日本の芥川賞に匹敵する権威をもつ文学賞に,李箱文学賞があります。
李箱は韓国音で「イサン」。イサンは「異常」に通じます。「へんな奴」という意味で,このペンネームを選んだとも言われ,その作品は前衛的で難解。
李箱の代表作が,「翼(ナルゲ)」。
売春婦の情夫として,寄生生活を送る主人公。自分にあてがわれた部屋の中で妻の化粧品の臭いをかぎながらすごす。妻に客がつくと,お駄賃をもらって街にほうりだされる。この閉塞生活の末,京城(植民地時代のソウルの名称)の中心部にある三越デパートの屋上から,飛翔することを夢想する…。
三越百貨店というのは,当時の京城に聳え立つ代表的なランドマークでした。そのブランド力は圧倒的で,同じ時期に朝鮮半島と満州に百貨店王国を形成した三中井百貨店の全店舗の売上高を合わせても,三越京城店一店舗の売り上げになかなか追いつけなかったほどだそうです。
当時京城には5つの大きな百貨店がありましたが,その4つまでが日本の百貨店。唯一,民族資本による百貨店が,和信百貨店。残念ながら戦後火災で焼失し,その跡地には現在鍾路タワーがそびえています。
ちなみに,三越は戦後米軍に接収されて韓国の民間に払い下げられ,その建物とともに新世界百貨店に引き継がれています。
三中井本館は引き継ぐものがなく,道路拡張にともなって取り壊されました。現在,跡地には明洞ミリオーレが建っています。
ところで,李箱の翼に関する評論を読んでいたら,
「主人公が和信百貨店の屋上に立ったとき…」
という記述があった。作品の中に「三越」と明記されているのに。うっかりミスでしょうが,韓国近代文学の代表作たる「翼」の中に,「三越」などという日帝の手先企業が出てくるのは癪だという無意識が,このようなミスを誘発したのでしょうか。
ともかくも,当時のソウルにおいて,「三越」というブランドは,在韓日本人の間だけでなく,京城市民にとっても圧倒的だったのでしょう。
これは,日本においても同じだったようです。
1900年生まれで東京下町育ちの祖母が,90歳で大往生を遂げたとき,寝室の引き出しの中から遺書が見つかった。心臓を悪くしていた祖母が,死期を自覚してそのへんの破れ紙に,ミミズのはったような文字で書き留めたものです。
多くもない自分の遺産分けの内容の最後にこうあった。
「葬式の費用は,私の貯金で足りると思います。一つだけお願いがあります。香典返しは「三越」でお願いします」
これを読んだとき,涙とともに,不謹慎ながら思わず笑ってしまったことを覚えています。
明治生まれの世代にとって,「三越」のブランド価値はそれほどに絶大なものだったようです。
なお,植民地朝鮮を代表する荘厳な建物は,つい最近,改装が終わり,新世界百貨店本館としてオープンしました。世界の超高級ブランドを集めた「名品館」です。
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新世界百貨店
李箱は韓国音で「イサン」。イサンは「異常」に通じます。「へんな奴」という意味で,このペンネームを選んだとも言われ,その作品は前衛的で難解。
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売春婦の情夫として,寄生生活を送る主人公。自分にあてがわれた部屋の中で妻の化粧品の臭いをかぎながらすごす。妻に客がつくと,お駄賃をもらって街にほうりだされる。この閉塞生活の末,京城(植民地時代のソウルの名称)の中心部にある三越デパートの屋上から,飛翔することを夢想する…。
三越百貨店というのは,当時の京城に聳え立つ代表的なランドマークでした。そのブランド力は圧倒的で,同じ時期に朝鮮半島と満州に百貨店王国を形成した三中井百貨店の全店舗の売上高を合わせても,三越京城店一店舗の売り上げになかなか追いつけなかったほどだそうです。
当時京城には5つの大きな百貨店がありましたが,その4つまでが日本の百貨店。唯一,民族資本による百貨店が,和信百貨店。残念ながら戦後火災で焼失し,その跡地には現在鍾路タワーがそびえています。
ちなみに,三越は戦後米軍に接収されて韓国の民間に払い下げられ,その建物とともに新世界百貨店に引き継がれています。
三中井本館は引き継ぐものがなく,道路拡張にともなって取り壊されました。現在,跡地には明洞ミリオーレが建っています。
ところで,李箱の翼に関する評論を読んでいたら,
「主人公が和信百貨店の屋上に立ったとき…」
という記述があった。作品の中に「三越」と明記されているのに。うっかりミスでしょうが,韓国近代文学の代表作たる「翼」の中に,「三越」などという日帝の手先企業が出てくるのは癪だという無意識が,このようなミスを誘発したのでしょうか。
ともかくも,当時のソウルにおいて,「三越」というブランドは,在韓日本人の間だけでなく,京城市民にとっても圧倒的だったのでしょう。
これは,日本においても同じだったようです。
1900年生まれで東京下町育ちの祖母が,90歳で大往生を遂げたとき,寝室の引き出しの中から遺書が見つかった。心臓を悪くしていた祖母が,死期を自覚してそのへんの破れ紙に,ミミズのはったような文字で書き留めたものです。
多くもない自分の遺産分けの内容の最後にこうあった。
「葬式の費用は,私の貯金で足りると思います。一つだけお願いがあります。香典返しは「三越」でお願いします」
これを読んだとき,涙とともに,不謹慎ながら思わず笑ってしまったことを覚えています。
明治生まれの世代にとって,「三越」のブランド価値はそれほどに絶大なものだったようです。
なお,植民地朝鮮を代表する荘厳な建物は,つい最近,改装が終わり,新世界百貨店本館としてオープンしました。世界の超高級ブランドを集めた「名品館」です。
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新世界百貨店
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