
写真:新潮文庫『にごりえ・たけくらべ』(昭和24年)
島根県に行ったとき、樋口一葉の『にごりえ・たけくらべ』を持っていきました。
最近観た芝居『おりき』の原作が、「にごりえ」だったからです。
中目黒キンケロ・シアター
書棚を探すと、『にごりえ・たけくらべ』の文庫本が2冊ありました。同じ新潮文庫なのに、デザインが違います。
1冊は昭和24年初版、38年44刷(冒頭写真)。
もう1冊は昭和53年改版、平成4年99刷。
最初のものは、刊行年からして、私ではなく家族(両親か祖父母か)が買ったものでしょう。
新しいほうは、たぶん私。
しかし、今回あらためて読み始めてみると、この作品を実際には読んでいなかったことに気づきました。
文学史上の名作とされているので、買ってはみたものの、読まなかったようです。
読まなかった理由は、はっきりしています。
読みにくいからです。
樋口一葉は著作権がとっくに切れているので青空文庫で公開されています。(リンク)
作品冒頭のは、こんな感じ。
おい木村さん信(しん)さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉(ふたば)やへ行く氣だらう、押かけて行つて引ずつて來るからさう思ひな、ほんとにお湯(ぶう)なら歸りに屹度(きつと)よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて馴染らしき突かけ下駄の男をとらへて小言をいふやうな物の言ひぶり、腹も立たずか言譯しながら後刻(のち)に後刻にと行過るあとを、一寸舌打しながら見送つて後にも無いもんだ來る氣もない癖に、本當に女房もちに成つては仕方がないねと店に向つて閾(しきゐ)をまたぎながら一人言をいへば、高ちやん大分御述懷だね、何もそんなに案じるにも及ぶまい燒棒杭(やけぼつくひ)と何とやら、又よりの戻る事もあるよ、心配しないで呪(まじなひ)でもして待つが宜いさと慰めるやうな朋輩の口振、力ちやんと違つて私しには技倆(うで)が無いからね、一人でも逃しては殘念さ、私しのやうな運の惡るい者には呪も何も聞きはしない、今夜も又木戸番か何たら事だ面白くもないと肝癪まぎれに店前(みせさき)へ腰をかけて駒下駄のうしろでとん/\と土間を蹴るは二十の上を七つか十か引眉毛(ひきまゆげ)に作り生際、白粉べつたりとつけて唇は人喰ふ犬の如く、かくては紅も厭やらしき物なり、お力と呼ばれたるは中肉の背恰好すらりつとして洗ひ髮の大嶋田に新わらのさわやかさ、頸(ゑり)もと計の白粉も榮えなく見ゆる天然の色白をこれみよがしに乳(ち)のあたりまで胸くつろげて、烟草すぱ/\長烟管に立膝の無作法さも咎める人のなきこそよけれ、思ひ切つたる大形(おほがた)の裕衣に引かけ帶は黒繻子と何やらのまがひ物、緋の平ぐけが背の處に見えて言はずと知れし此あたりの姉さま風なり、お高といへるは洋銀の簪(かんざし)で天神がへしの髷の下を掻きながら思ひ出したやうに力ちやん先刻(さつき)の手紙お出しかといふ、はあと氣のない返事をして、どうで來るのでは無いけれど、あれもお愛想さと笑つて居るに、大底におしよ卷紙二尋(ひろ)も書いて二枚切手の大封じがお愛想で出來る物かな、そして彼の人は赤坂以來(から)の馴染ではないか、少しやそつとの紛雜(いざ)があろうとも縁切れになつて溜る物か、お前の出かた一つで何うでもなるに、ちつとは精を出して取止めるやうに心がけたら宜かろ、あんまり冥利がよくあるまいと言へば御親切に有がたう、御異見は承り置まして私はどうも彼んな奴は虫が好かないから、無き縁とあきらめて下さいと人事のやうにいへば、あきれたものだのと笑つてお前なぞは其我まゝが通るから豪勢さ、此身になつては仕方がないと團扇(うちは)を取つて足元をあふぎながら、昔しは花よの言ひなし可笑しく、表を通る男を見かけて寄つてお出でと夕ぐれの店先にぎはひぬ。
この全体がなんと「一文」なのです。
行っても行っても句点「。」が出てこない。現代文であれば句点で区切るところを、えんえんと読点「、」でつないでいる。
明治28年(1995年)発表の作品ですから、旧仮名遣い、漢字も旧字。送り仮名も現代とは違い、意味の分からない単語もたくさん出てきます。
擬古文とか、雅俗折衷体といわれる文体です。
当時、日本語の書き言葉は混迷の中にあり、話し言葉と乖離が著しかった。中世の古文と、公文書で使われていた漢文直訳体、士族の手紙で使われていた「候(そうろう)文」、そしてあらたに始まった「言文一致運動」の実験的文体…。
帝国の文法 3~日本
森鴎外は『舞姫』をやはり擬古文で書いていましたが、こちらは1文が短く区切られていて、読みやすい。
樋口一葉は、地の文は文語体で、会話部分は俗文(口語体)で書いていましたが、とにかくだらだらと書かれているので、読みにくいことこのうえない。
それでも、『にごりえ』は短い作品ですので、島根に向かう飛行機の中で、なんとか読み終わりました。
内容については、別に書きます。
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