犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

柳錫春氏の刑事裁判

2021-09-29 23:54:31 | 慰安婦問題
 柳錫春前延世大学教授は、2019 年9月19日に大学の「発展社会学」の講義の中で慰安婦問題に言及し、その発言のために、庶民民生対策委員会という市民団体と、慰安婦被害者支援団体の正義連によって告発され、現在、刑事裁判が進行中です。

 次は、告訴を報じる報道です。

韓国日報2020年10月29日付(リンク、韓国語)

「慰安婦は売春」発言の柳錫春、名誉毀損裁判へ
西部地検、名誉毀損の嫌疑で起訴
正義連に対する侮辱は嫌疑なし


 昨年の講義中に日本軍慰安婦を「売春の一種」と発言して、市民団体から告訴・告発された柳錫春(65)前延世大社会学科教授が慰安婦犠牲者の名誉を毀損した嫌疑で裁判に付された。

 ソウル西部地検刑事1部(部長バク・ヒョンチョル)は、柳前教授を名誉毀損の嫌疑で在宅起訴したと、29日、明らかにした。授業中の柳前教授の発言が問題になってから約13か月経ってのことだ。ただし、正義記憶連帯(正義連)の前身である韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)に対する侮辱容疑は、不起訴(嫌疑なし)となった。

 検察によると、柳前教授は昨年9月19日、延世大社会学科専攻科目である発展社会学の講義中、約50人の学生たちに「日本軍慰安婦ハルモニは、売春に従事するために自発的に慰安婦になったものだ」という趣旨の発言をして、慰安婦被害者の名誉を毀損した嫌疑を受けている。また、柳前教授は、「挺対協が、日本軍に強制動員されたかのように証言するよう、慰安婦ハルモニたちを教育した」、「挺対協の役員たちは統合進歩党の幹部であり、彼らは北朝鮮とつながっており、北朝鮮に追従している」という趣旨の発言をして、正義連関係者の名誉を毀損した嫌疑も受けていた。

 当時柳前教授は、「慰安婦被害者たちが自発的に売春に従事したということか」という学生たちの質問に、「今も売春をすることになるプロセスが、自意半分、他意半分だ」と説明し、「知りたいならやってみたらどうか」と、学生に問い返し、セクハラを行ったという批判も受けた。

 これに対して、市民団体の庶民民生対策委員会と、慰安婦被害者支援団体の正義連は、昨年の9月と10月に、それぞれ西大門警察署に、柳前教授を名誉毀損と侮辱の疑いで告訴・告発した。検察関係者は、「該当事件の公訴維持に万全を期し、今後も被害者に深刻な精神的苦痛を加える名誉毀損犯罪に対して、厳正に対処する方針」と述べた。

 一方、柳前教授は、7月に延世大教員懲戒委員会から停職1か月の懲戒を受け、8月に定年退職した。


 この告訴について、延世大学法学部大学院教授のイ・チョルウという人が、最近、韓国日報に以下のような主張を寄せています。

韓国日報2021年8月25日付(リンク、韓国語)

韓国の窓
柳錫春(リュウ・ソクチュン)のための弁論
世界の碩学、学問の世界に対する検閲に憂慮
授業中の発言で監獄に行く国になってよいのか
嫌いな思想の持ち主も擁護すべき


 8月21日付「ウォール・ストリート・ジャーナル」に、日本軍慰安婦がしたことを売春の一種と授業中に述べたために、刑事法廷に立った柳錫春教授についての記事が載った。報道のきっかけは、72人の韓国、日本そして米国など英語圏の大学教授が署名した共同声明だった。共同声明は、柳教授は授業中に「慰安婦は、自意半分、他意半分で売春せざるを得なかった」という表現で、学者としての見解を表明しただけで、学生たちに自分の見方を強要する意図はなかったにもかかわらず、虚偽事実摘示による名誉毀損で起訴されたことを伝え、「韓国の高等教育にきわめて大きな害悪をもたらすだろう」と批判した。そして「オープンな論争と自由な考えの交換を大切にすべき学問の世界に、検閲文化が徐々に浸透していることを示している」と診断した。さらに柳教授に有罪判決が下されるなら、「自由に語る権利と学問の自由をあやうくする危険な先例になるだろう」と警戒し、「大韓民国憲法が規定している民主的価値を侵食したり萎縮させたりしないようにすべき」ことを裁判所に要請した。


 記事中の共同声明の原文は、こちら(リンク)で見ることができます。英語版、韓国語版、日本語版があり、それぞれに賛同する学者たちの名前が列挙されています。

 共同声明に署名した人の中には、急進的な学者として知られるノーム・チョムスキーのほか、エール大学の法哲学者ブルース・エッカーマン、ニューヨーク大学の社会学者スティーブン・リュクス、ハーバード大学の認知心理学者スティーブン・ピンカーなど、世界トップクラスの学者が含まれている。世界的な碩学だからといって、日本軍慰安婦問題のことや、その問題が韓国と日本でどのように扱われているかをよく知っているというわけではない。また、こうしたケースによくあることだが、署名が行われた背景や脈絡を知らず、署名した後になって撤回を求めたり、後悔したりする、ということも起きている。

 上記中、「署名が行われた背景や脈絡を知らず、署名した後になって撤回を求めたり、後悔したりする、ということも起きている」という部分は、聯合ニュース2021年8月17日付の報道(リンク、韓国語)に基づいていると思われます。記事によると、イーストンイリノイ大学のイ・ジンヒという人(この人は宣言に署名していません)が、「嘆願書署名の過程で深刻な問題があったことを知った一部の署名者があとになって署名取り消しを希望していた」と言っているそうなのです。

 署名取り消しを希望したのはブリティッシュ・コロンビア大学のドナルド・ベイカー氏。彼によれば、英語版と韓国語版のニュアンスが違っており、英語版では「検察がa narrow set of evidence(わずかな証拠、またはあぶなっかしい証拠)で柳前教授を起訴した」となっていたが、韓国語版では「偏狭な証拠」に変えられていた。「偏狭という単語はたんに「狭い」という英語の単語よりずっと否定的な意味が含まれている」、「韓国語版の声明を見ると柳前教授の主張がずっと客観的なものであるように感じられる」、「署名をするまで、韓国語版を見なかったので、声明がこんなに偏っているということを知らなかった」。

 そして、自分にメールを送ってきた「ヨシダ・ケンジ」という人物について、「ヨシダが実在の人物かどうか知らないが、意図的に、私やほかの学者たちを騙したようだ」とも語ったそうです。ヨシダは、韓国で翻訳業をしていると自己紹介したとのこと。「声明の背後に歴史歪曲勢力がいるなど考えもしなかった」、「慰安婦被害の否定に関わることならば、私の名前を出すことを許諾しなかっただろう」。

 でも、記事にある英語版と韓国語版のニュアンスは、大した違いじゃないと思いますし、日本語版と韓国語版の末尾には『本声明は米国で始まり、英語版が標準であることを明らかにします』と書かれており、英語版が標準だそうですから、問題はまったくないように思えますが。記事を読んでも、これが本当にベイカー教授の考えなのか、それを記者に伝えたイ・ジンヒ教授の考えなのではないか、という気もします。

 全体的に柳前教授に対する悪意に満ちた記事で、マスコミの中にも柳前教授に批判的な意見が多いことを窺わせます。

 横道にそれましたが、イ・チョルウ教授の主張の紹介を続けます。

 しかし、共同声明の背景、特に韓国と日本で署名を主導した人々の意図は何か、そして署名者がどれくらい問題の本質を理解していたのかは、相対的にみればそれほど重要ではない。重要なのは、大学で授業中に行った発言のために監獄に行くかもしれない国が韓国であり、そのことが、世界の公論をリードする碩学たちをはじめとした世界中の人々の頭の中に刻印されたという事実だ。正義連(挺対協)は、自分たちの名誉も棄損されたといって柳錫春を訴えたが、正義連のような慰安婦関連団体に対する名誉棄損を処罰する立法が推進されていた、ということまでは知られなかったことが、不幸中の幸いだ。

 日本軍慰安婦を売春婦と呼ぶことは、慰安婦たち本人に名状しがたい傷を与えるだけでなく、多くの国民の公憤を掻き立てる暴言になりうる。しかし、慰安婦をprostitute(売春婦)と描写した第二次世界大戦期ビルマ戦線の米国戦時情報局報告書を批判的に分析し、慰安婦を売春婦と規定することの誤りを指摘したカン・ソンヒョンの著書『脱真実の時代、歴史否定を問う』を見ても、この問題は、学問の領域で論争するに値するテーマであることがわかる。柳錫春の慰安婦発言が、暴力を煽動する嫌悪表現につながるとも思えない。暴力と反憲法的行為を扇動することがないなら、ただ心の傷を与えるという理由で、大学の教室で行った発言に刑事責任を負わせてはならない。

 私は、柳錫春を含むニューライトの人々の歴史叙述、そして慰安婦動員の強制性を否定する朴裕河(パク・ユハ)の言説を激烈に批判する。しかし、それ以上に激しく、彼らの発言する自由、学問の自由を擁護したいと思う。自由民主主義の根幹をなす表現の自由は、表現対象の実質的な内容を問わない。内容次第で自分と相手に分け、自分の自由だけを主張して相手の自由を否定するのであれば、ネロナムブル(自分がすれがロマンス、他人がすれば不倫。ダブルスタンダードのこと)になる。最終的には、自分の自由が奪われることになる。「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、オレゴン大学新聞放送学科の言論法専門家、ヨム・ギュホ教授の言葉を引用した。「われわれは、自分が死ぬほど嫌いな思想をもった人々を擁護しなければならない。開かれた民主主義は、われわれに同意する人々だけのためのものではない。」

イ・チョルウ(延世大学法学専門大学院教授)


 学問の自由を守ることはもちろん重要ですが、より重要なのは、柳錫春氏や朴裕河氏の「慰安婦認識」が正しくて、韓国で流布されている認識が誤っていることを、韓国に周知することです。
コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 柳錫春の発展社会学講義~『... | トップ | 金壽卿とデンマーク語 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
シェアさせて頂きます (skannno)
2021-10-02 10:51:09
シェアさせて頂きます。
韓国での、学術論争でも権力=暴力で相手を封じ込めるというやり方は、軍政の名残なんでしょうか?それとも日帝残滓?朝鮮王朝時代の残滓?いつも果敢に批評する犬鍋さんには敬意を表したいと思います。
韓国の名誉毀損法は悪法ですね。どういう経緯で制定されたのでしょうね。
返信する
恐縮です (bosintang)
2021-10-03 15:58:58
連続でシェアいただき、またお褒めのコメントをいただき恐縮です。

私は法律について詳しくないので、日韓以外の国の事情はわかりませんが、日韓の刑法を比べると、その大きな違いは、日本は名誉棄損が「親告罪」であるのに対し、韓国はそうではないという点です。

つまり、日本は名誉棄損で訴えることができるのは被害者だけなのに、韓国は「被害者の明示した意思に反しては起訴できない」となっていて、被害者が告訴しなくても「告訴しないでほしい」という意思の明示がないかぎり、第三者の告発に基づいて検察は起訴できます。柳錫春氏のケースも、被害者自身ではなく、市民団体による告発によるものです。

声明書を読むと、「検察側は今日に至っても、どの個人、または集団の名誉が毀損されたのかも明確に特定できずにいます。」となっていて、そもそも告訴がなりたつのかどうかも疑問に感じます。

ともかく、尹美香を含む国会議員が発議した通称「尹美香保護法」が、イ・チョルウさんの記事が出た直後、8月26日に撤回されたのはよかったです。
https://blog.goo.ne.jp/bosintang/e/cc290832db4b4ba9f60364b86461312b
返信する

コメントを投稿

慰安婦問題」カテゴリの最新記事