12月17日の土曜日。今日は実に忙しい一日だった。
午前中にチェロとキーボードによるボランティア演奏をこなし、
午後は府中市の母校を訪ね、そのまま立川の昭和記念公園のイルミネーションを見に行った。
学生時代に在籍した琴、三絃、尺八の邦楽サークル。その第40回定期演奏会を聴きに
府中市の母校キャンパスを訪ねた。受付を済ませて会場の講堂に入ると
Y田、Y川それにKさんの懐かしいOBの顔があった。
後輩の学生達が奏でる「六段の調べ」など古曲を聴いていたら、
群馬県の大学演習林宿舎で夏合宿を想い出した。
自炊しながらY川たちと一日中練習していた40数年前のことが昨日のように甦ってくる。
部長を引き受けた3年の間、女子を誘って琴・三絃の部を創ったり、外部のホールで初めて演奏会をやった。
尺八、琴を買うため部員全員で府中のサントリー工場でアルバイトもした。
そのバイトの帰り、府中本町駅前の中華屋で食べたラーメンが美味かったなぁ。
ところで、
当時の私たちのサークルは別名、"奇人変人クラブ"とも呼ばれ、
文字どおり変な(いや、個性的な)奴らのサークルだった。たとえば、
北杜夫を信奉してたA。
サンダル、すててこ姿に麦わら帽子姿で虫網を振り回していた植物防疫科のAは、
やせた身体からは既に老境を醸し出していて"じいちゃん"とあだ名されていた。
国の研究所で虫の研究しているはずだ。彼が学生寮にいた頃、暇つぶしに
私と小説を1ページずつ交互に書いて遊んでいた。
獣医科のO越さんは、もう留年を2回繰り返しながらも全く動ずることもなく
飄々と尺八の音色を牛に聴かせていた。部室の前にはよく2,3頭の実習用の牛が草を食べていたなぁ。
O越さんは、6年の寮生活を終えて故郷の徳島県へ帰り、保健所に勤めていると風の便りにきいた。
革マルヘルメットにゲバ棒で暴れていたO村は、卒業と同時にちゃっかりと
某大学の計算センターに潜り込み、都庁職員の女性と結婚して、いっぱしの市民生活を送っている。
みんな自由でずぼらでまっすぐな生活を送っていた1960年代の青春だった。
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そんな奇人変人ぶりの筆頭だったY田は、豪放さと小心が混濁したある種の性格"破綻者"で、
以前にも増して太りに太って相撲取りのような巨躯になっていた。
研究室が一緒だったKさんとは卒業以来だ。
黒々としていた髪が今はすっきりとした禿頭にと化してしまった。
Y川氏には3.11大震災のとき親戚への連絡に尽力してもらった。彼は今月下旬、
沖縄旅行するので老舗菓子店を営むサークルの後輩、J花くんに会ってくる予定とのことだ。
J花には沖縄出帳の際や家族で旅行した際にもずいぶんと世話になった。
沖縄が米国から返還される前だったので、J花は琉球政府の国費留学生として入学した正にエリート。
卒業後、沖縄県庁に勤めていたが後に退職し、
家業の沖縄銘菓 橘餅(きっぱん)冬瓜漬店を引き継ぐことになった。琉球王朝の伝統菓子である。
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OBの尺八四重奏のあと全部員による最後の曲を聴き、
感想などアンケートを書いた。
「えぇ~!、もう50年もピアノを弾いてるんだぁ」
とアンケート用紙の楽器歴欄に書き込んだ数字を眺めながら妻は
改めてピアノとの長いつきあいを感じてるようだった。
再会を期してOB達と別れ、暗くなったキャンパスを駐車場へと向かった。
立川の国営昭和記念公園で開催されているWinter Vista Illumination。
この冬一番の寒さにもかかわらず会場は多くの人で賑わい、
イルミネーションは想像以上に美しくファンタジックなものだった。
Winter Vista Illumination は
12月25日まで(17:00~21:00、入園料300円、駐車料200円)
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