしかったなぁ




733."にっぽん縦断こころ旅"

2018-06-26 | 旅の空



■にっぽん縦断こころ旅

NHK・BSプレミアムの名物番組、「にっぽん縦断こころ旅」(朝7:45  夜7:00)。

俳優・火野正平が、視聴者の「こころ」にある忘れられない風景を自転車で訪ねる長寿番組である。
2011年からの放送だから今年で7年目。
火野正平を先頭に、カメラマン、マイク担当、ディレクター、整備マンの計5人が連なって走る。
田園風景などを5台で走る姿はなんとものどかで癒やされる。

かつて女性と多くの浮き名を流した火野正平も御年68歳、
頭はすっきりしたスキンヘッド。

まっ、早い話しが生臭坊主の懺悔旅ともいえる。
ところが人気なのだね。
特におばちゃんたちに・・。


握手してぇ~と突進してきたり、記念写真を一緒に撮ったりとおばちゃんは遠慮が無い。

みてると、もうお手上げや、という感じでサービスしている。
女性たちは火野正平が醸す不良オーラに誘因されるらしい。

若い娘(こ)から握手を求められたりするとデレデレ。

だけどおっさんにはつれない態度で実に分かり易い。
それと意外なことに高所恐怖症。
特に橋は大の苦手ときている。

へっぴり腰で情けない顔つきに母性がくすぐられる。

NHK的にはNGなのだろうがランチや休憩時に煙草のシーンが結構ある。
これは不良老人、火野正平だからこそギリギリ許容される画なんだろう。禁煙できないから坂道では相変わらずハァハァと息が苦しい。

この番組で取り上げられる場所は
普通の暮らしの中で息づいてきた思い出の場所である。

あとで行ってみたいなぁと思う所が実に多い。
だから私はいつも録画したり、メモを取ったりしている。

そこで、今回はそのうちのひとつ、
東村山市・梅岩寺のケヤキを見にいくことにした。





■梅岩寺のケヤキ



鎌倉街道を車で2時間弱、梅岩寺に到着。
山門の両側に樹齢700年のケヤキ、600年のカヤが迎えてくれた。たしかに大きい。
番組では火野正平が和尚さんの指導下で鐘を突いていた。
本堂につながる道の両側には四国八十八ヶ所巡りの石仏が整然と並ぶ。











駐車場を出るころ雨がポツポツときた。
もうひとつの目的地は東久留米市・南沢緑地。
東京の名湧水のひとつである。

ところが走るうちに雨脚がどんどん強くなってきた。

もう4時過ぎだし、どうしようかな・・と思い始めたとき、
ふと、みたことのある道に出た。

あぁ、あそこだ、国立ハンセン病資料館の近くだ。
名水よりこっちに行こうと、直ぐに決めた。




■ハンセン病資料館

東村山市の多摩全生園。
広大な敷地に国立ハンセン病資料館は建つ。

ここは何年か前に訪ねたことがある。
きっかけというのは、私がかつて四国八十八ヶ所の遍路歩きをしていたころ、
遍路とハンセン病との関係を知る一冊の本、
四国遍路 八八ケ所巡礼の歴史と文化」(森正人著 中公新書)に出会ったから・・。


四国遍路の巡礼者には貧しい人々、村落を追われた人々が多くを占めた。飢饉で
口減らしやハンセン病を患った人々は家を追われ、遍路に出た。物乞いしながら生きていくしかなかったのだ。

当時、ハンセン病は伝染病だと信じられていたため、
患者や家族に療養所への入所の重要性を説いて回った一人に小川正子(1902~1943)がいる。
長島愛生園(岡山県瀬戸内市)に勤務していた医師だった小川正子はハンセン病患者の収容に心血を注ぎ、その記録として「小島の春」(1938年)を著した。

しかし、このことが後にハンセン病裁判闘争のなかで批判されることになる。隔離政策は戦前から平成8年までの90年にわたって続けられた。

今回、資料館を見て回っておやっと感じたことがある。
ハンセン病に関わった人物の写真パネル7~8枚が展示されていた。そのうちの一枚が小川正子だった。
解説文には彼女の足跡が淡々と記述されていた。
かつてのように隔離政策を積極的に推進・実行した国の手先・・のような辛辣さは一切見当たらなかった。

正直、これには驚き、そして安心した。

3年前の夏、わたしは山梨県にある「小川正子記念館」を訪ねた。その様子はこのブログの「507.小川正子記念館に記録したとおりである。
そのとき小川正子記念館の人から聞かされたショッキングなエピソードからは想像しにくいのであるが、
ハンセン病資料館の正子のパネルの扱いをみるかぎり、彼女の歴史的評価を再考したのかもしれない。
だとすれば、小川正子の関係者はとてもホッとしているのではないだろうか。


国立ハンセン病資料館


資料館前に立つ遍路姿の母娘像


雨脚が更に強くなった。

玄関で受付の女性が傘をお貸ししましょうか、と声をかけてくれた。
車を出し、小金井街道、國分寺街道を南へと走る。
府中市が通り道にあたるので母校に寄り道することにした。

大きくなったケヤキ並木の向こうに本館が建っている。
この本館は東大安田講堂を建築した内田祥三氏が手がけ、昭和9年に竣工。平成9年に国登録有形文化財に登録されている。

雨は降り続ける。
しっとりとしたキャンパスを散策する。武道館から学生たちの気合いのこもったかけ声がする。
ろくに勉強もせずサークル活動にうつつを抜かしたのが、ついこの間のようだ。数えれば半世紀も前のこと。

まさに光陰矢のごとしである。

そういえば、いま放送の朝ドラは本館前でロケしたようだ。

エンドロールに母校の名が出てたから間違いない。
幼なじみの男の子と女の子が語らうシーンだったかな・・もう忘れてしまった。















 

 


 


732.旅終わる

2018-06-16 | 旅の空



旧国鉄篠ノ井線の廃線跡を歩いている。
レールは撤去されているが電柱、標識などがそのまま自然のまま放置・保存されている。眼の前の常念岳を眺めていたらいきなりグラグラと地面が揺れた。強い地震だ。
確かに信州の松代とかはよく地震のある場所だ。
余震はなく、そのまま廃線跡の散策を続けた。
トンネル内はヒンヤリとした空気に満ち、時が止まっている。

そういえば、
ここへ来る道でクマに遭遇した。
運転中、いきなり黒い塊が左から飛び出てきて走り去った。
一瞬、犬かと思ったがその大きさからクマだぁ~と分かった。
猿とか鹿には出会ったことはあるがクマは初めてだな。

松本に出て昼過ぎ「あがたの森公園」でひと息。
旧制高校の思誠寮のあった場所ときく。
ヒマラヤスギの巨木が大きな空間を創り、悠久のひとときを味わえる。
さぁ、これから一気に自宅へ帰る。
こうして1140キロのクルマ旅が終わった。




















731.棚田・美人林(旅Ⅴ)

2018-06-14 | 旅の空


5月11日。旅も3日目。
今日は気持ちのいい快晴だ。

ホテルから車で10分ほど、日本海に出た。
海を見るのは久しぶり。



日本海 おだやかな波


この旅で田植えの風景をあちこちで見かけた。
ここ米どころの新潟も例外ではない。

新潟西ICから関越道に入ると道の両側にどこまでもどこまでも田園風景が広がっている。
田植機が水を張った田んぼのなかを動き回っている。
なんだか癒やされる光景だ。


関越自動車道を時速80キロほどで巡航。
朝のこの時間は走っている車は少ない。

窓を開けると森林固有の甘い匂いがする。大好きな香りだ。
高速道路のはるか先方には雪をかぶった上越国境の山々がそびえる。
これからあの山の向こう側にいくのだ。

昨日、古町を彷徨したけど結局、あの呉服屋さんは見つからなかった。残念だがしかたがない。

越後川口ICで高速を降りる。

とりあえずの目的地は星峠の棚田である。

新緑の田舎道を堪能しながらハンドルを握る。
十日町にはいり、
例によってキョロキョロしながら運転してると「千年の湯」の看板が目に飛びこんできた。

これは見過ごせない。
これがなかなかにいい温泉だった。

加温なし、循環なし100%源泉かけ流し温泉である。
露天風呂を備え、透明で熱めの湯が肌に気持ちよくまとわりつく。
じっとしてると気泡が皮膚にくっついてくる。
推測どおり、この湯はナトリウム炭酸水素泉だった。


64畳の大広間には近くの店から出前をしてくれる。
商店活性化の一環で出前をお願いしてるとのこと。

そのうちの一軒、名物の「へぎ蕎麦」の店へ行くことにした。
天ぷら蕎麦を注文。なかなかに美味しい蕎麦だった。




千年の湯

千年の湯 (パンフレットから)


蕎麦屋はこの水車が目印


大きい店だ




人気の蕎麦のようだ



天ぷら付きの「へぎ蕎麦」



星峠には12時に到着。

念願の棚田が眼下に広がっている。
昼間なので平面的だが朝夕は幻想的な光景に一変する。

超有名なビュースポットなので車に寝泊まりしながら撮影している人も何人かいる。

車の脇で椅子に座り、湯を沸かしてたおじさんが、今朝は雲海がでてくれて、それはそれは素晴らしかったですよと語ってくれた。そのときは50人くらいがカメラを向けてたとか。
ふと見ると、その車は山梨ナンバーだった。


隣にいたおじいさんの車は奈良ナンバーだ。
ここは遠くから人を惹きつける風景のようだ。
棚田はどこにだってあるものだが、雲海と棚田の美しい写真、そのたった一枚の写真がこの場所を全国区にした。

稀少な風景を前に、わぁわぁ、いざこざしながら場所取りしてまで撮るというのは・・どうも性に合わない。そんなん撮ってどないすんねん、とツッコミをいれたくなる。
誘蛾灯に蛾が集まるようなもんやな。


昼間の風景はこんなもの






さて、ここからは松之山が近い。


新潟でも豪雪地帯の松之山。そこにも名物スポットがある。

樹齢80~100年のブナの二次林である。
俗に「美人林」と呼ばれている。
初めて訪れたのは多分20年くらい前だ。
そのとき幹は細かった印象だったが、今日見るとしっかり太い幹に成長している。


見上げるとブナの若葉から漏れてくるブナグリーンがなんとも美しい。
この光景を味わえるのはこの季節だけである。
シアワセ気分・・・。


ここが美人林


池に映るブナ


新緑のブナ


 



■またまた温泉に浸かる

この日二つ目の温泉に入る。
JR飯山線・津南駅の「駅構内温泉」である。
温泉は駅舎の2階にある。
ちいさな湯船だ。窓から線路と構内が見渡せる。








津南駅のホーム

 

 


そして今日三つ目の温泉は
          「馬曲(まぐせ)温泉(PDF版)」。

昔話だがこの温泉には、職場の温泉同好会の連中と入ったこともある。そして近くのぽんぽこの湯へも足を延ばした。
そんな懐かしい温泉のひとつだ。
千曲川と飯山線にそって走る国道117号。
飯山、野沢温泉街を過ぎれば山間に建つ馬曲温泉はほど近い。



馬曲温泉はながめがよい


ここができた頃はすごい人でしたよ。

東京の方で有名になったらしいですね。
私はここで産まれ育ったんですが、この村の人口も年々少なくなってきましてね。
道がよくなると便利な反面、人がどんどん(村から)出て行っちゃうんですよね。
そりゃ、誰だってこんかな不便なところから街中へいきたがるのは当たり前ですよね。
道ができるのは善し悪しです・・・


露天風呂で一緒になったお父さんが半分あきらめ顔でそう語った。道の功罪ねぇ。
今まで考えたこともなかったなぁ。

 



そうだ、ここへ来る前に飯山の阿弥陀堂に寄り道してきた。10年以上もまえの映画「阿弥陀堂便り(PDF版)」。
そのロケ地の大事なセットが阿弥陀堂。

藁葺き屋根はだいぶ傷んできているが顕在だったので安心した。
ここへは2~3度奥さんと足を運んだ場所である。
遠くには蛇行する千曲川が見える。
菜の花公園や神戸(ごうど)の大イチョウもこの近くだ。
懐かしいホットする風景に心が包まれる。

日もだいぶ傾いた。
今晩は長野駅・善光寺口に近いホテルに泊まる。
ここまで850キロほど走行。


なつかしい阿弥陀堂


千曲川がみえる




これは今晩の夕飯(寿司、総菜、金麦、コーヒー) ホテルの部屋で食べる










 


730.新潟へ(旅Ⅳ)

2018-06-12 | 旅の空


大分にいる長男から電話があった。
7月1日付けで新潟に転勤することになったとのこと。金沢から大分に異動してまだ1年ちょっとだというのまた異動。
会社の統合合併にともなう全国的な大異動のようだ。

昇格を伴う転勤なのだが、まだ九州生活を漫喫してないし、(昇格を)望んでた訳じゃないからね、と親に似て欲がない。
今にしておもえば、2か月前、その新潟に旅し、市内のホテルに泊まっていたのも何かの縁だろうか。


新潟にやってくる前日、白河市を出発し、蔵の町・喜多方を訪ね、お約束の喜多方ラーメンを味わった。

昨日食べた「とら食堂」のラーメンがイマイチだったから調度いい口直しになった、というもの。

この日、新潟へ行くまでの間に2ヶ所の温泉に入った。

喜多方市内から国道121号線を米沢方面へしばらく走ると「道の駅・喜多の郷」が現れる。ここに日帰り温泉「蔵の湯」がある。広々とした浴槽に透明な湯が溢れている。露天風呂もある。12時半の昼どき、独り占めした風呂で手足を思いっきり伸ばした。

そしてもうひとつは新潟県鹿瀬(かのせ)の日帰り温泉「あか湯」。国道49号線を阿賀野川沿いに走り、磐越西線の鹿瀬駅を突っ切って林道をのぼっていくと森のなかにロッジのような鹿瀬温泉・赤崎荘が建っている。文字どおり温泉は鉄サビの赤茶色。やや熱めの湯は体がよく温まる。
このあたりは奥阿賀というらしい。



蔵の湯


かのせ温泉 あか湯


赤湯に向かう途中で大きなダムに出会った 水量が多い



49号線に戻る。

この辺は初めて来た所なのでついつい周りをきょろきょろしながらの運転となる。
日本一の巨木」のモニュメントが目に飛び込んできた。
巨木ときたらこれは見過ごせない。
その巨木は「将軍杉」というらしい。
縄文杉が一番じゃないのと思ってたが実はこちらの将軍杉が一番だそうだ。
行ってみるとたしかにでかい。

樹齢1400年、幹周19.31m、樹高40m。
圧倒的な存在感だ。これまであちこち巨木をみてきたが、この重量感はすごい。
夕刻が迫ってたせいもあるが幽玄な雰囲気を漂わせていた。巨樹に出会えてよかった。
こういう偶然があるから旅は面白い。
だから沿道の看板は大事な情報源なので見落とせない。







将軍杉

この日は雨が降ったり止んだりの不安定な天気だった。
新潟に近づく頃、夕陽がでてきた、田んぼに夕焼けが反射し車を駐めて、しばしみとれてしまった。

古町は文字どおり新潟で一番古い歴史のある町。
なぜこの町のホテルを選んだのか、それには理由がある。

大学1年の冬、佐渡へ旅にでた。
しかし、新潟まで来たとき手持ちの金が少なくなった。
前日から泊まってた新潟大・学生寮の掲示板に貼ってあったアルバイト募集をみて、こいつをやらせてもらって資金稼ぎをすることにした。
寮委員からは、いちおう新潟大学の医学部学生ということでやってくれと申し渡され、もちろん了解。
仕事は古町十字路の呉服屋での下足番。
売り出しなのでおおぜいの客の下駄、靴に番号札をつけて保管したりお返ししたりの単純な作業だった。

古町のホテルに着いて、受付の女性に事情を話し「古町十字路」はどの辺ですかね、と訊くと十字路とつく名前の場所はないという。
50年も前の記憶だから曖昧だし、思い違いかもしれない。
時間はある。町に出てあの呉服屋さんを探しながら記憶の海を漂ってみよう。





明日の天気は約束された

古町はおぼろな記憶のなか

 


 


729.箱根湯本

2018-06-10 | 暮らし

 

奥さんの母親(孫達はばばばあちゃんと呼ぶ)が90歳になった。
お祝いしましょうと子供らに声をかけ、娘夫婦二組と孫たち計11人、車3台が箱根湯本のホテルに集まった。
土曜日は暑くて夏のように晴れあがり、箱根彫刻の森美術館で遊んだ。

夕方、ホテルに入り
食事ののち、部屋に戻ってお祝いの会となった。
私たちからは靴を、娘達はオシャレ好きなおばあちゃんに
口紅とポーチを用意していた。
ひい孫から手渡されておばあちゃんは大喜び。
   「おばあちゃん イラスト」の画像検索結果
いつしか段々腰が曲がり、杖を突いて歩くようになったが、
食欲はあるし過去を振り返らない性格は昔からだ。
よく言えば前向き、別な見方をすれば無鉄砲ということ。
手帳には、茶道、習字、筋トレ、カラオケ・・とびっしり予定が詰まってる。

おばあちゃんに妹2人を加えた高齢の3姉妹、なんと女子会を定期的に開いている。
近所の居酒屋に繰り出してビールで乾杯、日本酒を呑み、ツマミの料理をつついておしゃべりに花を咲かせるのだ。

先月も3姉妹は大相撲観戦バスツアーに参加し、国技館・枡席で遠藤の応援に声をからしてきたばかり。
大相撲いいね、ということになり女子会に大相撲観戦を毎年いれることになったようだ。

今回の箱根だって夜10時半に予約したカラオケで4曲も持ち歌を披露し、皆とワイワイ夜中の12時近くまで過ごした。
とても90歳のおばあちゃんのすることとは思えない!!。

ばばばあちゃんは、あと10年したら百歳?

この春、小学1年生になったカズ君が訊いた。

翌日は、鈴廣で蒲鉾を買って小田原の老舗「達磨」に寄り、皆で食事(天丼、寿司など)。
ばばばあちゃんは高崎へ帰る次女夫婦の車に同乗させてもらって帰路についた。
楽しい二日間であった。

      「おばあちゃん イラスト」の画像検索結果      




箱根彫刻の森美術館


箱根彫刻の森美術館で


小田原「だるま」の天丼はいつ食べてもうまい



 


728."廃墟" 温泉(旅Ⅲ)

2018-06-08 | 旅の空


旅にでる数日前、TVを観ていたら、全国で空き家が増加してるらしい。
長年にわたり誰も住まなくなった家は次第に廃墟化していく。民家のみならず旅館、ホテルなども放置され崩れ落ちる寸前の姿が映し出されていた。
解体するにも費用がかかるため持ち主も途方に暮れている。

そんな番組の最後に、栃木県那須に廃墟化した温泉があって、マニアが好んで通っている、という。
これは面白いじゃない。

というわけで今回の旅の目的のひとつにこの温泉を加えることになった。





雲厳寺・芭蕉の館をあとにして那須湯本温泉を目指す。

東北自動車道を突っ切り、新緑に覆われた那須山麓を走る。
グリーンの風をうけて進む。
避暑地だけあってしゃれたレストランや珈琲店などが多い。
ツツジが満開を迎え、てあちらこちらでピンクの花を咲かせている。

ところが肝心の廃墟がなかなか見つからない。

車をおいて探し、やっと見当がついて対岸の細い道に入り、崖を削ってできた空き地に車を駐める。
少し歩いたところに「那須の珍湯 老松温泉・喜楽旅館」の案内板が現れた。
そうか廃墟は旅館だったんだ、と納得。














たしかに建物はすごかった。
床はブカブカ。ぼろぼろを通り越して怖い。
怖い物見たさで部屋らしき戸を開けたら、布団やら調度品が腐るままに放置されていた。
見なきゃ良かったと少し後悔した。


さてさて、
目的の温泉だが、これが最高の湯だった。
二つある浴槽のうち一つに湯がかけ流しされている。

客は私のみ。湯を独り占めだ。
湯温は42度くらいか。
気持ちのいい感触が全身をめぐる。
全身の細胞ひとつひとつが喜んでいるのがよく分かる。
窓をあけると雨後のしめった空気が入りこんできた。




この温泉最高です



独り占めの時間か終わり、男客がやってきた。
30代と40代のふたりだ。
那須岳に登るつもりが悪天候なのであきらめて温泉に入りに来たという。
この温泉にはちょくちょく入ってるようだ。
那須岳の向こう側に建つ三斗小屋温泉は煙草屋旅館のほうが露天風呂があるし、いいですよと勧めてくれた。
浴槽は狭く、二人にゆっくり入ってもらうため先に上がることにした。


駐車場に戻ると、私の車の隣に千葉ナンバーの車が駐まっていた。


 


727.雲厳寺(旅Ⅱ)

2018-06-08 | 旅の空

日光見物を堪能した松尾芭蕉が黒羽(くろばね)を訪ねたのは1689年(元禄二年)4月3日。
芭蕉一行はここで異例ともいえる14日間も滞在する。
雨が続いた天候もあるだろうが、旧知の門人達にもてなしを受け、居心地が良かったのだろう。

4月5日、かねて深川で親交のあった仏頂和尚が暮らした雲厳寺の庵を訪ね、

「啄木(きつつき)も庵はやぶらず夏木立」

の一句を残している。
その句碑が境内の一画に建っている。


句碑 


雲厳寺本堂


訪ねた日はあいにくの雨だったせいもあり、人もまばら。
おかげで静かに寺の敷地をまわることができた。
吉永小百合のポスターで有名になったとはいうものの、観光寺としては地味な存在だ。それでいいと思う。

黒羽町は芭蕉の里を自負し、ここから10キロほどの距離に「芭蕉の館」を建てている。

館内には奥の細道の足跡をジオラマで展示している。一目で道程がわかりなかなかに良いアイデアだ。
館の裏手には「芭蕉の道」と命名した散策路がある。
ここでも吉永小百合の撮影が行われたそうだ。

えぇもうもう大変なことになっています

と館の職員さんもGWのすごい人出に面食らったらしい。
吉永小百合効果は絶大だ。3割は観光客が増えたという話しをどこかの観光地でも聞いたことがある。
まっ、いずれ下火にはなるとはいえ、多くの人が訪ねてくれるのは町にとっても嬉しいかぎりだろう。

雲厳寺のデジブックアルバムはココ。



芭蕉の館


芭蕉の道


気持ちのいい散策路


 


726.とら食堂(旅Ⅰ)

2018-06-08 | 旅の空

 

     「ラーメンイラスト」の画像検索結果

この間お昼にいったらすっごく行列してて

びっくりしちゃって・・


白河の人ってこんなにラーメン好きだったかなって

                                                            

呆れたように薬局のお姉さんがそう云う。
でも、とら食堂の白河ラーメンをたべるのも旅の目的の一つなので、とりあえず行ってみよう。
教えてもらった道を辿ることにした。
店は直ぐに見つかった。
眼の前に田んぼが広がっている。
店の前に駐められた。他県ナンバーが多い。
やはり全国区なのだ。
並ぶことなく店には直ぐに入れた。




今は午後4時。食事時にしては中途半端な時間だ。
それでも店内はほぼ埋まっている。
カウンターに座ってチャーシュー麺を注文。

先日放送されたNHKの「プロフェッショナル」で親父さんの麺打ちにかける職人魂をさんざん観たせいか、
確かに麺はツルツル・シコシコで美味い。
けれど、スープが全くといっていいほどおいしくない。
鶏ガラと豚骨でとったスープというが、これ嘘でしょって味。

早い話しが、醤油をただ薄めただけのような味

うまみもこくもない残念スープだった。
こんなにたくさん客がいて、皆、納得して食べてるけど、
どう本当に美味しい?と訊いて回りたい程だ。

今日、昼に入った定食屋のラーメンの方がまだまし。
翌日お昼に食べた喜多方ラーメンの方に軍配を上げたい。
まぁ、えてしてこんなもんだろうなと店をでた。






これが白河のチャーシュー麺




喜多方市内で入ったラーメン店


さすが喜多方ラーメン  麺、チャーシュー、スープいずれも美味い



   

ところでなんで薬局に寄ったかというと・・・・。
今朝、クルマで起きて血圧の薬を家に忘れてきてしまった!!
ことに気がついた。
奥さんに電話をかけて事情を話し、薬の名前を携帯に送ってもらった。

そして奥さんのアドヴァイスどおり、最寄りの内科医をさがして診察をうけ、一週間分の薬を処方してもらったというわけ。
旅に薬を忘れたのは初めて。
忘れ物、探し物の頻度が次第と多くなってきたなぁ。

さて今夜は新白河駅前の東横イン泊まり。





 


725.もう6月

2018-06-05 | 暮らし

あっという間に6月に入った。

ここのところサボってたので

先月からの様子を日記風に残しておこう。

 



5月18日(金) メンズ体操。 人数増えて12人。

5月20日(日) 歴史散歩の会 金目川を歩く。約3万歩。

5月22日(火) 天気よし。御嶽渓谷までドライブ。

5月25日(金) いきいき体操。いつもハードな運動。 

5月26日(土) 奥さんと孫の小学校運動会を見にいく。
           ビデオを撮る。

5月29日(火) 上野・国立科学博物館・
           特別展「人体」を観る。混む。

5月30日(水) 車のエンジンオイル交換。
          ついでにブレーキオイル、
          ミッションオイルも交換。快調。

6月 1日(金) みなとみらい地区の病院で
          ピアノトリオのボランティア演奏。
          送迎の手伝い。

6月 3日(日) 奥さん時間がとれたので
          花菜ガーデン(平塚市)でバラ鑑賞。
          その前に葛葉の泉で水汲み

6月 4日(月) 午前、鍼治療。
          夕刻、旧友(ヴァイオリニスト)の
          お母さんの通夜(藤沢)。家族葬儀。
          ヴァイオリンとキーボードで
追悼演奏。
          アヴェマリアの曲が心に沁みた。

6月 5日(火) メンズ体操。今日も12人。



金目川と富士山 


御岳渓谷


上野はいつも人がいっぱい


バラはピークを過ぎてたが十分楽しめた