8月のその日も朝から強い日射しが照りつけた一日だった。
ラジオから午前11時の時報流れたからそろそろ出かける時間だ。
隣町にあるグループホームに妻を迎えにいくのだ。妻は、そこでもう何年も
前から歌のボランティア活動をしている。時々、音大時代の友人が
手伝ってくれるのだが、基本はひとりである。
調律しても直きに音程が怪しくなるアップライト・ピアノをひきながら
おじいちゃん、おばあちゃんと、たとえば故郷などの童謡を小一時間歌って過ごす。
さてと、
そろそろ終わる時間とみて家を出た。暑い。この夏は異常なほど暑い。
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そのグループホームはやや小高い丘にあって緩やかな坂を登っていく。
車が坂を上がり切ろうとしたとき、
道端に自転車と一緒に倒れているお爺さんがいるのを発見。
かがみこんで修理でもしてるのかな、と思ったが、どうも様子がちがう。
車から降りて声をかけると「大丈夫です」と下をむいたまま返事がある。
意識はあるようだ。でも、起き上がろうとする気配もないし、起き上がれそうもない。
正午ちかくの陽射しは容赦なく降り注ぐ。
一人では助けられそうもないのでグループホームに駆け込み、
事情を話して女子職員さんに来てもらい、妻と私の三人でお爺さんの身体を
支え、何とか立ち上がらせることができたのだった。
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しかし、ご本人はフラフラとして足下が覚束ない。
発見するまでどのくらい倒れていたか分からないが、熱中症なのかもしれない。
近くの国際親善病院で診てもらった帰りにどうも道をまちがえたらしい。
この暑い陽射しの下で体力を消耗したようだ。住所を訊いて、カーナビで
調べたら、自宅まではそれほど遠くない距離だ。車で送りましょうかといっても
「いえ、大丈夫です。ご迷惑をかけられません」
の一点張り(ほんとうに頑固だ)。
とうとう職員さんの制止も振り切って自転車に乗って走り始めてしまった。
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これはまずい!!
万が一何かあったらすぐ行けるように、自転車の後を車でついていくことにした。
案の定、ふらふらと左右に揺れながら道の真ん中を走っているではないか。
「きゃぁ、危ない!!」妻が悲鳴をあげる。
間一髪、車に轢かれそうになりながらも交差点を渡りきり、
電柱にぶつかりそうになりながら細い道を右に左に走って行く。
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カーナビの示す目的地に近づいていくので家はもうじきらしい。
ひょいと曲がって大きな庭のある家に自転車が入っていった。
車を降りて駆け付けると、
ぐったりと植木に寄りかかって方で息をしているではないか。
「大丈夫ですか」と声をかけ、
妻には家人を呼びに、そして椅子を持ってくるように頼んだ。
家から奥さんがびっくりして飛んで来られ、お爺さんを椅子に座らせ、
やれやれ、ひと安心。
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「何か冷たいものをお出しして・・」とお爺さんが気遣いされ、
奥さんがアイスクリームと麦茶をだしてくださった。
「先日も家で倒れて救急車を呼んだんですよ」と奥さんが急な事態にオロオロ。
水分をとり椅子で座って疲れがとれたようだった。玄関まで腕を支え、
やっと自宅に帰還されたのでした。
奥さんがどうしてもと懇願されるので住所メモをお渡ししたのだが、
なんと翌日の夕方、自転車に乗って奥さんがお礼に我が家に来られた。
御菓子と高島屋の包装紙に包まれた商品券も・・。
開けてみたらなんと1万円分!!!。全く恐縮してしまった。
翌日、たまたま山梨に遊びに行ったので巨峰一箱をお届けした。
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「どうやって帰ってきたか記憶に無いらしいです。本人はもう自転車には
乗らない、と云ってます。春には庭の枝垂れ桜がきれいなのでぜひ
見に来てください」と奥様。
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というわけで、
いただいた商品券で何か記念になるものを・・との妻の提案で
写真のようなカップとポット(独製)を高島屋で買わせて頂きました。
以来、我が家では、そのお宅の名前を冠して、"Yamamura Cup"と呼んでいる。
毎朝、Coffeeが注がれ、おいしく愛用させてもらっている。
Yamamura Cup
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